「父上の御尊名を含むそれにこのようなことを申しますのは憚られますが。
……糞ダッサいことこの上ありませんなぁ。」
口パカ、ペカペカ!
「パンドラズ・アクターもそう思うかね?
神聖ローマ帝国、マルタ修道騎士会などの名を世界史で聞き齧ったばかりの中学生のような発想は、私も正直頭が痛いと思っていたところだよ!」
口パカパカ、ペカペカペカペカ!
最初にアインズがデミウルゴスを詰問し、見事に煙に巻かれてから数日経ったナザリック地下大墳墓
ツアーの国、アーグランド評議国傘下の城塞都市にアインズの名を騙る一団が出現した一件を議するべく
一方のこれを聞かされるアインズは、実は「神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国……ちょっと格好良くね?」などと思っていなくもなかったので、のっけからペカる羽目に陥っている。
「アインズ様がそのようなことをお望みではないことはわかった上でお尋ねいたしますが。」
愛する
「仮にアインズ様が国家を打ち立てるといたしますと、どのような国号を称されますでしょうか?」
もちろんアルベドは、話題を転じるためにこれを言い出したのだが、そもそも名付けが苦手なアインズからすればこれは余計なお世話以外のなにものでもなかった。
「な……あ……ホニョ、ペニョ……」
「ホニョ?」
アインズは思う。
どうして自分の未だ何処にあるのやらよくわからない脳裏には、何か名前を考えろ、と求められる都度、ホニョペニョコ、というまったく意味不明かつ
といった無駄なやり取りを経て、漸く本題が始まった。
「
と語るデミウルゴスは、ここ五十年ほどの間に、それまでトブの大森林の森の民を自身の庇護者と考え貢納をおこなっていた大陸西部の村々が、漸次アベリオン丘陵からさらに南に勃興した新勢力へ鞍替えしつつあったことには気づいていた。
が、この変化は数年に一ヶ村、といった緩やかなものであり、そもそもこれらの村々では領主を僭称する者が森への捧げ
より本質的に言えば、ナザリックの面々の中でも突出して思考密度が高いがゆえに、短期記憶が二ヶ月もすればすべて差し替わってしまうデミウルゴスがこういった超長期的な変化の含意を見抜くに向いていない、という意外な弱点を露呈したもの、と言えなくもない。
無論、デミウルゴスの……というかナザリックの対外諜報戦略にこういう抜け穴がある、ということを事前に知る者など居ようはずもないので、これが実際に弱点となることはあるまいが、唯一の例外として、これを承知していた彼の息子アレインは、まんまと父の目を欺いて機械文明社会を灰燼に
さりながら、意識には
実際、今回の一件が起こってからデミウルゴスは大陸西部についての自身の記録を洗い直し、これまでまったく関心を
「つまり、これは六大神の亜種、ということですかな?」
と問うたのはパンドラズ・アクター。
如何にしてギルド拠点維持費を賄うか、その戦略はまさに彼の関心の中心にある。
「そういうことになるだろうね。」
デミウルゴスは薄ら笑みを浮かべながらそう応じた。
「もっとも、六大神があくまでも体裁だけは国家を擬して自らその頂点に君臨したのに対し、今回の連中はまったく
実際、ここ二百年の間、ニグレドの
「ですが、逆にそうであればこそ、その
正確なところはシズと語らって試算してみねば断定は出来ませんが、拠点レベル四百を超えることはありますまい。」
パンドラズ・アクターが言っているのは、
「だがパンドラ。」
ここまで黙って、自身ではたちまちには思い及ばなかった知の
「オレもそいつらの拠点規模が小さい、という点についてはまったく同意だ。
が、そいつらが、どうやら
アインズの感覚としては、拠点維持資金の自転車操業、などというのは考えたくもない事態だ。
万が一の
だが、只今議されるところのそれはそういった発想を有しておらず、必要最低限の資金さえ確保できれば問題なし、と割り切っているようにアインズには思われた。少なくともそうでなければ、五十年近くもその兆候をナザリックが見落とす、などということはない、と。
それはとりもなおさず、今回の
「そのご懸念はまさに仰せの通りか、とは存じますが。」
と応じたのはアルベド。
「一方で、その
口パカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカ!
既にデミウルゴスの過去の調査記録から、少なくとも神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名は大陸西部の村々では用いられていないことがわかっていた。もし用いられていたら、その時点でデミウルゴスがそれを見過ごすはずはない。
これらの併呑は、南からやって来た軍勢が貢納を求めた瞬間に無血でおこなわれたため、彼らは強いて名乗りを上げる必要もなかったらしい。これが徐々に北上を続けてきてアーグランド評議国の縄張りと接触し、彼ら自身はよもやあるまいと考えていたであろう明確な降伏拒絶を受けて、初めて名乗られたものであるようだ。
「これは国家の版図拡大というよりはむしろ、
そう無闇に楽しそうに言うのは、もちろんデミウルゴス。
「この
この
「つまりデミウルゴスは、今回の
アルベドがそう問うと、デミウルゴスは煽るかのように、
「それ以外に何かあるかね?」
と返した。
おまえら。
そこに気が回るのなら、オレとおまえらの
正直なところアインズとしては食指の動かない話だ。
自身の名が僭称されている、という点を除けば、これは表面上は単なるこちらの世界の勢力争いに過ぎず、アインズ自身に積極的にそれに関わる理由はない。そこに
一方で、
アインズ自身にも、栄えあるギルド、更には当地に至って以降は自身の名乗りでもあるアインズ・ウール・ゴウンの名を
また、これは必ずしも本人が自覚していることではないが、前回の
「放置、でよろしいのではないですか、父上?」
そういった判断の感性は当然のことながら創造主に通じるパンドラズ・アクターが言う。
「リ・ウロヴァール、とやらにその
「ま、そりゃそうだわな。」
アインズは一旦は軽口でそう応じたが、
「しかし……どういうことなのか、は気にはなるな。」
と呟く。
これに対し、よもや単騎で乗り込んで何かなさるおつもりでは、とアルベドが不安げな表情を浮かべたが、これはデミウルゴスの、これまた無闇矢鱈に愉快げな声に掻き消された。
「アインズ様が何をなさらずとも、遠からず真相は明らかになりましょう!」
「……そうなの?」
「アインズ様もお人が悪い!
御身が自ら差配なさっておることで御座いますのに!」
あー、また何か嫌な予感がしてきたぞ、この流れ……。
結局この日の
そしてその目立った動き、は、思ったよりも早く訪れることになる。
*
アベリオン丘陵を越えて大陸南西端、かつてローブル聖王国と呼ばれた半島は、大魔王アインズ・ウール・ゴウンによってもたらされたところの<
同地を襲った可愛い可愛い
距離的な問題からナザリックでは把握されなかったが、最初の一頭は南聖王国の人口密集地をあらかた破壊した後、南端で突如地中から現れた
遅れた一頭は、特に文明化されていたわけではないアベリオン丘陵はほぼ無視で直進し、王都ホバンスを含むあらかたの都市を破壊し尽くしたが、この騒ぎに気づいた
このような次第で、国家統治機構の
ここに変化が生じたのは今からおよそ五十年前、
王都ホバンス廃墟の一角に、最初は
が、彼らは存外統制が取れていて、出すものさえ出せば略奪や殺生には及ばなかったので、そもそも寛容な当地の人々は黙って彼らの要求に応じ、また、愚連隊も収奪される人々の生活基盤の破壊に至るような収奪には決して及ばなかった。
対して、アベリオン丘陵の亜人勢力の中でも四つの
しかし、これはまったく功を奏しなかった。
と言うのも、愚連隊には愚連隊なりの言い分があったのであって、その最たるものは、おまえたちのいう
加えて。
実際に彼らは、教団が言うところとは別の
これは難路であったから、ではなく、途中に散在するところの既に彼らの版図にある村々に立ち寄って飲み食いに興じていたからだ。大陸西部の既に
一方で、彼ら自身にとってはよもやの敗北を報じるべくの帰参は気が重く、ついつい各所で長逗留を繰り返して引き伸ばしを図ったものだが、このまま永遠に村々を渡り歩くわけにもいかず漸く敗走の長旅を終えた、という
只今の彼らの根拠地はホバンス廃墟の外れにあって、辛うじてかの大災厄での破壊を免れた聖堂だった。
奇しくもそれは、アベリオン丘陵に鎮座する総本山に秘蔵されると伝わるところの、
同様に、丘陵の総本山もまた健在であり、何ならそこには大災厄に際して多数の亜人が
敗残兵の親分筋にあたる
彼の認識としては、子分たちは二つの街を併呑するものと解していたので、当初見込みよりも長い時間を要した遠征にもこの時点では何ら疑念を
聖堂の最奥、かつての礼拝室は只今は謁見の間として用いられており、彼らすべての愚連隊を束ねる
その姿は。
二脚四腕の、まさに
「お、
駆け込んできた
「……何事カ?」
「
「何ダト!」
ぼっ、と左右の頬の辺りから吹き出した吐息が炎となって燃え上がる。
それに
「どうか、敗残の兵たちに寛大な処分を賜れますよう、
訴える
一方でこれを聞かされた異形の
「私デハ判断デキン。
そういって異形の者は立ち上がり、背後の
伏礼でこれを見送った
「
足早に中へ進み、大声で急報を告げつつ玉座の
「うるせー!
と怒鳴りつけられてその歩みが
「いやいやいや、それはないんじゃないですか?
コンチュータスはよくやってくれてるんだから、そういう態度はあんまりですよ。」
怒鳴りつけたのとは別の声色がこれを窘め、続いてもう一つの声色が、
「私が聞こう。コンチュータス、どうしたね?」
と問うた。
コンチュータスは、ガクッと膝をついて涙混じりの声をあげる。
「我等ガ同志、ブラッディーレイン、ガ討チ死ニイタシテ御座イマス。」
「なんだと!」
最初に怒鳴った声が再びそう怒鳴った。
逆に、諌めた声はたちまちに泣き声に変わる。
「そ、そんな……ボ、ボクのブラッディーレインが。」
「コンチュータス、今の時点でわかっていることを教えてくれるかい?」
最後に問うた声が、再び仔細を問う。
コンチュータスは現地人
曰く、北方の
「あのブラッディーレインが部隊の損耗を憚って後方に
そんなことあるはずねーだろ!ちょっとその報告した奴を連れて来い、八つ裂きにしてやる!」
「だからボクは嫌だったんだよー。
八つ裂きとかはいいからさ、ブラッディーレインを復活させておくれよ!」
怒鳴り声と泣き声の言うところは身勝手で噛み合わない。
「金貨が五億枚貯まるのを待つしかないんじゃないかな。」
変わらず平板な口調で話す最後の人物にそう言われて、泣き声は、
「それっていったい、いつの話になるんだよー!」
と不平の声を上げた。
「阿呆か、おめーら!そんなこたーこの際どーでもいいんだよ!」
「どーでもよくないよ、ボクのブラッディーレインを返しておくれよ!」
「それはタッチューの言う通り、五億枚貯まるまで待つしかねーだろ!」
「呼び捨てはしない約束じゃなかったかな?」
タッチューと呼ばれた最も冷静に話す人物がそう抗議するも、
「それもどーでもいいよ、ボケ。
重要なのわなぁ!
俺たちゃー、舐められたら
「まったく……フンバルトくんは血の気が多い。」
とタッチュー。
「舐められてもいいからブラッディーレインを返しておくれよ!」
「女々しいぞ、ケロロンチー!」
このグダグダな口論を跪いたまま聞いているコンチュータスの心中は複雑だ。
されど、自身はギルド忠誠の鍵に縛られる身、
「コンチュータス!
ブラッディーレインが
「まさか乗り込む気かい?」
「
「こちらの世界の存在を舐めてかかっていたのはボクたちの
むしろこの反省を活かして次へ繋ぐべきだと私は思うがね。」
「おまえは勝手に思ってろよ。
俺は俺で落とし前はつけさせてもらう!」
「……お好きにどうぞ。
ただギルドの他の
「ブラッディーレインはボクのだよ!」
「黙れケロロンチー!
元よりそのつもりだ。その骸骨野郎を町諸共に吹っ飛ばしてやる!
おい、コンチュータス、座標はまだかって言ってんだろーが!」
「ハッ!
……正確性ヲ欠キマスト御身ニ害ガ及ビマスレバ、
*
「どのような御方でも……たとえ
「私たちは必ずしも祈りを捧げに来たわけじゃない。」
「まずは形だけでもどうぞ。正義のお導きが皆様にありますように、
と応じられて、仕方なく四人は、いささか馬々鹿々しく思いつつも、
クレマンティーヌは、敢えて深く頭を下げて珍しく素直にこれに従ったクゥイア、クゥイナの顔を覗き込んだが、案の定二人は、頭を下げつつもベロリ、と舌を出していた。ワタシもやっとこう、ベー!
「少し話を聞かせてもらえるだろうか?」
キーノは、やはり直球で言葉を投げかけた。
自分たちは北の
しばし呻吟した後に司祭は答える。
「帝国、というのはよくわかりませんが、その
畏れ多いことに、
キーノは意外さを覚えた。
てっきりローブル聖王国の後継国家として神聖……帝国が成立しているものか、と言葉通りに受け取っていたが、どうやらそういうわけではないようだ。
「何故そんな連中が放置されているんだ?
当地にも、ましてや丘陵全体に求めれば、そいつらと対峙出来る猛者はいくらでもいるだろう?」
やはり素直に発せられたこの問いに対する答えは、当地に特有のものではあるがキーノが納得できるものではなかった。
「彼らには彼らの言い分があってやっていることで、これを力尽くで屈服させることは、
「そいつらの行為で苦しんでいる者があるとしてもか?」
「みかじめ料を払った
この極端に物わかりが良いのか、あるいはすべてを諦観しているのか判断し難い物言いにキーノはひたすら首を傾げた。いや、信仰者というものは、こういうものであり、むしろこうあるべきなのやも知れない、という思いもある。
「
片手を開いて突き出し、キーノはそう告げる。
これ以上、この
「だが、一つだけ聞かせて欲しい。
私たちは自分の目で真実を確かめるべく、その連中を訪ねてみるつもりでいる。」
司祭はこれには何とも応じない。
「誤解しないで欲しいんだが、決して事を構えようとか、そういうつもりはない。何が正義であるかは決して自明でない、というおまえの言葉は正しい、と私も思う。
それでも敢えて問うが、その連中には突き抜けた
やはり司祭はたちまちには言葉を返さなかった。
まぁ、立場上そうなるわな、と諦めたキーノは「行こう」と仲間に告げて立ち去ろうと身を翻したが、その背に司祭の声が投げかけられた。
「事実や
肩越しにキーノは司祭を顧みる。
「彼らは、偽りの
どうかお気をつけて。」
軽く片手を挙げて謝意を示し、キーノたちは大聖堂を
当地に伝わる
「
ワタシが初めてあいつに
いつからかクレマンティーヌは、こんな具合に、かつては思い出す都度に誰の目も憚らず取り乱して見せたアインズに殺された数々の記憶を、まるで過去の友達との邂逅を懐かしむかのような口調で語るようになった。
キーノも、クレマンティーヌが語るところのその存在を記憶はしている。確か、スレイン法国……あの時点では既に報国だったか?……で
名は知らないが、彼がアインズに背いて神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を名乗っているのだろうか?
仮にそうだとすれば、そいつは既にナザリックが管理する記憶とは無縁の存在になっているだろうから、当然のことながら我々とアインズさんとの関係についても理解はしてくれないし、むしろアインズさんと親密……とは言えないものの、決して敵ではない我々の立ち位置を知れば、敵の味方は敵、と問答無用に判断される恐れもある。
「まぁ……毎度のことながら、出たとこ勝負の感がなくもないが。
それでも、連中が無分別な殺戮や略奪に乗り出していない以上、対話の機会はあるはずだ!」
自身を鼓舞するかのようにキーノはそう宣じた。
クレマンティーヌも、強く頷いてこれに賛同する。
さて、待ち受けるのは鬼か