落羽物語   作:庭鳥

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羽の夢

 

 ある時、僕には白い羽が生えた。美しく、気高き羽であった。僕は昔から空というものを飛びたいと思っていた。空はきっと社会からの解放の願いであり、人々が不真面目さと呼ぶ僕の人間らしさの発露であり、遠き日の憧れであったのだ。普段なら、航空法では『空飛ぶ人間』はどう扱われれるのだろう、そのような事ばかり思う僕であるが、その時ばかりは大空に向かって何も考えずに羽ばたいた。

 

 風に乗り、自然の色の中に混じった乾いた空気を嗅いだ。傾けた羽で風を捕まえると僕の体は一気に空の上まで押し上げられた。見下ろす大地には人の姿一つなく、また動物も一匹もいなかった。高所を動くことについて、何の不安も抱かない羽というものが頼もしく思った。空は美しかった。

 

 だが、そんな時ふと目に影が映った。それは大地に足を付けた猟師であった。こちらに向けて猟銃を構え、その銃身に顔をよせて狙っている。あっという事も出来ずに、銃声が響き、いつの間にか僕の羽には大きな穴が開いた。僕は叫び声をあげながら地面に落ちていき……そして衝突する瞬間に目を覚ました。

 

 横には、僕を起こしたらしい母が立っていた。

 

 

 

 ある時、僕には黒い羽が生えた。吸血鬼のような、蝙蝠のような脈打つ羽だ。そうして僕は、動物と鳥の隙間を飛ぶ蝙蝠のように、太陽の目から逃れる吸血鬼のように、夜を飛び始めた。夜に飛ぶのは楽しかった。イカロスのように羽が崩れる心配もない。暗い夜とは魂が休まるものであり、弱者たちが心を慰め、そして見えぬ敵を恐れる、優しく残酷なものなのだ。

 

 夜を羽ばたき、眼下に広がる高層ビルの群れが明るく色づいているのを見て、僕はそこに暗い優越感を感じていた。まさしく、僕は解き放たれたものであり、闇の支配者であったのだ。見上げる月夜には星が輝き、正体は宇宙光線だというオーロラが広がっていた。まさしく夜は美しかった。

 

 だが突然僕の視界は青黒いものに覆われた。それは巨大な手であった。まさしく魔神の手であるといえるもので、それは見た目とは裏腹に僕を優しく包みんだ。僕はそこに驚きを感じながらも父性というものを感じてしまっていた。それはあるいは蝶の羽を崩さぬように気を付けながら抱き留める感情であったのかもしれない。手は突然僕を地面に向かって投げつけた。高速で僕を叩きつける大地が迫ってきていた……そこで僕は目を覚ました。

 

 扉の奥では、僕に呼びかけたらしい父が立っていた。

 

 

 

 僕らは自由を欲していたのだろう。誰が、と問われれば全員が、と僕は答える。僕らはきっと虫の羽を生やした蝶なのである。この世界で誰が自由を支配しているでもない。ただ紐を付けられ、世界を入れた籠を運ばされる家畜なのだ。僕はそれを思う時、人間よりもむしろ神を憎んだ。世界の中心に座って、でっぷりと太った神と呼ばれる何かを想うのだ。彼らは尊敬され、あがめられ、しかし人には何も返さない。そのような在り方を憎んだ。ところが結局のところ神とは虚像であり、人間たちが利用するべく生み出したハリボテの存在である。機械仕掛けの神を動かし、そのゼンマイを巻き取りながら笑う何かを人は憎みたがっている。ところが、それは卑怯にも大きい神の存在の陰に隠れて、世には決して出てこないものなのだ。真面目であれ、謙虚であれ、勤勉であれ、そのような人の美徳は閻魔のつける帳簿に乗せられる代わりに、彼らの懐を潤している。その事実をみとめたくなくて、僕たちは羽が欲しい、自由になりたいなどと妄言を吐く。そんなもの、この世には在りはしないというのに。

 

 

 ああ、この紐から解放され、僕はこの宇宙を旅する虫になりたい。僕の抽象的な夢はいつの間にか、幻想と結びつき始めていた。そしてそれは確かに現実として固着し始めていたのである。足に巻き付けていた紐を外してみた。ただのそれだけで僕は疑似的な解放を喜んだ。僕の心はいつの間にか宇宙を旅しているようであった。空を飛んでいる間も少しも恐怖は感じなかった。

 

 ある時、僕は羽もつけずに空を飛んだ。

 

 

 

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