呪術の子 作:メインクーン
万「星野クリスの肉体、取ってきたわよ」
羂索「ありがとう、大切に使わせてもらうね。真人、改造人間作るの手伝って」
真人「OK、喜んで」
交流会が終わった。
団体戦の最中に呪詛師と特級呪霊が一斉に襲ってくるというハプニングはあったものの、どうにかそれを生徒達で撥ね退けて無事にやり過ごす事ができた。
その後の野球大会も楽しく過ごし、締めで開かれたB小町特別野外ライブは皆で大いに盛り上がった。良い思い出になって、また機会があればこういう時間を過ごしたいと思うクリスであった。
そんなこんなでいつもの日常に戻ったわけだが、クリスは相変わらず仕事とスピネルの育児に振り回される多忙の日々を送っていた。それでも本人は割と楽しそうにしていたので、あまり心配するような者はいなかったわけだが。
そして1年生達が八十八橋で宿儺の指を回収し、それを虎杖が誤って取り込んだという報告を聞いた時は、クリスも思わず笑ってしまう程だった。つい先日の事である。
どういう事なのか詳細を聞いてみると、八十八橋周辺で虎杖、伏黒、釘崎、順平の4名が、特級呪霊1体と受肉した呪胎九相図の2人を倒したという。
特級呪霊の登場は宿儺の指を取り込んだのが原因らしく、呪胎九相図の方はその宿儺の指を回収しに来たところ、タイミング悪く虎杖達と鉢合わせしたらしかった。
経緯は如何にせよ、1年生だけで特級相当の相手を3体同時に撃破した事に間違いはなく、後輩の成長ぶりに感激したクリスはその日、任務から帰ってきた1年全員に高級焼肉を奢った。
一方でクリスの家族達はというと、こちらもまぁまぁ充実した日々を送っており、遂に映画『15年の嘘』の試写上映が行われていた。これもつい先日の事である。
本来ならこの試写上映は、予算と人員の関係から11月以降に行われるはずだった。だが、以前クリスと週刊誌の間で起きたいざこざで多額の賠償金を受け取った事もあり、アクア達はその金で大勢のスタッフを追加確保し、編集の作業効率を倍にした。
その結果、予定よりも早く試写上映を行う事ができた。今回は関係者のみ参加できる上映会だったが、予定が早まったおかげで一般公開日もその分早くなっている。このような事は滅多にないらしく、中々貴重な経験だったと有馬は語った。
そしてもう1つ。最近になって、アクアとカミキヒカルが遂に接触した。というのも、映画撮影後のインタビューの際、アクアを撮影した相手がカミキヒカルだったのだ。アクア自身が指名したらしいのだが、何の目的でそんな事をしたのかは想像に難くない。
実を言うとルビーもその場に隠れて見ていたのだが、特に心配しているような事態にはならず、結局何事もなくインタビューは終了した。
これらの経緯をルビーから聞いたクリスは、ルビーの肩をポンと叩いて「何はともあれお疲れ様、よく頑張ったね」と言って優しく微笑んだ。
その後はカミキヒカルにも直接連絡を取り、会って早々「兄さんと姉さんからの復讐はどうだったの?」と本人に尋ねる始末。
相変わらずの鬼畜な性格に苦笑いしつつも、淡々とした口調で「ええ、とても心にきましたよ。あれはもう2度と御免です」という感想と共に溜め息を溢すカミキだった。
こうしてそれぞれが思い思いの日々を過ごし、あっという間に1ヵ月が過ぎた。
そして今日は10月31日。季節はすっかり秋模様で、外に出れば上着を羽織りたくなる肌寒い風が吹く。
そんな日に行われる渋谷のハロウィン。毎年大勢の人々や観光客が一ヵ所に集い、日を跨ぐまで延々とその場で騒ぎ続ける。B小町のルビー達も、渋谷駅から少し離れた代々木公園で野外ライブステージを行う予定だ。
クリスはこの日を楽しみに待っていた。これまで仕事が忙しく、中々ライブに行けなかったのも大きい。体内にいるアイも、娘達の成長した姿を生のステージで見られるとあってすこぶる機嫌が良い。
────この時のクリス達は予想だにしていなかった。まさか人が大勢集まる渋谷のハロウィンであんな事件が起こるとは。
更にこの日の出来事が、後に日本どころか世界中を巻き込む戦いにまで発展する事に……。
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────20XX年10月31日、午後17時過ぎ。
「みんなーっ!!今日は私達のライブを観に来てくれてありがとう!!」
「ここまで来てくれた皆に、私達の愛を籠めた歌をいっぱい届けるよー!」
「それじゃあ早速……1曲目行くわよ!」
渋谷駅から約1000m離れた代々木公園野外ステージにて、新生B小町によるハロウィンライブが開始される。
今ライブの観客動員数は約5000人。今最も勢いに乗っているトップアイドルグループの1つとして、あっという間にキャパシティぎりぎりのファンを呼び込んだ。
1つの会場に集った熱狂的なファン達は、3人の美少女に対して熱烈なコールと歓声を上げる。ハロウィンにちなんだ仮装で、ペンライトを振り回して共に歌を歌いながら夕暮れ時のハロウィンを謳歌する。
そんなライブの光景を会場の端から遠目に見守る者が数名。
「まさかアクア君も観に来てたなんてね」
「俺からすれば、お前がここに来る事の方が意外だったよ、あかね」
「そんな事もないよ。今日が偶々渋谷での仕事で、ちょっとした気まぐれで帰りに寄っただけだから」
「このライブは事前に購入したチケットが無いと参加できない。何が気まぐれだ、最初から行く気満々だったろ」
恐らく有馬かながステージで踊る姿を見たかったんだろうな、と思いながら肩を竦めるアクア。厄介ファンの反転アンチ特有の面倒臭さに溜め息を吐きつつ、改めてステージの上で歌うルビーを見やる。
瞳をキラキラと輝かせ、天真爛漫に振る舞う可愛い妹の姿に自然と笑みが零れそうになる。
「アクア君、楽しそうだね」
「……顔に出てたか?」
「ううん、何となく。今の君からは楽しいって思える感情が伝わってきた感じがしたから」
「いつも思うが、何でそれで分かるんだよ」
「そりゃあ私はアクア君の元カノだからね。これくらい分かるもんだよ」
「そんな事はないだろ。多分お前だけだと思うぞ」
あかねの謎に鋭い洞察力と感受性に、アクアは思わずツッコみを入れる。いや、確かにあかねのそういう能力の高さは認めているが、何度見てもやっぱりおかしいだろ……探偵よりも探偵しているんじゃないか?エグいって。
そんな月並みな感想を抱きながらライブを静かに見届けるアクアであった。
(それにしても、クリスちゃんはまだ来てない感じかな?この前の交流会で絶対観に来るってルビーちゃんに言ってたけど……)
アクアがルビーの晴れ姿を見守っている傍ら、あかねはクリスの気配がライブ会場のどこにもない事に気付いた。
あの時、ルビーとアイの3人で特別野外ライブを開いて、ハロウィンライブの告知までやって、呪術高専の生徒達にもライブの参加を呼び掛けていた。
アイが瞳を輝かせながら嬉しそうな顔で「楽しみにしてるね!」とルビーの手を握り締めていたのが印象深い。だからこそ、ライブは始まったのにまだ来ていないのは予想外だった。
(……あっ、そう言えばアイさんが復活してる事、アクア君には何て言えば良いのかな?いやまぁ、私から教える事は出来ないけど、家族の中でアクア君だけ知らないのも仲間外れみたいで可哀想だし。でもそうなると呪術の存在も教えないといけなくなるのが……)
唐突に思い出したアイの事で頭を悩ませるあかねだったが、暫く考えた後に「家族じゃない私がとやかく考えてもしょうがないかもね」と割り切る事にした。
別れた後でもついつい
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────10月31日午後18時30分、星野クリス現着。
ライブが始まって1時間30分が過ぎた辺りでようやくクリスが会場に現れ、そそくさとアクア達の隣に立つ。
「あっ、クリスちゃんやっと来たー!」
「ごめーん、色々どたばたしてたら電車乗り遅れちゃってさー。人混みもきついし大変だったよ」
「ライブもそろそろ終わりに近いぞ。今日はハロウィンで人混みが凄いから、2時間くらいで早めに終わる予定だってミヤコさん言ってたし」
「えっ、マジ?ちょっとショックなんだけど」
来て早々ライブが終わりそうな事を告げられ、一瞬にして笑顔のまま表情が固まるクリス。隣であかねが慰めているが、30分のライブでは物足りない感が凄まじい。
任務後の報告書作成やスピネルの育児に時間を取られていたので、ライブ開始から大幅に遅刻して会場入りしてしまう羽目になった。ちなみに、今は夜蛾学長にスピネルの子守りを任せている。
それからもう1つ。実は今日のライブに片寄ゆらを誘っていたのだが、彼女には普通に断られてしまった。
聞けば「今は京都でドラマの撮影中だからごめんね」という真っ当な理由が返ってきたので、惜しくも1人で行く事に。これには中で聞いていたアイも「これはしょうがないよねー」とクリスを励ました。
カミキヒカルは最初から誘っていない。絶対にアクア達とトラブルになると分かっているからだ。それでも今日は仕事の都合で渋谷にいるとの事で、もしかしたら後で顔を合わせるかもとクリスは思った。
「あっ、2人とも今の見た?ルビーちゃんがこっちに手振ってくれたよ!」
「僕が来た事にも気付いたようだね。いやー、遅れちゃってマジでごめん……あっ、かなちゃんとMEMちゃんも気付いた。こっちからも手振っとこ。いぇーい!!」
ステージにいるB小町の3人が、たった今明らかにこちらに向かってジェスチャーを送っていたので、クリスも笑顔で手を振り返す。
「おい、あんま目立つ行動するなよ。今ここでヤバい奴に目を付けられたら確実に面倒な事になる。お前の知名度もすっかり全国に広まっているんだぞ」
「あれー?僕がそうなっちゃったのはどこの誰が原因だったかなー?んー?」
「……すまん、やっぱり今の発言は撤回させてくれ」
「分かってくれたならよろしい」
アクアが目立つ行動を控えるように咎めたが、クリスに詰められて気まずくなり、すぐに黙り込んでしまった。クリスが有名人となったそもそもの原因は、アイの隠し子である事実をアクアが独断で明かしたからなので言い返せるはずもなかった。
ただ、クリスも反省して落ち込むアクアを見て、それ以上詰め寄る事はなかった。すぐにライブの方に意識を切り替え、ペンライトを振り回し声援を送る。
「いえーい!久々のライブ超楽しいー!」
「良かったねクリスちゃん!」
「ほんとだよー。最後に行ったの2年以上前だっけ?確か姉さん達が初めてJIFに出場した時だったと思う。いやー、懐かしい。あの時も盛り上がったなぁ」
「私も初めてライブに来てみたけど、これすっごく楽しいね!」
「でしょー?後でお母さんにもお礼言っとこ。お母さんが色々頑張ってくれたおかげでもあるし」
「良いじゃん良いじゃん!社長さんも喜んでくれるよきっと!」
2年ぶりのライブで大はしゃぎするクリスと、初めてのライブ参加に興奮が収まらないあかね。
興奮しすぎてテンションが少しおかしくなっているが、それでも母親への感謝と愛情を忘れない辺り、家族に対するクリスの想いが垣間見える。
あかねもその気持ちに共感できる部分が多いのか、笑顔でそれを肯定してくれた。
そんな2人の笑顔を横目に、アクアは3人分のペンライトを握り締め、静かにライブを見守るのであった。
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────今日は凄く気分が良い。いや、今日に限らずここ最近はずっと気分が良い。
気分が良いから色々と調子も良い。歌は徐々に上達しているし、ダンスのキレも増している。パフォーマンスのクオリティは過去最高と言って良いだろう。
そう確信をもって言える程に、今のルビーはかつてない程の絶好調である。
きっかけは1ヵ月前の交流会で、アイと14年ぶりの再会を果たした時から。あの時からルビーは暇を見つけては、こっそり高専に行ってクリスと会っている。より正確に言うと、クリスと中にいるアイの2人に会うために。
それからというもの、アイドルの高みを目指して2人から様々なアドバイスを貰って実行していく内に、ルビーの実力は1ヵ月前とは比較にならないレベルまで上昇していた。
その努力の積み重ねによる変化が周囲にも伝わったのか、ファンの反応も良く、B小町の人気は益々鰻登りである。有馬とMEMちょも負けじと食らい付いているため、B小町は更なる急成長を遂げている。
「みんなー!ここまで私達のライブを観てくれてありがとー!」
「でも寂しい事に、そろそろ皆とのお別れの時間がやって来ちゃったよぉー」
「だから次の曲で最後にしようと思います!ラストは皆も一緒に歌って、ハロウィンの夜を盛り上げていこー!!」
「「「「おおおおおおおおーっ!!」」」」
10月31日午後18時59分、ハロウィンライブもいよいよ次で最後の曲となった。
まだまだ歌い足りない気分だが、今日は人が多過ぎるという事で早めに終わる予定となっている。だから、残りのエネルギー全てを次の1曲に込めてライブの締めにしよう。
丁度お兄ちゃんとクリス、そして……ママも観てくれているから。最高の輝きを、愛を、ステージの上から皆に届けよう。
そんな熱い想いを胸に、人々を明るく照らす天真爛漫な笑顔を浮かべ、ルビーは大きな声で高らかに宣言した。
「最後の曲はやっぱりこれ!『サインはB』だよ!皆、歌う準備は良いかなー?」
「「「「おおおおおおおおーっ!!」」」」
その宣言にファンの歓声も一段と大きく盛り上がる。
そんなファンからの熱い想いを一身に受け止め、ルビーは最後の歌を歌うべく、一度深呼吸して空を見上げた。
建物の光が反射し、キラキラと宝石の様に煌めく東京の夜空。星は見えないが、それに負けない一等星の如き強い光を放ち続けている。
幻想的とも言えるその光景をしっかりと目に焼き付け、最後の1曲を歌おうと口を開き────
「……えっ?」
ルビーは、空を見上げたまま動きが止まった。
突如、煌めく夜空からドス黒い暗闇が現れ、ライブ会場を含めた夜の街を急速に覆い尽くしていく。
まるで底なしの悪意が嘲笑うように希望の光を飲み込み、恐怖と絶望の暗闇を作り出しているかのような光景。
「……ル、ルビーちゃん?」
「ねぇ、ちょっと……急にどうしたのよ?皆が困惑してるじゃない」
あまりに急な出来事。見上げたまま動かなくなったルビーに違和感を覚え、有馬達やファン、裏方にいるミヤコ達まで一体どうしたのかと困惑する中、この光景に見覚えがあるルビーは震える声で呟いた。
「な、何で……何で"帳"が降りてるの?」
「はっ?帳?あんた急に何言ってんの?というか本当にどうしたの?」
「ルビーちゃん、どこか具合でも悪いの?」
「何か言いなさいよ。社長が心配そうにこっち見てるわよ」
明らかにおかしくなったルビーの様子に、有馬とMEMちょが心配そうに寄り添って顔を覗き込む。
空を見上げ続けていた事で、それに気付いた2人は何かあるのかと思い、視線の先を追って同様に見上げた。
そこでようやく空の違和感に気付く。
「……はっ?えっ?……ちょ、ちょっと待ちなさいよ……な、何なのよあれ?」
「空が暗い……いや、
あまりにも非現実的な光景に思わず目を見開く。
3人の会話を聞いていたファンやスタッフ達も次々と空を見上げ、急速に会場全体を覆う帳を見て目を見開き、声を上げる。
半分近くは帳の存在を認知できていなかったが、それでも会場にいる大勢の人達が空の違和感に気付いた。
「な、何だあれは……?」
「どうして急に帳が……クリスちゃん、これって……」
アクアが帳の存在を認知して動揺する傍ら、既に存在を知っているあかねはすぐに意識を切り替え、隣にいるクリスに話しかける。
「分からない……けど、今から碌でもない事が起こるのは確実だろうね」
街全体を覆い尽くす帳を見つめながら、クリスは一瞬で呪術師の思考に意識を切り替え、不測の事態に備えていつでも術式を発動できる準備を整えた。
────10月31日午後19時、東急百貨店・東横店を中心に、半径400m程の帳が降ろされる。
────同時刻、国立代々木競技場第二体育館を中心に、代々木公園野外ステージにも同様の帳が降ろされる。
ようやく始まりました、渋谷事変。
それと推しの子完結、おめでとうございます。