億劫のオーバーロード   作:wash I/O

98 / 144
ニグレドの目が神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を名乗る来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の活動を捉えた……のだが。


4.復唱不能(アンリピータブル)

最大警戒(フェイタルアラーム)!)

 

 ナザリックの目、ニグレドからの<伝言(メッセージ)>が届いて、アインズはその手を()めた。

 

(トブの森西側外縁、西方およそ二十キロの中空(ちゅうくう)に超位魔法の準備段階(フェーズ)を検知。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)1、推定レベル七十から八十、脅威度中。発動までおよそ三十秒!)

 

 アホか!白昼、しかも単騎で何やってやがるんだ!

 いや、昼間から何やってんだ、という点ではオレも偉そうなことは……言えんか。

 

「オレにそいつの直上五十メートルの座標を。

 (あと)からシャルティアとデミウルゴスにオレを追わせろ。」

 

 そう命じながら、アインズは神器(ゴッズ)級の漆黒の装束(ローブ)の袖に骨の腕を通す。

 

(どうぞご武運を。)

 

「あぁ、ありがとうニグレド。

 すまんがアルベド、続きは帰ってからだ。」

 

「承知いたしました、どうぞご武運を。」

「<転移門(ゲート)>!」

 

 全裸の愛妃アルベドの傍らに禍々しい渦が巻き起こり、アインズは所持品(インベントリ)から聖遺物(レリック)級の一本の(スタッフ)を取り出しながらそこへ飛び込む!

 

 

                    *

 

 

「さて……目当ての町とやらは何処だ?」

 

 麾下のNPCコンチュータスに命じて得た転移先座標……万が一のことがあってはならぬ、とその算出には検算に検算が重ねられ、確定にまで二日間を要した……に自ら<転移門(ゲート)>を開いてはみたものの、たちまちにそれらしい物は見当たらなかった。

 

「五キロ程ノ誤差ハ許容願イマス。」

 

 コンチュータスは馬鹿正直にそう告げたが、上空から俯瞰すれば見つかるだろう、とフンバルトは<飛行(フライ)>で蒼天へと舞い上がった。

 

 まず目につくのは東の方角に果てしなく拡がる広大な森。少し視線を左に向ければ彼方に万年雪を頂上部に湛える険しい峰々が見える。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの自然愛好家ギルメン、ブループラネットでもあれば溜息をついて感銘を覚えるこの情景も、そういった感性を欠くフンバルトには何の感銘ももたらすことはない。

 

 彼の認識としては、それらはただ狩り場の背景であるに過ぎない。

 

 くるり、と周囲を見回してみて、先程眺めた森とは丁度逆方向、三キロほど先に、丘の上に石造りの町並みが見えるのを認めて「コンチュータスもなかなかやるじゃないか!」とフンバルトは嘯いた。一息にその上空へと移動すると、町には少なからぬ人間と小鬼(ゴブリン)の姿があって、見下ろすそれは人形(ミニチュア)のようだ。

 

「あー、あー。」

 

 声の調子を確かめて、フンバルトは大声を張り上げた。

 

「聞けぃ、クソども!」

 

 声が届かなかったのか、あるいは、聞こえたとしても誰も上空から呼び掛けられる、とは思ってもみないことなので、敢えてこれを見上げて確かめる者がなかったからなのか、特に反応はない。

 

「おまえらは、俺たちに喧嘩を売った!

 その代償は身を以て支払ってもらう。」

 

 やはり誰からも反応は返ってこないが、自身の台詞に酔っているだけのフンバルトは、そんなことには何の関心もなかった。

 

「ブラッディーレイン同様に、業火の中で焼き尽くされるがいい!」

 

 そう叫ぶや、ブンッブンッブンッ、と腕が振られる。

 超位魔法の準備段階(フェーズ)開始の所作だ。

 

 光り輝く複雑怪奇な魔法陣がフンバルトを包み込むに至って、昼過ぎの陽光とは異なる方角からの不思議な光に気づいたいくらかの人間、小鬼(ゴブリン)が東の空を見上げるも、それが何であるかを理解する者はやはりいなかった。

 

「満願成就までもう少しだ、分不相応な行為の(むく)いを思い知れ!

 フハハハハハッ!」

 

 フンバルトは、八の字に広げた両手の平を上に向け、勝ち誇ったように天を仰いで笑ったが、そのとき漸く、自身の真上から()ってくる何か、杖を振り翳した黒衣の……

 

 ボクッ!

 

 落下速度に加えて思い切り振りぬかれた打杖(ストライキングスタッフ)が、物の見事にフンバルトの顔面を捉えた。この致命的一撃(クリティカルヒット)が、充填完了まで僅か数秒の超位魔法を無効化(キャンセル)し、光り輝く魔法陣が虚しく霧散する。

 

「ゲフッ!」

 

 ズドン!

 

 まったく無防備なままに奇襲を受け、間抜けな呻き声を漏らしながらその身体は勢いのまま背中から地面に叩きつけられた。丘上町(バスティード)の斜面に高々と土煙が立ち昇り、ここまで無関心だった町衆も、流石に何事か?と驚いて、町壁の上に人影が集まりつつある。

 

 ズンッ!

 

 フンバルトが自身の落下で穿(うが)った穴の傍らに着地した黒衣の骸骨。

 流石にこれで死んではいないだろうから、這い上がってくるまでは待ってやろう、と余裕の構え。

 

 ややあって、穴の中から何かが出て来る。

 

 最初に見えたのは……絹帽(シルクハット)

 

「……ん?」

 

 続いて皮手袋を嵌めた手が穴の(ふち)を掴み、よっこらせ、とよじ登ってくる。

 覗いた顔は山羊のそれ。ご丁寧に片眼鏡(モノクル)までかけている。

 

 ……ウルベルトさん?

 

 なわけはない。

 単騎で超位魔法に着手した阿呆のことだから無対策に違いない、と踏んだアインズは<無詠唱(サイレント)>で相手の各種能力値(ステータス)の読み取りを試みた。

 

  種族:山羊人(バフォメット) レベル:七十四

  属性(クラス)魔法詠唱者(マジックキャスター)呪術師(ソーサラー)扇動者(アジテーター)……

 

 何じゃ、こりゃ?

 

 これはどう考えても盟友ウルベルト・アレイン・オードルの劣化版模倣品(コピー)だ。

 魔法探査にまったく無防備であるがゆえに、習得魔法の一覧もアインズは把握するが、当然のことながら<大災厄(グランドカタストロフ)>等の最上位のそれを欠きはするものの、その多くが派手好みのウルベルトが愛用した、大火力ではあるが継戦面に不安のあるそれに一致する。

 一方で、地味ではあるが<世界最凶(ワールドディザスター)>の称号獲得に絶対に必要となる要素を悉く欠くこの粗悪な組み上げ(ビルド)は、まさに、ウルベルトを見た目だけ模倣すると出来上がる代物だ。

 

「土着の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ごときがやってくれるじゃねーか!」

 

「ふぁ?」

 

 紳士正装(フロックコート)の土埃を払いつつ立ち上がりながらそう言う山羊男に、思わずアインズは間抜けな声を漏らす。

 

 こいつ……ウルベルトさんの猿真似をしながら、オレが誰かわからんのか?

 そんな馬鹿なことあり得るか、常考(じょーこー)

 

「そっちから出て来てくれたのなら話は早い。ブラッディーレインの(かたき)は取らせてもらう。」

 

 ……(かたき)

 何の話してんだ、この馬鹿?

 

 それに……今、ブラッディーレイン、とか言ったか?

 まさかとは思うがシャルティア(ブラッドフォールン)の劣化模倣品(コピー)もいるのか?(かたき)って言うくらいだから、この馬鹿の下僕(しもべ)にそういうのがいて、誰かに()られたのか?

 っつーか、現地人(げんちじん)(ごと)きに()られてたら、ソレ、もうシャルティアの模倣品(コピー)でも何でもねーだろ!

 

 アインズの脳内に益体もないツッコミが吹き荒れていることなど知る由もない山羊男は、幸せなことに今なお自分の台詞に酔っているのか、ぺらぺらと御託を並べた。

 

「神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国に楯突いた己の愚かさを思い知るんだな!」

 

 ほぅ……そういうことか。

 

「奇遇だな。」

 

とアインズ。

 

「ハッ?……な、(なに)が、奇遇なんだ?」

 

 雑魚(ざこ)、と思い込んでいる相手から余裕綽々の言葉が返って来て、あからさまに狼狽する山羊男。

 

「オレも……アインズなんだよ。」

 

 これで流石に気付くだろ。

 だが、山羊男の反応は、

 

「貴様……余程、俺を怒らせたいらしいな!」

 

 はい、馬鹿確定。

 

「死ね、<核爆発(ニュークリアブラスト)>!」

「<暗黒孔(ブラックホール)>。」

 

 山羊男はすべてを焼き払う地獄の業火を放つも、たちまちにアインズが生成した重力井戸(ブラックホール)にその威力すべてが呑み込まれる。元より、さきほど覗き見た相手の能力から続くであろう数手(すうて)を読み切っていたアインズにとっては、至極当然の対応に過ぎない。

 

「な!」

 

 いや……この程度で驚く奴がオレに単騎で挑むなんてあり得ねーだろ!

 

「「アインズ様!」」

 

 そのとき、上空から遅れてやって来たデミウルゴス、シャルティアの声がする。

 あー、この馬鹿、デミウルゴスに見せたらヤバいかもしれないな。

 

「デミウルゴス、上空で待機。封鎖を。」

 

 一方の山羊男は、上空の声を確かめるべく一瞥する余裕もない模様。

 

「ハッ、<次元封鎖(ディメンジョナルロック)>!」

 

 この分だと時間対策も即死対策もしてねーよな、こいつ。

 この馬鹿がすべてを差配した、とも思えないから、とりあえずこいつは屠っちまって、他にいる仲間から事情を訊き出す、でいいかー。

 

 面倒臭くなってきたアインズは、一息に終わらせよう、と決断する。

 ここまでする必要もぶっちゃけなかろうが、最期の最後にコレを見れたら……

 

 この馬鹿も、本望だろうよ!

 

 ババッ、とアインズの骨の両手が八の字に開かれた。

 合わせて、中腹に抱え込む至宝の紅玉が正面から顕わになる。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 ゴーーーン!

 

「……ハァーーーーー?」

 

 山羊男の口がぱかりと大きく(ひら)き、驚愕の声が漏れる。

 

 ゴーーーン!

 

 そのまま草でも()んどけ、馬鹿者(ばかもの)め。

 

 ゴーーーン!

 

「ゲ、<転移門(ゲート)>ッ!」

 

 フンバルトが大慌てで(ひら)こうとしたそれは、デミウルゴスの<次元封鎖(ディメンジョナルロック)>の効果で霧散する。

 

 ゴーーーン!

 

 おまえ……本当に、真性の馬鹿なのか?

 

 ゴーーーン!

 

 おちょくって玩具(おもちゃ)にした方が面白いか。

 

 ゴーーーン!

 

 いや、せっかく発動した技能(スキル)がもったいねーし、()っちまうか。

 

 ゴーーーン!

 

 さてと……<心臓掌握(グラスプハート)>でいいかー。

 

 ゴーーーン!

 

 じゃ、いっきますよーん。

 

 ゴーーーン!

 

 ……ん?

 

 ゴーーーン!

 

 ゴーーーン!

 

 ゴーーーン!

 

 十二秒が経過し、この間に即死魔法が使用されなかったことを以て<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>は、(むな)しく再充填時間(リキャストタイム)のみをアインズに課して効果解除された。アインズが背中に背負った機械仕掛けの時計も、また雲散霧消する。

 

 アインズの目前には……。

 

 土下座でガタガタ震える山羊男の姿があった。

 

 

                    *

 

 

「なんだオメーら?」

「帰った帰った!ここは女子(おんなこ)どもが来る場所じゃねーぞ!」

 

 廃墟の片隅のぽつん、と残った聖堂の周囲に(たむろ)っていた、人間、山羊人(バフォルク)豚鬼(オーク)獣身四脚獣(ゾーオスティア)破落戸(ごろつき)が、黒尽くめの四人組を取り囲んで威圧を試みたが、

 

「「あん?何か言ったか?」」

 

 頭巾(フード)を微かに上げたキーノ、クレマンティーヌが吸血鬼(ヴァンパイア)技能(スキル)を用いるでもなく放った()藪睨(やぶにら)みを受けた途端に、

 

「あ……いや……その……」

「ど、どーぞ、どーぞ、お好きなように。」

「な、何かお探しなのであれば、う、承りますが……。」

 

(みな)、腰砕けになった。

 

 かつてのローブル聖王国王都ホバンス、その廃墟の郊外。

 当地周辺から遥か大陸中西部までもからみかじめ料を集めている愚連隊の拠点、とされる建屋にキーノ率いる<黒の百合>は辿り着いた。

 

 彼らが神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、などという物騒な名乗りを上げた話から、もう少し歯応えのある連中か、と思っていたが、出会う者は(みな)、文字通りの愚連隊、良くて村の力自慢といったところだ。何ならここに至る途中にすれ違った、逃げるように行軍していた連中の方がもう少し……本当に目糞鼻糞程度の差ではあるが、そいつらの方がまだマシだったかも知れない、などとキーノは考えている。

 

「おまえたちの親分と話がしたい。

 御蟲様(おむしさま)……でいいのか?

 あるいは……」

 

 アインズ・ウール・ゴウンか、と問うよりも前に、もっとも卑屈そうな豚鬼(オーク)が「案内いたします!どーぞ、こちらへ!」と飛び出したので、キーノは強いて口に出すべきでない名を出さなかった。

 

 どう考えても、今こうして愛想笑いを浮かべながら先導する豚鬼(オーク)といい、後ろから恐る恐る様子を伺いつつ着いてくる連中といい、当然のことながらユグドラシル由来の存在であるはずはないし、軍隊は当然としてヤクザですらなく、自分たちからみて圧倒的な強者に(へつら)うしか能のない腑抜け、お調子者の(たぐい)だ。

 この奥に待っているのがプレイヤー、あるいはNPCだとしても、どうしてそいつはこんな連中に取り巻かれているのだろうか。ましてや、こんな連中に傅かれている者が、よりによってアインズ・ウール・ゴウンの名を()()()いるなんて、馬鹿げているにも程があるじゃないか!

 

 この時点で、キーノはある程度の見切りをつけていた、と言えるだろう。

 

 果たせるかな、聖堂の奥で彼女たちを待っていたのは金色(こんじき)の蟲形の武者だった。ニ脚四腕の異形のそれが、こちらの世界の天然の存在であろうはずはない。

 

 だかしかし。

 キーノもクレマンティーヌも、おや?と感じている。

 御蟲様(おむしさま)、の名に、アインズ・ウール・ゴウン配下の白銀の武者(コキュートス)のような存在を思い描いていたのに、それと比べると随分と迫力を欠く。特にキーノは、確たることは言えないものの、どちらかといえば、エントマとかいった蟲使(むしづか)いに近い気配だ、と感じていた。

 ナザリック地下大墳墓の食客であった時分、エントマとは一緒に仕事をする機会が多かったし、あそこで出会った存在の中では唯一自身と力量が拮抗すると感じたこともあって、キーノにはユグドラシル由来の存在の力の程を計るのにエントマを基準に考えるのが癖になっている。

 そして、キーノ自身には必ずしもその自覚はないが、エントマが<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>によって定められた力から良くも悪くも変化しないのに対し、当時は第五位階魔法を操るのがやっとだったキーノは、今や第九位階魔法に手が届いている。

 

 つまるところ、キーノにとって目前の金色(こんじき)の蟲は、差しで渡り合えるどころか、正直なところ敵ではなかった。

 が、それと、相手が素直にそれを認めてくれるか、は別問題だ。

 

「お、御蟲様(おむしさま)

 御蟲様(おむしさま)にお会いしたい、と仰る(かた)を……ご、ご案内して参りました。」

 

 別に私にまで敬語を使ってくれなくてもいいのに、とキーノは苦笑いする。

 金色(こんじき)の蟲は、無言のままにこちらを見つめているが、いわゆる表情らしきものがないので、何を考えているのかはまったく予想がつかなかった。

 敢えてキーノは先手を取った。

 

「前触れもなく訪問した無礼は詫びる。」

 

 この言葉に、蟲は静かに片手を差し出して見せた。

 気にしなくてよい、の意だろうか。

 

「私の名はキーノ・インベルン。わかるか、とは思うが真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だ。

 こちらは私の眷属、クレマンティーヌ。そして旅の仲間、双子忍者のクゥイアとクゥイナ。」

 

 キーノの指先が双子忍者を指したとき、あからさまに蟲は身を乗り出して凝視する構えを見せた。

 なるほど、こいつも気づくのか。

 

 キーノは(ひら)いた片手を差し出して蟲を制する。

 

「待て。おまえも立場があろうから、この先の話に人払いが必要であれば、まずはそちらから。」

 

 既に、キーノたちの後ろでは、自分たちが(たてまつ)るところの御蟲様(おむしさま)と対等に渡り合う少女に、破落戸どもがざわめき始めている。必ずしも蟲の立場なんぞを慮ってやる必要もないが、万が一にも乱戦にでもなれば後ろの連中は否応なく(みな)死ぬことになるだろう。破落戸とはいえ、それは避けてやりたい。

 

 意外にもキーノの意図が通じたものか、蟲は四本の腕をひょいひょいと振って後ろの破落戸たちに、出ていけ、と促した。戸惑いからかしばし誰も動かずにいたが、最初の一人が退出すれば、付和雷同に雪崩を打って逃げ散っていく。

 

「オ心遣イ、痛ミ入ル。」

 

 ここに至って、初めて蟲が言葉を発した。

 どうやら話が通じる相手のようだ。キーノはホッ、とない胸を撫で下ろした。

 

「ソチラノ忍者ハ……」

「そう、こいつらはユグドラシルの生まれだ。

 が、私とクレマンティーヌは違う。こちらの世界の吸血鬼(ヴァンパイア)だ。」

 

「ソノヨウナコトガ……」

「それを言ったら、おまえだって随分な数のこちらの世界の子分を引き連れているじゃないか?」

 

 カチカチカチ、と虫が左右の大顎を噛み合わせる。

 笑って……るんだろうな、多分。

 

「失礼、名乗リヲ頂キナガラ返シテイナカッタ。

 私ハ、コンチュータス。方々(かたがた)下僕(しもべ)ダ。」

 

 なるほど。そうだろう、とは思ったが、こいつはいわゆるNPCか。

 

「わかってくれているとは思うが、私たちはおまえたちと事を構えるつもりはない。」

 

「ソレヲ聞イテ安心シタ。私デハ貴女(あなた)ニハ敵イソウモナイ。」

 

 お、意外に素直じゃないか。

 

「訊きたいのはただ一つだ。

 おまえたちは……神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と名乗っているのか?」

 

 この問いに、コンチュータスは押し黙る。

 キーノは、問い方が直裁に過ぎて、必ずしも理解できているわけではないユグドラシルの礼儀作法に背いてしまったものだろうか、と思案する。

 

「いや、問い糾しているわけじゃないんだ。

 理解してもらえるかわからないんだが、この世界でその名を出すことは、場合によってはおまえたちにとって命取りになることもあり得る、ということを伝えに来たんだ。」

 

「……ド、ドウイウコトダ?」

 

 コンチュータスはあからさまに慌ててみせる。

 

「おまえ……アインズ・ウール・ゴウン、を知らないのか?」

 

「ソノ言葉ハ知ッテイル。」

 

 ……はぁ?

 言葉……ってどういうことだ?

 

方々(かたがた)、ノオ好キナ言葉ダ。」

 

方々(かたがた)、というのは……おまえの(あるじ)、プレイヤーということでいいのかな?」

 

「左様。」

 

 どうにも意味がわからずに、キーノは助け舟を求めてクレマンティーヌを振り返るが、こちらは()()胸を張って何やら勝ち誇った様子。

 

「……何やってんだ、おまえ?」

 

「いやー、ワタシの推理も捨てたモンじゃないな、って!

 アインズ・ウール・ゴウン、ってのは、アインズさんだけの名じゃなくて、ワタシらには意味がわからなくてもユグドラシルの連中ならみんな知っている何か有名なモノなのよん!」

 

 あー、そう言えばクレマンティーヌがそんなことを言ってたな。

 

「コンチュータス、そうなのか?」

 

「イヤ、私モ意味ハ知ラヌ。」

 

 ズコッ!

 

「うーん、どうにも話が噛み合わないな。」

 

 キーノは頭を掻き毟りながらそうボヤく。

 

「コンチュータスちゃん!」

 

 と呼び掛けたのはもちろんクレマンティーヌだ。

 複眼で全景を捉えている彼は、名を呼ばれたからとてそちらに頭を向けることはない。

 

「さっきキーノちゃんが、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、の名を出したとき、ちょっと考え込んだよね?アレってば……どういうこと?」

 

 この問いが突破口を(ひら)く。

 

「ソレハ……方々ノ御一方(おひとかた)ガ、在地ノ者タチニ語ッタ名ダ。ダガ、ソレハ、似テハイルガ、我々ノギルドノ名、デハナイ。」

 

「「似てはいる?」」

 

 思わずキーノとクレマンティーヌが唱和す(ハモ)る。

 

「……差し支えなければ、コンチュータスのギルドの名を訊いても構わないか?」

 

「ア…………ソ。」

 

 んん?

 

「……クレマンティーヌ。

 今の……復唱できるか?」

 

「いやいやいや!

 なまじアインズ・ウール・ゴウン、なんて変な言葉を当たり前に知ってるから返って難しいわ!」

 

 うーむ、と唸るキーノ。

 

「すまない、コンチュータス。

 とても失礼なことなのかも知れないが、ユグドラシルとこちらの世界の音韻の違い、か何かのせいだと思うんだが、おまえたちのギルドの名は、ちょっと私たちには聞き取りにくい、というか、わかりにくい、というか、紛らわしいものだ。

 本当に申し訳ないんだが、もう一度、ゆっくり言ってもらえるか?」

 

 意外にもコンチュータスは、キーノが随分と自身に気を遣っていることに気づいたようで、

 

「ソンナニ(かしこ)マッテモラワズトモ構ワナイ。ユックリ言エバイイカ?」

 

と断りを入れた後に、続けてこう言った。

 

「ア、イ、ソ、ズ、ウー、ノ、レ、ゴ、ウ、ソ……ダ。」

 

「「うがーーーっ!」」

 

 キーノとクレマンティーヌが同時に頭を掻き毟る。

 

「だ、駄目だ!アインズ・ウール・ゴウンが邪魔して頭に入ってこない!」

「ワタシらって、思った以上にアインズさんに毒されちゃってたのねーーー!」

 

 と、ここで。

 黙って後ろに立っていた双子忍者の片割れ、会話担当のクゥイアがポソリと。

 

「アイソズ・ウーノレ・ゴウソ。」

 全身を使って、ア、イ、ソ、ズ、ウー、ノ、レ、ゴ、ウ、ソ、と片仮名を作る身振り(ジェスチャー)

 

 いや、クゥイナくん。

 どれだけうまくやっても、キーノもクレマンティーヌも片仮名は読めないですから、残念!

 

「「……おぉ!クゥイア、(すげ)ぇーーーーー!」」

 

 抱き合いながら感激するキーノとクレマンティーヌ。

 えっへん顔のクゥイア、いささか不服そうなクゥイナ。

 

「ソレデ合ッテイル。」

 

 うんうん、と頷くコンチュータス。

 

 だがしかし。

 

「って……何だそれ?」

 

 キーノの言葉に、カクリ、とコンチュータスの膝が折れる。

 

「名、トハ、ソウイウモノ、デハナイカ?

 デハ、キーノ、トハ何ダ?

 クレマンティーヌ、トハ何ダ?」

 

 お、なんだコイツ。

 無骨な化け物か、と思いきや存外話せるじゃないか!

 

「確かに、それはおまえの言う通りだな。」

「つまりコンチュータスちゃんは、ご主人様がそのアイ……なんちゃら、と名乗らずに、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と破落戸どもに名乗ったのに違和感を覚えてた、ってことでいいのかな?」

 

方々(かたがた)ニ対シテ畏レ多イコトナガラ、クレマンティーヌ、ノ言ウ通リダ。」

 

 うーむ、とキーノは唸る。

 何が起こっているのかはぼんやりと見えては来たが、それでも相変わらず意味不明であることに違いはない。

 コンチュータスが所属するギルドはアイ……なんちゃらで、音の響きはなんとなくアインズ・ウール・ゴウンを連想はさせるが、それそのものではない。一方で、コンチュータスの(あるじ)の一人は、何を思ってか破落戸どもに対しては、自分たちは神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国だ、と名乗ったと。

 これを()に受けた破落戸は、遥かトブの大森林の(そば)までやって来て、この名を出せば、少なくとも自分たちから見れば向かうところ敵なしに見えるコンチュータス、その(あるじ)の威を借りて勝手が通ると思い込んだが、よもやの()()とカチ当たって……

 

「そうだ!ギルドの名で遊んでいる場合じゃなかった!」

 

 一瞬、コンチュータスが、ムッ、とした様子を見せる。

 

「あ、すまん、コンチュータス。そういう意味じゃないんだ。

 おまえの仲間に……私みたいな感じの、幼い女の子の吸血鬼は()()か?」

 

過去形(かこけい)デ語ル、トイウコトハ、キーノ達ハ、我ガ同志、アリンス・ブラッディーレイン、ガ敗死シタノヲ承知シテイルノカ?」

 

 キーノの瞳が驚きの余りがまん丸に見開(みひら)かれる。

 

「いや待て待て!今、何と言った?」

 

過去形(かこけい)デ……」

「そこじゃない!おまえの同志の名だ!」

 

 コンチュータスは、目前の少女吸血鬼も、今は亡き同志に似て情緒不安定な奴だな、などと思っているが、流石に口には出さなかった。

 

「アリンス・ブラッディーレイン。

 レベル、デハヤヤ私ニ劣ルガ、イイ奴……デモナカッタガ、ギルドヘノ忠誠ヲ共ニスル仲間ダ。

 北ヘ向ウ破落戸ニ加勢スベク同行シタガ、在地ノ者ガ使役スル、エルダーリッチ、ニ討チ取ラレタ、ト聞カサレタ。」

 

 繋がった!

 キーノの脳裏に霊感が走った。

 

 白銀の蟲の甲冑武者と金色(こんじき)のコンチュータス。

 シャルティア・ブラッドフォールンに()()()()・ブラッディーレイン。

 そして、アインズ・ウール・ゴウンにアイソズ・ウーノレ・ゴウソ。

 

 これが偶然であるはずがない。

 どちらかがどちらかを模倣したものだ。

 

 そして、互いの力量から鑑みれば、アインズ・ウール・ゴウンのナザリック地下大墳墓こそが原典(オリジナル)であり、コンチュータスの(あるじ)はこれを模倣したのだ。図らずもこれは、クレマンティーヌが看破してみせた、アインズ・ウール・ゴウンというユグドラシルにおける過去の偉人か何かがいて、皆でそれにあやかって名乗っている、という説、そのままだ。

 

 トブの森のエンリネたちが、血塗れ、覇王エンリ・エモットに因んで名付けられたように。

 

 いや、少し違う。

 

 コンチュータスの外見とギルド名だけではわからなかった。

 だが、アリンス・ブラッディーレインだけは、あのシャルティアが常に語尾に「ありんす」と添えることが先行しないとあり得ない名前だ。

 

 つまり我々の知るアインズ・ウール・ゴウンは、(みな)ジルクニフと名乗った歴代皇帝に先んじた、鮮血帝初代ジルクニフなのだ。

 そう考えればすべての説明がつく。

 

 何故、アインズ・ウール・ゴウンは初代ジルクニフ・エル・ニクスを気に入っていたのか。

 つまり、アインズ自身がユグドラシルにおいて同じ立場にあって、初代ジルクニフに何らかの共感を(いだ)いていたからだ。

 

 何故、ラナー・ヴァイセルフはアインズ・ウール・ゴウンに対し無謀な戦いを挑んだのか。

 王族でありつつも真にその威徳を身につけることが叶わなかった彼女が、真の王者に嫉妬したからだ。

 

 何故、水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフはアインズ・ウール・ゴウンとの戦いを切望したのか。

 それは、アインズ・ウール・ゴウンがユグドラシルにおける最強の存在だったからだ。

 

 何故、コンチュータスの(あるじ)はアインズ・ウール・ゴウンを模倣しその名を騙ったのか。

 それは、アインズ・ウール・ゴウンがユグドラシルにおける(みな)の憧れだったからだ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは数ある来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の中の一人でない。

 彼こそが、ユグドラシルプレイヤーの第一人者(プリンケプス)なのだ。

 

 にもかかわらず、当の本人は自分自身を「ただのおっさん」と嘯き、世界最強の竜王(ドラゴンロード)に対しては友であり、自分たち<黒の百合>を含むこの世界の有象無象には(ほしいまま)に振る舞えぞかし、と乞い願っているだなんて……何と計り知れない、端倪すべからざる存在なんだろうか!

 

 だがしかし。

 既にアインズは、森の玄関口(アントレ・デラフォレ)を攻めようとしたコンチュータスの同僚を撃退している。

 さもありなんだ。あの大魔王は、自身の名を騙ってこちらの世界の者たちからの搾取を試みた者を許しはしまい。

 さりとて、(いま)目前にあるコンチュータスは決して邪悪な存在ではないし、その(あるじ)たちもそうであろう。この事実に気づいた自分には、模倣された者と模倣した者の(あいだ)に立って、無用な衝突を未然に防ぐ責務があるのではないか。

 

「コンチュータス!」

 

 改めて強い語調でキーノは、目前の金色(こんじき)の虫に呼びかける。

 

「おまえにとっては不本意やも知れないが。私たちをおまえの(あるじ)に引き合わせてくれないか。」

 

 コンチュータスは言葉を詰まらせた様子で、たちまちには応答を返さない。

 

「一刻を争う話だ。おまえの仲間、アリンス・ブラッディーレインとやらを葬ったのは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なんて生易しいものじゃない。おまえの(あるじ)であれば意味を解するはずだが。

 おまえたちが図らずも敵対してしまっている相手は……」

 

「……相手ハ?」

 

「まさにアインズ・ウール・ゴウン……本人なんだよ!」

 

 コンチュータスは固まったまま動かなくなってしまった。

 無論、この時点の彼は、未だアインズ・ウール・ゴウンとは何であるかを理解はしていない。が、明らかに自分よりも強く見える目前の有徳(うとく)吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンが恐れ慄くほどの相手であることはわかる。

 そしてコンチュータスは、よりにもよってそのアインズ・ウール・ゴウンが待ち構えるやも知れない地点へ、本人に命じられてのこととはいえ、自身の(あるじ)の一人を送り出してしまったのだ。

 

(あい)ワカッタ。

 コノ、コンチュータス。一命ヲ懸ケテ、キーノ達ヲ方々(かたがた)ニ取リ次ゴウ。」

 

 そう言うが早いか、コンチュータスは左下腕の爪先に嵌めていた指輪に右上腕の爪先を重ねて器用に操作した。その魔力が発動され、<転移門(ゲート)>が(ひら)く。

 

「私ハ方々(かたがた)ノ不興ヲ被ッテ(あや)メラレルヤモ知レヌガ、ソノコトデ、キーノ達ヲ恨ミハスマイ。」

 

 そう言いながらコンチュータスは礼を執ってキーノ達に先を促した。

 キーノはその腰のあたりにそっと触れてこう返す。

 

「諦めるのはまだ早い。

 危機に真正面から向き合う心を(たも)ち続ける限り、希望は潰えないものだ!」

「そーゆーことよ、コンチュータスちゃん。気楽に行きましょーーー!」

「前進!」

 真っ直ぐ前に指を振り下ろす仕草(ジェスチャー)

 

 <黒の百合>の四人は次々に<転移門(ゲート)>へ飛び込み、コンチュータスも続いてそれが閉じられ聖堂に静寂が戻った。

 

 キーノたちは、ほぼ同時並行的に、でありながらまったく異なる状況下において、アインズ・ウール・ゴウンが自分たちが辿り着いたのと同じ真相に、まさに触れようとしていることを未だ知らない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。