「信じろタイクーン、誰もが幸せになれる世界を」
無理だ、俺は英寿のように強くなれない
俺は祢音ちゃんのように再び立ち上がれるほど心は強くない
俺は道長さんのように他人に恨まれてでも自分の道を突き進めるほど覚悟は強くない
そんな目で見られても俺には無理なんだ、今更戻ったところで誰かを信じることも自分を信じることももう出来ないんだ
もう俺には何もない、たった今英寿を倒すという覚悟すら失った
もはやデザグラ運営が俺の願いを叶える必要は無いだろう、そして今更心の底から誰もが幸せになれる世界を願うことも出来ない
そんな俺じゃ、もう、姉ちゃん、を、救うことも、できな、い
(もう、いやだ)
何でこんな事になったんだ
(もう、なげだしたい)
おれはただ
(もう………)
みんなに、しあわせになってほしかっただけなのに
(もう、この世界から消えたい)
そう願ってしまったのがいけなかったのだろう
「っ!駄目だ、タイクーン!戻って来い!そっちに行ってはいけない!」
この日、俺はこの世界から消えた
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「っ!?」
嫌な夢を見てしまい、思わず身体を起こして目を覚ましてしまう
「……最悪だ」
必ず姉ちゃんを救うと誓ったはずなのに、心が折れてその願いを諦めてしまうという最悪な夢を
「……隣の部屋に迷惑掛けてないといいんだけど」
俺が今暮らしている場所はブラックマーケットの奥にあるボロアパートだ、ここには訳ありの人達が住んでいる
……そしてボロアパートという事は当然壁もボロい、夢に魘されて夜中に唸り声を出せば当然聞こえてくるだろう
さて、もし文句を言われたらどう謝ろうか────
『ああっ!?だからそいつは適当に縛って痛め付けておけって言っただろうが!?』
────隣の部屋からとんでもない怒号が聞こえてくる
……どうやら謝る必要は無さそうだ、向こうの方が圧倒的に煩いのだから
会話の内容からして恐らくは裏社会の関係者だろう、ここブラックマーケットでは大して珍しいことでもない
………いつからだろうか、痛みや暴力がそこら辺に転がっているこの世界に慣れてしまったのは
「……っと、そろそろ行こうかな」
適当な服に着替えて仕事に行く準備をする、俺の仕事は結構ハードな力仕事な為、食事などは帰って来てから取ることにしている
……いや、力仕事なんて綺麗な言葉じゃないな
俺のブラックマーケットでの仕事、それは────
────様々な裏組織や重要人物の護衛だ
「ぐっ……!なんだこいつ、デタラメにつえーぞ!?」
「ヘイローもねえのに何でこんな……!」
「……大人しくしててくれ」
俺の目の前に倒れ伏すチンピラ達
……この程度、ジャマトと生身で戦う事に比べたらどうってことない
「余所見してんじゃねえぞ………っ!?」
背後から銃口を突きつけられるが、それを回し蹴りで弾き飛ばす
こっそりとチャンスを伺っていたのは最初から気づいていた、前の世界での戦闘経験がこんな所で役立つとは思わなかったけど……
「くそっ!舐めてんじゃ───がっ!?」
「うるさい」
そのまま鳩尾に拳を入れ、前のめりに倒れそうになる顔に膝も入れる
………正直考えたくもない、護る為ではなく敵を倒す為に平然と暴力を振れるようになったなんて
「ふむ、相変わらず素晴らしい戦闘センスだな」
周りの敵が全員気絶したのを確認すると、物陰から犬の顔をした男が出てくる
……最初に見た時には驚いた、この世界には明らかに人間ではない者達が大勢存在する
「だが私としてはあの仮面の戦士の姿も見てみたかったのだがね」
「………この程度の奴等なら生身で十分だ」
「そうか………ほら、早速報酬だ」
会話しながら懐から何かを取り出す目の前の男を警戒していると、その男は此方に封筒を投げつけてきた
「………いつもより多くない?」
「ちょっとしたサービスだ、これからも宜しく頼む」
「…………」
いつもより分厚い封筒を恐る恐るしまいながら背中を向ける
こんな世界に慣れてしまったのにも関わらず、相変わらず金銭感覚だけは一般人並の自分がよく分からなくなる
「次の依頼が決まればまた連絡する」
「………そう」
まるでこの裏社会から逃げ出すかのように足早に去っていく
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「さて、と……どうしよっかな」
突然財布が潤ったことで困惑してしまうが、それならそれでちょっとだけ贅沢をしようと気を持ち直す
「スーパーでお寿司でも買って来ようかな」
……いや、何でスーパーのお寿司なんだ、回らない寿司屋とかでも良いでしょ別に
贅沢=スーパーのお寿司という相変わらずの庶民的思考にちょっと悲しくなってくる
「……まあ、別にいっか」
どうせ姉ちゃんはいないんだし、一人で食べる分には何を買おうと同じだ
「………姉孝行、したかったな」
沈む気持ちを無理やり切り替えようとブラックマーケットから少し離れたスーパーに向かおうとし────
「見つけたわよ!景和さん!」
────赤色に近い髪色を持つ少女に大声で呼び止められて足が止まる
「もう、こんな所に居たのね!探したんだから!」
「はぁ……〝こんな所〟になんの用?───アルちゃん」
名前を呼ばれた少女───陸八魔アルはどこか得意気な表情で堂々と宣言する
「ふふふ……決まってるでしょう?貴方の背中から〝アウトロー〟を学ぶ為よ!」
「………俺は別にそんなのじゃ───」
「誤魔化そうとしても無駄よ、貴方がヘルメット団の子達に〝アニキ〟と呼ばれているのは知ってるんだから!」
「────いや、あれは勝手に呼ばれているっていうか………」
「河駒風ラブというあのジャブジャブヘルメット団のリーダーも従えたそうね!」
「勝手に付きまとわれてるだけだし……」
「裏社会を牛耳る為にまずは手下から増やそうってわけね!」
「だから勝手に担ぎ上げられてるだけだってば……」
駄目だ、まったく話を聞いてくれない
「やっと見つけたんだから、絶対に逃がさないわよ!」
そう言ってビシッ!と指を差すと───
ぐぅ~……
「………」
「………」
「……アルちゃん」
「ち、違うわよ!?これはただご飯を食べていないだけなんだから!」
「何が違うの……?」
必死に誤魔化しているが、何の言い訳にもなっていない
………もしかして
「俺を探してる間に何も食べてないの?」
「うっ……その、暫く依頼を請けてなかったからお金が……」
「アルちゃん」
「な、何よ?」
「依頼したい事があるんだけどさ」
「……え?」
「一緒にご飯食べてくれない?」
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「………」ぐぅ~
「どうしたの?食べないの?」
「うえっ!?わ、私は別に……」
「もし他の子達を置いて自分だけ楽しむのが申し訳ないなら、後で依頼料で何かご馳走してあげなよ」
「景和さん……そ、そうね!いただくわ!」
そう言って笑顔でハンバーグプレートに手を出すアルちゃん
久しぶりのまともな食事なのか、スッゴく笑顔が輝いている
………便利屋じゃなくて普通の仕事をすればもう少し稼げるんだろうけど、彼女の生き方に口を出すほど野暮な事をする気はない
「ん~!美味しいわ、景和さん!」
「……そっか、それは良かったよ」
……こうして誰かと食事を取るのはいつぶりだろうか、ベアトリーチェの下に居た時ですらアリウスの誰かと一緒に食事することは無かった
ああ……本当に暖かくて美味しい────
「け、景和さん?大丈夫?どうして泣いているの?」
「……え?」
アルちゃんに指摘されてようやく目元が濡れていることに気づく
「……気にしないで、ちょっと昔の事を思い出しただけだから」
「そ、そう?ならいいけど……」
そう言いつつも未だに此方に心配する様な視線を向けてくる
……この子は強いな、アウトローを目指しているとか言っておきながらその心の奥底には確かな〝優しさ〟がある
良い子が無理して悪ぶろうとしている感じがする………出来ればアルちゃんには純粋なままで居てほしい
「……ねえアルちゃん、カエル顔の大人には気を付けなよ」
「え?と、突然ね?」
「あと数百歳レベルで年齢詐欺してる女の人と警棒の使い方がやけに上手い男の人にもね」
「本当に突然ね!?」
「ふぅ……美味しかったね」
「ええ……その、今日はありがとう、景和さん」
食事を済ませた俺達はスーパーで少し買い物してから帰路に着いていた
「……いや、お礼を言うのは俺の方だよ、久しぶりに楽しかった」
「え?」
これは嘘ではない、本心だ
アルちゃんのお陰で自分でも気づかないうちに広がっていた孤独を手遅れになる前に埋めることが出来た
「あっ、これ持っていってよ!」
そう言って彼女にさっきスーパーで買った物を手渡す
「これって……すき焼きセット!?」
「うん、それと依頼料」
「ええ!?こ、こんなに受けとる訳には……」
「食事する前に伝えたはずだよ、これは依頼だって」
「うぅ……でも……」
「ほら、会社の皆で楽しんで来なよ!」
「景和さん……ありがとう、受け取らせてもらうわ!」
屈託のない笑顔で受けとるアルちゃん
……うん、やっぱりこの子にはこの表情が似合う
「その代わり……もし何か困った事があれば私達便利屋を頼ってちょうだい!数回なら無料で依頼を請けるわよ!」
「あはは……それじゃあ、もし本当に困ったら助けてもらおうかな?」
「ええ!任せてちょうだい!」
そう言って彼女は堂々と胸を張った
……色合いのせいでコートに付いたハンバーグソースに気づかないまま
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『桜井景和、次の任務ではアリウスで働いてもらいます』
『……勘違いしないでください、貴方は私の仲間ではなく私の道具です、拒否権などありませんよ』
『この世界で貴方に居場所を与えたのは誰ですか?この私でしょう?』
『貴方が元の世界に戻る方法を見つけるにはそれ相応の情報収集能力と力を持つ組織の助けが必要なはずです』
『しかし貴方はこの世界の人間ではない、頼れる仲間も何の立場も存在しない』
『更にはヘイローも持たぬ外の世界から来訪した存在………いえ、外の世界というよりも別の次元とでも言いましょうか』
『そんな存在が目を付けられないはずがありません、当然その者の中には貴方の事を利用しようとする者もいるでしょう』
『勿論私もその一人です、ですが貴方の働きに見合った報酬はちゃんと出しましょう』
『よく私の手を取りました、これから私の事はアリウスでは〝マダム〟と呼びなさい』
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「……ここにもヒントは無いか」
かつてベアトリーチェが俺を連れて来た場所、俺はそれらを一個ずつ訪れていた
何故彼女が俺を付き添わせたのかは分からない………いや、嘘だ、本当はうっすらと気づいている
それは俺が裏切らないと思ったからだろう
実際にあの頃の俺はベアトリーチェに言われるがままに利用されようとしていた、それで元の世界に戻れるならどんな犠牲を出してでも彼女に従おうと決めていた
『へえー!貴方も外の世界の人なんだ!』
『自分の幸せだけを考えるのは決して悪いことなんかじゃないよ』
『どれだけ騙されようと……私の生徒だから、皆を信じる理由なんてそれだけで十分だよ』
………あの人に出会うまでは
「はあ……」
何か裏があると分かっていながら目的の為に従う、前の世界で未来人達に利用された時から何も成長していない自分が嫌になる
………だからこそ、今度は自分の力で見つけなければならない
「絶対に見つけるんだ………元の世界に帰る方法を……!」
そう決意し、固く拳を握りしめ────
「……ん?」
────俯いていると、下に何か紙が落ちているのが見える
「……なんだろう」
元の世界に戻る為の方法が書いてあるかもしれないと期待しながらその紙を拾い上げる
そこには何やら機械の設計図の様な物が書かれていた
「……さっぱりだ」
自分には理解できないような専門外の言葉ばかり書いてある
せめて読める部分だけでも読もうと、右下辺りに書いてある恐らくはこの機械の名称であろう部分に目を通す
「………ゲマトリアドライバー?」