呪術の子   作:メインクーン

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前回:
クリス「ハロウィンライブ最高!」

ルビー「最後の曲を歌いま……何で急に帳が?」

有馬&MEMちょ&アクア「な、何だあれ……?」

あかね「クリスちゃん、これって……」

クリス「猛烈に嫌な予感がする」



渋谷事変② 狼煙

────10月31日午後19時30分、東京メトロ渋谷駅前。

 

 

「……なるほど。渋谷駅と代々木公園の2カ所に帳が降ろされ、内1カ所の渋谷駅の方では五条さんを連れて来い、と……」

 

「はい、帳の縁まで逃げた一般の方々が口々にそう叫んでいるとの報告がありました」

 

 

現在、帳の外側で待機している七海が伏黒と猪野琢真を引き連れて、伊地知から事件の現状報告を受けていた。

 

 

「代々木公園に降ろされた帳は?渋谷駅の物と同等の広さと伺っていますが」

 

「それが……代々木公園の方はこちらとは少し変わっていまして……」

 

「と言いますと?」

 

「あちらに降ろされたのは一般人を閉じ込める帳ではなく……その逆の、()()()()()()()()です」

 

「何ですって?」

 

 

 

 

 

────同時刻、渋谷マークシティレストラン入口前。

 

 

「……というわけなんで、皆さんは暫くここで待機っす。五条さんが先行して事件を起こした主犯を抑え、後から私達が突入する流れっす」

 

「フッ、帳の効果が非術師のみの監禁となると、敵の狙いは非術師の人質を利用した五条悟の殺害か?奴を殺せる呪詛師や呪霊がいるとは思えんがの」

 

 

別の場所では、補助監督の新田から待機命令を通達された3人の術師がいた。

 

釘崎、真希、そして禪院家の当主である禪院直毘人である。そして新田の説明を受けて、直毘人は小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

 

「帳は壊せんのか?」

 

「難航してるっす。何せ帳自体は術師を両側から拒絶していないんで、力技でどうこうできそうにない。帳を降ろしている呪詛師を探してとっちめた方が早そうっす」

 

「ならば代々木公園の方はどうだ?あちらは明確に術師を拒んでいる。力技で強引に突破する事も可能なはずだ」

 

 

至極当然とも言える直毘人の疑問だが、これにも新田は残念そうな顔で首を横に振った。

 

 

「残念ながらあまり進展がないっすね。向こうの帳は逆に強度が高すぎて、破るためのパワーが足りないみたいっす。現場からは、最低でも特級レベルの術師じゃないと突破は難しいかもしれないとの見解が……」

 

「ほう、そうなのか。ならばまずそちらに五条悟を向かわせた方が良かったのではないか?まさかとは思うが現代最強ともあろう者が、帳を破る自信が無くて、見て見ぬふりをしたなどとぬかしているわけではあるまいな?」

 

 

新田の話を聞いて、直毘人が底意地の悪い笑みを浮かべて再び尋ねる。五条家と禪院家の仲の悪さが垣間見える瞬間だったが、根明でさっぱりした性格の新田は何でもない様子で質問に答えた。

 

 

「いえ、そういうわけじゃないんで大丈夫っす。そもそも指示を出したのは上層部なんで、五条さんは悪くないっすよ。それにあっちの帳の中には────」

 

 

 

 

 

 

 

────同時刻、JR渋谷駅前。

 

 

「状況は分かりました。とりあえず五条さんがもう突入して、地下に向かっている最中なんですよね?帳の内側も一般人が混乱してるだけで、それ以外はいたって平和で大丈夫そうですし。

 ただ……心配なのは代々木公園の方です。どうしてあちらには術師の派遣が殆ど無いんですか?何人かあっちに行った方が良いんじゃ……」

 

「そこまでする必要はないと上が判断したんだよ。あっちの帳には既に星野クリスがいるからってな」

 

「あっ、確かに今日って代々木公園でB小町の……」

 

 

こちらは1級術師の日下部篤也を先頭に、パンダと順平の2人が後を付いて行く形で行動を共にしている。

 

先程から代々木公園の方の帳を気に掛ける順平だったが、それを聞いた日下部が気だるげな声で事情を説明する。

 

 

「おう、察しが良いじゃねーの。あいつの身内がやってるアイドルグループのライブだぜ?その証拠に、帳が降りる直前までライブ会場にいたって目撃情報があるそうだ。中の状況は確認できねぇが、あいつがいるなら大丈夫だろ」

 

「えぇ、本当に先輩1人で大丈夫ですかね……」

 

「心配すんな、クリスも五条も俺達じゃ想像できないレベルで強い。どっちも基本1人で問題ないと上は思ってるし、これ以上の戦力投入は過剰ってもんだ。

 それに相手は交流会を襲撃した連中と同一犯だ。特級クラスがゴロゴロいる戦場に飛び込んだら、俺達じゃあっという間に蜂の巣になるのがオチだろうよ。だから暫くここで待機だ、いいな?」

 

「そ、そうですか……分かりました」

 

 

日下部の説明を聞いてもいまいち納得できない様子の順平。やはりクリスの方に援軍無しというのは、いくら何でもおかしいという疑問があった。

 

かくいう日下部自身も、上層部の判断に内心思うところはあるようで……

 

 

(気持ちは分からんでもないがな。ライブ会場にいた奴らが未だに出て来ないって事は、一般人を閉じ込める帳も当然あるわけで、あっちは帳が少なくとも2枚あるのは確定。これだけで厄ネタ満載感が半端じゃない。

 とはいえ、閉じ込められてる一般人の数は渋谷駅の方が何倍も多いから、上もこっちの方を優先して代々木公園は後回しって事なんだろう。ある程度の犠牲は前提としたうえで、だけどな)

 

 

上層部が渋谷駅の方を優先して対処しているのは、単に閉じ込められている人数の違いもあるだろうと日下部は予想する。

 

その判断に関しては別にいい。渋谷駅の方を優先し、それが終わった後で代々木公園の方に向かう。凡そこういう計画で対処するつもりなのは分かるし、特に反対する理由も湧かなかった。

 

そもそも向こうは帳のせいで入る事すらできない。帳の突破に拘って無駄に時間をかけるより、帳の内側に術師が問題なく入れるこちらからじっくり対処する方が、全体的に見れば反って効率が良い。

 

だが、それでも腑に落ちない点がある。

 

 

(1つだけ疑問なのは、事件発生からここまでの対処が()()()()()()()()()って事だな。確か帳が降ろされたのが19時丁度で、今が19時半……もうすぐ40分か。どう考えても流石に早すぎる。

 それもこれも上の指示があまりにも的確で準備がスムーズだったからだが……やっぱり何かおかしいんだよなぁ)

 

 

事件発生から今に至るまで、全ての進捗が早すぎる事に疑問を抱く日下部。いつもならもう少し指示や準備に手間が掛かって、ここに来るまであと1時間はかかる想定だった。

 

しかし今日の上層部はすぐさま行動したかと思うと、てきぱきと的確な指示を出し、その他の手続きも効率よく済ませていた。

 

あまりにもおかしい、いつもの上層部ではない。まるで上層部の中に今回の事件を予め知っている者がいて、裏から全てを操っているかのような……

 

 

(……いや、これ以上考えるのは止めておこう。下手に勘繰って上に目を付けられたら堪ったもんじゃないしな。こういう時は大人しくしておくのが吉ってもんだろ)

 

 

次から次へと浮かび上がる疑問を抑え込み、途中で考えるのを止めて保身に走る日下部であった。

 

 

 

 

 

────同時刻、()()()()()()()()()

 

 

「五条先生1人にやらせるぅ!?理屈は分かるけど、俺達もバックアップとかした方が良いでしょ!」

 

「うん、だからそれをしに今から渋谷へ行くんだよ」

 

 

公園のベンチに座る冥冥に対して虎杖が声を荒げる。五条1人に負担を強いる作戦に納得がいかない様子だった。

 

だが冥冥はそんな彼の抗議に臆することなく、余裕の表情で冷静に返す。

 

 

「というか、何で代々木公園の方には誰も行こうってならないわけ!?中で1人頑張ってるクリス先輩が可哀想じゃん!」

 

「仕方がないよ。代々木公園の方は帳のせいで私達が中に入れない。突破にも時間が掛かりそうだし、それなら確実に対処できそうな事から始めた方がずっと良い。クリスには悪いけどね」

 

「そんな……」

 

 

冷静を通り越して冷たいとすら思える冥冥の発言。理屈は間違っていないが、それでも虎杖は今回の判断に納得がいかない様子だった。

 

今は冥冥の冷静な対応と憂憂の冷たい視線でどうにか抑えられているが、いつか我慢の限界を迎えて1人で突っ走って行くのも時間の問題である。

 

さてどうしようかと考える冥冥。だがそのタイミングで突然携帯が鳴り出した。

 

 

「はい冥冥……へぇ、そう……分かった」

 

 

電話に出て相手の話を聞く。

 

その後すぐに電話は切られ、相手の補助監督から聞いた内容を虎杖に伝えた。

 

 

「虎杖君、行き先変更だ。どうやら代官山駅にも渋谷と同様の帳が降りたそうだ。私達はそちらに向かう。走るよ、ついておいで」

 

「うっす……」

 

 

代官山駅に突如降ろされた帳に対処するため、中目黒公園から走って向かう事になった冥冥一行。だが、そんな中でも珍しく虎杖の元気があまりなさそうだった。

 

やはり1人で頑張っているであろうクリスの事が心配なのか。こんな時でも他人を思いやれる虎杖の優しさに微笑ましいものを覚えた冥冥はにこりと笑みを浮かべた。

 

 

「代官山駅の帳をどうにかしたら、代々木公園の方にちょっと寄り道しようか」

 

「えっ……!?」

 

 

唐突な冥冥の提案に虎杖は素っ頓狂な声を上げる。流石に予想だにしていなかったので、すっかり面食らってしまった。

 

その間に冥冥は余裕のある笑みを携えて、巨大な斧を片手に軽やかに歩き出す。

 

 

「少しだけ様子を見たらすぐに渋谷駅まで戻るけど……良いね?」

 

(おう)っ!!」

 

 

先程までの不満げな表情はどこへやら、虎杖はあっという間にいつもの元気を取り戻し、人一倍大きな声で返事を返した。

 

虎杖が持つ人懐っこい子犬の様な愛くるしさ。そんな彼を、冥冥は懐かしいものを見るような目でチラリと一瞥した後、代官山駅に向かって走り出す。

 

 

(懐かしいね、あんな顔をする子を見るのは。まるで幼い頃のクリスを見ているようだった。ふふ……私も少し、あの子の影響で絆されやすくなったのかもしれないね)

 

 

皆のバカ騒ぎを見守りながら過ごした、かつての懐かしい日々を振り返りながら。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

────午後19時45分、渋谷駅副都心線ホーム・東京メトロB5F。

 

 

「なるほど、準備万端ってわけか。これで負けたら言い訳できないよ?」

 

「貴様こそ、負けた時の言い訳は考えてきたか?」

 

 

渋谷駅の最下層では既に五条悟と特級呪霊達が一堂に会し、対峙していた。

 

周囲のホームには所狭しと立ち並ぶ一般人。羂索の仕掛けによって強制的にここまで引きずり込まれた被害者達である。

 

混乱渦巻く中で一触即発の緊張状態。五条悟が地下5階まで降りてきた時点で出入口は花御が塞いでいる。

 

 

「クリスに負けておめおめ逃げた腰抜けどもが、人質用意したくらいで僕を倒せるとでも思ってんの?あの子に戦いを教えたのは僕なんだよ」

 

「御託は良い、さっさと始めるぞ。すぐに貴様の薄ら笑いも消え失せるだろう」

 

 

このような状況下でも敵を煽る五条を見てクリスの姿を幻視し、苦々しい表情で歯噛みする漏瑚。

 

やはり弟子が弟子なら師も師だな……などという感想を抱きながら、気を取り直して軽く右手を上げた。

 

 

「……えっ?きゃあ!!」

 

「ちょ、ちょっと待っ……!!」

 

「うわぁああああああっ!!」

 

 

合図を送った瞬間ホームドアが勝手に開き、穴を開けた風船から空気が抜けるように人が押し出され、線路の上に勢いよく落とされていく。

 

そしてあっという間に五条の周りを大勢の非術師が取り囲んだ。これでは現代最強と言えど、術式を使って思うように動く事はできない。

 

相手の善性を利用した作戦。この隙を見逃す漏瑚達ではない。

 

 

「「領域展延ッ!!」」

 

 

すかさず全身に水の様な薄い膜────領域展延を纏い、一斉に五条に殴りかかる。

 

術式を付与していない領域を纏う事で相手の術式を中和できる高等技術。中々お目にかかれる業ではないが、既に五条はこれを使う者を身近に知っている。

 

 

「ばーか、そんなんで僕が今更驚くとでも?」

 

「な、何じゃと……!?」

 

「つ、貫けない!何故!?」

 

 

領域展延を纏って繰り出した拳は、本来なら五条の無下限を突き破るはずだった。

 

だが、展延はクリスが数年前から既に使用しており、共に修行してきた五条もそれに合わせて無下限呪術の練度と出力を上げている。

 

最早並大抵の出力の展延では、彼の無下限を打ち破るのは困難だった。

 

とはいえ……

 

 

「ぐほぉあっ!!」

 

「うぐっ!?」

 

「チッ……」

 

 

案の定隙を晒した2人は五条に蹴り飛ばされ、反対側のホームの壁に叩き付けられた。だが、どちらも致命傷には至っておらず、まだまだ動ける余裕がある。

 

 

(周りに人が多すぎる……これじゃ奴らを祓おうにも必ず巻き込んでしまう。かと言って被害を出さない威力で祓えるほど奴らも弱くない)

 

 

先程漏瑚達に食らわせた一撃も、周りにいる一般人を巻き込まないようにギリギリの威力で調整した。ダメージを与えるには十分だが、確実に殺せるほどではない。

 

 

「赤血操術──『苅祓』」

 

「加茂家の相伝……あいつ、受肉した九相図か」

 

 

今度は五条の背後から血の刃が高速で飛来する。受肉した九相図の長男『脹相』の赤血操術による中距離攻撃だ。

 

だが五条には通用せず、無下限によって弾かれた。

 

 

「あいつもウザいが……まぁ良い。やる気無さそうだし後回しだな。まずはあの2人だ」

 

 

この状況下でも、五条は自らの攻撃で人々が犠牲にならない方法を模索する。それが出来るだけの実力と経験が確かにあるからだ。

 

しかし、犠牲者を最小限に抑えようとする彼の善性が、逆に事態を悪化させる未来に繋がる事までは、現時点で予測できるはずもなかった。

 

 

「良いね、漏瑚達も頑張ってるじゃん。真人が来るまでその調子で頼むよ……ここから先は時間との勝負だからね」

 

 

戦場から遠く離れた所から、現代最強の一角を封じる魔の手は少しずつ着実に迫ってきていた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

────午後19時48分、代々木公園野外ステージ内。

 

 

代々木競技場第二体育館を中心に降ろされた帳は、B小町のハロウィンライブを観に来たファンやその場にいた一般人達を閉じ込め、脱出不可能の牢獄と化していた。

 

 

「おい、何だよこれ!何で出れないんだよ!早く出してくれよぉ!」

 

「あの黒い屋根みたいなのが壁になってるんだ!畜生、どうなってんだ!」

 

「誰がやったか知らねぇが頼む!何でもするから通らせてくれぇ!」

 

 

帳の縁に大勢の人が押し寄せ、皆が必死になって突き破ろうと拳を振るうが、これっぽっちもビクともしない。

 

5000人を超える一般人の悲鳴や不安の声が波となって押し寄せ、徐々にパニックになりつつある。これ以上監禁状態が続けば、何が起こるか分からない状態だった。

 

そんな中、集団から少し離れた所で黒川あかねは1人冷静さを保ちつつ、じっと帳の縁を見つめていた。まるで誰かの帰りを待つかのように。

 

そして帳の外から突如人の手が現れ、良く見知った顔が姿を見せた。

 

 

「クリスちゃん!良かった、無事に戻ってきてくれて!中々戻ってこないから何かあったのかと……」

 

「ごめんね、心配掛けちゃって」

 

 

帳の外からやって来たのはクリスだった。とりあえず無傷の彼女を見て、あかねはほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「それで……帳の外はどうだった?」

 

「だーめ。今皆を閉じ込めてるこの帳の外にもう1枚帳が降ろされてた。しかもそれぞれ付与された効果が違う」

 

「そんな、帳が2枚も……ちなみに付与された効果は?」

 

「一番内側にある帳が、一般人のみを閉じ込める効果。皆は通れなくて、僕だけ自由に出入可能だから間違いないと思う。それでもう1枚が恐らく、1枚目とは逆の()()()()()()()()()()()()……だと思う」

 

「……ッ!?」

 

 

帳が複数枚ある事にも驚いたが、直後に聞かされたクリスのみを閉じ込める帳の存在にもっと大きな反応を見せるあかね。

 

特定の個人のみに効果が顕れる。それはつまり、この騒動を起こした犯人の狙いは星野クリスである可能性が非常に高いという事を意味する。

 

それが分かっているのか、クリスも真剣な表情であかねに情報を伝える。

 

 

「試しに瞬間移動も何度かやってみたけど駄目だった」

 

「クリスちゃんの瞬間移動って、確か五条悟のものとは仕組みが違うんだったよね?」

 

「うん。僕のは五条先生みたいに『蒼』を利用した直線的な移動じゃなくて、時空間に干渉して飛び越えるワープ的なもの。点と点をくっつけて移動する感じだよ」

 

「つまり……どこでもドアみたいな感じ?」

 

「そう、だからたとえ帳で閉じ込められても関係なく脱出できるはずなんだけど……残念ながらそこもしっかり対策されていたよ。まったくもう、抜かりないね。どうやったんだろ?」

 

 

お手上げ状態なのか、呆れたように肩を竦めるクリス。

 

実を言うと、帳を壊して強引に突破できないかも試してみたが、相当時間が掛かりそうな強度だったので、一時中断してあかねの所へ戻ってきた次第だ。

 

ある程度情報を伝達したら、再び2枚目の帳を破りに向かうつもりである。

 

 

「ところで兄さんは?僕達が行動する前に『2人はここで待っててくれ』とか言ってステージ裏に行っちゃったけど……」

 

「アクア君はまだ戻ってきてないよ。多分、今の状況について社長達と話してるんじゃないかな?でもあまり芳しい結論は得られないと思う。だってこれに対処できるのクリスちゃんくらいだもん」

 

「いずれにせよ、この異変に気付いた他の術師がその内来てくれるでしょ。流石にこれだけ大きい帳なら、あと30分もすれば来るんじゃないかな?そしたら僕と皆で帳をフルボッコだよ」

 

 

そう言うとクリスは腕を捲って拳に力を入れ、ニヤリと口角を上げる。帳の突破に苦戦したのが余程悔しかったのか、やる気は十分だ。

 

しかし、そんな勝ち気の表情とは裏腹に、クリスは内心で警戒心を強めていた。

 

 

(まぁ、問題なのは帳をどうにかした後だね。恐らくだけど、今回の騒動の犯人は交流会を邪魔した呪詛師達と同じだろう。特定の個人に作用する帳なんて中々できるものじゃないし。

 となると、万もどこかにいるだろうから、早めにここから脱出しないとね。あんまりもたもたしてると、ここにいる全員の命が危ない)

 

 

帳の性能を見て、既にクリスは犯人に目星を付けていた。実際その予測は当たっており、だからこそ何を企んでいるかが分からない以上、急いで現状を何とかしないといけないと思っていた。

 

その時だった。

 

 

「じゃ、僕はもう1度外側の帳を壊しに行くよ。兄さんが戻ってきたら、なるべく安全な場所まで連れて行ってあげて」

 

「分かった、クリスちゃんも気を付けてね」

 

「そっちもね。それじゃあ行ってきま────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、ライブ会場全体に野太い悲鳴が響き渡った。

 

ここからそう遠くない場所から聞こえたそれに、クリスとあかね含めた会場にいる殆どが反応し、声のした方へ視線を向ける。

 

今の声にクリスは聞き覚えがある。死の恐怖に引き攣る人間が本能から上げる悲鳴だ。普段の任務でも毎晩のように耳に入ってくる。

 

 

「えっ……クリスちゃん、何なのあれ!?」

 

「なっ!?あれは……!」

 

 

ショックのあまり呆然と見つめるあかねの声にも反応せず、クリスは目を見開いた。

 

そこには、真っ青な肌をした四つ目の化け物がいた。顔の形・胴体の大きさ・手足の長さの全てが歪で、鋭く大きな牙を光らせている、正に異形の怪物。

 

一瞬呪霊かと思ったが、すぐにそうではないと否定する。

 

では何なのか?クリスは既に見覚えがあった。

 

 

「改造人間が何故ここに!?しかも今になって突然……!」

 

 

継ぎ接ぎの特級呪霊である真人が人間の魂を弄って作り出した改造人間。それが今、B小町のファンの1人に圧し掛かり、鋭い牙を突き立てて腹を食い破らんとしている。

 

周囲で見ている人達も、混乱しながらも目の前でこれから起こる惨劇を想像してしまう。

 

 

「い、嫌だ……嫌だぁああああああっ!!」

 

 

そして今、改造人間の手によって早速1つの命が潰えようとして……

 

 

「えっ……?」

 

 

────瞬間、改造人間の頭から大量の血飛沫が飛び散った。

 

 

一体何が起こったのか。

 

その場にいた全員の理解が追い付く前に改造人間は地べたに倒れ伏し、あっさりと絶命した。よく見ると、改造人間の頭部にまるで強力な銃弾で撃ち抜かれたような風穴が作られている。

 

恐怖と絶望に染まった空気から一転して困惑する声が広がる中、改造人間を殺した張本人は少し離れた場所で深い溜め息を吐いた。

 

 

「ふぅ……危なかった」

 

「あとちょっとで大惨事になるところだったね。ありがとうクリスちゃん」

 

「いや、今殺した奴も元はただの人間だから、あまりいい気はしないね……」

 

「そうだとしても、たった今ファンの人を助けたのは紛れもなくクリスちゃんだから、そこは胸を張っても罰は当たらないと私は思うよ」

 

 

改造人間が人間を殺そうとした瞬間、咄嗟に術式を発動。予備動作無し(ノーモーション)で『望速・鋲』を放ち、改造人間の頭を貫いた。

 

あかねは人を救った事を褒めているが、その気になれば改造人間も元の人間に戻せるクリスとしては、殺すのは出来れば避けたいところだった。

 

だが、こんなに人が密集した場所で高速移動するわけにもいかず、結局まだ助かる可能性があった人を殺すしかなかった。

 

別に人の命を奪うのはこれが初めてではないが、何の罪もない、ただ巻き込まれただけの者を殺して何とも思わない程クリスも冷酷ではない。

 

勿論、状況によってはある程度の犠牲も仕方がないと受け入れるが、それはそれ、これはこれである。

 

 

「クソが……舐めやがって」

 

 

クリスは今の胸糞悪い気持ちを吐き出すように小さく愚痴を溢した。

 

だが、脅威はこれで終わりではない。

 

たった今死んだ改造人間は何もない空間から突然現れたのか?たった一体だけで終わりなのか?

 

否、そんなわけがない。

 

 

「あかねちゃん、帳の縁からなるべく距離を取って。出来れば皆にも呼び掛けてほしい」

 

「分かった……クリスちゃんは?」

 

「ちょっと帳の外に行ってくる。僕の予想が正しければ……」

 

 

あかねに警告と避難誘導を任せ、急いで帳の外に出る。

 

そして帳を出た瞬間に目にしたのは、ライブ会場を取り囲むように立ち並ぶ大量の改造人間の姿だった。

 

クリスの脱出を拒む帳の更に外側から姿を現し、一般人を閉じ込める帳の中へ侵入しようとゆっくり歩きながら手を伸ばす。

 

 

「チッ……!!」

 

 

軽く舌打ちしながら、ライブ会場へ侵入しかけた改造人間を殴り飛ばす。

 

振るった拳は辺り一帯に強烈な爆風と衝撃波を発生させ、他の改造人間も巻き込んでバラバラの肉塊と血の海に変えていく。

 

しかし、それでも改造人間の行進は留まるところを知らない。いくら倒しても、次から次へとやって来る。

 

 

「……なるほど、どうやらよっぽど僕をここに閉じ込めておきたいようだね」

 

 

こうして、大量の改造人間の魔の手から閉じ込められた人々を守る、たった1人の防衛戦が始まった。

 

 

 




アクア「な、何だ今の悲鳴は!?あっちで何か……クリスとあかねが危ない!」(焦燥)

有馬「絶対只事じゃないわ!皆気を付けて!いつでも身を守れる準備を!」(緊張)

MEMちょ「一体何が起こってるの……?」(涙目)

ミヤコ「大丈夫、大丈夫よ皆……きっともうすぐ助けが来るわ。それまでの辛抱よ」(恐怖)

壱護「クソ……一体どうなってるやがるんだ?」(不安)

ルビー(クリス……絶対死なないでね)(祈祷)
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