呪術の子 作:メインクーン
トレーニングはまだ続くが……。
往復ダッシュを早々と終わらせて山頂へ着いたクリスは、近くのベンチに座って休む事なく、広場の周りを取り囲む木々の前まで直行する。
「……うん、この木が一番太くて大きいかな。今日はこれにしよう」
小さく頷きしながら呟くと、最も太く頑丈な幹を持つ木から1歩距離を取り、腰を低くして構えた。
リラックスした状態で軽く握り拳を作り、目の前の木を静かに見据える。
「…………」
恐ろしい程に静かだった。
ほんの少し前まで有馬達を煽ってはしゃいでいた彼女が、今は真剣な眼差しでひたすら大木を見据えている。
風の靡く音、小鳥の囀り、飛び回る虫の羽音。
周囲にある自然の音一つ一つに意識を傾け、五感で感じ取り、そっと同調する。
まるで自然の一部に溶け込んでいると錯覚しそうになるほど、この瞬間のクリスは弱々しい草木と化していた。
だが次の瞬間、その弱々しさは完全に消え去る事となる。
「はあっ!!」
全身に力を漲らせ、地面にめり込むほど目一杯踏み込む。
軽く握っていた拳を鋼鉄の如く固く握り締め、腕の表面の血管が浮き彫りになる。
そして、確実に相手にダメージを与えるという強い意志を以て、クリスは掛け声と共に真っ直ぐ拳を突き出した。
「────ッッ!!」
大木目掛けて放たれた渾身の殴打は正確に幹の中心を捉え、木全体を大きく揺らす。
だがインパクトの瞬間に発生したその衝撃は、大木1本のみでは到底吸収しきれない。そのまま地面や空気を伝って周辺一帯の空間まで大きく震わせる。
衝撃を空間全体に浸透させるような繊細さも加えて殴ったため、表面上は無傷のように見えても内部はかなりの損傷を追っていた。
「よし、このまま続けよう」
そこからクリスは一定の拍子で木の幹を殴り続けた。
衝撃が全体に染み渡るよう、水のように流麗かつ繊細に。
確実にダメージを与えられるよう、獰猛な獣のように力強く暴力的に。
「まだだ……あいつに、ミゲルにより有効なダメージを与えるには、もっと……!」
強烈な殴打を繰り返しながら思い起こすはサハラ砂漠での戦い。
謎の呪詛師ミゲルとの戦闘で、クリスはかなりの苦戦を強いられた。
あらゆる術式を乱し相殺する黒縄が使われていたとはいえ、自ら片腕を切り落とす状況にまで追い込まれてしまったという事実は変わらない。
結局、碌なダメージを与えられないまま戦いは終了した。
だからこそ今はちょうど良い機会だと思い、打撃の改良と精度の底上げのために研鑽を積み重ねる。
より強くなるために。それこそ
「せいやっ! だぁああっ! ふんっ!」
目の前の大木をいずれ倒す
数時間後、坂道ダッシュを終えた有馬達がやって来るまでその修行は続いた。
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トレーニングの往復坂道ダッシュを開始してから数時間後。
ルビー達はようやく目標の往復12回分を走り終え、山頂の広場に足を運んでいた。
「はい、3人共お疲れ様。よく頑張ったね。でもトレーニングはまだまだ終わりじゃないから気を緩めないように!」
「あー、疲れたー。やっぱ走る量が2回分増えるだけで凄く疲れるよー」
「そうだよねー。広場に着いたら流石にちょっと休憩しよっか。それにしても今何時なんだろ?」
「まだ昼にはなってないわね。はぁ、これを30分も掛からずに走り終えたクリスはどうなってるのよ、本当に…‥」
愚痴を言い合いながらも広場への道を軽くジョギングしながら辿り、次のトレーニングに向けて脈拍が速くなった身体を少しずつ落ち着かせる。
こうする事で体の負担を無理なく減らし、余計なエネルギー消費を抑える事に繋がる。
3人は数週間の厳しいトレーニングによって、着実に体力とエネルギーの消費効率を上げていた。
こうして確かな成長を噛み締めながら歩いている時だった。
「いやぁ、にしてもクリスちゃんどうしてるかな? 随分待たせちゃったしな」
「どこかにふらっと出掛けてないと良いんだけど。でもあの子、基本的に自由奔放だから分からないや」
「別に良いわよ、あの子ならどこ行っても心配ないでしょ。だから────ッ!?」
突如、大気を震わす轟音が遠くから聞こえた。
それは一定の拍子で鳴り響き、その音に驚いた虫や鳥が逃げるように大空へ羽ばたいていく。
先程まで長閑な森林だった場所が、まるで己の命に手が掛かったかのような圧迫した緊張感に包まれる。
またしても何も知らない有馬とMEMちょは、その音に敏感に反応して動揺を見せる。
「な、何この音!? 何が起きてるの!?」
「えっえっえっ? 何々、何なのこれぇ!?」
それとは反対に、ルビーと
「ぴえヨンさん、これってあれですよね……」
「そうだねルビーちゃん、これはあれだよね……」
「えっ、何? あんた達この音の原因知ってるの?」
「そうなの!? 教えて教えて!」
冷静な2人の会話を聞いて尋ねる有馬達に、ルビーが広場の方向を指差して言った。
「それはこの先を見ればすぐ分かると思うから、とりあえず行こう。広場はもう目の前だし」
ルビーとぴえヨンの後をついて行く間も衝撃音は聞こえており、一歩一歩広場に近付くにつれ徐々に大きくなる。
やがて広場に着くと、その奥で驚くべき光景が目に映った。
「ふっ! はぁっ! たあああっ!」
山の頂上に位置する芝生の広場。
軽く運動するには持って来いの場所を囲むように並び立つ数多の大木。
その内の1本の太い幹に向かって、ひたすらに掛け声をかけながら打撃を繰り出すクリスの姿があった。
普段のおちゃらけた態度など微塵も感じられない、真剣な表情を見せている。
「はっ!!」
その攻撃は全てが致死級。
並の人間が当たれば絶命は免れない強力無比な一撃。
それを何度も何度も大木に打ち込み、空気を、大地を、森を揺らす。
にもかかわらずその打撃の嵐で木がひび割れて折れる事はない。
衝撃があらゆる方向へ均等に行き渡っている。
ただ力任せに殴っているのではなく、流れる水の如く流動的で繊細な打撃を放っていた。
「「綺麗……」」
2人の口からぽつりとそんな一言が漏れ出る。
あの領域に至るまで、一体どれ程の血反吐を吐いて努力を積み重ねたのかは分からない。もしかしたら最初から到達していたのかもしれない。それはそれで凄いと言えるが。
見る者全てを釘付けにする圧倒的かつ滑らかな力の舞踊は、有馬達の心にどう響いたのか。
ただ一つ言える事は、その姿には思わず手を伸ばしたくなる輝きがあった。
その後、クリスが背後の気配に気付いて終わりが来るまで、4人はただその様子を静かに見守った。
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「「「あ・な・たのアイドルー! サインはB!」」」
「おー、すごーい! 様になってる良いねぇ!」
B小町の代表曲を歌い終えたルビー達を見て、クリスが感嘆の声を上げて拍手を送る。
あれから体力作りのためのトレーニングを一通り終えた後、ルビー達はセットリストを3回連続で通した。
ヘトヘトになった身体に鞭打って行う歌とダンス。ぴえヨン指導の下に行われるスパルタトレーニングは地道で泥臭く、厳しいものだった。
それでも3人は必死に食らいつく。それぞれの想いを胸に抱えて。
「はい、セットリスト3回目終わり! 外でのトレーニングはここまで、お疲れ様。後は事務所に戻って歌の練習の続きだヨ。じゃあ、僕は先に帰って準備してるからねー!」
「はーい、ではまたー! ……はぁー、やっと終わったー! 疲れたー!」
「まだ終わりじゃないわ。事務所に戻っても続きあるんだから気張っていきなさい」
「でも私達、確実にクオリティ上がってきてるよね。これなら胸張ってJIFに出られるよ」
一足先に戻るぴえヨンの背中を見届けたと同時に力を抜き、とぼとぼと事務所への帰路を辿るルビー達。
毎日のトレーニングは厳しくとも、それぞれ成長を感じ取れて満足げな様子である。
そして、目の前で3人の練習を見ていたクリスも、想像よりも高いクオリティに驚いて珍しく賞賛した。
「いやいや、皆本当に凄かったよ! JIFに参加した経緯をお母さんから聞いて『どう見てもコネじゃん!』って最初は思ってたけど、蓋を開けてみたらびっくり!
歌はセンターのかなちゃんがリードして、ダンスはトレーニング直後でもキレがあってさ。間違いなく下手なアイドルグループよりもパフォーマンス高いよ! マジで結成したばかり? これはライブ本番が楽しみだねぇ!」
「「「………………」」」
しかし、これまで散々煽られたり馬鹿にされたりと、本人の性格の悪さをこれでもかと目にした3人は、とても怪訝な顔でクリスをじっと見ていた。
それはまるで詐欺師を相手にしているかのような、警戒心を剥き出しにした様相。
手放しで褒めたはずなのに微妙な反応の3人を見て、クリスは首を傾げる。
「あれ、どうしたの皆? 僕褒めたつもりなのに、何でそんなに不機嫌そうなの?」
「……あんたがそこまで絶賛するとか、明日は槍の雨でも降ってくるのかしら?」
「いやいや先輩、もしかしたら隕石が降ってきて人類滅亡なんて可能性も……」
「そんな縁起でもない事言わないでよ2人とも! マジでそうなりそうな気がするから!」
「僕に対するその評価酷すぎない? ねえ?」
酷くはない、自業自得である。
3人は心の中で同時にそう思った。
「まぁ、冗談はこの辺にしましょうか。今日も夜遅くまで練習だし、時間は無駄に出来ないわ」
「そうだね、あまりダラダラしてるとぴえヨンを待たせちゃうからね」
「いやぁ、それにしても今日は驚きの連続だったよー。まさかクリスちゃんがあそこまで人間離れした超人だったとはね!」
MEMちょの一言で話題が変わり、今日見せたクリスの常人離れした身体能力について盛り上がる。
初手の超スピード坂道ダッシュから始まり、その後の打撃練習と数多のトレーニング。
どれを取ってもクリスは人間離れした動きを見せており、また最後までクリスは息切れする事が無かった。
やはり圧倒的な力は見る者を惹き付ける魅力があるのだろう。
「確かに、私も本当に驚いたわ。ルビーから色々と聞いたけど、何よ50m走4.5秒って。今の世界記録を容易く破ってんじゃないわよ」
「フルマラソンも1時間ちょっとで完走したって聞いたし、一体どうなってるの? 仮にドーピングしても流石にその記録は無理だよ」
クリスの人間離れした身体能力について疑問を投げかける有馬とMEMちょ。
坂道を走る最中にルビーから色々と聞き及んでおり、クリスのぶっ飛んだエピソードを聞く度に度肝を抜かされていた。
そんな2人の疑問に対し、クリスは不敵な笑みを浮かべて言う。
「まあね、そりゃあ当然だよ。だって僕、最強だから。これくらいは朝飯前なのさ」
真の最強は
しかし、質問の答えにはなっていないので皆の反応は微妙だった。
「……以前、アクアにも同じ事を言ったけどさ、ひょっとしてあんたも中二病? そういうのマジで止めた方が良いわよ。痛いから」
「最強って言いたくなる気持ちは分かるけど、流石にそういうキャラ付けはあまり受けが良くないからオススメしないよ、クリスちゃん?」
「まあまあ2人とも、クリスは昔からこういう節があるけど大目に見てあげようよ。実際超強いのは本当の事なんだし、ね?」
クリスとしては割と真面目に答えたつもりで、実際に五条悟を除けば間違いなく呪術師最強を名乗れたくらいには、特級術師の中でも規格外の強さを誇る*2。
その気になれば日本どころか他の軍事大国ですら、単独で壊滅させるのに半日も掛からない。
そんな歩く戦略兵器が平然と街中を闊歩している訳だが、そんな事情など有馬達は知る由もない。
クリスの発言は中二病が拗れた末に出た戯言として処理された。
「むっ、皆ひどーい! 僕は結構真面目に言ったつもりなんだけどなー。あーあ、傷付いちゃったなー。言葉の暴力って最低だなー」
「「「あんたにだけは言われたくない!!」」」
JIFが間近に迫った今日この頃。
棒読み口調で悲しそうな演技をするクリスに対し、一気にストレスが爆発した3人の怒声が街中に響き渡った────。
「……皆、帰って来るのがやけに遅いな。一体何してるんだ? クリスが余計な事してなければ良いんだが……」
※クリスに対する推しの子キャラ達の評価
アクア「俺の妹、いくら何でも性格悪すぎじゃないか? どこで育て方を間違えたんだ? それとも誰かの影響なのか? しかもアイと瓜二つだから余計に混乱する」
ルビー「根は優しい子なの。でも毎回煽られるし、見返そうと頑張っても返り討ちに遭って踏んだり蹴ったりなんだけど! おまけにママとそっくりなせいで、私の中のママがどんどんあの子のイメージに書き換えられてる感じがしてヤバい」
重曹「私の性格の悪さも大概だけど、それでもまだ私の方がマシって思えてきたわ……どうやったらあんな性格に育つのよ? 全く、親の顔が見てみたいわ……って、それは社長か。今の発言は取り消すわ。忘れてちょうだい」
MEMちょ「いやー、まさかアイちゃんそっくりの美少女があんなゲス顔で煽ってくるとか頭がこんがらがっちゃうよ。にしても何であんなに似てるんだろうね? どう考えてもマジでアイちゃんと只ならぬ関係があるとしか……」
ミヤえもん「私の事を純粋に慕ってくれるし、唯一お母さんって呼んでくれる子なんだけど、如何せん問題行動が多すぎて……。中学の時は凄くやんちゃで大変だったけど、高校では平穏無事な学校生活を送れてるのかしら。心配だわ……」
五条悟「はーい! クリスちゃんをクールでビッグなナイスガールに育てたのはこの僕でーす!」