落羽物語   作:庭鳥

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 書く前は面白いと思ったんだが自分で読んでみるとそうでもない……。自分の文章力がなさすぎるせいであろう。ううん、どうしたものか。



抜け殻のルフラン

 

 

~ 1 ~

 

 土の中から手を伸ばし、空に輝く太陽を見た。生きてすらいない僕はそのように生まれた。

 

 眩しさに顔を覆い隠そうとして、手のひらに肉のないのに気づいた。そしてがしゃりと音のなる体を見て、ようやく僕が墓から生まれたスケルトンであると気づいた。

 

「ハッハッハ!()()()くん!久々に見る太陽はどうだい?」

 

「ケ、ケレン?」

 

 目が慣れてくると、自分の隣にとんがり帽子を被った女がいるのに気づいた。いかにも魔女と言った風体であった。

 

「……覚えていないのか?」

 

「な、何をですか?」

 

 彼女の顔は初めにこにこと笑った花咲くような笑顔であったのだが、僕の言葉を聞いた途端どんどん萎んでいった。僕が驚いていると、彼女はくるりと振り返って向こうに歩いていった。杖を突くたびが石の鳴く音が響いた。

 

「……良いさ。君は私の生み出した眷属さ。着いてきたまえ。」

 

「眷属……?う、うおっ!」

 

 私が何かを考える前に勝手に体が動いた。どうも彼女に命令されると、僕の意思は関係がないらしい。そうであるのならば、「僕の意思には何の意味があるの……?」そんな事を考えた。

 

~ 2 ~

 

 

 ご主人様は魔術師であった。僕を墓から蘇らせてくれた愛すべき御人だ。彼女はあれこれと僕に命じた。掃除、炊事、洗濯、買い出し……人前を歩くときはフード付きのコートと手袋が必須だったが、それでもなかなか満ち足りた生活だった。

 

「ご主人様は何故私をよみがえらせたのですか?」

 

「うん?そんなの、召使が欲しかったからに決まってるだろう。」

 

 僕が聞くとご主人様はそんな事を返した。僕は「そうですか。」とだけ返すが、その実、暗い洞の瞳の奥でそれをいぶかしんでいた。

 

 それなら最初の反応に説明がつかない。彼女は何かを僕に求めて蘇らせたはずだ。例えば、金の在りかとかを聞き出すためだったのかもしれない。しかし、それが満たされず、彼女は落胆した。そうであるはずだと思った。

 

 僕はただの死体の癖に、子供が漠然と世界について問いかける様に、生まれた意味を知りたいと思い始めていた。

 

 

 

 

 ある時、ご主人様は部屋を留守にした。その時、偶然部屋の窓が開いているのに僕は気づいた。ご主人様はいつも僕を部屋に入れない。もしかしたらその中には、彼女が僕について覆い隠そうとしている何かがあるのではないかと僕は思った。

 

 窓を開け、部屋の中に入った。躊躇など既に捨て去っていた。その時の僕は、ご主人様への忠誠はある一方で、それ以上に自身について求める好奇心に突き動かされていた。あるいは狭い生活圏に退屈を覚えた末の冒険心であったのかもしれない。

 

「よいしょっと。」

 

 窓の枠を乗り越えてみて、まず驚いたのは、その部屋が異様に整頓されていたことである。ご主人様は片付けが得意ではない。普段いる実験室などは散らかり放題で、毎日僕が片付けねば足の踏み場もない程だ。

 

 しかしよく見てみると床には埃がたまり放題である。つまりは整頓された状態のまま放置されたような状態であるという事だ。彼女は普段、この部屋で寝泊まりしているはずであるが……。その生活感のない様子に、僕は若干の困惑と恐怖を覚えた。

 

「な、なんか部屋の幽霊って感じだな。」

 

 僕は恐怖を覆い隠すためにそんな事を独り言ちながら、部屋の探索を始めた。その部屋の中にはご主人様の洋服だけでなく、明らかに男物の服も入っていた。ご主人様が男を部屋に呼ぶことなど見たことがなかった。

 

 やはり何かあるぞ、そう思いながら僕について何かないかと探していたが、机の中で手記を見つけた。その表紙にある名前は『グレスベン』。僕はその時初めてご主人様の名前を知った。

 

 

『Ⅷ月Ⅴ日 今日は素晴らしい日だ。ケレン君が遂に私に振り向いた!……魔術士らしい暗い青春を歩んできたが、これから幸せな生活が始めるかと思うとたまらない。』

 

『Ⅷ月Ⅷ日 ケレン君が王都の方に出張するらしい。寂しいが楽しい場所でもある、羽を伸ばしてくるといいと思う。浮気は困るがね。』

 

『Ⅹ月ⅩⅢ日 ……今ようやくペンを持つことが出来た。ケレン君は死んだ。私が死なないのはその気力すらなかったからだ。今は自身とケレンの遺品の整理をしている。数日後には死のう。』

 

『Ⅹ月ⅩⅤ日 ま、待て!今頭の中を纏めるために筆を取っている!部屋を整理していたら出て来た!死霊術の本だ!専攻している分野ではないが、もう一度ケレンに会えるかもしれない!試す価値はある……いや試さずにはいられない!』

 

『Ⅰ月ⅡⅩ日 ……実験は失敗。だが召使にはなるだろう。……正直分かっていた。彼が蘇らないなどという事は。私が死霊術に縋りついたのは……ただ単に……死ぬのが怖かっただけだ。』

 

『Ⅲ月Ⅴ日 あれはスケルトンと呼ぶことにした。中々いい仕事をしてくれる。……だがまあ、ケレンとは似ても似つかない。だがそれも良いだろう。ケレンの事は忘れられない。引きずりながら生きていくことにしよう。』

 

 

 手記にはそんなことが書かれていた。僕は、それを読んだ時の心情を正確に表現することが出来ない。哀れみであっただろう、悲しみであっただろう、怒りであっただろう、喜びであっただろう、憎悪であったかもしれない。僕はともかく呆然としていた。

 

 それに気づかなかったのはそのせいもあっただろう。窓にかけられた手と獣臭さに気づかなかった。僕はバキバキという窓枠が軋む音でようやくそれに気が付いた。ご主人様の部屋に、窓から目を血走らせた人狼が入り込むところであった。

 

「ギュルゥァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「ひ、ひいっ!?」

 

 人狼の絶叫に僕は本当に心の底から恐怖した。ただの屍の癖に命を惜しいと思った。僕の腰には、普段ぶら下げているショートソードがなかった。部屋の探索には邪魔だろうと置いてきてしまっていたのだ。

 

 目の前の人狼は涎をだらだらと垂らしながら、僕に向かって飛びかかってきた。その瞬間、僕の頭の中に流れ込んだのは様々あった。ご主人様に申し訳ない、どうしてこんなことに、どうしてこんなことを、そして何よりも先ほどの手記の一文が踊るように瞼の裏で踊っていた。

 

『死ぬのが怖い』

 

 バキリッ!そのような音が響き、僕の右腕は人狼の一撃で容易く砕け散った。しかし奴の興奮はおさまる様子がない。ああ、死んだ。そのように思った。

 

「マスケティブラストォ!!」

 

「ギュオ!?」

 

 叫び声と共に強烈な閃光がその部屋を包んだ。カチン、という火打石を叩きつける音を聞いた気がした。

 

 

 目を覚ましてみれば、僕はご主人様に抱きかかえられていた。見れば部屋の入り口であるドアから窓にかけて身の丈以上の大穴が開き、彼女は熱心に僕の右腕を見分していた。

 

「大丈夫か?」

 

 そんなわけがないことを彼女の目が雄弁に語っていた。

 

「大丈夫です。」

 

 しかし僕はそのように答えた。僕は彼女が愛した人の躯を傷つけてしまった。もう僕の体は僕の物ではなかった。ケレンという男の体に、醜悪な僕の魂が入っている。そのように感じた。

 

 机の上に開かれた手記が置かれたままであったのに、彼女は僕に何も聞かなかった。

 

 

~ 3 ~

 

 その日から僕の日常は変わった……あるいは僕の性格が変わったといっていいだろう!僕の生きる意味はその日から始まった。

 

「ご主人様~!紅茶が湧きました……。貴方様の声のように甘く、貴方の肌のように柔らかい味の……そんな紅茶が!」

 

「ああ、そこに置いといてくれ。」

 

 グレスベン様はそっけないが、しかし口元に笑みを浮かべて答えた。僕は度々ご主人様の部屋に忍び込んだ。そしてケレンという、死した彼女の婚約者の性格を真似し始めた。彼女から見た伝聞の情報であったから、もしかしたらただの滑稽だったのかもしれないけれど。

 

 しかしその日からご主人様の笑顔が増えた気がして、嬉しかった。

 

 僕はいつのころからか、グレスベン様に主従以上の思いを向け始めていた。しかし、何度伝えようとしても鉛の如く口が、手が、重くなるのだ。これはむしろ主従としてわきまえたわけでは無く、ケレン氏への遠慮からだろう。

 

 僕は彼の遺体から作られたスケルトンだが、彼の記憶とか意識とかそういうものを欠片も持ってはいなかった。彼の体を乗っ取って、そのままグレスベン様と生き、さらに愛を向ける等という事は途方もない悪心であるように思われた。

 

 何より、ケレン氏はこんな肌も肉もない骨だけでなく、右腕が醜く叩き折れた体などはしていないだろう。そう思えばこそ、この想いを伝えることは憚られた……。いや違う。私はこの想いを伝えることが恐ろしかった。その先にあるのが不幸であると知っていたから、途方もない悪であると知っていたから、どうしても言葉にすることなど出来なかった。

 

「なあ、君。」

 

「ええ、なんですかグレスベン様。」

 

「……いや、いつもありがとと思ってね。」

 

「ど、どうしたんですか改まって!何か本当は言いたいことがあるんではないですか?」

 

「ああ、そうなんだ。……私もうすぐ死ぬよ。」

 

「え?」

 

 果たして、ご主人様の言うとおりになった。彼女はすぐに病床に伏せり、部屋から出ることもできなくなった。

 

 

 

 医者に見せても無駄だといわれた。死病と言われる類のものが彼女の体を蝕んでいた。僕が生まれてから十年ほど経った頃であった。

 

「ご主人様。ご飯の時間ですよ。」

 

「ああ、うん。少し食べようかな。」

 

 スプーンで温いお粥を運んでやったが、彼女は咳と共にそれを吐き出してしまった。僕は少しだけ慌てたが、彼女は逆にぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

「なあ、君と出会ったのもこんな雪の日だったね。」

 

「え、そうでしたか?」

 

「そうだよ。うん、覚えていないかい?」

 

 彼女はそんな風に笑いかけながら僕の方を見た。僕と出会った日……それは冬であったが、良く晴れた日では無かったろうか。太陽に向かって手を伸ばした記憶があった。はて、記憶違いだろうか?少しの胸騒ぎを隠しながら、僕はそのように思った。

 

 

 

 その後、グレスベン様の容体は急変した。薬を飲ませても熱が下がらない。苦しみ続けて、唸り続けている。僕は彼女の苦しみをどうにかしてやりたくて、でもどうにもできなくて、残った左手で熱い彼女の手を握っていた。

 

 

 

 その時、ふっと彼女が急に目を覚ました。僕は驚いて彼女に声をかけようとしたが、その目は焦点を結んではいなかった。僕はその目の色を生涯忘れることはないだろう。

 

「ケレン……。会いたいよ。もうすぐ、会いに行くよ……。」

 

「…………『ケレン』?」

 

 僕の口から声が漏れた。その時気づいた。気づいてしまった。彼女は僕の事を『君』としか呼ばなかった。彼女の中で僕はケレンなどではなかったのだ。その時僕の抱いた感情がなんであるか……とても一言では言い表せない。

 

 眼球の裏のように決して見通すことのできない深く暗い絶望であった。魂に張り付いて決して離れない糸を引く嫉妬であった。ないはずの心臓が破裂しそうになった。ないはずの眼球の奥から涙のような怒りがあふれ出していた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!!!」

 

 叫んだ。それから目を落として気づいた。ご主人様は、愛しきグレスベンは死んでいた。

 

 それはいつかの日のようであった。その日僕は目覚め、彼女は立っていた。今は彼女が眠り、僕がその傍らに立ち尽くしていた。結局、僕は一度も思いを伝えることもなかった。

 

 

~ 4 ~

 

「グレスベン様!どうかお目覚めを~!」

 

「グ、グレスベン……って誰ですか?」

 

「………ああ、知ってたけどね。」

 

「え?」

 

「君の名前はグレスベン。今日から君は僕の従者だ。」

 

 

 いつかの日のように彼はそんな風に語り掛けた。小さな骸骨が首をひねり、彼は笑うように泣くように顔を歪ませる。

 

 彼はこれからそれなりに幸せな暮らしを送ることだろう。目の前の抜け殻に、愛した魂が戻ることはないのだけれど……。

 

 

 

 

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