億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の姿が徐々に明らかになる。


3.切歯扼腕(エンレージド)

「父上の御尊名を含むそれにこのようなことを申しますのは憚られますが。

 ……糞ダッサいことこの上ありませんなぁ。」

 

 口パカ、ペカペカ!

 

「パンドラズ・アクターもそう思うかね?

 神聖ローマ帝国、マルタ修道騎士会などの名を世界史で聞き齧ったばかりの中学生のような発想は、私も正直頭が痛いと思っていたところだよ!」

 

 口パカパカ、ペカペカペカペカ!

 

 最初にアインズがデミウルゴスを詰問し、見事に煙に巻かれてから数日経ったナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 ツアーの国、アーグランド評議国傘下の城塞都市にアインズの名を騙る一団が出現した一件を議するべく三賢者(トリニティ)(つど)っているが、御曹子パンドラズ・アクター、狡知の参謀デミウルゴスは、開口一番かの僭称者たちの名乗りの感性(ネーミングセンス)(あげつら)った。

 

 一方のこれを聞かされるアインズは、実は「神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国……ちょっと格好良くね?」などと思っていなくもなかったので、のっけからペカる羽目に陥っている。

 

「アインズ様がそのようなことをお望みではないことはわかった上でお尋ねいたしますが。」

 

 愛する(あるじ)何故(なにゆえ)口パカ、ペカペカなのかを正しく理解している愛妃アルベドがすかさず助け舟を出す。

 

「仮にアインズ様が国家を打ち立てるといたしますと、どのような国号を称されますでしょうか?」

 

 もちろんアルベドは、話題を転じるためにこれを言い出したのだが、そもそも名付けが苦手なアインズからすればこれは余計なお世話以外のなにものでもなかった。

 

「な……あ……ホニョ、ペニョ……」

「ホニョ?」

 

 アインズは思う。

 どうして自分の未だ何処にあるのやらよくわからない脳裏には、何か名前を考えろ、と求められる都度、ホニョペニョコ、というまったく意味不明かつ(くだ)らない音韻がまず浮かぶのだろうか。彼自身はこれを、この世界の外側から強制される呪いのようなもの、と感じている。

 

 といった無駄なやり取りを経て、漸く本題が始まった。

 

(わたくし)自身、これに気付けなかったのは恥じ入るところなのでは御座いますが。」

 

と語るデミウルゴスは、ここ五十年ほどの間に、それまでトブの大森林の森の民を自身の庇護者と考え貢納をおこなっていた大陸西部の村々が、漸次アベリオン丘陵からさらに南に勃興した新勢力へ鞍替えしつつあったことには気づいていた。

 が、この変化は数年に一ヶ村、といった緩やかなものであり、そもそもこれらの村々では領主を僭称する者が森への捧げ(もの)の多寡を巡って平和裏に入れ替わるのも常だったので、アインズ同様に原住民の政治権力構造それ自体に関心があるわけでないデミウルゴスからすれば、これらの事実は、知ってはいるがまったく興味を呼ぶものではなかった。

 より本質的に言えば、ナザリックの面々の中でも突出して思考密度が高いがゆえに、短期記憶が二ヶ月もすればすべて差し替わってしまうデミウルゴスがこういった超長期的な変化の含意を見抜くに向いていない、という意外な弱点を露呈したもの、と言えなくもない。

 無論、デミウルゴスの……というかナザリックの対外諜報戦略にこういう抜け穴がある、ということを事前に知る者など居ようはずもないので、これが実際に弱点となることはあるまいが、唯一の例外として、これを承知していた彼の息子アレインは、まんまと父の目を欺いて機械文明社会を灰燼に()すきっかけとなった狂宴(サバト)開催を、事前察知されることなく成し遂げた、と言うことは出来よう。

 

 さりながら、意識には(のぼ)っておらずともこういった有象無象の出来事を豆に日記に書き(とど)めるデミウルゴスなればこそ、事後的にこれを俯瞰して振り返れば(またた)()にこれらの事象の背景に埋もれる何かを看破してみせるのもこれまた事実。

 実際、今回の一件が起こってからデミウルゴスは大陸西部についての自身の記録を洗い直し、これまでまったく関心を(いだ)いていなかった大陸西部の勢力の変化の始点が、本百年紀の<揺り返し>直後に(たん)を発していることにすぐに気づいた。

 

「つまり、これは六大神の亜種、ということですかな?」

 

 と問うたのはパンドラズ・アクター。

 如何にしてギルド拠点維持費を賄うか、その戦略はまさに彼の関心の中心にある。

 

 (いま)彼から言われるところの六大神は、ナザリックが最初に知った自分たち以外の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であり、その時点で既に滅亡して存在してはいなかったが、アインズたちがこの世界に顕現する六百年前に渡り来て原住民を束ねた国家モドキを打ち立て、そこからの徴税で以てギルドの維持を試みたことが、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの証言、デミウルゴスが収集したこちらの世界の文献記録から明らかになっている。

 

「そういうことになるだろうね。」

 

 デミウルゴスは薄ら笑みを浮かべながらそう応じた。

 

「もっとも、六大神があくまでも体裁だけは国家を擬して自らその頂点に君臨したのに対し、今回の連中はまったく(おもて)に姿を現していない。仮にひと暴れでもしようものなら、ニグレドがこれに気づかないはずはないからね。」

 

 実際、ここ二百年の間、ニグレドの長距離探査(ロングレンジスキャン)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の蠢動を疑わせる大規模な戦闘や破壊を検出したことはなかった。

 

「ですが、逆にそうであればこそ、その(もの)たちの拠点規模の多寡が知れますわな。

 正確なところはシズと語らって試算してみねば断定は出来ませんが、拠点レベル四百を超えることはありますまい。」

 

 パンドラズ・アクターが言っているのは、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)自らが矢面に立たず、使嗾の叶った現地人のみに財の収集を委ねているのであれば、それで賄えるギルド維持資金など(たい)したものではない、という話になる。

 

「だがパンドラ。」

 

 ここまで黙って、自身ではたちまちには思い及ばなかった知の下僕(しもべ)の分析にひたすら感心していたアインズが口を挟んだ。

 

「オレもそいつらの拠点規模が小さい、という点についてはまったく同意だ。

 が、そいつらが、どうやら(たる)るを知る者であるらしい、という点は要警戒じゃないか、と思うんだが、どうだろう?」

 

 アインズの感覚としては、拠点維持資金の自転車操業、などというのは考えたくもない事態だ。

 万が一の下僕(しもべ)の敗死を筆頭に、急に大量のユグドラシル金貨を必要とする場面は少なからずあるが、その日、その日に拠点が求める維持費を宝物殿に前以て揃えることが叶わなければ、その瞬間にギルド拠点は崩壊してしまうのだから、少しでも多くの金貨を確保しておきたい、と考えるのは自然な発想であり、自身のみならずこれまでに邂逅した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)たちも(みな)そうだったはずだ、とアインズは考えている。

 だが、只今議されるところのそれはそういった発想を有しておらず、必要最低限の資金さえ確保できれば問題なし、と割り切っているようにアインズには思われた。少なくともそうでなければ、五十年近くもその兆候をナザリックが見落とす、などということはない、と。

 それはとりもなおさず、今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が、良かれ悪かれ真っ当な知性を有していることを示唆している。

 

「そのご懸念はまさに仰せの通りか、とは存じますが。」

 

と応じたのはアルベド。

 

「一方で、その(もの)たちが不届きにも、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、などと称していることと整合しないように思われます。よもや麗しの御尊名に、かような中二病(ちゅうにびょう)丸出しの醜悪極まりない翻案(アレンジ)を加えようなどとは、愚かしいにもほどが御座います!」

 

 口パカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカ!

 

 既にデミウルゴスの過去の調査記録から、少なくとも神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名は大陸西部の村々では用いられていないことがわかっていた。もし用いられていたら、その時点でデミウルゴスがそれを見過ごすはずはない。

 これらの併呑は、南からやって来た軍勢が貢納を求めた瞬間に無血でおこなわれたため、彼らは強いて名乗りを上げる必要もなかったらしい。これが徐々に北上を続けてきてアーグランド評議国の縄張りと接触し、彼ら自身はよもやあるまいと考えていたであろう明確な降伏拒絶を受けて、初めて名乗られたものであるようだ。

 

「これは国家の版図拡大というよりはむしろ、極道(ヤクザ)の手口、で御座いましょう。」

 

 そう無闇に楽しそうに言うのは、もちろんデミウルゴス。

 

「この(もの)たちの関心は、定期的に付け届けがなされること、ただそれだけに注がれておって、何某(なにがし)かの政治権力体制に組み入れる、などという意図はないものか、と。

 この(もの)たち自身、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国なる()が何を意味しておるやら理解しておらず、自分たちの威勢のみで(くだ)らぬものにその名を示せば、<現実(リアル)>においてしばしば代紋がそのような力を発揮したのと同様に、自ずと相手が平服する、などと思い込んでいたと考えると筋が通りましょう。」

 

「つまりデミウルゴスは、今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)とその配下に加わって実働していると見られる軍勢の間には、認識の乖離がある、と見立てているのね?」

 

 アルベドがそう問うと、デミウルゴスは煽るかのように、

 

「それ以外に何かあるかね?」

 

と返した。

 

 おまえら。

 そこに気が回るのなら、オレとおまえらの(あいだ)に横たわる認識の乖離にもいい加減気づいてくれないか……などと考えつつ、うーむ、とアインズは唸る。

 

 正直なところアインズとしては食指の動かない話だ。

 自身の名が僭称されている、という点を除けば、これは表面上は単なるこちらの世界の勢力争いに過ぎず、アインズ自身に積極的にそれに関わる理由はない。そこに来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が関わっていたとて、穏便な手段でギルド拠点維持のみを図る存在は放置で構わない、は過去から貫かれてきたナザリックの基本戦略の一つ、ではある。

 一方で、三賢者(トリニティ)はともかく、他の下僕(しもべ)がこの一件を知れば……特にアベリオン丘陵と少なからぬ因縁を有するコキュートスあたりがこれを知れば、()めるのも聞かずに出陣して、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、配下の軍勢諸共に鏖殺しかねない話だろう。

 アインズ自身にも、栄えあるギルド、更には当地に至って以降は自身の名乗りでもあるアインズ・ウール・ゴウンの名を(けが)された、という思いがまったくないわけではないが、それを言い出したら自分は何度デミウルゴスをブチ殺していても足りない、という話になるし、腹立たしくあってもこれに真顔で(いか)りをぶつけるのは、あまりに大人げないじゃないか、という気もしている。

 

 また、これは必ずしも本人が自覚していることではないが、前回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)水晶の夜(クリスタルナイツ)が存外高い知性を有するNPCに率いられていて、これに振り回されて思いもよらなかった長期戦にもつれ込んでしまった、という反省もまた、少なくともまったくの阿呆ではないように思われる今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対する即応を、アインズに躊躇わせていた。

 

「放置、でよろしいのではないですか、父上?」

 

 そういった判断の感性は当然のことながら創造主に通じるパンドラズ・アクターが言う。

 

「リ・ウロヴァール、とやらにその(もの)たちが現れたとして、ツアーなれば容易(たやす)く討ち取りましょうし、万が一苦戦することがあっても我等が来援すれば済む話で御座います。」

 

「ま、そりゃそうだわな。」

 

 アインズは一旦は軽口でそう応じたが、

 

「しかし……どういうことなのか、は気にはなるな。」

 

と呟く。

 これに対し、よもや単騎で乗り込んで何かなさるおつもりでは、とアルベドが不安げな表情を浮かべたが、これはデミウルゴスの、これまた無闇矢鱈に愉快げな声に掻き消された。

 

「アインズ様が何をなさらずとも、遠からず真相は明らかになりましょう!」

 

「……そうなの?」

 

「アインズ様もお人が悪い!

 御身が自ら差配なさっておることで御座いますのに!」

 

 あー、また何か嫌な予感がしてきたぞ、この流れ……。

 

 結局この日の三賢者会議(トリニティ)は、万が一に備えてニグレドの探査範囲(スキャンレンジ)をアベリオン丘陵以北に引き下げる(ほか)は、何か目立った動きがあれば追って検討、ということのみを確認して散会となった。

 

 そしてその目立った動き、は、思ったよりも早く訪れることになる。

 

 

                    *

 

 

 アベリオン丘陵を越えて大陸南西端、かつてローブル聖王国と呼ばれた半島は、大魔王アインズ・ウール・ゴウンによってもたらされたところの<(めぇ)()く七日間>の被害が、比較的……あくまでも比較的、にである……小さかった領域になる。

 

 同地を襲った可愛い可愛い仔山羊(こやぎ)ちゃんは、アレイン皇国から直接西進した一頭と、北回りで再び丘陵を越えて時間差で侵入した一頭の計二頭あった。

 距離的な問題からナザリックでは把握されなかったが、最初の一頭は南聖王国の人口密集地をあらかた破壊した後、南端で突如地中から現れた蛇女(ナーガ)火炎竜(サラマンダー)魔将(デーモンロード)嘆きの妖精(バンシー)とぶつかった。これらは必ずしも当地を守ろうとしたわけではなく、地中(ふか)くで沈黙していたものがレイドボス級の魔物の接近に気づいて本能的に応戦したものだ。これらは結果的に刺し違え、少なからぬ南部の民を救った。僅かにあった、千年前に当地に降り立ち数々の奇跡を為したと伝えられるナズディークの聖主の伝説を知る人々は、これは聖主が鎮めた魔物たちがその折伏に従って我等を救ったものだ、と感謝の祈りを捧げた。

 遅れた一頭は、特に文明化されていたわけではないアベリオン丘陵はほぼ無視で直進し、王都ホバンスを含むあらかたの都市を破壊し尽くしたが、この騒ぎに気づいた一柱(ひとはしら)竜王(ドラゴンロード)がやはり自身の縄張りに対する防衛本能で襲いかかり、深手を追いつつもこれを屠った。南海の孤島にある塒に戻った翠森の竜王(ビリジアンフォレストドラゴンロード)は、かつて肩を<天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)>で貫かれた代償に得たユグドラシル金貨五千枚の敷かれた寝床で、今なお<永い眠り>を貪っている。

 

 このような次第で、国家統治機構の(たぐい)は一切失われつつも、人々の(もとい)となるところの営農への被害が最小に(とど)まったこと、今なお人々の生き方に大きな影響を発揮している四つの(あら)ず教団の存在もあって、比較的平穏な二百年を過ごして来た。

 

 ここに変化が生じたのは今からおよそ五十年前、後知恵(あとぢえ)で考えればまさに<百年の揺り返し>の時分のことになる。

 王都ホバンス廃墟の一角に、最初は山羊人(バフォルク)の一団が(たむろ)するようになって、周辺の農村から「御蟲様(おむしさま)の御用である」などと称して食料、金員の(たぐい)を徴発するようになった。後にここに人間種、豚鬼(オーク)獣身四足獣(ゾーオスティア)などが加わって混成集団と化していくのであるが、その(さま)はリ・ウロヴァールの統治官(アルコーン)たちが評して見せたように、まさに愚連隊としか言いようのないものだった。

 が、彼らは存外統制が取れていて、出すものさえ出せば略奪や殺生には及ばなかったので、そもそも寛容な当地の人々は黙って彼らの要求に応じ、また、愚連隊も収奪される人々の生活基盤の破壊に至るような収奪には決して及ばなかった。

 対して、アベリオン丘陵の亜人勢力の中でも四つの(あら)ず教団の最も原理主義的な一派はこれに強く反発した。彼らは、愚連隊の収奪ではなく、そこに彼らにとっては正義の神であるところの、御蟲様(おむしさま)、の名が騙られたことに憤ったのだが、元より彼ら自身もその教えに従って自身の正義を力尽くで他者に()いることは好まないので、専らその抵抗は辻に立っての説法に()った。

 

 しかし、これはまったく功を奏しなかった。

 と言うのも、愚連隊には愚連隊なりの言い分があったのであって、その最たるものは、おまえたちのいう御蟲様(おむしさま)は、先の大災厄に際して何も為すところがなかったではないか、というもので、これは存外、ずっと廃墟の中で暮らして続けてきて絶望の中に身を置いた若者たちの心を捉えていた。

 

 加えて。

 実際に彼らは、教団が言うところとは別の御蟲様(おむしさま)を奉じていたのである。

 

 

 

 森の玄関口(アントレ・デラフォレ)で大敗北を喫した一団がホバンス廃墟の愚連隊の根拠地まで戻って来るのに二ヶ月強を要した。

 これは難路であったから、ではなく、途中に散在するところの既に彼らの版図にある村々に立ち寄って飲み食いに興じていたからだ。大陸西部の既に(くだ)った村々は、彼らを貢納先の自身の庇護者の使いである、と見做(みな)していたので、よほど無茶な要求でなければむしろ喜んでこれを饗応した。

 一方で、彼ら自身にとってはよもやの敗北を報じるべくの帰参は気が重く、ついつい各所で長逗留を繰り返して引き伸ばしを図ったものだが、このまま永遠に村々を渡り歩くわけにもいかず漸く敗走の長旅を終えた、という(てい)である。

 

 只今の彼らの根拠地はホバンス廃墟の外れにあって、辛うじてかの大災厄での破壊を免れた聖堂だった。

 奇しくもそれは、アベリオン丘陵に鎮座する総本山に秘蔵されると伝わるところの、御蟲様(おむしさま)より下賜された円盾(ラウンドシールド)欠片(かけら)聖遺物(レリック)として祀っているとされるものだ。もっとも、元はナザリックで鋳造されたそれが現地人に分割できたはずはないので、あくまでもそういう箔付けがなされただけの建物ではあるのだが、その霊験あってか黒い仔山羊(こやぎ)ちゃんはそれを破壊しなかった。

 同様に、丘陵の総本山もまた健在であり、何ならそこには大災厄に際して多数の亜人が(あつ)まって祈りを捧げて難を逃れたのであるが、この逸話(エピソード)は、教団がいくら喧伝すれども愚連隊の改心を促すには至っていない。

 

 敗残兵の親分筋にあたる山羊人(バフォルク)が彼らの帰参に気づいて歓迎の出迎えをおこなった。

 彼の認識としては、子分たちは二つの街を併呑するものと解していたので、当初見込みよりも長い時間を要した遠征にもこの時点では何ら疑念を(いだ)いてはいなかった。が、()()ず、と語られた何があったかの報告を耳にするや、たちまちに顔色を変じ、大慌てで聖堂へと駆け込んだ。

 

 聖堂の最奥、かつての礼拝室は只今は謁見の間として用いられており、彼らすべての愚連隊を束ねる(もの)がその玉座に座している。

 

 その姿は。

 二脚四腕の、まさに御蟲様(おむしさま)

 

「お、御蟲様(おむしさま)。一大事です!」

 

 駆け込んできた山羊人(バフォルク)が跪礼を執って玉座の異形の(もの)に告げる。

 

「……何事カ?」

 

北伐(ほくばつ)に加勢いただきましたブラッディーレイン様……討ち死に、とのことで!」

 

「何ダト!」

 

 ぼっ、と左右の頬の辺りから吹き出した吐息が炎となって燃え上がる。

 それに(おそ)(おのの)きながら、山羊人(バフォルク)は子分たちから聞き及んだあらましを異形の(もの)に伝えた。

 

「どうか、敗残の兵たちに寛大な処分を賜れますよう、方々(かたがた)にお執り成しを!」

 

 訴える山羊人(バフォルク)の関心は、敗戦そのものよりもその(せき)を問われることに向かっている。彼は、あくまでもその矛先は子分たちに向かうもので、自分はその行く末を案じる(もの)だ、といった具合に喋っているのが、如何にもの小者感(こものかん)である。

 一方でこれを聞かされた異形の(もの)にとってはそんなことはどうでもよい話で、ただただ、よもやこちらの世界の住人に遅れを取ることなどあり得ない、と考えて疑わなかった、忠誠の鍵を共有する仲間の敗死の報せにただただ当惑するばかりだ。

 

「私デハ判断デキン。方々(かたがた)ニオ伺イヲ立テルユエ、(しば)シ待テ。」

 

 そういって異形の者は立ち上がり、背後の(すだれ)で区切られた小祭室へ姿を消した。

 伏礼でこれを見送った山羊人(バフォルク)の判断は、断罪の結論を待つのは得策ならず。子分を引き連れ逃げるが勝ち、である。

 

 

 

方々(かたがた)ニ、火急ニオ伝エスベキ儀コレアリ!」

 

 蟲形(むしがた)の異形は、簾の陰で<転移の指輪>を用い、自身のギルド拠点入口へ跳んだ。

 足早に中へ進み、大声で急報を告げつつ玉座の()に踏み込んだが。

 

「うるせー!(いま)いいところだからちょっと待ってろ!」

 

と怒鳴りつけられてその歩みが()まる。

 

「いやいやいや、それはないんじゃないですか?

 コンチュータスはよくやってくれてるんだから、そういう態度はあんまりですよ。」

 

 怒鳴りつけたのとは別の声色がこれを窘め、続いてもう一つの声色が、

 

「私が聞こう。コンチュータス、どうしたね?」

 

と問うた。

 コンチュータスは、ガクッと膝をついて涙混じりの声をあげる。

 

「我等ガ同志、ブラッディーレイン、ガ討チ死ニイタシテ御座イマス。」

 

「なんだと!」

 

 最初に怒鳴った声が再びそう怒鳴った。

 逆に、諌めた声はたちまちに泣き声に変わる。

 

「そ、そんな……ボ、ボクのブラッディーレインが。」

 

「コンチュータス、今の時点でわかっていることを教えてくれるかい?」

 

 最後に問うた声が、再び仔細を問う。

 コンチュータスは現地人山羊人(バフォルク)から語られた同僚の最後を報じた。

 

 曰く、北方の丘上町(バスティード)攻略に際し、吸血鬼(ヴァンパイア)ブラッディーレインは、部隊の損耗を憚ってこれを後方に(とど)め、自身は単騎で突入を試みたが、上空から姿を現した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が見たことも聞いたこともないとてつもない破壊力の炎の魔法を矢継ぎ早に放ち、これを立て続けに喰らったブラッディーレインは燃え上がって灰になった、というものである。

 

「あのブラッディーレインが部隊の損耗を憚って後方に(とど)めただと?

 そんなことあるはずねーだろ!ちょっとその報告した奴を連れて来い、八つ裂きにしてやる!」

 

「だからボクは嫌だったんだよー。

 八つ裂きとかはいいからさ、ブラッディーレインを復活させておくれよ!」

 

 怒鳴り声と泣き声の言うところは身勝手で噛み合わない。

 

「金貨が五億枚貯まるのを待つしかないんじゃないかな。」

 

 変わらず平板な口調で話す最後の人物にそう言われて、泣き声は、

 

「それっていったい、いつの話になるんだよー!」

 

と不平の声を上げた。

 

「阿呆か、おめーら!そんなこたーこの際どーでもいいんだよ!」

 

「どーでもよくないよ、ボクのブラッディーレインを返しておくれよ!」

 

「それはタッチューの言う通り、五億枚貯まるまで待つしかねーだろ!」

 

「呼び捨てはしない約束じゃなかったかな?」

 

 タッチューと呼ばれた最も冷静に話す人物がそう抗議するも、(いか)り声は取り合わない。

 

「それもどーでもいいよ、ボケ。

 重要なのわなぁ!

 俺たちゃー、舐められたら仕舞(しまい)なんだよ!」

 

「まったく……フンバルトくんは血の気が多い。」

 

とタッチュー。

 

「舐められてもいいからブラッディーレインを返しておくれよ!」

 

「女々しいぞ、ケロロンチー!」

 

 このグダグダな口論を跪いたまま聞いているコンチュータスの心中は複雑だ。

 方々(かたがた)は、我等がギルド拠点を守り抜くには余りに幼い……幼過ぎる。

 

 されど、自身はギルド忠誠の鍵に縛られる身、方々(かたがた)に対する忠誠もまた絶対だ。

 

「コンチュータス!

 ブラッディーレインが()られたってー町の座標は特定できんのか?」

 

「まさか乗り込む気かい?」

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ごとき雑魚に手下を()られて舐められるわけにゃいかねーんだよ、クソが!」

 

「こちらの世界の存在を舐めてかかっていたのはボクたちの(ほう)だ。

 むしろこの反省を活かして次へ繋ぐべきだと私は思うがね。」

 

「おまえは勝手に思ってろよ。

 俺は俺で落とし前はつけさせてもらう!」

 

「……お好きにどうぞ。

 ただギルドの他の下僕(しもべ)は使わないでおくれよ。彼らは私たちの共有の財産だ。」

 

「ブラッディーレインはボクのだよ!」

 

「黙れケロロンチー!

 元よりそのつもりだ。その骸骨野郎を町諸共に吹っ飛ばしてやる!

 おい、コンチュータス、座標はまだかって言ってんだろーが!」

 

「ハッ!

 ……正確性ヲ欠キマスト御身ニ害ガ及ビマスレバ、(いま)暫クノ御猶予ヲ。」

 

 

                    *

 

 

「どのような御方でも……たとえ吸血鬼(ヴァンパイア)であっても、巡礼の(かた)を拒みはいたしません。」

 

 魔現人(マーギロス)の司祭に恭しく出迎えられたキーノ・インベルン率いる<黒の百合>の一行は、アベリオン丘陵の中央よりやや南西寄り、広々とした窪地の中央に鎮座する四つの(あら)ず教団の総本山、円盾大聖堂(カテドラル・デレスクード)の中に入った。

 

「私たちは必ずしも祈りを捧げに来たわけじゃない。」

 

 真正直(ましょうじき)にキーノはそう告げたが、

 

「まずは形だけでもどうぞ。正義のお導きが皆様にありますように、御蟲(ヴァーミン)。」

 

と応じられて、仕方なく四人は、いささか馬々鹿々しく思いつつも、蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスが遥か昔に当地に遺した円盾(ラウンドシールド)が今も収められているという聖櫃に、形ばかりの黙礼を捧げた。

 クレマンティーヌは、敢えて深く頭を下げて珍しく素直にこれに従ったクゥイア、クゥイナの顔を覗き込んだが、案の定二人は、頭を下げつつもベロリ、と舌を出していた。ワタシもやっとこう、ベー!

 

「少し話を聞かせてもらえるだろうか?」

 

 キーノは、やはり直球で言葉を投げかけた。

 自分たちは北の(ほう)からやって来たもので、村々を巡って貢納を求めている帝国、なる存在について、必ずしも敵対する意図はないが、それが何者であるかを知りたいと考えている、と。

 

 しばし呻吟した後に司祭は答える。

 

「帝国、というのはよくわかりませんが、その(もの)たちは承知しています。

 畏れ多いことに、御蟲様(おむしさま)の名を騙ってみかじめ料を巻き上げる地回りヤクザで、(わたくし)どもの教導にも耳を貸しません。」

 

 キーノは意外さを覚えた。

 てっきりローブル聖王国の後継国家として神聖……帝国が成立しているものか、と言葉通りに受け取っていたが、どうやらそういうわけではないようだ。

 

「何故そんな連中が放置されているんだ?

 当地にも、ましてや丘陵全体に求めれば、そいつらと対峙出来る猛者はいくらでもいるだろう?」

 

 やはり素直に発せられたこの問いに対する答えは、当地に特有のものではあるがキーノが納得できるものではなかった。

 

「彼らには彼らの言い分があってやっていることで、これを力尽くで屈服させることは、御蟲様(おむしさま)の教え、正義は自明に(あら)ずに背くこととなりましょう。」

 

「そいつらの行為で苦しんでいる者があるとしてもか?」

 

「みかじめ料を払った(もの)は払った(もの)で、何か思うところがあって従ったものでしょう。いずれに正義があるかは、決して不明に(あら)ずではありますが、さりとて、(わたくし)ども凡俗が俄に決することのできることではありません。」

 

 この極端に物わかりが良いのか、あるいはすべてを諦観しているのか判断し難い物言いにキーノはひたすら首を傾げた。いや、信仰者というものは、こういうものであり、むしろこうあるべきなのやも知れない、という思いもある。

 

(あい)わかった。」

 

 片手を開いて突き出し、キーノはそう告げる。

 これ以上、この(もの)と語らってもおそらくは益はあるまい、と。

 

「だが、一つだけ聞かせて欲しい。

 私たちは自分の目で真実を確かめるべく、その連中を訪ねてみるつもりでいる。」

 

 司祭はこれには何とも応じない。

 

「誤解しないで欲しいんだが、決して事を構えようとか、そういうつもりはない。何が正義であるかは決して自明でない、というおまえの言葉は正しい、と私も思う。

 それでも敢えて問うが、その連中には突き抜けた強者(つわもの)が混じっているか?戦いに備えて訊いているわけじゃない。むしろ、それを避けるために訊いている。」

 

 やはり司祭はたちまちには言葉を返さなかった。

 まぁ、立場上そうなるわな、と諦めたキーノは「行こう」と仲間に告げて立ち去ろうと身を翻したが、その背に司祭の声が投げかけられた。

 

「事実や(いな)やは知る由もありませんが。」

 

 肩越しにキーノは司祭を顧みる。

 

「彼らは、偽りの御蟲様(おむしさま)を奉じている、とも伝え聞きます。

 どうかお気をつけて。」

 

 軽く片手を挙げて謝意を示し、キーノたちは大聖堂を(あと)にした。

 当地に伝わる御蟲様(おむしさま)、とやらが実のところ何であるかは(しか)とはわからないが、おそらくはユグドラシルからやって来たプレイヤー、またはNPCであるのはほぼ間違いない、とキーノは考えている。

 

(むし)……っていえば、アインズさんのところにも何かゴッツイのがいたよねー?

 ワタシが初めてあいつに()られたときに前衛をやってた白銀、四本腕の甲冑武者よん。」

 

 いつからかクレマンティーヌは、こんな具合に、かつては思い出す都度に誰の目も憚らず取り乱して見せたアインズに殺された数々の記憶を、まるで過去の友達との邂逅を懐かしむかのような口調で語るようになった。

 キーノも、クレマンティーヌが語るところのその存在を記憶はしている。確か、スレイン法国……あの時点では既に報国だったか?……で来訪者(ユグドラシルプレイヤー)と邂逅したまさにそのとき、<転移門(ゲート)>でアインズたちが乗り込んで来た際の近衛の一人だったはずだ。

 

 名は知らないが、彼がアインズに背いて神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を名乗っているのだろうか?

 

 仮にそうだとすれば、そいつは既にナザリックが管理する記憶とは無縁の存在になっているだろうから、当然のことながら我々とアインズさんとの関係についても理解はしてくれないし、むしろアインズさんと親密……とは言えないものの、決して敵ではない我々の立ち位置を知れば、敵の味方は敵、と問答無用に判断される恐れもある。

 

「まぁ……毎度のことながら、出たとこ勝負の感がなくもないが。

 それでも、連中が無分別な殺戮や略奪に乗り出していない以上、対話の機会はあるはずだ!」

 

 自身を鼓舞するかのようにキーノはそう宣じた。

 クレマンティーヌも、強く頷いてこれに賛同する。

 

 さて、待ち受けるのは鬼か(じゃ)か……それとも?

 

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