呪術の子 作:メインクーン
それから更に日は経ち、遂に……。
飛び入り参加でB小町メンバーとトレーニングしたクリスは、色々と総スカンを食らいながらも持ち前の神経の図太さで親睦を深めていった。
そうして更に日は経ち、遂にその時がやって来た。
「さてさてやって来ました、ジャパンアイドルフェスティバル!」
「イエェェーイッ!」
待ちに待ったJIF当日。
天気は快晴、客の入り具合も例年に違わず上々。
結成して初となるライブとしてはこの上なく華々しいものといえる。
「私達が立つのは10個あるステージの内のスターステージ。結構地下アイドルも多いステージだね」
「出来ればメインステージが良かったけど……」
「ま、流石にそれは過ぎた願いだよねー」
「そうだね。だからこそ、私達をこのライブに出場させてくれた鏑木Pにはお礼を言わないと」
「うんうん! 今はただ、鏑木Pに感謝を!」
今回B小町が立つステージは先述の通りスターステージ。
極一部のグループしか立つ事が許されないトップステージは、流石に駆け出しのアイドルでは無理があった。
それでもJIFに出場できる事自体がまず大変なので、ルビーやMEMちょもそこは割り切って本番に望む。
「あー、緊張してきたぁ。上手くやれるかなぁ」
「大丈夫! 睡眠はしっかり取ったでしょ! 徹夜のダメージは3日位引き摺るし、魅力が3割程度落ちるってどこかの大学の研究に出てる、みたいな事を……」
こうして、遠足が待ち遠しくてワクワクする園児のようにはしゃぐルビー達だったが、1人だけその輪に入れない者がいた。
有馬かなだ。
(どうしよ……一睡も出来なかった)
前日、ルビーに睡眠の大切さを雄弁に語ったにもかかわらず、自身は一睡も出来ず、寝不足で既に疲れ切っていた。
それもこれも、昨晩のアクシデントが原因だった。
(ああ、どうしてこんな事に……)
ジリジリと容赦なく照り付ける日差しに身体を焼かれ、残り少ない体力がどんどん削られていく。
そんな中でも有馬は昨晩見た衝撃の光景を何度も振り返るのであった────。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
JIF本番を控えた前日の夜の事。
ルビー達が寝床に就いた様子を確認したアクアは、そっと静かに事務所内の一室に入った。
そして1日中被っていたぴえヨンの被り物を脱いで一息吐く。
B小町の指導に際して、毎日ぴえヨンに扮していたアクアに気付いた者はいない。
ずっと近くに居ながら思った以上に上手く誤魔化せたと思いながら、エナジードリンクを片手に今までの練習の日々を振り返る。
「ふぅー……やれるだけの事はやった。後は明日の本番で上手くいけば……」
その時だった。
アクアの背後にそっと立つ者が1人。
「お疲れ様だね、兄さん」
「なっ、クリス!? 何でここに……!」
「しー、静かに。皆もう寝てると思うから、あんまり大きな声出したら駄目だよ」
「お、おう……」
背後に立っていたのはクリスだった。
話し掛けられるまで一切気配を感じずに背後を取られ、思わず驚いて声を上げそうになったアクア。
それをクリスが咄嗟に人差し指でアクアの唇を塞ぐ事により冷静にさせた。
その時に見せた妖艶な雰囲気は、クリスの容姿も相まってまるで星野アイを彷彿とさせる。
しかし次の瞬間にはその雰囲気も消え去り、クリスはとても邪な笑みを浮かべて言った。
「いやぁ、それにしても驚いたよ。まさか兄さんがぴえヨンに変装して指導するとはねー。特にあのアヒル声ったらもう……くくっ……ごめんごめん、思い出しただけで笑いが込み上げてきちゃった」
「……お前、いつも思うが本当に良い性格してるよな」
「あはは、照れるじゃないか兄さん。そんなに褒めても嬉しくないよーだ」
「褒めてねぇ、皮肉だよ。ていうか、俺がぴえヨンさんに変装してたの最初から分かってただろ」
「さーて、一体何の事やら?」
「白々しい演技しやがって……」
いつものナチュラルに他人を煽るクリスに戻った事で、アクアの口から深い溜め息が零れる。
クリスもクリスで引き際を弁えたのか、煽りは程々にしてアクアに尋ねる。
「それにしてもさ、何で兄さんはあんな回りくどい事してたの? 態々ぴえヨンに変装しなくたって、姉さん達の指導するなら自分の口から直接言えば楽で良いのに。
まあ、そのおかげでこっちは思う存分笑えたから結果オーライなんだけどね。でもどうしても気になっちゃった」
「何でって、それは……」
クリスの疑問にアクアは言葉を詰まらせる。
理由は色々とあるが、一番の理由は有馬かなの存在が大きい。
『今ガチ』収録の件で若干荒れ気味だった有馬が、アクアに対して攻撃的な態度を取り続け、結果的にそれが今回のぴえヨン変装に繋がった。
今の自分では有馬に何を言っても反発されるだけ。ならば第三者からの言葉なら素直に頷いてくれるだろうという期待を込めて。
そして何より、目を合わせる度、話し掛ける度に邪険に扱われるのが精神的に辛く感じていた。
有馬が向けてくる好意に気付かない程アクアも鈍感ではない。だが、そんな人からいきなり露骨に避けられれば、アクアと謂えど落ち込んでしまう*1。
だからこその変装だった。
しかし、それを非当事者のクリスに正直に打ち明ける義理はない。
「……まあ、色々とあるんだよ。あまりそこは聞かないでくれ」
「あっそう、まあ良いや。一応聞いてみただけである程度察しは付いてるし、敢えて答え合わせはしないでおくよ」
「……お前、一体どこまで知ってやがるんだ?」
「そこは秘密って事で。兄さんが僕の質問に先に答えてくれたら、僕も正直に答えるよ」
「そうか、交渉決裂だな」
クリスが一体どこまでアクアと有馬の事情を理解しているのかは分からない。
だがいくら考えても仕方がないので、とりあえずクリスのご想像にお任せするアクアであった。
「それでそれで、明日はどうするの? これまで通りぴえヨンになって応援しに行くの? それともアクアとしてライブを観に行く感じ?」
「お前はどうするんだ? 観に行くのか? 家でゴロゴロするのか?」
「そりゃあ勿論観に行きますとも。何たって姉さんの晴れ舞台だよ? 家族として応援しない訳にはいかないよ」
「その割には結構ルビー達を煽りまくってたけどな。本当は応援したいのか馬鹿にしたいのかどっちなんだ、全く」
呆れたように溜め息を吐いて尋ねるアクアだったが、クリスは変わらず飄々とした態度で思っている事を口にする。
「やだなぁ兄さん、その質問は野暮ってものだから。どっちかなんて限定しないでよね。
姉さんを煽って揶揄いたい自分、姉さんを応援して後押ししたい自分。両方とも僕の本心なんだよ」
「良い事言ってる風にして誤魔化してるけど、内容は滅茶苦茶矛盾してるじゃねえか。せめて片方にしろ片方に。本心は1つしか無いから本心なんだよ」
「えー、それって一貫してないといけない事? どっちが嘘でどっちが本当って訳でもないんだし、それなら両方とも僕の本心で良くない?」
「欲張りだなお前」
「うん、星野クリスは欲張りなんだよ」
自身を欲張りだと豪語して胸を張るクリス。
その姿を見たアクアは、そういえば星野アイもいつかの入院生活で似たような事を口にしていたなと、過去の記憶を振り返って懐かしく思った。
子は親に似るとはまさにこの事である。
「まあとにかく、明日は僕も姉さん達の初ライブ観に行くからそのつもりで。兄さんも行くなら行くで皆にちゃんと伝えなよー?」
「別にどっちでも良いだろそれくらい。好きにさせてくれ」
「相変わらず素っ気ない態度だねぇ……でも僕は知ってるよ。実は兄さんは超ツンデレで、ふとした瞬間子犬のように甘え出す意外な一面を持った……」
「話が終わったならとっと自分の部屋に戻って寝ろ! あと、そんな根拠のない妄想を自信満々に語るな」
「えー、これ結構マジな話なんだけど……しょうがないなぁ。それじゃあ話の続きはまた今度って事で、お休み兄さん」
「ああ、お休みクリス」
話を無理矢理遮られて唇を尖らせるクリスだったが、大人しくアクアの言う事を聞き入れて自室に戻って行った。
「ようやく静かになった……はぁ、夜中にクリスの相手をするのは疲れるな」
再び1人になった室内で、クリスと話して疲れ切ったアクアがぶつぶつと愚痴る。
こうして兄妹水入らずの会話は終わったが、そのやり取りを途中から物陰に隠れてこっそり聞いてしまった者がいた。
(ぴえヨンの中身がアクア? どうして……? 何でクリスはその事をずっと黙っていたの?)
2人の会話を偶然聞いてしまった有馬かなは、衝撃の事実を知って呆然とその場に立ち尽くしていた。
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────という出来事が昨晩あり、有馬は複雑な心情を抱えたまま床に就いた。
しかし、もやもやした精神の揺らぎは収まらず、むしろ時間が経つに連れて徐々に肥大化していった。
その結果一睡も出来ずに徹夜してしまうという不測の事態に陥ってしまう。
(……いけない、こんな事ずっと考え込んでる場合じゃない。センターの私が何とかしないと……)
だがそこは芸歴17年のプロと言うべきか、目前に迫ったライブに向けてすぐに精神統一を行う。
付き纏う不安を払拭できないまま。
(私がやらなくちゃ……私が2人を引っ張るんだ。私がコケたら皆がコケる。2人に私と同じはさせたくない。だから……!)
思い起こすは過去の苦い失敗。
自分を信じて賭けてくれた人の期待に応えられなかった時の、失望交じりの目と落胆の表情。
その感情を大勢の人から向けられた経験のある有馬にとって、その失敗は決して忘れられないトラウマとなっている。
故に失敗を恐れていた。
ルビーとMEMちょにまでそのような悲惨な目に遭ってほしくなかった。
いくら口では大丈夫と言い聞かせながらも、心の奥底では不安から来る緊張が肥大化していく。
それでも、グループのセンターで一番芸歴の長い自分が引っ張って牽引するしかない。
そうして1人で悩みを抱え込み、失敗した時は全ての責任を背負う覚悟でライブに挑もうとしていた。
「──私にとって先輩はただの小娘だから。可愛くて努力家な、どこにでもいるただの新人アイドル。
コケて当たり前! 楽しく挑もうよ! ほら、そうと分かったら着替えに行くよ! さあ早く……」
ずっと生意気だと思っていた後輩から、凝り固まった自身の考えを粉々に砕かれるまでは。
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一方その頃、スターステージの観客席では。
「いやー、やっぱり兄さんも応援に来てくれたんだ。しかも会場の入口でばったり会うなんてねー。奇遇だよねー」
「その割にはタイミング見計らってたように見えたが、俺の気のせいか?」
「やだなぁ、そんな疑わしい視線を実の妹に向けないでよ。偶然に決まってるじゃん! あっはっは!」
「うわぁ……」
わざとらしい口調で大笑いするクリスを前に、アクアはドン引きした表情で一歩後退る。
実の妹に対して向ける視線ではないが、日頃の行いが原因なので仕方がないといえる対応だ。
「おい見ろよ、あそこにいる子……めっちゃ可愛くね? そこらのアイドル顔負けレベルだぜ」
「隣にいる男も滅茶苦茶イケメン……ってあれ? あの顔つい最近どっかで見たような気が……」
そして、数ある観客席の中で美男美女の2人が一緒に並んで談笑する様は、やはりどこに行っても注目を集めてしまう。
五条悟と一緒にいた時もそうだったが、意識せずとも勝手に注目を集めてしまうのはイケメンと美女の宿命といえるだろう。
クリスが自慢げに胸を張る。
「ふふん、やっぱママ譲りの美貌やオーラが皆を狂わせちゃうのかな? いやぁ、美人も苦労するねぇ。いつの間にか写真撮られてたりするし。だよね兄さん?」
「知るかそんなもん、俺はどうでも良い。大体、苦労するって言うならもう少し顔を隠したらどうなんだ? 全く自重してないだろそれ」
「だって自重するの怠いもん。まあ、あんまり度が過ぎるようだと容赦しないけど。例えばナンパとか」
「間違っても金的を蹴り上げたりとかするんじゃないぞ? お前がやると相手がヤバい事になる」
「…………ソウダネー」
「ちょっと待て、何だ今の間は? ひょっとして既に前科があるのか? おい、目を逸らすな。口笛を吹いて誤魔化すな。ちゃんとこっちの目を見て話せ」
高専から自宅に帰る途中、ナンパしてきた男の金的を蹴り上げて気絶させた事があるクリス。
適当に口笛を吹いてアクアの追求をのらりくらりと躱す。
そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎ、遂にその時がやって来た。
『皆さんお待たせしました! 続いてのグループはB小町です! それではどうぞ!』
「おっ、ようやく来ましたか。遂に我らがB小町の出番ですぞ、兄さん」
「急にどうしたその口調? それ違和感が凄いから止めてくれ」
B小町の登場で気分が高揚したクリスの口調が変わり、それをアクアが冷静にツッコんで捌く。
「さて、後は今まで練習した成果を発揮するだけ。この初ライブは何とか上手くいってほしいものだが……」
そんな中、ずっと3人の練習を見てきたアクアが少しだけ不安げに呟くが、クリスはその可能性をすぐに否定した。
「そこは大丈夫でしょ、何とかなるって。姉さん達のこれまでの努力を振り返れば、このライブは絶対上手くいくに決まってる」
「……何だ、思ってる以上に入れ込んでるじゃないか。昨日の言葉はマジで本心だったんだな」
「まあね。それに……かなちゃんがいる。あの人がセンターに居ればB小町も安泰でしょ」
「ああ、そうだったな」
夏休み中、B小町のメンバーと一緒に過ごしてきた日々を振り返り、クリスは今日のライブの成功を既に確信していた。
その理由として一番大きいのが有馬かなの存在だ。
呪術師として培ってきたクリスの直感と、芸歴の長さに裏打ちされた有馬の高い実力。
この2つの要素から、有馬かながいるなら大丈夫と思える程にクリスの信用は高かった。
普段はあれだけ馬鹿にして煽って怒らせながらも、何だかんだで有馬の事を高く評価しているクリス。
それを本人に直接言わないのは照れ隠しからか、それともいつもの悪戯心からなのか。
「「「「うおぉおおおおおおおおおおっ!!」」」」
大勢のファンの歓声と共にB小町の初ライブが始まった。
今回のライブでB小町は5曲程度歌う。
特に2曲目で歌うのはB小町の代表曲の『サインはB』。旧B小町が解散して10年以上経った今でも知る者は多い名曲である。
今は1曲目を歌ってファンのボルテージを徐々に上げている段階。
だが、途中まで聞いていたクリスとアクアはある事に気付いた。
「ねえねえ兄さん……」
「クリスも気付いたか」
「うん、そりゃあね。何というかさ……かなちゃんの表情、どこか暗くない?」
センターの有馬の表情に翳りが見えたのだ。
先程、有馬かなが居れば大丈夫と豪語していたクリスだったが、予想とは違う現状に困惑する。
一体何がどうしてそんな事になっているのか。
それは周りの状況を見てすぐに理解した。
「あのさ、今更になって気付いたんだけど……ひょっとしてかなちゃん目当てのファン、1人もいない感じ?」
「多分そうみたいだな。ざっと見渡した感じ、白色のサイリウムを持ってる奴は全く見当たらない」
「うわぁ、マジか。それはかなちゃんでもキツいだろうね……」
今回のライブに当たり、B小町の面々は各々を象徴するサイリウムのカラーを決めていた。
ルビーは母親のアイと同じ赤色、MEMちょは黄色、そして有馬は白色である。
そしてたった今見渡したところ、ファンの8割以上は黄色のサイリウムを振っている。
しかし、元々MEMちょはインフルエンサーとして高い知名度と人気を誇っていたので、これはある意味当然の結果だった。
次にルビーの赤色だが、こちらも全体の2割程度を占めており、駆け出しとしては悪くないと言えるだろう。
つまり、今ここに集まっているファンはMEMちょとルビーが目当てであり、肝心のセンターの有馬には誰も注目していないと言っても過言ではなかった。
「……全く、しょうがないなぁ。そんな風に落ち込むかなちゃんの為にも、ここは僕が一肌脱いでやりますか」
「おっ、もしかしてクリスも同じ事を考えてたのか?」
「……という事は、ひょっとして兄さんも? 嘘でしょマジで!? 奇遇だねぇ! 超ウケるんだけどー!」
応援してくれるファンが居ない有馬のために、2人は静かに佇まいを直す。
元々2曲目に入った段階でこうなる予定だったのだが、思っていた以上に悲惨な状況なので、これを打破すべくクリスは「よしっ!」と言って気合いを入れた。
その両手に握られているのは、赤・黄・
隣に立つアクアの両手にも同様の物が握られていた。
「ふふっ、見ててよかなちゃん。ライブを台無しにする勢いで全力で笑わせてやるから」
「おい馬鹿、それはやり過ぎだから止めろ。ちゃんと加減は考えてくれ」
「はいはい、そういう兄さんも気を付けてよね」
「お前に言われても説得力が無いな」
軽口を叩き合いながらその場で足を広げ、時が来るまでじっと待ち続ける2人。
そして1曲目が終わって2曲目。
代表曲の『サインはB』が始まり会場のボルテージが最高潮に達した瞬間、3色のサイリウムを高々と掲げて宣言する。
「アクアとクリス、踊りまぁーす!!」
「えっ、何その掛け声……?」
掛け声と同時に、キレのある動きでオタ芸を踊り始める2人であった。
オタ芸を踊るクリス。傍から見れば星野アイが新生B小町を応援してくれている様に見えて良いよね(中身は考慮しない)。