億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、あいつの仕業に違いない、とその居所に自ら乗り込むも……。


2.不正行為(レッドカード)

「デーミーウールーゴースー!」

 

 同じ頃のナザリック地下大墳墓第七階層(溶岩)赤熱神殿。

 

「これはこれはアインズ様!

 我が在所をお訪ね下さるとは光栄の極みで御座います。ささ、どうぞこちらへ。」

 

 当所の(あるじ)、ナザリックの狡知の参謀にして最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスは、喜色を浮かべて至高の主に席を勧めた。

 フレーバーテキストに「人間のそれを用いた最高級革張り椅子(レザーチェア)」と謳われたもので、デミウルゴスの創造主ウルベルト・アレイン・オードルお気に入りの遺品であり、常はデミウルゴス自身もこれを用いることがないものだ。

 

 勧められるがままに、どっか、とそこに腰掛けたアインズに対し、

 

「何か御用であればこちらから参りましたのに、ツアーと何か御座いましたか?」

 

 ツアーの傀儡がナザリック地上部に現れたこと、これをアインズが単身出迎えて何やら話し込んでいたことを当然承知しているデミウルゴスはそう問うが、見るからにアインズは不機嫌そうだ。

 

「ツアーの国に侵攻してきた阿呆どもがあって、よりによって……。

 神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と名乗りを上げたそうだ!」

「嗚呼!」

 

 アインズが言い捨て終えるよりも前に、デミウルゴスは胸の前で左右の手を握り合わせ陶酔の表情を浮かべた。

 

「いよいよアインズ様におかれましては、あの頼もしくも小憎らしい(けもの)と雌雄を決する意をお固めあそばしましたか。決して容易な相手では御座いませんが、このデミウルゴス、最後の一兵となろうともお供つかまつる覚悟で御座います!」

 

「……はぁ?」

 

 口パカ。ペカペカ。

 この時点で完全にアインズは、デミウルゴスの調子(ペース)に呑まれている。

 

「んなわけあるかーーー!」

 

「……はて?

 では、どうしてその(もの)たちは御身の御尊名を?」

 

「それを訊きたいのはこっちの(ほう)じゃ、ボケーーーッ!

 またぞろオマエが何か企んでやらせてるんだろ!だよな?そうだよなーーーッ!」

 

「まさか!よもや(わたくし)めが」

「至高の主の名を騙って遊ぶなどと思うか?なんて白々しい言い訳は聞き飽きたぞ!

 いったい何度オマエに前科があるかわかっているか!」

 

 デミウルゴスに弁明の()を与えず、アインズは話の流れを取り戻そうと試みるも。

 

「……正確なところは(わたくし)もシズちゃんズに検索を頼まねば何とも。

 あぁ、アインズ様。お手間では御座いますが<伝言(メッセージ)>をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 口パカパカ。ペカペカペカペカ。

 

「……おまえじゃない、と?」

 

「先程来、そのように申し上げております。」

 

「……忘れてるだけじゃなくて?」

 

「そこは何とも。」

 

 言下に否定しろよ!

 

 ここに至ってアインズは、馬々鹿々しく思いつつもシズちゃんズ4号に<伝言(メッセージ)>を飛ばし、いつものように「おまえ誰?」の無礼千万な応答に出迎えられつつも仔細を問うて、少なくともここ百年の間にデミウルゴスが原住民にアインズ・ウール・ゴウンの名を用いるよう使嗾した記録がないことを確認した。

 

 だが。

 デミウルゴス自身が書き記した日記に記載がないことが、果たしてデミウルゴス無罪の証明になるのだろうか?

 

「じゃぁ……どういうことなんだ?」

 

とアインズ。

 

「はて、そこは(わたくし)にも。」

 

と、ぽかん、とした様子のデミウルゴス。

 

 いや、そこは得意の悪知恵を巡らせて考えろよ!とアインズは身勝手だ。

 その意を察したものか、やがてデミウルゴスは語り始める。

 

「こちらの世界の住民で御身の御尊名を知る者などほんの僅かで、その(もの)たちがこのような用途に御尊名を用いることはまずあり得ません。」

 

 おまえを除いてな!

 

「一方で、御身……正しくはユグドラシル時代の我等が()えあるギルド名を知る者は、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)には数多あって、むしろ知らぬ者の方が(すく)のう御座いましょう。」

 

「……はぁ?」

 

 口パカ。ペカペカ。

 

「じゃ、何か?

 最近やって来たプレイヤーがオレの名……オレたちのギルドの名を騙っていると?」

 

 頭を冷やして考えれば、確かにそれはないとは言えない、とアインズは思う。

 

「それ以外に何かあり得ますでしょうか?」

 

 おまえがいるだろ!

 

「なんで?」

 

「はっ?」

 

「仮におまえの言う通りだとして、そいつは何故そんなことをする?」

 

 このアインズの問いに対し、デミウルゴスは心底不思議そうな表情を浮かべてアインズの顔を覗き込んだ。

 そんなことは御下問されずとも、御身がご承知では?と言いたげだ。

 

「……ちょっと整理がつかんから、おまえから思うところをまず言ってくれ。」

 

と促されて、されば、とデミウルゴスは饒舌に語り始めた。

 

「いくつかの可能性が考えられますが微細を除けば二つに一つ、ということになりましょう。

 第一には、最後に殲滅いたしましたギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)がそうであったように……」

 

 この時点でアインズは、水晶の夜(クリスタルナイツ)……って何だっけ?と大慌てで所持品(インベントリ)に個人的な書付(メモ)を探し始めるが、デミウルゴスはそれを気にするでもなく続けた。

 

「……ユグドラシル時代より御身に筋違いの遺恨を抱えた者が、御身を挑発すべくその名を騙っておる、というもので御座いましょう。

 ただ、これは相手方が既にこの世界に我等ナザリック地下大墳墓が存在しておることに気づいていなければ成り立ちません。ここ二百年、我等が来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を補足していないことを鑑みれば、可能性としては決してゼロではないものの極めて低いものか、と愚考する次第で御座います。」

 

 なら言わなくていいじゃねーか、などと思いつつ、アインズは書付(メモ)に見つけた水晶の夜(クリスタルナイツ)との顛末を短く反芻している。

 ルーシェン、とか言ったあのNPCは今も……という表現はあの瞬間の三秒間に閉じ込められたルーシェンに対しては厳密にはおかしいが……今も死に続け、蘇り続けているのだろうか、哀れなものだ、と。

 

 無論、真実のところはアインズには知りようがないし、もたらされた救済が(しん)にそうであったかも、その望外な奇跡をもたらした当の本人を除けば誰にとっても不可知な領域の出来事だ。

 

「従って、より濃厚なのは第二の可能性となりますが、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に自分たち以外の同様の存在を仮定する程度の真っ当な知能があった場合……我々とて、こちらにやって参りました直後はそれを警戒して慎重に事を進めておったものか、とは思いますが……御身の名を騙ることでたちまちに自分たちが他者から襲撃されないよう牽制する、ということが考えられます。虎の威を()るなんとやら、というやつで御座いますな。」

 

 おー、なるほど!

 アインズは、つい先程まで、またデミウルゴスの仕業(しわざ)か!と勝手に憤っていたことも忘れてデミウルゴスの話に感心していた。

 

「本百年紀の<揺り返し>は……」

「はい、既にその時期からは五十年近く経っておりますから、仮に第二の可能性が是であったといたしますと、その(もの)たちはツアーの国に貢納を求めたのと同様の手段を弄して、この半世紀、ギルド拠点の命脈を保ってきた、ということになりますでしょうか。

 この場合、その来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は対外的な戦力に自信がない、ということになりましょうな。誰に挑まれても自力で反撃が叶うものであれば、我等の名を騙る必要など御座いますまい。これは、我々がその存在を未だ捉えていないこととも符合いたします。」

 

 デミウルゴスは、アインズの問いたいところを淀みなく見事に補完してみせたが、その余りの即答振りが返ってアインズを不安にさせる。

 

「いや待て待て!

 やっぱりおまえじゃないのか!おまえがそのプレイヤーをけしかけて、そういう(ふう)にやらせているから、こんなにすんなりと答えられる……そうだろ!」

 

「よもやそんなことは……ないと思います、多分。」

 

 だからー!言下に否定しろよ!

 

「……ともかく、だ。

 来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の可能性が僅かなりともあるのであれば、三賢者(トリニティ)を招集して対応を協議したい。ついては差配と前以ての情報の共有を頼む。」

 

 アインズの意図としては、必ずしも四人で論じることよりも、これ以上差しでデミウルゴスと話していたら頭がおかしくなりそうだ、という思いの方が強かったのであるが、命じられたデミウルゴスは事も無げに、

 

「確かに承りました。

 すべては至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!」

 

と礼を執ったので、アインズはこれ幸いに赤熱神殿を(あと)にした。

 残されたデミウルゴスは、いつものように無闇矢鱈と楽しげだ。

 

「これは楽しくなって参りました!」

 

 ワハハハハハッ、と哄笑が第七階層に響き渡り、その住人たちは「あぁ、また何か碌でもないことが始まったぞ」と眉を顰めた。

 

 

                    *

 

 

 時を前後して、トブの大森林の西端近く、かつてリ・ブルムラシュールと呼ばれた城塞都市廃墟を眺める丘の上に鎮座する丘上町(バスティード)森の玄関口(アントレ・デラフォレ)にての出来事。

 

 そもそも当地は、血塗れの再来、覇王エンリネの治世……(いな)、彼女は決して政治権力を掌握していたわけではなかったのだが、本人は草葉の陰で嘆くやも知れぬが仮にこう言っておこう……その治世の晩年に、トブの大森林詣でを欠かさぬ西方(せいほう)諸村落の便宜のために自然発生した町である。

 言うなれば門前町、のようなものであるが、ここから貢納の団は森に分け入って森の民の首都と見做された蜥蜴人(リザードマン)の集落、竜牙(ドラゴンタスク)を目指すのであるが、慣れた者であっても少なくとも五日は要する行程になる。この間を賄う糧食を(はな)から(かつ)いでいるのは難儀なので、当地はその補給中継のために設けられた町、ということになる。

 当初はトブの森側から保存食料の(たぐい)が運び込まれ最小限の人員の(もと)に備蓄されていたものだが、いつ頃からか主に人間種と小鬼(ゴブリン)が移住し、丘下の平坦地を開墾して自給自足を可能にした。そういった意識は当人たちにはないものの、旧カルネ村を別にすれば、森外にある唯一の森の民の出先機関、ということになる。

 

 二ヶ月ほど前、当地を南方からやって来た人間、亜人の混成集団が訪れ、リ・ウロヴァールに対して求めたのと同様に定期的な貢納を要求した。

 町の住人たちは、通り掛かる旅人に糧食を援助するのは、そもそもそれが我々の存在意義なので望むところだが、遥か南方のあなたたちのところへ何かを届けろ、と求められても意味がわからない、と応じ、以てこの噛み合わない交渉はたちまちに決裂した。

 際して、かの集団はやはりリ・ウロヴァールに対してそうしたように「神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国に楯突いてタダで済むと思うな」の捨て台詞を残し、これが事実上の宣戦布告であることがわからないほど森の民たちは能天気でも阿呆でもなかった。そういうことは先々起こり得ることだ、というのは、覇王エンリネが森の(みな)に、決してそれに怯える必要はないが、それでも、その危険を忘れてはならない、と語って聞かせたことだったからだ。

 かくして、蜥蜴人(リザードマン)妖巨人(トロール)大鬼(オーガ)の腕に憶えのある者、合わせて百余名と、火力および回復支援として人間、森妖精(エルフ)魔法詠唱者(マジックキャスター)が馳せ参じ、元から当地にあった小鬼(ゴブリン)を含めて二百名からなる即席の軍団を仕立てて町を防衛する構えを見せた。

 

 捨て台詞を残して去った軍勢は百名ほどであったから、再襲来するとして倍くらいにはなるだろう。であれば、こちらも同程度の人員で備えれば、あちらも戦っても益なしと判じてまた捨て台詞を吐いて立ち去るに違いない……森の民側の認識はこの程度のものであったのだが、さて、二ヶ月を経て予期された通り姿を現した南方からの招かれざる客は、頭数(あたまかず)で言えば前回と変わらなかった。

 やはり前回同様に相手方から使者がやってきて再び定期的な貢納を要求したのだが、これを迎えるにあたり、丘下にある攻め手から見える場所に二百名の守り手がこれ見よがしに姿を晒して威圧したにも関わらず、攻め手はまったく退()く様子を見せない。

 交渉はたちまちに決裂して「(あと)で泣いて詫びることになるぞ」と威勢だけはよい言葉を吐き捨てて使者は自陣に戻ったのであるが、その後も日の高いうちはまったく攻め寄せる様子を見せなかった。

 

 攻め手の企図するところは夜襲であるに違いない、と、いささか書物を通じて軍事に明るい、と自称する森妖精(エルフ)が言うので、銘々腹ごしらえをして日が暮れるのに備えた。果たせるかな、宵闇が町を包む時分になると、攻め手は篝火(かがりび)を焚いて俄に(とき)の声を上げた。

 

 が、一向に攻め寄せる気配はない。

 

 どういうことだろう、と守り手の(みな)が首を傾げていると、過去の文明の遺物だという遠眼鏡を持った小鬼(ゴブリン)が「連中は何か妙なことをやっている」と報せて来た。

 

 曰く、攻め手が円陣を組む中央に何か木の箱があって、それに向かって(みな)が跪いている、とか。

 続いて言うには、木の箱はどうやら(ひつぎ)のようで、蓋が(ひら)いて中からヒラヒラした可愛らしい衣装を着た小さな人間の女の子が現れた、とか。

 

 と同時に!

 

「きゃぁーーー!」

 

と、神聖系魔法の使い手という触れ込みの人間の女が悲鳴をあげた。

 

「と、と、とんでもない不死者(アンデッド)の気配が近づいてくるわ!」

 

 どう考えても彼女の言う不死者(アンデッド)とは、(ひつぎ)から出てきた女の子のことだ。

 連中、我々にぶつけるために不死者(アンデッド)を引き連れて来たのか!

 

「オマエノ祈リデ退散デキルカ?」

 

 屈強そうな妖巨人(トロール)が悲鳴を上げた女に問うたが、返ってきたのは「アレはそんな生易しい相手じゃない!」との絶望的なもの。

 さりとて、ここで潰走を始めるとそれこそ取り返しのつかない事態になるやも知れぬ、と、たちまちに対抗する手段こそ思い浮かばないものの、ひとまずは抗戦せざるを得まいと銘々腹を括って得物を構え、丘の下から場違いな楚々した足取りで歩み来る女の子を待ち受けるしかなかった。

 

 そのとき。

 

 攻め手にも守り手にも誰も気づく者などいなかったが、この様子を上空から眺める者がある。

 

「やれやれ。」

 

 と呟くのは、ふわりふわりと宙に浮かんで黒衣の(すそ)(なび)かせる人物。

 

「手出しすまい、と思っていたが、それは反則だろうて。」

 

 やおら、その両手が振り上げられる。

 袖の先から突き出た指先は、肉も皮をもまったく欠く骨の指先!

 

「<焼夷(ナパーム)>!」

 

 刹那、歩み来る不死者(アンデッド)と後方に待機する攻め手の軍勢の間に、紅蓮の炎の竜巻が立ち上がり、たちまちに攻め手、守り手ともに大混乱に陥った。

 

 ただ、歩み来た不死者(アンデッド)の女の子だけは、それまでの楚々とした歩みを()めてやおら走り出し、丘上目掛けて駆け上がる様子を見せた。背後からの炎の輝きを受けて、その影が丘に向かって長く伸びる。

 

 これを上空から見る三重魔法詠唱者(トライアッド)にしてみれば想定通りの動き。

 元より夜目の効く彼ではあるが、<焼夷(ナパーム)>は攻撃のためではなく、これから放つ必殺の一撃に際し、その照準を確実にする照明と、標的と攻め手軍勢の分断を狙って放ったものだ。

 

「馬鹿め、丸見えだぞ。

 <魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>、<魔法抵抗難度強化(ペネトレイトマジック)>!

 ……<炸裂(エクスプロード)!>」

 

 ボコボコボコッ!

 

 丘を駆け上がるに見えた不死者(アンデッド)の女の子は、(おぞ)ましい音と共にその動きを()めた。

 右肩、左脇腹、右足がそれぞれ内部から破裂して今にも千切れそうだが、不思議と当人の表情はケロリとしている。ただ、このまま走り続けるのは無理だ、という感じだ。

 

「元より吸血鬼(ヴァンパイア)相手にこれで(かた)がつかんのは百も承知よ。

 だが……これはどうかな?」

 

 上空の黒衣の魔法詠唱者(マジックキャスター)の骨の両手が大きく左右に開かれる!

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)>、<不死鳥の抱擁(フィーニクス・エンブレイス)>!」

 

 彼の得意とする火炎系魔法でありながら、神聖属性の力も有する不浄を焼き払う炎が女の子を包み込み、

 

「……グッ、ギャァーーーーー!」

 

 一拍置いて耳を塞ぎたくなる恐ろしい絶叫が周囲に響き渡った。

 燃え上がった女の子は、そのまま生きた松明であるかの如くしばし千鳥足でふらふらした(のち)、ばたり、と地に倒れ伏した。

 

 攻め手の陣は沈黙に包まれている。

 誰が最初に口を開いたものか、

 

「まさか!」

「よもや!」

「あのブラッディーレイン様が!」

 

 異口同音のどよめきが波のように拡がる。

 敵に対して最も遠い場所に立っていた何人かが、そっと身を翻して逃げ去ろうとするも……

 

「さて、おまえら。」

 

 立ち塞がるように音も立てず降り立つ黒衣の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 道服(ローブ)頭巾(フード)がたくし上げられれば、現れた顔は見紛いようもない……骸骨!

 

「俺が言うのも可怪(おか)しな話だが。

 あんな物騒な不死者(アンデッド)を生者同士の戦争に持ち出すのは反則だ。」

 

 そう告げる目前の不死者(アンデッド)からは、不死者(アンデッド)の気配も、強者のそれもまったく伝わって来ないのが返って(みな)の恐怖を煽った。これは、頼みの綱だった吸血鬼(ヴァンパイア)ブラッディーレインのさらに上をいく化け物だ。よもや、僻地の町にこんな用心棒の備えがあろうとは。

 

「自身が弄ぶ手段は敵方にもひょっとするとあるやも知れぬ、と考えるのは(いくさ)の鉄則だぞ、この()(もの)どもめが。」

 

 と一喝が飛ぶが、言葉は辛辣だが口調に(いか)りや恫喝の色はなく、むしろやや呆れ声。

 既に戦意を折られた攻め手は、最早これまで、今生との別れよ、とへにゃへにゃと(みな)その場に座り込むしかなかった。

 

 だが、骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、彼らが誰も思ってもみなかったことを言い出した。

 

「これに凝りたならば、分不相応な力に頼って事をなそうなどとは思わぬことだ。

 今日のところは見逃してやるから、帰っておまえらの親玉に伝えろ。」

 

 生きて……帰してもらえる、のか?

 

「トブの森には不世出の三重魔法詠唱者(トライアッド)があって、無作法な者に容赦はせん、とな。真っ当な関係を結ぶ、というのであればもちろん口出しはせんから、頭を冷やして出直せ。」

 

 そう告げると、再びふわりと宙に舞い上がった黒衣の骸骨は、そのまま闇に溶け込んで彼らからは見えなくなってしまった。しばし彼らは腰を抜かしたままでいたが、そのうち誰彼となく立ち上がり、無言のままにおずおずと南へ向かって歩き始めた。

 こうして、森の玄関口(アントレ・デラフォレ)を屈服させた後はそのままリ・ウロヴァールに転進する二連戦(ダブルヘッダー)を目論んでいた集団は、その緒戦に瞬く()の大敗北を喫して退却したのであった。標的された両都市に常の修好関係はこれなく、この顛末がリ・ウロヴァールでもうやっては来ない攻め手に備えるツアーに届くことはなかった。

 

 そして。

 幸か不幸か、吸血鬼少女が何らその力を振るうことなく速やかに撃退されてしまったがゆえに、トブの森周辺を監視するナザリックの目、ニグレドの長距離探査(ロングレンジスキャン)も、その存在を捉えることがなかったのである。

 

 

 

 対して丘の上では。

 

「おーい、おまえら。聖水の備えはあるか?」

 

 頭の上からそんな声が聞こえて、唖然としたまま丘下を眺めていた(みな)が顔を上げると、闇夜の中をふわふわと舞い降りてくる黒い布がある。

 

「「「……な!」」」

 

 声を出せた者も意味のない絶句を発するしかなかったのだが、そのまま人だかりの真ん中に音もなく降り立った黒衣の人物は、きょろきょろと周りを見回している。

 

 見回すその顔は見紛うことなき、骸骨。

 

「大丈夫だとは思うが、夜明けまでまだ()があるから(きよ)めておいた方がいい。生憎と俺では聖水が扱えんからな。」

 

 だが、たちまちには誰も動き出さなかった。

 否、動き出すことができなかった。

 

「心配しなくても、陽光を浴びればもう復活はせんぞ。」

 

 いや、そこじゃないんですけど、と思ったのかどうかはともかく、とにかく誰かが事情を訊かねばなるまい、と度胸のある一人の妖巨人(トロール)が、骸骨の前に歩み出た。

 

「私ハ(ギン)ノ子、(ゲン)。家名ハ(ガン)。」

 

 骸骨姿の不死者(アンデッド)にどうか、とは思いつつも、ゲンは礼を尽くすべきだろうと考えて名乗りを上げた。対して骸骨は、随分と驚いた様子で口をパカリ、と()けている。

 

「……何カ。何カ、私ノ名乗リニ可怪(おか)シナトコロガアリマシタカ?」

 

 不安になったゲンはそう問うたが、骸骨は、

 

「いや、不思議な縁もあるものだな、と思っただけだ。」

 

と応じた。

 その表情など肉も皮もない骸骨からは読み取れようもないのに、それでもゲンには、骸骨が微かに、ではあるが笑ったように感じられた。

 

「事情がわからねば、おまえらも困るわな。」

 

と骸骨。

 この時点で、引き気味だった周囲の面々も、どうやら怖い御方ではないようだ、と()()ずとではあるが歩み寄って来て、骸骨の話に耳を傾けた。

 

「血塗れ、覇王将軍と面識のあった者はいるか?」

 

 これにはゲンが答える。

 

「エンリネ将軍ハ我ガ父(ギン)戦友(とも)デ、私ハ憶エテハイナイガ、幼少ノ私ヲアヤシテクダサッタコトガアル、ト聞カサレタ。」

 

「あぁ、既に随分経つが憶えている者があったか。であれば話は早い。

 俺は晩年のエンリネから、万が一こういうことがあれば森の(みな)を助けてやってくれ、と頼まれていた者だ。」

 

 おぉ!とどよめきが起こる。

 と同時に、誰彼からとなく、

 

「もしや?」

「まさかあの伝説の?」

髑髏様(どくろさま)?」

「ドクロサマー!」

 

と声が漏れ聞こえ始め、これに対して骸骨が急に両手を振り上げてぶんぶんと振ったので、(みな)驚いて慌てて数歩引き下がったが、

 

「あー、それはやめてくれ。今更やめてくれ。頼むからやめてくれ!」

 

 その口調が命令や恫喝ではなく、あからさまに懇願だったので緊張が緩む。

 すかさずゲンが膝を折って伏礼を執り、気づいた者から順にこれに倣った。

 

「窮地ヲオ救イイタダキ、アリガトウゴザイマシタ!」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 この大合唱に、骸骨はいささか迷惑気味だ。

 

「あー、そういうのもよせよせ!

 俺は、エンリネが残り僅かな余生を割いて、少しだけ俺に付き合って楽しい話をしてくれた、その恩に報いただけのことで、それが果たせた今となってはおまえらが今後どうなろうと知ったことじゃない。だから、ないはずの情が湧くから、そういうのは()めてくれ!」

 

「敢エテ御芳名ハ伺イマセンガ……貴方様(あなたさま)ガ、カノ先生、ナノデショウカ?」

 

 ゲンは父から伝え聞かされた、トブの森からの難民帰還事業の物語を思い返しつつそう尋ねる。

 

「あー、大昔にそんな呼ばれ方をしていたことがあったかもな。

 おまえさんのご先祖様からも、だ。ま、あいつとは先生、生徒、じゃなくて……」

 

 ゲンが顔を上げて、不思議そうな表情を浮かべて骸骨を伺う。

 返ってきた言葉は驚天動地だ。

 

「……友達だったんだがな。」

 

「ナント……!」

 

「おまえさんと会えてよかったよ。」

 

 やはりゲンには、表情のない骸骨が確かに微笑んでいるように見える。

 

「余計なお世話かとは思うが聞いてくれ。」

 

 骸骨は(みな)に向けて話しかけた。

 

「俺は本来はおまえら生者と関わるべき存在じゃない、まぁ、見ればわかるわな。

 今後も助け舟を出すつもりはないから一つだけ助言しておくが、おまえらの今回の一件への対応は決して間違っちゃいない。二百も出せば相手が戦いもせずに退()くだろう、という考え、それ自体は正しい。連中がああいう化け物……まぁ、俺が言うのも可笑(おか)しいが、ああいう化け物を持ち出してくるのを事前に予測するのは難しいから、それも仕方がない。

 が、自分たちよりも数に劣る連中が退()きもせずに()る気満々で、見るからに怪しげな(ひつぎ)なんぞを取り囲んでいれば、その時点で、これは想定外だ、何かヤバいぞ、と逃げるのが(きち)だ。勇気と無謀は、似て非なるものだ。

 俺の言っていることが……わかるか?」

 

 誰も声に出しては応じないが、無言のままにこくこくと頷くのを、骸骨は満足気(まんぞくげ)に見渡し、

 

「では生者の諸君、これでお別れだ。

 おまえらの遠い子孫に出会うことがあれば、おまえらがいささか無思慮ながらも勇敢だった、と伝えることを約束しよう。」

 

と言い残して、そのまま宙に浮かびアッという()に闇夜に溶けて見えなくなった。

 

 

                    *

 

 

「……ますますわけがわからなくなってきたぞ!」

「だよねーーー。」

「わけわからん。」

 首を傾げる身振り(ジェスチャー)

 

 この森の玄関口(アントレ・デラフォレ)の顛末は、一ヶ月のうちには森の南端にある旧カルネ村にも届いており、たまたま東方の村々を巡って一旦ガ・ギンの墓所へ戻って来ていた奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いる<黒の百合>の知るところとなった。

 

 ちなみに。

 あれほど当人が嫌がったにも関わらず、伝聞を繰り返すうちにこれが、髑髏様(どくろさま)(あらわ)る、の話になってしまっていたのは御愛嬌だ。

 

「どう考えても、森の玄関口(アントレ・デラフォレ)を守ったのはアインズさん、だよな?」

 

とキーノ。

 

「あの御仁も大概お節介焼きよね。」

 

とクレマンティーヌ。

 

 おい、おまえら。

 その取り違え、何回目だよ!

 

 まぁ、話の中で、髑髏様がかの難民帰還事業を率いた先生だ、ということになっていた……なってしまっていたので、これが実はアインズではない、と気づけという(ほう)が無茶振りではあるのだが。

 

「しかし……わけがわからないのは、その攻め手の名乗り、だな。」

 

 神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名は、その、森の民からすれば馴染みにくい音韻にもかかわらず、いや、むしろそうだからこそその物珍しさも手伝って、かつてそれが当地ではいつの()にかアリンス・ウール・ゴーンと誤って伝わった轍を踏むことなく、正しくキーノたちにも届いた。

 

 ゆえに、これが激しく彼女らを困惑させている。

 

「アインズさんが自分の名を冠した帝国の侵略から森の民を守る……って、どういうことだ?」

 

「ワタシにわかるわけないじゃん!」

 

 キーノとしては、アインズが自ら<(めぇ)()く七日間>で文明社会を滅ぼし尽くしておいて、何故かその滅ぼした社会の復興のために難民帰還事業に森の民と共に取り組んだ、という疑惑……いや、彼女が確信を持てていないだけで、それはまことにもって遺憾ながら真実なのだが……でも大概なのに、さらに輪をかけてややこしい話に脳味噌が溶けて耳から出てきそうだ。

 

「そう言えばクリフちゃんが……」

 

と、クレマンティーヌは、今から振り返ってもっとも近い来訪者(ユグドラシルプレイヤー)との邂逅に触れる。

 本来のクリフはユグドラシルサービス終了以前に<現実(リアル)>で病没したギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド長の名だが、彼が生み出しアインズに戦いを挑んだNPCが、対アインズの情報戦の一環として繰り返し自身の創造主の名を騙ったために、<黒の百合>もまたその名で彼らを記憶している。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの……なんだっけ……も、ももん?……ももんが?

 とにかく、なんかそういう妙なことを言ってたじゃん?」

 

 クリフは、<黒の百合>に対し、自身の宿敵として、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、の名を持ち出したが、アインズ・ウール・ゴウンを只今のアインズの個人名、と考えて疑わないキーノたちは、長くこのクリフの言いの意味するところを正しく理解できないままにいた。

 

「ワタシらの知ってるアインズさんと、その神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、とやらが、実はまったく別物だ、ってことは考えれないかな?」

 

「こんな妙な言葉にそんなことあり得るか?」

 

 キーノはクレマンティーヌの発想を俄には受け入れられない模様。

 

「いやいや、それはさ。ワタシらがわかんないだけで、ユグドラシルでは極々普通の言葉で、何なら同名の者がいっぱい居た、って可能性もあるじゃない?

 あるいは、元ネタになったアインズ・ウール・ゴウンとかいうユグドラシルにおける過去の偉人か何かがいてさ。(みな)でそれにあやかって名乗ってるとか!」

 

「かつてのエンリネのように?」

 

 キーノたちは、デミウルゴスに(かつ)がれて恐怖公眷属(ゴキブリ)からエンリネなる森の民の少女の庇護を命じられた際、無闇に同名の者が多くて難儀したことがある。

 

「理屈としてはわからないでもないが……アインズだけ、とか、ゴウンだけ、ならともかく、アインズ・ウール・ゴウンなんて長い名前でそれは……ないんじゃないか?」

 

 そう言いながら、仮にそうだとしたら、直近の森の玄関口(アントレ・デラフォレ)の出来事がなおまして意味不明になることもキーノは理解している。

 

 神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国とやらがナザリック地下大墳墓であり、これを迎え撃ったのがアインズ本人なのだとしたら、そんなことは考えようもないが、あの狂気の忠誠を捧げる化け物どもの一部、ないしは全部が、アインズに対して反旗を翻したことになる。

 そして、伝え聞いた物語を素直に信じるのであれば、撃退されたのは少女吸血鬼だ、ということだから、これはかのシャルティア・ブラッドフォールンだ、ということになるではないか!

 

 確かにシャルティアは阿呆の()ではあったが、そこまで阿呆だとも思えない。

 いや……阿呆、なのだろうか?

 

「どうする、キーノちゃん?」

 

 と身を乗り出すクレマンティーヌ。

 

「どうするって……何が?」

 

「西へ。神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、とやらを見極めに。

 アインズさんと関わりあるにせよないにせよ、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)なのは確実だわさ!」

 

 おいおいおぃ、えらい前のめりだな、おまえ。

 と、若干引き気味のキーノ。

 

「アインズさんはワタシらに言ったわさ。

 みんな自由気ままに跳び回ってもらいたい、って。

 おまえらにはそれに見合う力量がある、って。

 おまえら自身が自分で手が届かないことまでオレが語ってしまえば、もうおまえら、元には戻れない、って。」

 

 クレマンティーヌの瞳が、いやにキラキラと輝いている。

 

「そんなこと言われて、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、なんて面白そうな話を鼻先にぶら下げられて、ビビって手を(こまね)いてたら……悔しくね?」

 

「おまえなぁ……いや、クレマンティーヌの言う通りかも知れないな。」

 

 そう、自分たちは大魔王とは言えアインズに傅いているわけでも反目しているわけでも(おそ)(おのの)いて……は、少しあるかもだが……いるわけでもなく、ただただ自身の矜持に従って信じる道を永遠(とわ)彷徨(さまよ)う冒険者だ。

 アインズがどうであろうと、ナザリックのお家騒動だろうとも、自分たちから見て興味関心を(そそ)られ、この世界の命運に関わると思しき物事であれば、突き進む一手、これあるのみだ。

 

「じゃ、決まりね!

 双子ちゃーーーん、行っきまっすよーーー!」

レテテ(おっぱい)。」

 胸の前で丸みを作る身振り(ジェスチャー)

 

 そんな具合で<黒の百合>もまた、事態を中途半端に把握したまま渦中へ飛び込む意を決した。

 この時点の彼女らは、よもやの奇想天外な展開が待ち受けていようなど知る由もない。

 

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