呪術の子 作:メインクーン
万「今から私と戦え。断ったらもっと大勢の犠牲者が出るわ」
クリス「そんなに僕と戦いたいのか……」
MEMちょ「おえぇぇぇ……」
ミヤコ「ウッ……!」
日下部「渋谷駅に戻るわ」
伏黒「ここで皆さんを護ります」
クリス「かかって来い」
万「殺してやるわ星野クリス!」
────21時18分、代々木公園野外ステージ外。
その上空で、桁違いのパワーを持った2人の術師が戦っていた。
「でやぁああああああーっ!!」
「チッ……!」
万が容赦なく突き出した拳がクリスの頬を掠める。色白の素肌に一線の傷が生まれ、そこから血がたらりと滴り落ちる。
勿論すぐに治るが、相手の攻撃はこれだけでは終わらない。
一発、また一発と、目にも留まらぬ速さで次々と拳を繰り出し、勢いのままに防戦一方のクリスを後退させる。
「ハッ!」
「ぐっ……!」
遂に万の拳がクリスの鳩尾に深く突き刺さる。
巨大な岩が落下したような重い音が腹から轟き、ビリビリと震える空気を伝って、地面にも振動が走った。
「まだまだぁーっ!!」
「うぐっ……がっ……ごふっ……!」
一撃を当てて生まれた隙を逃さず、追撃で何度もクリスの腹や顔面を殴り続ける。一発一発に殺意を籠め、反撃される前にどんどんダメージを増やしていく。
だが、クリスも殴られてばかりでは終わらない。
一瞬の合間を縫って、万の攻撃を両手でがっちり掴んで抑え込むと、すかさず彼女の顎に膝蹴りを繰り出した。
「お返しだぁああああーっ!!」
「がは……っ!!」
蹴り上げられてがら空きになった胴体に、クリスが更に強烈な蹴りを入れて万を吹き飛ばす。
黒い火花が散る程の威力に万は血反吐を零し、凄まじい速度で倒れかけのビルに激突した。
「……フフフ、こんな程度なの?すぐに決着を付けるんじゃなかったかしら?」
「付けるさ……今からね」
だが、反転術式であっという間にダメージを回復してクリスの前に姿を見せる。対するクリスも術式反転で既に回復しており、万の煽り言葉に負けじと言い返す。
戦闘はまだ始まったばかりだ。
「「だぁあああああああーっ!!」」
雄叫びと同時に漏れ出る2人の呪力がぶつかってせめぎ合い、その間に空間を切り裂くような雷電が迸る。
やがてボルテージが最高潮に達した瞬間、再び2人の激しい殴り合いが始まった。
拳がぶつかり合い、蹴りが交わる度に空や大地が強い衝撃波で揺れ、あちこちに積み上がった瓦礫の山は耐え切れずに瓦解する。
「前みたいに虫っぽい姿にはならないの?」
「あれは辞めたわ、今のレベルじゃ意味ないもの!あんたが相手だと特にね!」
万はこの2年の修行で、昆虫を模した肉の鎧による変身を辞めていた。
元々は燃費の悪い構築術式を効率的に運用するためや、近接戦闘のレベルを底上げするために使っていたが、高千穂での戦いでこてんぱんに負かされてから考えが変わった結果である。
今では術式反転で莫大な呪力を確保でき、覚醒中は溜め込んだ呪力に物を言わせて出力も底上げできるので、わざわざ虫の鎧を纏わなくても呪力強化だけで十分になった。
後はクリスが相手だと、肉の鎧はすぐに破壊されて使い物にならなくなるので、あえて鎧を纏わない事で呪力強化の質や出力を底上げする縛りを結んでいる。何よりこちらの方が余計な物は一切着いておらず、小回りが利いて動きやすいので、戦闘形態としてバランスが一番整っているのだ。
そんな彼女の強さはクリスのスピードとパワーに互角に渡り合える程で、2年前と比較して明らかに別次元のものになっていた。その変化を実際に拳を交わす事でクリスはひしひしと感じ取る。
だが、ここでクリスが反撃に出た。
「じゃあこれはどうかな?」
「なにっ!?透けて────うぐっ!?」
残像を使ってフェイントを仕掛け、上手く万の攻撃を掻い潜って懐に入ると、がら空きの胴体に肘鉄を叩き込んだ。
強烈な一撃を貰って後ろに倒れかけた彼女に、すかさず追撃で何度も拳を繰り出すクリス。
万もすぐに体勢を立て直そうとするが、クリスの猛攻に防戦一方となり、次々と襲ってくる拳を受け止めるだけで精一杯になる。
「チッ、しつこい……!」
「ならこれもどうだ!ハアッ!!」
「ゴフッ……!?」
連続でやって来る殴打の合間を縫って、再び強烈な横蹴りが黒閃となって万の鳩尾に炸裂する。これには万も一度の反転術式で治しきれない程のダメージを負い、口から血を溢した。
「ほらもう一発!!」
その間にクリスは次の攻撃へと移り、追い打ちで再び鳩尾へ素早く拳を突き出していた。
しかし、万も負けていない。
「舐めるなっ!!」
「なっ!?透けた……!?」
次の拳が鳩尾を勢いよく突き破って、そのまま全身が蜃気楼のように揺れて消えた。クリスと同様、万も残像を利用して相手の目を騙したのだ。
更に、残像に引っ掛かったクリスの背後に一瞬で回り込み、超至近距離から彼女を吹き飛ばさんと強力なエネルギー弾を作り上げ、一気に解き放つ。
「こっちもお返しよ!ハァアアアアアアーッ!!」
「────ッッ!!」
ビームのように放出される莫大なエネルギーに押され、クリスは声を上げる間もなく地面に激突。その瞬間に大爆発が起こり、大きなクレーターが出来上がった。
「フンッ、ざまぁみなさい……と言っても、今のでやられる程度の奴じゃないか」
クリスの猛攻を掻く潜り、見事にカウンターを決めた万は得意げな顔で、しかしいつでも対応できるように警戒は保ったままクレーターをじっと見つめる。
(なるほど、プラズマか……)
大量の土煙がもうもうと舞い上がる中、クリスは穴の底に身を隠しつつ、先程受けた攻撃を分析していた。
(恐らく空気を限界まで圧縮して、それで生まれた莫大なエネルギーを弾にしたりビームみたいに放っているんだ。自分の術式を使って……考えたね)
間近で見て、実際に自身の身体で受けてみて、初めて万の新技の原理が何となく分かってきた。
(それだけじゃない。あのエネルギー弾そのものに推進力はない……だから呪力の放出で弾を押し出して補っているんだ。ミサイルやロケットのように)
クリスの考察通り、万の新技であるエネルギー弾やエネルギーの放出によるビーム攻撃は、空気の圧縮が基となっている。
これは万がクリスに対抗するために編み出した破壊特化の技であり、2年間の修行の末、術式の解釈を広げて気体の構築を可能にした事で出来た。その威力と攻撃範囲は渋谷の惨状で証明済みである。
一点に集中して大量の空気を生成し、それを自身の呪力で覆って漏れないように抑え込む。そうして高温高圧状態になった空気の玉は一瞬でプラズマ化し、莫大な破壊エネルギーを内包する。
後はそれを対象に向けて放てば、エネルギー弾やビームとなって着弾し、凄まじいダメージと甚大な被害を叩き出す仕組みだ。
以前は液体金属の操作による攻撃が主流だったが、速度・射程範囲・威力・破壊規模、どれにおいてもエネルギー弾の方が遥かに優れているため、今ではこちらの方が攻撃の主流となった。
「構築術式でまさかビームが撃てるようになるなんてね……正直言って驚いたよ。でもね……」
万の新たな攻撃に感心するクリスだったが、エネルギー弾やビーム攻撃は彼女も持っている。
ならばどちらがより高威力なのか比べようではないか、という気概でクリスは両手を前に突き出し、静かに術式を発動させた。
「勝負だ……万!」
やがて両手の中に莫大なエネルギーが生成され、赤い輝きを放ちながら徐々に内部の圧力を高めていく。
「……ん?あの光はまさか……チッ!」
いくら土埃に紛れて隠れていたとしても、そこまでいけば万も流石に気付いたようで、クリスに負けじとこちらも咄嗟に両手を前に突き出した。
そして────
「『望速・煌』────ハアァァァーッ!!」
「食らえぇぇぇぇーッ!!」
同時に撃ち出された高威力のビームが空中で激しくぶつかり合う。
閃光弾のような激しい光や音と共に、大地を揺らす衝撃波や鋼鉄を簡単に溶かす程の莫大なエネルギーが漏れ出し、周囲を更に粉砕していく。
なお、ぶつかり合ったビームの境目は互いが立つ場所のほぼ中心……まったくの互角の勝負である。
「ぐ……ぐぐっ……負けるかぁーっ!!」
「僕だって……ハアァァァーッ!!」
両者一歩も譲らない。むしろどんどんビームの威力は高まっていくばかり。
だが、その均衡も長くは持たない。ビームがぶつかり合う圧力によって、中心地には莫大なエネルギーが凝縮された球体が出来上がり、桁違いの圧力を内部で徐々に高めている。
やがて球体が放つ輝きは更に増し……
────遂に限界を超えた。
「「────ッッ!!」」
球体を中心に特大のエネルギーが一気に解放され、ビームを打ち合っていた2人を巻き込んで膨れ上がっていく。
そして想像を絶する大爆発と共に、荒れ果てた渋谷に止めが刺された。
その威力は、もはや語るまでもない。どこまで目を凝らしても、天高く立ち昇った火柱の先端が見える事はなかった。核兵器を使用した後のようなきのこ雲は、渋谷どころか東京の街全体に広がり続け、綺麗な月明かりを暗雲で遮る。
「「…………」」
そんな中でも2人は爆発跡地の超巨大なクレーターから飛び上がり、光、熱、煙に包まれながら互いに向かい合って相手をじっと見つめていた。
もう何も語らない。言葉を交わす様子は一切見られない。あるのは相手に勝つという勝利への執念のみ。
まだまだ2人の戦いは続く。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
────21時46分、渋谷駅連絡通路。
五条救出チームとして行動していた七海は、目の前に立ちはだかる海の呪霊『陀艮』との戦闘で攻めあぐねていた。
「チッ、殆どダメージなし……厄介ですね」
「当然だ。あの程度で参る私ではない」
虎杖達と別れた後、腹部を刺され重傷で倒れていた伊地知の介抱、彼含めた大勢の補助監督を殺傷した呪詛師・重面春太への鉄拳制裁、事態の対処に当たって各種必要な申請の手続き。
それらの仕事を全て片付け、残った五条救出チームや事情を知った禪院直毘人達と合流した七海は、渋谷駅の地下に向かう途中で特級呪霊の陀艮と邂逅し、そのまま戦闘を開始した。
だが、特級呪霊というだけあって力を解放した陀艮の実力は侮れない。今も鈍を振り下ろした渾身の一撃を腕であっさり防御され、逆に押し返されてしまった。
直毘人が術式の高速移動で陀艮を翻弄しているので、今は幸い仲間も死なずに済んでいる。だが、いつ均衡が崩れるか分からないため気を抜く事はできない。
それに加え……
「なんて凄まじい戦い……戦闘の余波がここまで届くとは」
「フッ、まさに化け物だな」
遠くから爆弾が爆発したような轟音が引っ切り無しに鳴り響き、周囲の床や壁が激しく揺れる。
窓からは強い光が差し込み、室内を明るく照らす。それを見て険しい表情を見せる七海と、隣で面白そうに笑う直毘人。
陀艮と戦い始めた直後に突如として聞こえたその音と光で、クリスが戦っているという事を理解するのに時間は掛からなかった。これ程の規模の戦闘ができるのは、五条を除けば彼女しかいないからだ。
(向こうでは万が星野クリスを止めるために戦っているが……次元そのものがまるで違う。私では近付く事すらできん)
陀艮も気になるのか、戦いの合間を縫ってチラチラと向こうの様子を伺っている。しかし、そんなあからさまな隙を何度も見せれば、熟練の術師ならすぐに見抜いて突く。
「お前さん、ちと余所見しすぎじゃないか?」
「しまっ……うぐっ!?」
気を取られた陀艮の脇に、直毘人がすかさず拳を叩き込んだ。
かなり良い所に入って大きなダメージになったのか、悶絶して思わず苦悶の表情を浮かべる陀艮。
「俺の攻撃をまともに受けたな……どうだ?かなり効くだろう?」
「お、おのれぇ……ナメるなァ!!」
直毘人に煽られて陀艮の怒りのボルテージが上がる。そんな彼の反応に、一緒に戦っている順平は不安そうに見つめていた。
「だ……大丈夫なんですかあれ?下手に呪霊を怒らせたせいでこちらが追い詰められたら……」
「……確かにその危険性もありますが、あれはむしろ逆上して冷静さを失っているように見えます。警戒を怠ってはいけませんが、攻勢に出るなら今なのかもしれません」
「そんじゃ、あの爺さんの邪魔にならない程度に俺達も攻めるとしますか。真希も手伝えよ」
「言われなくても、あのクソ爺に助けられてばっかじゃ恥だからな」
順平の疑問に対して七海が冷静に状況を読んで答え、その隣でパンダと真希が臨戦態勢に入る。
各々が武器や拳などを構え、直毘人をサポートする形で陀艮に攻撃を加えようと駆け出した。
「クソッ、こうなったら……ぬぐっ!?」
「こっちをシカトしてんじゃねーよ!」
「爺さんの方に気を取られ過ぎてガードが緩くなってないかぁ!?」
「そいつの足を狙え『澱月』ッ!!」
直毘人に意識が向きすぎて学生組の接近に反応が遅れた陀艮は、3人の一斉攻撃を背中に受けて体勢を崩す。
直毘人と違ってダメージは殆どないものの、この状況での邪魔は割と馬鹿にならない。
現に、バランスを崩して倒れかかった陀艮の正面から、拳を構える直毘人と鈍を振り被る七海が既に待ち構えていた。
「ハアッ!!」
「フンッ!!」
「ガッ……アガッ……!?」
一級術師2人による真正面からの同時攻撃。しかも攻撃が胴体に突き刺さった瞬間、2つの黒い火花が盛大に散った。
先程とは違い、2人のダブル黒閃で決して無視できないダメージが入る。陀艮の口から紫色の血反吐が大量に吐き出された。
(不味い!このままでは……どうにか隙を作って領域展開を……!)
予想外の大打撃に危機感を覚えた陀艮は、最後の切り札を使おうと試みる。
急いでその場から跳躍して天井付近に滞空すると、5人を見下ろした位置から両手で掌印を結ぶ。
「これで終わりにしてやる!領域てn──」
「させんよ」
「なっ……!?」
だが、もう少しというところで直毘人が跳躍して背後に回り込み、そのまま陀艮を地面に蹴り落とした。
直毘人が持つ術式の『投射呪法』による高速移動が可能した早業。更に先程の黒閃で
これに陀艮が反応して避けられる時間は無かった。
「うぐぐっ……」
「滞空すればイケると思ったか?それが出来るなら俺だってそうする。分かりやすい奴だ」
「く、クソったれぇぇぇ……!!」
動きを全て直毘人に先読みされ、思い通りの戦いができない陀艮は憤慨した。目の前の老人の馬鹿にしたような笑みが憎たらして仕方がなかった。
だが、正面戦闘では手も足も出ないのは事実。両手で掌印を結ぶ正攻法の領域展開では、すぐさま妨害されて発動できない。
それでも陀艮はまだ諦めていなかった。
(このまま終わりだと思うなよ……掌印を結ぶ方法は1つだけではない。腹に刻まれた呪印を浮かび上がらせれば、私は領域を発動できるのだ……!)
陀艮の腹には特殊な呪印が刻み込まれている。それに呪力を流して顕在化させれば、それだけで掌印を結んだ事になり、領域展開が発動する仕組みになっている。
この方法を直毘人達はまだ知らないし、知っていたとしても防ぎようがない。
故に、陀艮は己の勝利を確信した。
「──ッ!?呪印だと!?」
(今更気付いたか……だがもう遅い!)
じんわりと浮かび上がった呪印に気付いた直毘人が驚愕するも、時すでに遅し。
彼の背後で構えている他の4人も巻き込む形で、領域展開しようと大量の呪力を術式に流し込む。
陀艮の表情に笑みが零れた。
『────ッッッッ!!!!』
「「「「「なっ……!?」」」」」
突如、大きな爆発音と共に凄まじい衝撃波が爆風となって襲い掛かった。
その衝撃の大きさに窓ガラスは全て粉々に砕け散り、連絡通路諸共5人の術師と1人の呪霊は吹き飛ばされた。気付いて声を上げた時には、既に身体が宙に浮いていた。
「うわぁああああああーっ!?」
「順平君!?ぐっ……!」
「うおっ……オオォォォォーッ!?」
「真希ーッ!!」
「何と……これはまさか奴らの……!!」
5人の中でも比較的身軽な順平と真希が遠くに飛ばされ、七海とパンダが2人を掴もうと咄嗟に手を伸ばすが、惜しくも届かず離れ離れになってしまう。
直毘人は急に襲ってきたこの衝撃について、先程化け物と揶揄した
「フハハハハッ!アハハハハッ!ハハハハハハハハハハッ!!」
「「「「「────ッッ!?」」」」」
徐々に崩れ行く渋谷駅の夜空に、ゲラゲラと高らかに嗤う声が響き渡る。
その声に一同が驚愕していると、今度は声がした方向から爆発音と共に巨大な火の手が上がった────。
陀艮戦は途中で置いてきた。悪くない戦いだが、はっきり言ってこの先の闘いにはついていけない……。