青春をテーマに書きました。こういう短編は正しい主人公よりも、鬱屈してねじ曲がった人間を書きたいと思っています。
「ストライック!!バッターアウト!!」
ちょっと癖のある発音……。そんな審判の一言だけで、いとも簡単に僕らの夏は終わりを迎えた。
バッターが力無く倒れたように地面に伏せる。僕はそれを、おそらく冷たい目で見ていたのだと思う。少なくとも地方の一回戦負け、そのような最下級の結果は僕にとってさして驚くべきことでもなかった。だが額に滲んだ汗が、まだ夏の過ぎ去らぬことを教えていた。
「君たちはよく頑張った、健闘した……。」
そのように話す監督の言葉は耳から入り、僕の脳髄をただ通り過ぎて行った。見え透いた嘘であった。4対0の結果に健闘の要素などあるだろうか、それともプロ野球の熱き試合のように、点が入らないだけの健闘の場合もあったかもしれない。だがその試合でヒットはたったの四回。言い訳のしようもないボロ負けであった。
「いやしかし、そんな事もないだろう……。チームの皆だって頑張ったんだから……!」
そのようにチームメイトの一人が嘯くのがまた嫌であった。彼は僕の親友で、エースで四番の素晴らしい男であった。また勉学もできて、僕とは違ってすこぶる出来のいい男であった。僕が2本、彼が2本、というのがチーム全体で取ったヒットの総数であった。
「敵のピッチャーも良かったんだよ、お前もわかってるだろうけど。」
「知ってるよ。」
「そうだろうなぁ、あーあ、俺たちの青春も終わりか。」
彼が遠く夕日を眺めながら言った。彼の名を清水明と言った。二年半の間切磋琢磨し、笑い合ったなかであった。彼がいつもと同じような顔をしながら笑っている。
「なんで笑えるんだ?」
「え?」
「負けたのに、青春が終わったって言ったのに、なんで笑えるんだ?」
僕は呟くようにそれを言ったつもりであった。しかし、彼の慰めるような表情──まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような表情を見るに、僕は多分彼を睨んでいた。
「でもね。僕らは頑張ったじゃないか。」
「頑張った……?」
「うん!勝利を目指して切磋琢磨して、賢明に試合を頑張った!それがね、将来の役に立つのだと思うよ!」
「……。」
清水がそのように晴れやかな顔で言った……。
(将来……?)
将来の役に、たつ?日本語でありながら僕にはその言葉が少しも理解はできなかった。
「だからさ、皆満足してると思うよ。僕らはそろそろ大人にならないといけないんだから。」
「お前らは……お前らは……。」
悔しくないのか、その一言は僕の喉元でつかえた。それ以上の言葉が栓に詰まった水のように固まっていた。だが清水がじっと僕を見ながらその一言を言った。
「悔しいさ。でも皆それを乗り越えていかなきゃいけないんじゃないかな。……そろそろ僕も受験だからね。切り替えていくさ。」
そのフラットな一撃がどれだけ僕を殺したのか、彼は認識すらしていなかったのだろう。僕の努力がただ野球だけに伸びていたという未来を想像するということへの停滞と、また野球への情熱、それら二つを侮辱するクリティカルな言葉であるということを彼は少しも気づいてはいなかった。その言葉を聞いた瞬間、僕の顔が一気に熱を持った。頭に血が上るのを感じた。
『たったの三日の間に晴れる本気の悔しさなどあるものか。』
そんな言葉を吐き散らしたくなった。
……だが僕は息を吐いて、少しだけ落ち着いた。怒りに身を任せても仕方がない。人に自分の意見をまるっきり理解してもらおうとするなんて愚かしくて非現実的なことだ。
僕は少しだけ冷静になってから、拳を握りしめた。僕は思い切り清水を殴り飛ばした。奇妙な唸り声を上げながらスローで倒れ込む清水がアドレナリンで加速した脳みそで認識できた。
「エ……!?な、何すんだよぉ!!」
「フン、死ね!優等生!」
僕はそれを吐き捨てた。僕はようやく思った。優等生で、努力をせずとも人並み以上な彼を僕は心の底で嫌っていた。嫉妬とこの感情を覆い隠して、彼と向き合うことを避けていた。
後にも先にも、その時だけ人を殴った。親友の本意をぶちのめしたくなった。僕は頬を抑えたままの彼を見捨てて歩き去った。友情も、夏も、努力も、野球も、僕には徒労に終わった。僕はそれを認められるほど大人ではなく、またそのような大人になる事もついぞできなかった。
結局のところ、勝ちたかったのは俺だけだったのだ。誰もあの試合結果を本気で悔しがってなどいない。当たり前だ、彼らにとってあれはベッドの低い賭けだった。彼らには勉学があり、将来があり、野球だけしかないのなど僕だけであった。
潰れただけの青春を良き思い出と想うことなど出来はしない。多くの人間が夢を諦めるという。彼らの何割が本気で目指したというのか、本当に目指したものが手に入らない不幸を、一体どうして忘れられるというのか。彼らは挑まなかっただけである。そしてチームスポーツというものは容易に彼らのような人間によって潰される。僕は初めから間違っていたのである。
勿論、それは全て現実にあった事だ。だが野球にも、その喧嘩にも、少しも意味などなかったのである。
そうして僕の青春は終わった。試合終了の声が球場に響いたときに、ではなく。彼の言葉によって僕の青春は初めから死産であったことに気づかされたのである。
──そして殴ってから、初めて後悔をした。彼が二本、僕も二本。僕の本気とはこの程度であったのか?いいや、きっと僕も本気ですらなかったのだ。僕もまた、本気ですらなかったのだ……。
* * * * * * *
多くの者がそうして夢を卒業する。しかしのめり込み過ぎた愚かしい純粋さは、青春という繭を脱げぬまま、夢見る蛹となりどこにも行けない。彼らは蛹のまま世界に標本として針で縫い付けられ、嘲笑われることしか出来ない。
美しき青春の思い出を持った人間になど、きっと彼の無念と後悔は決して理解のできぬ領域であろう。本気で挑んで無様に敗北した人間が、一体どうして青春を美しいものと思えるだろうか。いいや、挑まなかったとしても……その後悔をどうして払拭できるものであろうか。
結局のところ、成虫は一部の勝利した者たちだけである。多くの大人が青春という名の夢の揺りかごを引きずったまま生きている。蛹のまま、自分に嘘をつきながら、少しずつ現実を誤魔化している。
彼らの奇妙で醜い努力を誰が笑えるものだろうか。しかし春になれば、桜のように新たな生贄は幾らでも補充される。まっこと青春とは残酷である。