前編からの続きものです。読んでいない方いれば、そちらからお願いします。
「神よ、罪を告白します。」
その言葉は誰の耳にも届かなかった。
放置されていた一つの死体をカーテンで包み込む。
それを運び出す。
それはほぼ女の日課であった。
カツ、カツ、カツ。
・・・・躊躇うような足音がそこに鳴り響いた。
その音を認識すると、シスター服を纏った女は半分眠りかけていた目を開けた。
彼女は
どうせ向こうからは見えないのだが、神の御前だ、見栄えは必要であろう。
扉の軋む音を、女は黙って聞いていた。
「・・・・ああ、神よ。・・・・罪を告白をします。」
「・・・・続けなさい。」
向こうから聞こえてきたのはくぐもった男の声であった。
彼女はその声が、街で一番の金持ちである富豪の男であるのを知っていた。
・・・・まあ、そんなものどうでもいいことか。
彼女はそのことに心を少しも動かしはしなかった。
躊躇うような沈黙の後、男はぽつりぽつりと話し始めた。
「・・・・病魔に侵され、老い先短い身となってようやく決心がつきました。今、願うのはただ一人の娘の幸せです。」
「・・・・。」
彼女はその言葉に耳を傾けていた。
ありふれた告解であった。
しかし、まあ、
女はそんなことを思っていた。
「私はある事業で財を成しました。・・・・大声で言えるようなものではありません。人を騙し、傷つける、外法なやり方ばかりしていました。それだけではありません。人も、私のせいでたくさん死にました。・・・・私はきっと地獄に落ちるでしょう。」
「・・・・。」
男の物言いは、街で見かける傲慢な男の態度や、彼が話す欲深い自身とはかけ離れているように感じた。
女は思わず眉をひそめた。
そんな様子にも気づくわけもなく、告解は続いた。
「・・・・その事に異論などあるわけがないのです。私は裁かれるべき人間です。長らくその事は覚悟しておりました。
・・・・しかし誓って申し上げますが、それは私利私欲のためではないのです。私は家族のため、人の心を捨てたのです。」
「・・・・。」
女はその言葉を聞くと目をつぶった。
ほら見ろ、始まった。
地獄に落ちるなど申しておきながら、ここから始まるのは言い訳三昧だ。
彼女は今までの経験からそう予見した。
「・・・・私は貧しき家庭に生まれました。幼い頃には兄弟間ですら食料を奪い合っていました。・・・・私の人生に目標があるとするなら、家族を持ち、それを幸福にすることだと思ったのです。・・・・その為には、何をしても良いとすら。・・・・愚かでした。」
「・・・・。」
向こう側から聞こえたのは、すすり泣きの声であった。
女は正直、普段の彼とはかけ離れた様子に、驚きを禁じ得なかった。
「・・・・しかし先も申し上げましたが、私は娘を想ってここに来たのです。
・・・・先日、メイドが一人私を庇って死にました。恨まれることばかりしてきた身です。刺客を差し向けられることは珍しくありませんでした。」
そこで、彼の言葉はぴたりと止まった。
格子越しの暗闇の中で彼が震えているのが見えた。
その胸中は果たしてどんな感情が渦巻いていたのか。
男は少しづつ話始めた。
「哀れな彼女は、最後に言いました。あなたをずっと愛していると。・・・・私の娘に向かってです!奴、いや彼女は自分の娘と、我が娘を取り換えていたのです。メイドの日記帳には、私の本当の娘はどこかの山中に捨てたとありまた。・・・・懺悔の言葉と共に。」
「・・・・。」
再び男のすすり泣く声が聞こえた。
しかし、今度は女はそれを気にする余裕はなかった。
本当の娘?
取り換え子だと?
額から自然と汗が滲みだしていた。
「・・・・彼女はどれだけ苦しんだことでしょう?罪の告白すらできず、その身は常に罪悪感に焼かれていました。その為に私などを庇って死んでしまった・・・・。・・・・しかし、私にとってそれすら些事なのです。私は、私の娘を当然愛し続けます。誰であろうが、今更放り捨てることなど出来はしません。」
「・・・・。」
そこまで言うと男は堰を切ったように泣き始めた。
そして両手を組むと、男はまさしく祈る様に口を開いた。
「しかし、本当の娘が生きているというのなら、どうか一言謝りたいのです。私はお前を放り捨ててなどいない。お前を幸せにできなかった分、お前の罪も被って死んでやりたいとそう言たいのです。こんなことが言える身ではないとはわかっています。ですが神よ、どうか娘と一目・・・・。そうでないなら、どうか、どうか娘を幸福に・・・・!」
「・・・・。」
男は神がいるならば、恐らく届いたであろう位祈りをささげた。
しかし女はその時全く別のことを考えていた。
思い出すのは幼少のころ、彼女がまだ孤児院に居た時のことであった。
「あなたの目の色も髪の色も、丘の上に住んでいるあの意地悪なおじさまと同じね!」
そんなことを言われたことがあった。
幸い先生がすぐにその子を りつけ、そんなことは二度と言われることはなかった。
恐らくその子は純粋に感想を述べただけで、悪意があったわけでもないのだろう。
その時は嫌で嫌で仕方がなかったが・・・・。
どうしてか、その時のことを思い出していた。
「・・・・。」
・・・・実のところ女は彼に同情の念を抱き始めていた。
今までに告解に来るものと言ったら、口先ばかりで地獄に落ちたくないという、それだけの者ばかりであった。
それらよりは、彼の方がはるかにましではないか、そう思ってしまったのだ。
ましてや、彼は、彼は・・・・。
・・・・そうなのであろうか?
「・・・・か、神は貴方の祈りを聞き届けることでしょう。」
女は震える声をどうにか抑えながらそう言った。
しかし、彼女は自分の言葉が信じられない様に歯噛みをする。
違う、そんなことをするのではない。
目の前の男は只の罪人だ。
女は震える手を押さえつけて、拳銃を構えた。
涙で滲んで狙いはつきはしなかった。
「・・・・寛大なる我らが神に感謝致します。」
男はどこか落胆したようにそう答えた。
藁にもすがる思いでここに来たのだ。
欲しかったのはそんな気休めの言葉ではなく、娘と一言、たった一言言葉を交わせるなどの神の御業であっただろう。
向こう側からは、靴音が響く。
しかし、閂の下ろされた扉は開きはしない。
・・・・撃たねばならない。
誰であろうと、それが例え父であろうと。
女は震える指先に力をこめた。
ガコン!!
・・・・閂の外れる音が響いた。
男は少々不審がったが、しかし背中を丸めて歩き始めた。
撃てなかった。撃てるわけがなかったのだ。
女は涙を流しながらぽつりとつぶやいた。
「父・・・・さんなの?」
かすれたその声は、防音壁に阻まれて彼に届くことはなかった。
彼は自分を罪人であると言った。
・・・・しかし私は躊躇ってしまった。
人を傷つけ、自身の目的のため踏みにじった極悪人に対してである。
ならば罪とは何だろうか?
彼は人殺しの自分を罪人であると言った。
ならば私のしていることは、一体?
女は無意識のうちにもう一つの扉の中に入っていた。
そこに香る鉄臭さは、手に持った銃からだろうか?
それとも血の匂いだろうか?
濃密な死の匂いがそこには漂っていた。
「・・・・神よ、罪を告白します。」
女は震える声でそう言った。
その部屋に撃鉄を起こす音が響いた。