死出の旅路~死にたい不老不死と殺したい殺人鬼~   作:ミチシルベ

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不老不死と人狼 転

 

「おい、そろそろ俺にも分かるよう説明してくれよ」

 

 再び森を歩き村へと戻る道中、ダフネに追いついた俺は説明を要求する。気になることは沢山ある。オウレンとの関係性、何故彼女が賢者の石を持っているのか。

 だがそれ以上に、この後俺が直接関わることになるであろう話。オウレンが殺すように言った男。俺はそいつの事が気にかかった。

 

「説明か。そうだな、カインはさっきの写真を覚えているか?」

「ああ、オウレンが殺せと言った。随分と若い男だったな」

 

 若いと言っても俺よりは年上。おおよそ二十代半ばだろうその容姿は、当に何処にでもいそうな青年であった。強いて言うなれば、右まぶたにある大きな切り傷が目立っているぐらいだ。

 だが、気になったのはそれを見たダフネの反応。普段は飄々とした態度を維持しているはずなのに、その時ばかりは動揺が見て取れた。

 俺がそんな風に、写真の男の姿を思い出している横で。ダフネは一度大きくため息をついて、口を開く。

 

「あの男の名はアラン……オウレンの元旦那だ」

「――っ」

 

 息を呑む。ああ、でもそうか。オウレンが、先程複雑な表情をしていた理由がわかった気がした。一度愛したはずの男が、憎き母親の仇なんだ。オウレンの抱く感情はほつれ絡まった糸のように、込み入っているに違いない。

 

「オウレンが人の姿で落ち着いてないと知ったときから、別れたのは察していたが。……まさか、こんな面倒な事情になっているとはな」

 

 人狼は長く生きると少しずつ獣へと寄っていく。人と子を成した人狼は、人として生きることが出来る。そう話したオウレンの事を思い出す。

 

「だが、私達のやることは変わらない。……殺して、石を手に入れる。それだけさ」

 

 いつもと変わらない。そう言い放つダフネではあるが、どうにも俺は気が進まなかった。

 経験則ではあるが、他者に殺しの依頼をする奴は大きく二パターンしかいない。人の命をなんとも思ってないゴミクズか、覚悟の決まってない半端者かのどちらかだ。オウレンの場合後者だろう。そういうやつは大抵殺し終えた後に後悔する。

 

「殺さずに奪い取るのは?」

「あんなのでも一応数少ない友人だ。……それは避けたい」

 

 面倒だ。だが、ダフネがそう言うなら俺はそれに従う。ダフネとはそういう約束だ。

 

「てか殺すにしてもよ。その男が何処にいるのか目処は立ってるのか? 聞いた感じだと、あの写真もダフネが知ってるのも五十年前の姿だろ? 案外既にぽっくり死んじまってんじゃあねえの」

「その可能性も拭えないが、その時はその時。ひとまず村でアランを知る人が居ないか聞き込みだ」

 

 俺はその言葉に首をすくねる。やれやれ、結局はいつも通り行き当たりばったりか。でもまあ、それもいつものことだ。

 

◆◆◆

 

 アランの所在については、予想外にも簡単に知ることが出来た。いや、というよりも村の村長その人が、俺たちが探していたアランだという話ではないか。拍子抜けも良いところだ。話があると言えば、村の若い男が案内してくれるということになり。今は連れて行かれた先にある家の前にいる状態だ。

 

「おーい、村長! 客人だってよ」

 

 そう言って若い男は数回ドアを叩いた。暫く待つと、家の中から数回地面を突くような音が返ってきた。

 

「入って良いってよ。最近は体調が悪いらしくてな、多分今も部屋の奥で横になっているはずだ。まあ、話し相手になってやってくれや」

 

 男はそう言うと、俺たちを置いてどっかに行ってしまう。

 残された俺達は多少戸惑いながらも、家の奥へと足を運んだ。

 

「……さて、こんな老いぼれに用があるのは何処の誰かな」

 

 家の奥の一室。寝室と思われるベットがあるだけの狭いその部屋に、その人は居た。枯れ枝のように細い腕と、もう一切食事が通れなさそうな皺の寄った首筋。既に死に体といっても良い病弱した老人が横たわっていた。そのまぶたには、大きな傷跡あり。かすかに残る写真の面影を感じ取り確信する。この人物こそが俺たちの探している、オウレンの元旦那、アランなんだろう。

 

「ダフネという者だ。以前一度お会いしているのだけど……まあ、覚えていないだろうね」

「……まさか!? ダフネとは、あのダフネさんか? 随分前に村に居たあの」

 

 ダフネは大きく目を見開く。おおよそこの老人も、ダフネの父親のように自分のことなど忘れてしまっていると思っていたのだろう。しかし、可怪しい。もし覚えているのであれば、五十年前と変わらぬその姿を見て他に反応があるはずだ。

 

「覚えて、いるのか?」

「忘れるものか……。数少ない彼女の知り合いだ。しかし随分と若々しい声じゃの。まるで、あのときと変わっていないような」

「声……だと? まさか、アランお前目が……」

「見えておらぬよ。そういう病気だ。もう、元気に動くのは口だけしか残っておらぬ」

 

 静寂が部屋を支配する。ああ、もうこの老人は残り火のようなものだ。死ぬのは明日か、明後日か。今この瞬間に燃え尽きても不思議ではない。

 

「それでダフネさん。まさか思い出話に花を咲かせる為に、こんな田舎まで足を運んだわけでもあるまい。要件はなんですかな。申し訳ないが、今のワシに出来ることはもう……」

「……オウレンだ。オウレンに頼まれて、私達は来た」

 

 はっと息を呑む音がした。

 

「……そうか……ようやく。……その言い分だと彼女はここに来とらんのだろう。彼女は、元気にしとったか?」

「ああ、変わらず元気だったよ。部屋が汚いのもそのまんまだ。今日は……」

「皆まで言うな、分かっておる。――殺しに来た。そうだろう?」

 

 今度はダフネが驚く番であった。ダフネだけじゃない、それまで空気に徹していた俺さえも思わず声が出そうなほどに驚く。耳を疑い視線をやるも、そこに居たのは覚悟の決まった表情をした男。どうにも聞き間違いではないようだ。

 

「どうしてそれを、とでも言いたげな雰囲気じゃな。無理もない、事が起きたのは貴方が去ってから数年が経ってからだからの」

「いや、ある程度は聞いている。お前がオウレンの母親を誤って――」

「――そう殺した。なんだそこまでは知っとるか」

 

 アランは語る。当時、何が起こったのかを。大筋は聞いていたとおりだ。森が荒れ、人に被害が出始めた村は、村随一の腕を持つアランにその解決を依頼したのだと。普段であればそんな危険な依頼断っていたと語るが。当時、婚儀を終えたのにもかかわらず、子供を作ることを躊躇うオウレンに、愛想を尽かされたのだと焦っていたアランはその依頼を受けた。男らしい姿を見せれば、オウレンも惚れ直すと思ったらしい。そこから先も聞いていた話と同様。人に危害を加える生物と勘違いしたアランが、誤ってオウレンの母親を撃ち抜いてしまった。

 

「だが何故だ。お前ほどの腕がありながらどうしてそんなミスを犯したんだ」

「ミスか……。いや、あれは確かにワシの人生の中で最大の過ちだったの。じゃがその時のワシにはどうすることも出来んかった……。いや、何を言っても言い訳になってしまうがの」

「どういう事だ?」

「尋ねるがの、お主は普段生活をしていてすれ違った人間が人でない別の存在かもと考えながら生活したことはあるか? 森であった生き物が親しい人の親類であると考えたことはあるか?」

 

 そんな事考えるはずがない。そんな限りなく低い可能性を考えながら生きている人間は、この世界には大凡存在しないだろう。いや、仮にいてもそんな事をしていれば精神がおかしくなってしまう。とどのつまり狂人の粋の話だ。

 

「何が言いたいんだ。私には何のことだか――」

「――知らなかった。ワシはオウレンから人狼であるということを知らされていなかったんじゃよ」

「――っ!? そんな馬鹿な。お前たちは将来を約束していたじゃないか。だというのに……」

 

 理不尽な話だ。アランはオウレンが人狼だと知らなかったのだ。結婚もし、ダフネより長い付き合いがあるにも関わらず。アランがオウレンの正体を知る方法など、本人の口から語られる以外方法はないだろ。将来を誓った相手がもしかしたら狼かもと考える人間など存在しないだろうから。

 

「ショックじゃったよ。裏切られた気分だった……。でもそれ以上に、愛した女の本音の一つや二つを聞き出せなかった自分が不甲斐なかった。もしワシがもっと信頼されていて、彼女が正体を明かしていてくていたら、こんな事も起きなかっただろうの」

「だがここまでの話が本当ならアラン、お前に一体何の非があるという言うんだ。オウレンがお前を殺そうとするのは筋違いも甚だしいだろ」

 

 俺もその意見に同意する。こんなのは逆恨みも良いところだ。

 しかし、アランは弱々しく首を振った。

 

「いいや、頼んだのはワシじゃよ。彼女がワシを殺そうとするのは他でもない、ワシがそう頼んだからだ」

 

 アランは語る。命に報いるには命を、アランはオウレンに殺されることで許してもらいたかったのだと。それ以外に詫びる方法は思いつかなかったと、そんな風な事を語った。

 

「じゃが、彼女はワシを殺せなかった。気持ちの整理がしたいと、そう言い残して去っていったよ。今思えば酷な頼みだったかもしれん。優しい心を持つ彼女にはの。それ以降彼女には一度も会えておらん。何度も森を訪れたがその姿を目にすることは一度も……」

 

 今は光を宿さないその目で、アランは何処か遠くを見る。

 

「ようやくじゃ。随分と待たされはしたがの、ようやく……。死に体で粘った介があるというものじゃよ」

「嬉しそうだな、爺さん。殺されるんだぜ今から」

「……嬉しそうか。五十年越しの望みが叶うのだから、そうなのかもの」

 

 この男はきっと、五十年の間ずっと殺されることを望んでいたのだろう。それはきっと、過ちを起こした自分自身を許せなかったから。オウレンがアランを許せなかったように、アランもまたアラン自身を許せなかったのだ。オウレンはきっとそのことにも気がついていた。でなければあの時の、悲しい殺意に説明がつかない。

 

「できれば彼女の手で直接死にたかったが……。この際贅沢は言わん、一思いにズバッとやってくれ」

 

 似ていると思った。死に魅入られ、死ぬことを望みながら生きているその姿は、まさにダフネのそれと同じだ。ならば、オウレンが本当は殺したいと思ってるかは定かではないが。殺してやるのがこの男のためでもあるのではないか。

 

 そう思い至ったときには、既に俺の手には愛用のナイフが握られていた。ああ、終わっている。死に体の老人を前にしても、いざ人を殺すとなると俺の心は歓喜に震える。さっき考えたのも、体よく人を殺すための言い訳に過ぎない。だが、殺人鬼の俺はもう止まれない。

 手に持つナイフがアランの心臓に突きささる――その瞬間だった。背後から伸びてきた手が、俺の腕を掴む。

 

「――遅かったな」

 

 感じたのは驚きと、強い嫌悪感。しかし、振り向いた先に居た人物を見ればその感情も瞬く間に引っ込んだ。視線の先、そこに居たのは獣の耳を携え、尻尾を生やしたおおよそ普通の人間でない姿をしたオウレンであった。

 

「なんでっ! なんでだよ、なんで殺されることを受け入れるのさ!? 悪いのは全部私じゃないか。私は一言、お前の口から拒絶の言葉を聞きたかっただけなのに……」

 

 震える声はまさに魂からの叫び声だった。オウレンの物言いを鑑みるに、どうやら俺たちのやり取りはずっと聞いていたのだろう。

 

「オレンお前、本当はアランの事を……」

「許せなかったよ、何で母さんを殺したんだって……でも! それ以上に私は私のことが許せなかった! なぜ正体を教えてくれなかったのだと、口汚く罵ってほしかった! そうしてくれただけで、私がどれだけ救われたか……」

 

 俺は、ここでようやくオウレンの依頼の真実を理解した。オウレンはきっとアランを殺す気など微塵もなかったのだ。過去は消せない。しかし否定してもらうことは出来る。オウレンはアレンにただ拒絶してほしかったんだ、過去の自分を。愛した人に素性を晒せなかった自分の過ちを。

 

「だがどうしてだ。どうしてお前はアランに正体を隠していた。だってお前たちは、あんなにも……愛し合っていたじゃないか」

「……怖かった、怖かったんだよ。アランが愛したのは人として生きる私。狩人であるアランが、獣の私を愛してくれるとは到底思えなかったんだ。愚かだろ? 隠し通せるわけなんて無いのに」

 

 どんな人にも、隠したい自分の側面というのは存在する。だが、本当の自分を隠した先に本当に愛なんてものは存在するのだろうか。俺には分からない。でも、オウレンがアランを思っていた気持ちが偽りだとも到底俺は思えなかった。

 

「そうか……そうじゃったのか……。ワシは、君にずっと憎まれていると思っておった。それだけの事をした自覚があったからの。君に許してもらえるなら何だってする。そんな思いで過ごした人生じゃった……」

 

 何だってする。その言葉には、自分の死すら含まれている。自分が殺されることで、オウレンの溜飲が下がるならそれでも構わない。むしろそこまでされて、漸く自分も自分の事を許せるのだと。アランはそんな風に語った。

 

「それに本当のことを言えばの、オウレン。君はワシのことなどとっくに忘れていると……」

「何を勝手なことをっ! 私がお前のことを忘れるはずがないだろ!」

 

 結局のところ。この二人は互いに似たもの同士だったのだ。自責の念に苦しみ続けるところも、臆病なところも。この二人が距離を置いていたのは互いに、相手に拒絶されるのを恐れたからだ。拒絶の言葉を望んだオウレンが、五十年もの間アランの前に姿を表さなかったのは一重にそういうことなんだろう。

 

「ずっと会いに来たかったんだ。でも……」

「分かってる。大丈夫、こうして最後には会いに来てくれたじゃないか」

 

 オウレンの掌とアランの掌が重なる。その様子からは、とてもじゃないが憎み、憎まれているような関係には見えない。むしろ熟年の夫婦、そのようにも見える。だが当然といえば、当然。だってこの二人は、どんな形であれ五十年もの間、互いを思っていたんだ。ともすれば、それはもう一つの愛の形と言えるのではないだろうか。

 

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