死出の旅路~死にたい不老不死と殺したい殺人鬼~ 作:ミチシルベ
枝葉の隙間からこぼれ出た日光に思わず顔をしかる。風のさざめきが響き渡り、足元からは心地の良い土の音。あれからオウレンの提案で場所を移すことにした俺達は、どこに向かってるのかも教えられないまま村から離れた森の中を歩いていた。
「なあ、もういい加減諦めも付いたけどもう一度聞くぜ。――これ、どこに向かってんだよ」
「もう、しつこい男は嫌われるよ。でも何度でも答えてあげるね。――付いてからのお楽しみだよ」
訝しげな視線をオウレンに向けるも、当の本人はどこ吹く風。このやり取りは既に森に入ってから四度目である。先程からだんまりを決め込んでいるダフネは、大方知っているんだろう。
「心配しなくてもそろそろ付くよ。ほら……噂をすれば」
そう言ってオウレンは、木々に囲まれた中ポツリと佇む掘っ立て小屋を指さした。
わざわざ、苦労して森を歩いたのに付いたのはただの小屋。俺は余りの仕打ちに、オウレンに異議申し立てを行うとするも、それが完遂されることはなかった。
「っ――」
俺の視線の先。そこに居たのは巨大な狼。大きさはおおよそ全長十メートル。いや、もしかするとそれ以上かもしれない。美しい白銀の毛並みを携え、新緑の瞳がこちらに睨みを利かしている。その眼房には強い感情が込められており。唸り声はまるで地鳴りのようで、俺たちに対して敵意を抱いていることは明らかだ。
逃げるか? いや、一人だけならともかく二人を連れて逃げるのは難しい。いや、ダフネなら自分でなんとかできるな。ならば――。
「大丈夫! そう焦らなくてもいいよ。期待通りのリアクションをありがとね」
オウレンは徐ろに、巨狼へと向かって歩みを進める。
「ほら、父さん。人が憎いのは分かるけど私の客人だ。もし危害を加えたら……嫌いになちゃうよ」
「…………」
オウレンがそう言うと、巨狼の双眸が一度大きく見開き。一度低い声を短くひねり出すと、渋々と言った雰囲気で森の奥へと消えていった。
「父さんって……?」
「言葉のそのまんま、あれが私の父だよ」
「はあ!? マジかよ……とんでもないデカさだったぞ」
俺はオウレンと先程まで巨狼、改オウレンの父が居た場所を見比べる。あの巨体からオウレンが生まれたというのは到底信じられない。いや、正確には産んだのは母親なんだろうが。ともすれば、母親も同じくあれぐらいの巨体なんだろうか。
「相変わらずデカいな。どうにも私の事は覚えていなかったようだったが……」
「ははっ、それは仕方ないでしょ。前に会ったて言っても、もう五十年も前に一度だけでしょ。覚えているダフネちゃんが異常なんだよ」
「いや、それでもあんな巨大な姿。一度見れば早々忘れないさ。しかし待てよ……以前会ったときはあそこまで攻撃的じゃなかった気もするが」
ダフネのその言葉を聞いたオウレンは、少し気まずそうな表情を浮かべた。
「……それだけ時間があれば色々起きるよ。まあ、詳しいことは中で話そうかな。丁度頼みってのはそれに関係することだし」
そうしてオウレンは、木材だけで造られた眼の前の小屋へと俺たちを招き入れる。入る直前、オウレンはこちらに振り返って一言。
「最初に謝っとくよ。人なんか呼ぶ予定なかったからさ、ちょーっとだけ部屋が汚れてるかもだけど……勘弁ね」
中は外からは想像できないほどに、生活感に溢れていた。洗い場に溜まった食器、脱ぎ捨てられた衣類、乱れた寝具。地面には物が散乱している。お世辞にも、ちょっと汚れてるだけでは済ませられない。むしろだらしのない人間性がにじみ出ている。そんな部屋であった。
「五十年越しでも部屋の汚さは健在だな……」
「いや~、こればっかりはどうしてもねえ」
足の踏み場もない。と言うほどではないが、それでも歩く場所を選びながらダフネは比較的きれいな場所に腰を掛ける。その様子を見るに、この惨状に随分慣れているのだろう。
俺もそれに続くようにして何とか場所を探す。
「で、さっきの続きだがオレン。私が去ってから、お前たちに何があったんだ」
しばしの沈黙、オウレンは瞳を閉じる。自身の過去、五十年の出来事を思い出すために。そうして重く閉ざされていた口が開かれた。
「本当に……色々だよ。村の拡大で森が削られたり、お父さんが森の主になったり。でもまあ、一番の出来事は――母さんが殺されたことかな……」
「ッ――まさか、正体がバレて!?」
ダフネはその場で勢いよく立ち上がり、驚愕の表情を浮かべる。
しかし、オウレンはそれを静かに否定する。
「いいや、そうじゃないよ。ただ運が悪かった。その頃の森は主の代替わりで荒れてたからね、森の生き物は皆気が立ってたんだ。それこそ森に入った人間に危害が出るほどにね」
「なら、母親はその生き物に……」
「違う。殺したのは人間だ。森で暴れている生き物を狩りに来た人間に、勘違いされて殺されてしまったんだよ」
先程の巨狼を思い出す。ああ、成る程あのとき感じた強い感情。あれはきっと人間に対する憎しみだったんだろう。自分の妻を殺されたその恨み。
「そうか……それは、残念だ。ならオレン……お前も」
「……大丈夫、恨んじゃいないよ。人間の中にはダフネちゃんみたいに、いい人だっているのを知ってるからね。人間を一括りに憎むほど、盲目的になってないよ。でも――」
不安げな視線を向けたダフネに対して、弱々しくも優しい笑みを浮かべるオウレン。だが、その笑みが突然消える。
「許せない人間もいる。それこそ殺したいほどにね。実のところさっき言った頼みたいことってのはコレだよ」
俺は知っている。オウレンの中で燻っているこの感情を。
オウレンは一枚の擦り切れた写真を取り出して、俺たちに突き出す。
「殺してほしい人間がいる。母親を殺した狩人……この人物を殺してくれないかな」
殺意。オウレンが頼んだのは、母親の仇討ちであった。
オウレンは人間を恨んでないと言ったが、母親を殺した男の子とは到底許せなかったらしい。だが、なんだろうかこの違和感は。オウレンが抱いてる殺意はなんだか――。
俺がここまで思考したところで、ダフネが横から口をはさむ。
「お前っ、そいつは……。いや、気持ちはわかるが……何故それを私達に頼む。お前なら人間の一人や二人――」
ダフネの言葉は最後まで続かなかった。オウレンの表情を見て、言い淀んだというのが正確だろうか。
「頼むよ……。頼む……、私には時間がないんだ」
「…………」
「勿論ただとは言わないよ。頼みを聞いてくれた暁にはコレを譲るつもりだ」
オウレンが取り出したのは、赤い宝石が嵌め込まれたロケットペンダント。多くのソレを目にしてきたから分かる。それは確かに間違いなく賢者の石であった。
「確かにそれは私達が探してるものと同じだ。……分かった。その頼み受けても良い……だが後悔の無い選択をしろよ」
それを最後にダフネはオウレンと言葉を交わすことなく、部屋を出ていった。ダフネの言動を理解できないままに、俺はその後に続こうとした。しかし、部屋を出る直前、オウレンは背中を向けたまま俺に声をかけた。
「ねえ、君はダフネの正体を知ってるんだよね」
「ああ。不老不死ってことだろ、それがどうかしたのか?」
「ううん、それなら良いんだ……。私はずっと後悔しているからね」
どういう意味であろうか、良くは分からなかった。しかし、その時の見えたオウレンの背中は酷く小さく見えた気がした。