億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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アインズに一瞬で制圧された来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が、驚天動地の名乗りを上げる。


5.真名判明(アイデンティファイド)

「フンバルト・アライヤン・ヘーデル……だとぉ?」

 

 オレと……。

 オレとオレの仲間たちとの輝かしいギルド、アインズ・ウール・ゴウンの思い出に!

 ()えあるナザリック地下大墳墓に、泥を塗るような真似をしやがって!

 

と怒りが巻き起こって惨殺……といったことは不思議と起こらなかった。

 

 (いな)

 

 そういう感情が一瞬たりともアインズの脳裏に巻き起こらなかった、と言えば嘘になるが、それが沸点に至るよりも前に、アインズの空っぽの頭蓋骨の中に小さな小さなウルベルト・アレイン・オードルが姿を現し、

 

「き、聞きましたか、アインズさん!

 よりによって……フ、フ、踏ん張ると(フンバルト)あらいやーん(アライヤン)屁出る(ヘーデル)、だなんて……ブフォ……グハッ……アハハハハーッ!」

 

(はら)(かか)え、身を(よじ)らせて笑い転げたのであった。

 なんなら今も頭の中から、コロコロ、と小人(こびと)ウルベルトが転がる音が聴こえるような気がする。

 

 もっとも。

 

 仮にユグドラシル時代に、このフンバルト、と名乗る阿呆がウルベルト・アレイン・オードルと知己を得る機会があったとして、やはりウルベルトは決して怒りを(あら)わにはせず笑い転げただろうが、人目のないところでは意地悪く都度これを()しに(いじ)り倒し、フンバルトを末永く使い走り(パシリ)として()き使ったであろうことは疑いない。

 

 アインズの知るウルベルトはそういう……悪魔だった。

 

「……小学生かよ。」

 

 漸くアインズの口から出た言葉はこれだったが、

 

「ちゅ、中学二年生です。」

 

と返されて、アインズは思わず、

 

 学歴ではオレより上なのかよ!

 

 などと妙なところで引け目を感じているのがおかしい。

 

 そもそも小学校卒業と、途中でユグドラシルサービス終了を迎えてしまったがゆえに中学中退となったフンバルトに何か学歴上の差があるのか?とか、こちらの世界で四千年近くに渡って大魔王を張ってきたアインズがそんなことを今更気にしてどうする?とかツッコミどころは山程あるのであるが、ウルベルトがそういう男であったのと同様に、アインズもまたこういう男であることは最早不変なのだ。

 

「ま、まぁ、この名を名乗り始めた頃は小学生でしたけど……」

「んなこたー、どーでもいいわ、ボケ!」

 

 眼の前で<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>の発動を見せつけられ、流石に自身が立ち向かおうとする相手が何者であるかに気づいたフンバルトは大慌てでぺこぺこバッタに転じ、その様子にアインズが()る気をすっかり失ったがために九死に一生を得た。

 

「で……おまえ、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、とか名乗ったそうだな?」

 

 うぐっ、とフンバルトが息を詰まらせる。

 

「よ、よもやモモンガ……様が、お、お、おいでであらしましされるとは思し召しませんでしたので……」

 

 テンパったフンバルトは、これ以上アインズの不興を買うことがないように、と自身の知る限りの丁寧な言葉で喋ろうとして返って礼を失することになったが、もとよりアインズはそんなことは気にはしていない。

 

「オレは事実を確認している。

 はい、か、いいえ、で答えろ!」

 

「……は、はい。

 で、でも……まったくの(うそ)、というわけでも……」

 

「あーーーん!

 いつからおまえのような(クソ)に……いや、おまえは屁が出るん(ヘーデル)だったかぁーーー?……アインズ・ウール・ゴウンを名乗る権利があるんだァ?」

 

 このアインズの恫喝に、フンバルトは真正直(ましょうじき)に、さらに不興が増すことを覚悟の上で自身のギルド名を告げる。

 

「……アイ()ズ・ウー()()・ゴウ()、だぁ?」

 

 復唱するアインズの声も呆れ口調。

 

「ギルド拠点は、ナザ()ック地下墳墓、です。」

 

 リもソかよ!

 

 心の中でツッコミを入れるアインズには、よもやそれが二十一世紀の<現実(リアル)>の日本で人気を博したお笑いコンビ(ナイツ)の鉄板ネタに通じている、などということは思いも寄らない。

 

「流石に遠慮して、(だい)、は(はず)させてもらいました。」

 

 それがどうした!

 オレが、それは謙虚で結構、と感心するとでも思ったか!

 

 が、既にアインズは突っ込む気力を失いつつあった。

 

 意味するところは明らかだ。この糞餓鬼は、ユグドラシル時代にアインズ、当時のモモンガ率いるギルド、アインズ・ウール・ゴウンに憧れ、それを(うわ)(つら)だけ真似たギルドを創設してごっこ遊び(ロールプレイ)をやっていたのだ。

 詳しい経緯はわからないし、この阿呆がよもや自ら来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が宿命的に抱え込むところの記憶の制約に思い至ろうはずもないから当人に問い糾しても憶えてはいまいが、おそらくはギルド維持資金確保のために従えるようになった在地の者たちに問われて、勢いで神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、とやらを名乗って見せたのだろう。

 

「……おまえだけか?」

「はぃ?」

 

 フンバルトは、たちまちにはアインズの問うところを理解しなかった。

 

「この世界にやって来たプレイヤーはおまえだけか、と訊いている。」

 

「あ……いや……その……」

 

 この感じだと他にプレイヤーがいるな、とアインズは看破する。

 一方で、この阿呆が阿呆なりに、仲間の存在についてぺらぺらと喋るのはマズい、と直感的に判断していることについては微かに好感を覚えた。何よりも仲間を大切にする思い、はアインズにとって来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に暗に求める最低限の素養(リテラシ)である。

 

「さ、差し支えなければ……俺……いや、ぼ、僕の仲間にも会っていただけると……あいつらも喜ぶ、と、思いますです、ハイッ!」

 

「……いいだろう。

 じゃぁ、案内してもらおうか。」

 

 アインズはそう鷹揚に応じつつ、心の中で深い溜息をついた。

 

 

                    *

 

 

「あ、あの……その……」

「お、お、お(ねぇ)様たちは……何者なんですか?」

 

 <黒の百合>の四人が金色(こんじき)の蟲の武者コンチュータスに導かれた先は、どことも知れぬ谷間に開口した洞窟の入口だった。(なか)へ進むと途中から岩壁が煉瓦造りに転じ、分厚い鋳鉄の門に突き当たる。コンチュータスが開門を求めると、内側から骸骨(スケルトン)たちがこれを(ひら)いた。

 このときコンチュータスはキーノたちに「ナザソック地下墳墓ヘ、ヨウコソ」と告げた。いよいよもってこの連中が大魔王アインズ・ウール・ゴウンとその下僕たちを模倣した存在である、とキーノは確信する。

 

 ナザソック地下墳墓は、キーノ自身が数千年前に(えん)あってしばし居候したところの原典(オリジナル)、ナザリック地下大墳墓とは比較するのも馬々鹿々しいこじんまりとした造りで、左右にいくつかの小部屋への分岐があるものの、基本的には門から中心部に向かって一直線に太い通路が貫く構造になっていた。

 途中、円形の広間があって幾らかのNPC(しもべ)と思しき魔物が集っている部屋があったが、コンチュータスが片手を挙げて制するとキーノたちに立ち向かってこようとする者はなかった。キーノはその中に、自分ほどの強さは感じないもののコンチュータスに近い気配を発する闇妖精(ダークエルフ)の男女を認める。魔獣使い(ビーストテイマー)と思しき少年と森司祭(ドルイド)と見える少女。これもまたキーノの知るマーレ姉弟の模倣(パロディ)であるのだろう。

 これを通り抜けると、再び入口のそれよりもさらに頑強そうに見える鉄扉があって、そこでコンチュータスは立ち止まり、中に向かって声を掛けた。

 

方々(かたがた)ニ、火急ニオ伝エスベキ儀コレアリ!」

 

 中なら返ってきた第一声はこれだ。

 

「コンチュータスかい?入って構わないよ。

 まさかフンバルトまで()られちゃった……んじゃないよね?」

 

 同時に鉄扉が開く。部屋の造りはかつての王国や法国でしばしば見られた王族、高官の謁見室のそれで、ここがナザソック地下墳墓とやらの中心部であることは見るからに明らかだ。

 一方で、中は雑然としていて、一見して何であるかキーノたちには判然としない大小(だいしょう)箱型の何かが、互いに(つな)のようなもので繋がって雑然と散らばっていた。

 

「ん?」

 

 コンチュータスを迎え入れた者が言葉を詰まらせる。

 その様子に気付いたものか、もう一人が奥の方から歩み来て、やはり同様に言葉を詰まらせた。

 二人の視線は、キーノ、ではなく、その斜め後ろに控えたクレマンティーヌ……の胸元に釘付けだ。

 

「あ、あの……その……」

「お、お、お(ねぇ)様たちは……何者なんですか?」

 

 最初に声を掛けてきた白鷺の頭を有した有翼人(バードマン)、続いてキーノたちを何者かと問うたコンチュータス同様の蟲人(インセクトフォーク)でありながら彼とは異なり細身の人物。いずれからもキーノは大魔王アインズ・ウール・ゴウンのような迫力は感じない。コンチュータスよりは強そうだが、何なら銘々差しでやりあえばキーノであっても制することが叶いそうだ。

 それ以上に違和感を覚えるのは、異形種ゆえに表情や顔色が読めないのではあるが、クレマンティーヌの胸元を凝視したまま内股気味にもじもじするその様子は、まるで初心(うぶ)な少年のそれだ。

 かつてアインズから、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の内実を外見から計ることに意味はなく、ときに中身が十歳にも満たない子どもである場合もある、と聞かされたことを思えば、この(もの)たちも十代前半の少年をその内に宿したプレイヤーであるのかも知れない、とキーノは判じる。

 

「突然押し掛けた非礼は詫びる。」

 

 目前のプレイヤーの中身は幼い少年であるやも知れない、とは思いつつも、キーノは敢えて舐めてはかからずに最低限の礼を尽くそう、とまずそう告げた。変わらず二人の視線はクレマンティーヌに張り付いたままだ。

 

「ゴホンッ!」

 

 キーノがない胸を張りつつ咳払いをすると、漸く二人の視線がキーノを捉えた。

 その目線が当たり前のようにキーノの胸元に一瞬向かい、たちまちに興味を失ったのを感じてキーノは若干の苛立ちを覚える。

 と言うか……こいつら一息に<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>で吹き飛ばしてやろうか!

 

「……私はキーノ・インベルン、吸血鬼(ヴァンパイア)だ。

 この世界で数千年に渡り、おまえたち、ユグドラシルからやって来る来訪者(プレイヤー)と、こちらの世界の住人の(あいだ)に立つ(もの)をやっている。」

 

「……あ、あの。」

 

 話が呑み込めないのか、鳥頭の方からおずおずと声がかかった。

 

「おまえは……ユグドラシル、から来たんじゃないのか?」

「いえ、そうじゃなくて。」

 

 再び鳥頭の視線がクレマンティーヌの胸元へ向かった。

 

「そ、そちらのお(ねぇ)様のお名前は?」

 

 あー、もーこいつら。

 骸骨大魔王に殲滅されるに任せていいかなー!

 

 切れ気味のキーノに対し、もちろんこれを察しているクレマンティーヌは、三日月型の妖艶な笑みを浮かべながらキーノの肩に手をかけてこれを宥めつつ、

 

「糞餓鬼ども。」

 

と、高圧的な態度を取った。

 

「人の名を問うならテメーから名乗れ。

 そうすれば、ワタシの(あるじ)の礼に応じなかった無作法は見逃してやる。」

 

 キーノの理解としては、二人のプレイヤーは単純な実力比較ではクレマンティーヌが戦って勝てる相手には思えなかったが、知恵と経験の差がクレマンティーヌをして目前の二人を格下の存在と思わせているものだろうか、彼女はまったく怯む様子を見せなかった。

 

「ご、ごめんなさい!」

「すいませんでした、お(ねぇ)様!」

 

 逆にプレイヤーたちは、クレマンティーヌの静かだがはっきりと発せられた怒気に呑まれたようで、大慌てでペコリと頭を下げた。

 

「ボクはケロロンチー!」

「私はタッチューといいます、お(ねぇ)様!」

 

「うんうん、素直で結構。」

 

 二人の名乗りに、クレマンティーヌはにこりと微笑み、

 

「ワタシはクレマンティーヌ。こちらのキーノちゃんの眷属よん、よろしく!」

 

と軽く首を傾げて瞬き(ウィンク)をケロロンチー、タッチューに送った。

 既に二人はメロメロで、再びキーノは若干の苛立ちを覚える。

 

 いや、そんな阿呆なことを考えているときじゃない!

 

「鼻の下なんか伸ばしてる場合じゃないぞ!

 私はおまえたちに危険が迫っていることを知らせにきた者だ!」

 

「「?」」

 

 やはりケロロンチーとタッチューはキーノの話が呑み込めない様子。

 

「おまえたち、神聖……アインズ・ウール・ゴウン帝国、と名乗ったな?」

 

 この問いに、鳥頭と蟲人は互いに顔を見合わせる。

 

「いやそれは……」

 

と応じたのはタッチューと名乗った蟲人の方だ。

 

「私は、よせ、と制したはずなんですが、フンバルトくんが……」

 

「フンバルト?」

 

「今ちょっと出掛けてますが、もう一人いるんです。

 ボクらの中では一番強い、山羊人(バフォルク)魔法詠唱者(マジックキャスター)で。」

 

 ケロロンチーがそう補足する。

 

「……何処へ?」

 

「さぁ……詳しくは。

 ともかく、これも私は、よせ、と言ったんですが、先だって敗死したケロロンチーくんのNPCの敵討(かたきう)ちをすると飛び出したっきりで。」

 

 このタッチューの物言いに、少し離れて控えていたコンチュータスが気まずそうにしていることにクレマンティーヌは気づいた。

 

 あぁ……なるほど。

 フンバルト、とやらは手遅れかもしれない。

 

「……ひょっとして、そのNPCと言うのは、アリンス、とかいう吸血鬼(ヴァンパイア)のことか?」

 

「アリンス・ブラッディーレインを御存知なんですか?」

 

 あちゃ!

 

 キーノもクレマンティーヌと同じところに思い至って、ペシ、と自身の(ひたい)を打った。

 よりによって自ら鬼門に飛び込むとは!

 

「……残念だが、フンバルト、とやらはもう戻っては来ないだろう。」

 

 溜息交じりにキーノがそう告げると、二人のプレイヤーは俄に色めき立った。

 

「フンバルトくんが?」

「そ、それはどういう?」

 

「いるんだよ、ここには。」

 

「「何がです?」」

 

 本当に気づいてなかったんだな。

 まぁ、気づいていたら、能天気に神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、なんて名乗らんわな。

 

「おまえたちの……本物がいるんだ。」

 

「……どうにも、あなたの言うことがわからないんですが。」

 

 なおも首を傾げるタッチューに、見るに見かねたものか、クレマンティーヌが直言する。

 

「キミらは、アインズ・ウール・ゴウンを真似てたんでしょう?」

 

「どうしてこちらの世界のあなたがアインズ・ウール・ゴウンを知ってるんです?」

 

 ケロロンチーが鷺頭から目玉を飛び出させそうにしながら問うた。

 クレマンティーヌはこれに、さらりと返す。

 

「だってワタシ。

 自慢じゃないけど、アインズ・ウール・ゴウンに八回殺されてるもん。」

 

「「……はぁ?」」

 

「この世界には本物のアインズ・ウール・ゴウンがいる。

 アリンス、とやらを()ったのも間違いなくアインズさんだ。フンバルトは、そのアインズさんに喧嘩を売りに行ったことになる。よもや生きては戻るまい。」

 

 できることならばそこに陥ることを避けてやりたい、と考えてやって来たのに、またしても一歩出遅れたか、と忸怩たる思いでキーノはそう呟いたのだが、

 

「……の、誰なんです?」

 

「ん?」

 

「いや、ですから。

 アインズ・ウール・ゴウンのどなたがおられるんでしょうか?」

 

「ぺロロンチーノさんだったら、ボクのアリンスを()るとは思えないんだけど。」

「もしウルベルトさんだったら、フンバルトは殺されるだけじゃ済まないかもな。」

 

「……おまえら。

 何の話をしてるんだ?」

 

 今度はキーノが首を傾げる番になった。

 

「いえ、ですから。

 アインズ・ウール・ゴウンの、どなた、がここにはおられるんでしょうか?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンは……アインズ・ウール・ゴウンだろ?」

 

「「えっ?」」

 

「……えっ?」

 

 微妙に話が噛み合わない。

 

「いや……皆さんはアインズ・ウール・ゴウンを御存知なんですよね?」

 

「まぁ、そういうことになるな。」

 

「で、お(ねぇ)様を八回も()った、というのは、四十一人のうちのどなたなんでしょう?」

 

「えっ?」

 

「「えっ?」」

 

「待って待って、キーノちゃん!」

 

 このままでは同じことの繰り返しだ、とクレマンティーヌが割って入った。

 

「タッチューちゃん。」

 

「はい、お(ねぇ)様!」

 

 クレマンティーヌは、比較的話の通じそうな蟲人に狙いを絞る。

 タッチューは名を呼ばれて嬉しそうだ。

 

「私を()ったのは、骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだわさ。」

 

「お(なか)の辺りに……」

 

 たちまちにクレマンティーヌはタッチューの言わんとするところを察する。

 

「あぁ、なんか(クソ)目立つ(あか)(たま)(かか)えてるよね、いつも。」

 

「「……モモンガさんだ。」」

 

 一拍置いて鳥頭と蟲人が唱和し(ハモっ)た。

 

「モモンガ……さん?」

 

 思わずキーノが問う。

 

「えぇ、そうです。お(なか)に紅玉を抱えた死の支配者(オーバーロード)と言えば他にあり得ないです。ギルド、アインズ・ウール・ゴウン、至高の四十一人を率いたギルド長で、ユグドラシル非公式ラスボスと謳われたユグドラシルプレイヤー中のプレイヤー……」

 

 タッチューの説明に続いて再び二人は唱和す(ハモ)る。

 

「「モモンガさんです、それは!」」

 

 今度はキーノとクレマンティーヌが互いに顔を見合わせることになった。

 

 どうにも理路がはっきりとしないが、意味するところは明白だ。

 自分たちが大魔王アインズ・ウール・ゴウン、として知る骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)を、タッチュー、ケロロンチー共に、モモンガ、の名で認識している。水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフ同様に、だ。二百年を隔てて現れた彼らが互いに示し合わせてキーノたちを騙そうとするなどあり得ない。

 

 ということは、間違っていたのは自分たちの方だ。

 

 モモンガ、というのが、少なくともユグドラシル時代の大魔王アインズ・ウール・ゴウン本来の名であり、アインズ・ウール・ゴウン、は、そのモモンガが率いたギルドの名なのだ。

 

 同時にキーノは、自身が常にアインズから数十人の異なる人格の存在を感じていたことを思い出す。

 タッチューは、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人、と言うが、言葉通りに受け取れば、ユグドラシル時代にはギルド、アインズ・ウール・ゴウンには、四十一人のプレイヤーがあったのであり、その(おさ)であったアインズ……モモンガは、その尋常ならざる(もの)たちを背景(バックボーン)にキーノに語ればこそ、キーノはアインズの背後に彼らの存在を感じていたのだろう。

 とすれば、只今のアインズのアインズ・ウール・ゴウンの名乗りは、彼が、自身がその至高の四十一人すべての化身である、との自覚を有しているからこその名乗りであるのに違いない。

 

 まったく……。

 アレは……あの御方(おかた)は、真に端倪すべからざる破格の存在だ!

 

 だが。

 それはもう一つ、別の剣呑な事実をキーノに突き付けもした。

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンがアインズ・ウール・ゴウンのモモンガなのだとしたら……

 

 そのとき!

 

小母(おば)さん!」

 ちょいちょい、とつつかれる背中。

 

 それまで特に一連の対話に関心を示す様子のなかった双子忍者クゥイアとクゥイナが、キーノに注意を喚起した。言われるまでもない、キーノも、またクレマンティーヌも、自分たちの後背にトンデモない気配が突如として出現したことに気づいている。

 

「……どうやら、来てしまったようだな!」

「そうみたいね、キーノちゃん……。」

 

「おまえら!」

 

 改めてキーノはタッチューとケロロンチーに呼び掛けた。

 

「アインズさんは……おまえらの知るモモンガさんは、恐らくはおまえたちの神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名乗りに随分とご立腹のはずだ。瞬殺されたくなかったら、礼を尽くして詫びを入れることだな。私も執り成しを試みるつもりではいるが、うまくいくかは正直なところ自信がない!」

 

 このキーノの言葉に、二人のプレイヤーは手を取り合って震え上がった。

 観念したものか、その場に正座して迫り来る(いか)りの大魔王に備える。

 <黒の百合>の四人は、その二人の背後に立って運命のときを待ち構えた。

 

 果せるかな、バタン、と玉座の間の扉が開かれた。

 タッチュー、ケロロンチーは大慌てで土下座をする。

 

 が。

 

 聞こえてきたのは随分と()の抜けた問いかけだ。

 

「……何してんだ、おまえら?」

 

 二人が恐る恐る顔をあげると、そこにあったのは盟友フンバルト・アライヤン・ヘーデルの姿。

 

「「フ、フンバルトくん!無事だったのかい?」」

 

 膝立ちになろうとする二人に、フンバルトは事も無げに告げた。

 

「凄い客人(ゲスト)をお連れしたぞ!」

 

 その背後には、金糸銀糸に縁取(ふちど)られた漆黒の装束(ローブ)(まと)い、中腹に鮮血を想起させる禍々しい紅玉を(かか)えた骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)が、見るからに不機嫌そうな様子で両腕を組んで屹立していた。

 

 その第一声はこうだ。

 

「……六人もいるとは。

 随分な人数でやって来たもんだな。」

 

 

                    *

 

 

「しかし……おまえらも大概お節介焼きだな。」

 

 たちまちに<黒の百合>が、アインズと三人組の衝突回避のために行動していたことを理解し、呆れ声でそう言ったアインズに、キーノとクレマンティーヌは互いに顔を見合わせ、

 

 アンタに言われたかないよ!

 

などと内心思ったものだが、流石にそれを口に出すことはなかった。

 

 

 

 ナザ()ック地下墳墓の玉座の間で待ち受けていた<黒の百合>を含む六人すべてをプレイヤーと誤認したアインズの誤解を解いた後、誰からともなく床にぺたりと座り込み、八人はぐるりと車座を囲むことになった。

 

「どうしてそういうことになってしまったかは、申し訳ないんですが僕もはっきりとは覚えていないんです。気づいたら、在地のやくざ(もの)たちから神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と呼ばれるようになってまして。」

 

と語ったのは山羊(あたま)のフンバルトだ。

 

 もちろんアインズは、その経緯を既に概ね理解している。

 

 この阿呆餓鬼どもが、ユグドラシルプレイヤーが抱え込む記憶の制約に自ら気づく、とは思えない。実際、銘々に若干の誤差があるものの、フンバルトたちの主観として語られるところでは、こちらの世界にやって来てから過ごした時間は三年ほどだった。が、<百年の揺り返し>の周期性、大陸西部の社会動向から考えれば、彼らがやって来たのが五十年ほど前であることに疑いはない。

 おそらくフンバルトは、どこかの時点でさして深い考えもなく、ユグドラシル時代以来の憧れのギルドであり、実際それを模して自分たちのギルドの諸々の元ネタとしたところのアインズ・ウール・ゴウンの名を騙ったものだろうが、既にその事実を失念している。一方で、彼らの力を自分たちの後ろ盾としつつ、その存在をみかじめ料を以て支えながら自らも養っていた在地のやくざ(もの)たちは、フンバルトの、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、の名乗りを真に受けて語り継いだのだろう。

 

 これも大概アインズを呆れさせたものだが、より一層彼に本件について考えることを放り出したくさせたのは、この三人組が転移以来何をやって来たか、の方だった。

 

「……ゲームをしてた、だとぉ?」

 

「「「もう学校に行かなくてもいいし。」」」

 

 玉座の間には、ユグドラシル時代に幾許かの課金をすれば入手することが叶ったビデオゲーム機のエミュレータがあって、アインズ……鈴木悟も聞覚えがなくもないゲーム、おそらくはその違法コピー、の差し替えカートリッジが、それこそ山のように積み上げられていた。

 

「というか……何でおまえらはユグドラシルの中で(ほか)のゲームをやってたんだ?」

 

「「「?」」」

 

 アインズの問いの意味するところを三人組はまったく理解しなかった。

 

 中の人が、それぞれ有名進学校でありながら異なる中学校に在籍し、暮らしたアーコロジーも異なる三人にとって、ユグドラシルは、もちろんそれ自体が冒険の場であることは当然として、第一義的には気の合う仲間と何かをして遊ぶ場であり、それは必ずしもユグドラシルの冒険である必要はなかったのだ。

 対して、ユグドラシルを至高の四十一人と共に(きわ)めることに至上の価値を見出していたアインズからすると、学生身分で自分で稼いだわけでもない少なからぬ(かね)を費やし、わざわざアインズ・ウール・ゴウンを模して結成したギルド拠点内に(こも)ってビデオゲームで遊んでいたという三人組の発想は、まったく理解の範疇外だ。

 

 さらに呆れたことには、ギルド維持の実務はコキュートスを模した蟲武者コンチュータスを筆頭としたNPCたちに丸投げされており、何なら今この瞬間は、三人組はギルド維持資金が元を糺せばどこから生じているのかを必ずしも把握していなかった。

 ナザ()ック地下墳墓の拠点レベルは僅か二百五十。ユグドラシルのギルトとしてはほぼ最小限(ミニマム)で、自転車操業で十分に賄えるものだ。

 転移後の最初期において、三人組自身が維持資金確保の要を覚えて試行錯誤したであろうことは疑いないが、何かの偶然で地元やくざからの上納金調達が確立されて以降は、その運用をNPCが引き継いで三人組自身はずっと玉座の間でビデオゲームに興じていたらしい。

 

 そりゃ……記憶が続かねーから、ゲームにも飽きんわな。

 

 と、アインズは骸骨の(ひたい)に骨の手の平を当てて溜息を吐く。

 もっとも、ギルド拠点の実運営の諸々をNPCに丸投げしているのは、自覚の有無を別にすればアインズとて偉そうなことを言えた義理ではなく、むしろ、アインズが暇つぶしに在地の悪党殲滅や、本来は同胞であるところのプレイヤー狩りに興じていたことを思えば、三人組の方が(はた)から見るには害のない存在だ、とは言えるのだろう。その事実が、より一層アインズを当惑させた。

 

「あのー、私たちをアインズ・ウー……」

(ことわ)る!」

 

 タッチューの言葉を中途で遮って、アインズはそれを斬って捨てた。

 三人組がギルド、アインズ・ウール・ゴウンへ加わりたいと望むことを察してだ。

 

 奇跡的にギルド拠点の維持に成功したとは言え、それはまさに奇跡だったのであり、ユグドラシルプレイヤーが(かか)え込む記憶の問題に気づくでもなく、こちらの世界の()(よう)に関心を持つでもなく、<現実(リアル)>から持ち込んだビデオゲームに(うつつ)を抜かし続けて来た三人組を迎え入れることは、とどのつまりは、アインズがその面倒を見てやることに(ほか)ならない。

 何か秀でた一芸でも示して見せるのであればともかく、ウルベルト、ぺロロンチーノ、たっち・みー、の雰囲気だけを真似た超劣化版模倣(パロディ)は、頭痛の種にはなってもアインズとナザリック地下大墳墓が得る利益(メリット)などあろうはずもない。

 元の中の人が中学生だ、とわかっているからこそ鏖殺(みなごろし)だけは勘弁してやろう、というだけの話で、この(あと)どうするか、は本人たちの自己責任に()すところだろう、とアインズは考えている。

 

「オレの名を騙ったことを不問に付してやるだけでもありがたく思うことだ!」

 

 むしろアインズにとって真に厄介なのはこちらの方だった。

 

 悪意があってやったことでないのは既に理解はしているが……だからこそより(たち)が悪い、とも言えるのだが……一旦公言され知られてしまった、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、の名はしばらく大陸西部で独り歩きすることになるのは間違いがない。

 これを聞き知った者を殺して歩く、など馬々鹿々しいにも程があるし、そもそも現地人でその意味するところを解する者などあろうはずもないのはわかっている。一方で、半世紀後には再び現れるであろう次の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、さらに続く者たちが現地人からこの名を聞かされてどんな反応を示すかはまったく未知数で、望むと望まざるとにかかわらず自身とナザリック地下大墳墓は、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名が現地人から忘れ去られるまでは、これへの対処対応を強いられるのだ。

 

 ……やっぱ、こいつら皆殺しにしてやろうか!

 

「ア、アインズさん!」

 

 不穏な着想に陥りつつあったアインズに、一緒に車座になって三人組とアインズの話を聞いていたキーノから不意に声がかかり、大魔王はハッと我に返った。

 

「ん?」

 

 アインズの注意が自身に向いたことを確認したキーノがおずおず、と問う。

 

「ひとつ……伺ってもいいだろうか?」

 

 骸骨は沈黙したまま是とも否とも応じない。

 キーノは続けた。

 

「アインズさんは……元はモモンガさん、といったのか?」

 

「……あぁ、こいつらから聞いたのか。

 その通りだが、それがどうかしたか?」

 

 アインズは、このキーノの問いが含意するところにまったく意識が向かない様子でさらりとそう答えた。

 一方のキーノは、打つはずもない自身の鼓動が外から漏れ聴こえるのではないかと不安になるほどバクバクと脈打つ錯覚を感じていた。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンが元の名をモモンガと言うのが正しいのだとすれば。

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフが語った、超位魔法<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>を以て<(めぇ)()く七日間>を引き起こしたアインズ・ウール・ゴウンのモモンガは……。

 

 今、目前で胡坐(あぐら)を掻いて気安く雑談に応じている骸骨、ということになる!

 

「その……あの……」

 

 キーノは、真実を知りたいという欲求と、真実を知ってしまうことの恐怖の間に板挟みとなって言葉を詰まらせた。対するアインズはまったくそこに思いが至らないようで、

 

「どうした?

 答えたくないことには答えないから、ひとまず遠慮せずに言ってみればどうだ?」

 

と鷹揚に構えている。

 そこへ、

 

「<(めぇ)()く七日間>はアインズさんがやっちゃったのかなーーー?」

「!」

 

 唐突にクレマンティーヌが割り込んで、キーノが喉に(つか)えさせていた問いを驚くほどさらりと口にして見せた。

 事実、彼女のこの言葉にキーノは目を真ん丸にして固まっている。

 

 仮にこの直言にアインズさんがブチ切れるとして。

 叩き潰されるのはワタシ一人で十分だわさ!

 

 などとクレマンティーヌが覚悟の上でこれをやっていようなど、キーノも問われたアインズも気づく様子はない。

 

「……?」

 

 しばらくアインズは、自分が何を問われたのかわかっていない様子だった。

 ややあって、アインズはごそごそと自身の所持品(インベントリ)を探り、数枚の書付(メモ)を取り出し目を通す。

 

「あぁ。」

 

 と一呟(ひとつぶや)き。

 そして、しばし呻吟した(のち)に、落ち着いた声色でこう言う。

 

「気づいてなかったのか。

 あんなことが出来る奴はこの世界に……オレ以外に居るまいよ。」

 

「どうして……」

 

 クレマンティーヌが袖を引いて()めるよりも少し早く、キーノの口から問いが漏れる。

 

「どうしてそんなことを!」

 

 その口調は、懇願交じりの詰問になった。

 事情がわからないフンバルト、ケロロンチー、タッチューの三人組が、なんだ?なんだ?という顔をしている。

 

「まぁ……キーノがそうなるのはわからんでもないな。」

 

 アインズは、これを問い詰めるのは危険だと考えたクレマンティーヌの予想を裏切り、極めて平板な声色のままそう続けた。

 

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