呪術の子 作:メインクーン
領域展開 ①
新生B小町の初ライブから4カ月が経過した。
季節は夏から移ろい、現在は秋の中盤。冬の寒さが若干見え隠れする肌寒い時期。
この間、ミゲルと戦った時のような緊張感も、B小町の面々と過ごした騒がしさもなく、あっという間に時間は過ぎ去った。
季節の移り変わりによる多大なストレスは人々が発する負の感情を激増させ、それに比例して呪霊の動きも活発化させる。
当然、呪霊を祓う事が仕事の呪術師は繁忙期に突入し、日々の任務であちこちを駆け回っていた。
それは特級術師のクリスも例外ではない。
「クリスさん、こちらが本日の任務になります。資料をどうぞ」
「うん、ありがとう伊地知さん」
現場前、いつも通り補助監督の伊地知と資料を見ながら任務の内容を確認する。
「我々”窓”が
今回の現場は東京都内のとある私立小学校。
数時間前、突如として校内に出現した呪いの卵、いわゆる『呪胎』を児童及び教員の数名が目視で確認。
その後通報が入り、現場に駆け付けた数名の補助監督が確認したところ、出現した呪胎は相当量の呪力を有している事が判明した。
仮にこの呪胎が変態を遂げた場合、ほぼ間違いなく特級に相当する呪霊に成ると予想されている。
更に問題が1つ。
「現在、逃げ遅れた児童と教員の合わせて6名が校内に取り残されており、未だに生死不明の状況です」
「ちなみに子供と先生の割合はどれくらい?」
「報告によりますと、児童が5名で教員は1名です」
「ふーん、なるほどね……」
避難の際、運悪くその波に乗れずに6人が取り残されてしまい、まだ生きているのか殺されたのか分からない現状。
だが、呪胎の確認から既に数時間も経過しているため、もしかしたら全員帰らぬ人となっている可能性は否定できない。
その事を理解したうえで、今回のクリスの任務は次の通り。
「今回の僕の任務はその逃げ遅れた6人の生死確認と、呪胎の討伐ってわけね」
「はい、よろしくお願いします」
「任せて伊地知さん、ぱぱっと終わらせて帰ってくるから。じゃあ早速行ってきまーす!」
「では
こうしてクリスは閉鎖された校内に単独で潜入していった。
その背後では伊地知が片手で掌印を結び、小さな声で呪詞を唱える。
「────闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
『帳』とは結界術の一種であり、術師達の活動を外部の人間から秘匿するために下ろされる。
この結界を下ろすと内部が夜の様に薄暗くなり、術師は外から内側の様子を確認できなくなる視覚効果がある。
呪いの見えない非術師には帳の存在自体が分からないので中は透けたままだが、中で何が起ころうとも認知は出来ない。
他にも色々な条件を付けた帳を下ろす事も可能だが、条件が複雑になる程下ろす難易度は高くなる。
そんな帳が校内全体を覆うように下ろされ、空はすっかり薄暗くなった。
「さて、まずは逃げ遅れた人の安否だね。先に原因を祓っても良いんだけど」
正面玄関から校舎に入ったクリスは、のんびりと廊下を歩きながら1つ1つ教室内を確認していく。
本来、特級相当の呪力量ならクリス程の術師でなくともすぐに居場所は分かるはずだった。
しかし、呪力量がほぼゼロの6人は勿論、原因となった呪胎もどこにいるか分からない。
「……ふーん、どうやら今回の相手は気配を消すのが上手いみたいだね。となると、既に呪胎から呪霊に進化したとみて間違いない。
いやー、参ったね。これは6人全員死んじゃってる可能性が高くなってきたなぁ」
一切動けない呪胎の状態で特級術師の目から逃れる事は出来ない。既に特級呪霊へ変態を遂げている事は確定したも同然だった。
それと同時に、変態した呪霊が次にどのような行動を取るかも簡単に想像できていた。
逃げ遅れた6人の無事はもう期待できないとクリスは思った。
「まあ良いや、このまま虱潰しに探していこう。適当に歩けばどっかでエンカウントするでしょ」
助かる見込みが薄いのであれば行動指針を切り替えるだけ。
まだ校内のどこかに潜む呪霊を見付けて祓う事に舵を切った。
そうして校内を歩き回り続け、30分が経過する。
「……さて、残るはこの体育館のみか。まぁ途中から薄々そんな感じはしてたけど、念には念を入れて探さないとね」
校舎内は教室から校長室に至るまで全て回り、呪霊も人々も居なかった事をしっかりと確認した。
最後に残ったのは校舎に隣接している体育館で、この中に全てがいるとクリスは確信する。
確実に呪霊を祓う気概を胸に、体育館の扉を開けた。
「出合え出合え! クリス様のお出ましじゃあ! とっと姿を現せ呪霊よ……って、あれ?」
「ひぃっ! お、お姉さん誰……?」
威勢よく扉を開けて体育館に突入したクリスは、中の光景を見て尻すぼみしていった。
「うっそ、マジで……? これもう奇跡じゃん」
意外も意外。
何とそこにいたのは、既に殺されたと思っていた児童と教員だった。
慌てて駆け寄り1人1人の安否を確認したところ、5人の児童は全員無事。教員と思しき女性は気を失って倒れているものの、命に別状はなかった。
少々熱っぽいのかはぁはぁと浅い呼吸を繰り返し、頬が若干赤みがかっているが、それだけだ。
「子供達を守ってる内に呪霊が発する呪力に当てられて倒れちゃったのかな? 非術師にはよくある事だし、この程度ならすぐに回復する」
やはり問題はなさそうだと結論付け、まずはこの6人を帳の外へ脱出させようと行動し、女性教員を担ぐ。
子供達の方はかなり暗く怯えた顔をしているが、5人とも足取りはしっかりしているので、そのまま歩いてもらおうと考えた。
「ごめんけど、僕はこの人を担ぐから君達は歩いて外まで出てくれるかな? それまでは僕がちゃんと付いて行くし、何があっても守るからさ」
「お、お姉さん……」
「あ、あぁ……」
子供達を安心させようと優しく語りかけるが、子供達は変わらず怯えた表情のまま唇を震わせる。
その虚ろな瞳に映るのはクリスではなく、その背後。
まるで背後にいる何かに恐怖しつつも、クリスの身を案じて必死に訴えんとするように。
しかし、クリスはそれでも冷静だった。
「ふふっ、この状況でも心配してくれてるの? みんな優しくて良い子だねぇ。
でも大丈夫、僕最強だから……ねっ!」
「ギッ!?」
女性を担いだまま、振り向きざまに高々と脚を上げる。
気配を消してクリスの背後に立っていた呪霊の胴体に、鋭い後ろ蹴りが炸裂する。
目にも止まらぬ速さで繰り出された蹴りは呪霊の意表を突き、防御するよりも速くその胴体を貫いた。
「でもまぁ、人担いだままだとこんなもんか。十分に腰が入ってないと威力も今一つ。向こうの油断を誘うためとはいえ、このお姉さんにはちょっと悪い事しちゃったな」
いつも通りなら今の一撃で勝負は決まっているはずだった。
幾ら待てど中々姿を見せない呪霊を誘うため、敢えて倒れている教員を担いで隙を見せた。
案の定のこのこと姿を現した呪霊を逆に蹴り返す事はできたものの、人を担いだままの蹴りは特級を祓う程には至らず。
余計な負担を背負わせた事に心の中で謝罪しつつ、女性を床にゆっくり寝かせた。
「さっ、もうさっきのようには行かないよー。今度は確実に仕留めるから」
逃げ遅れた6人を庇うように前に立ち、特級呪霊と相対する。
「術式順転『望速』……」
呪力を全身に漲らせ、腰を低く落とす。
特級呪霊の方は既に肉体の修復を終え、こちらも戦闘体勢に入っている状態だった。
一瞬の静寂。
呪力が僅かに揺らいだ次の瞬間────。
「キィイイエアアアアアアッ!!」
人型の特級呪霊。
異形の化け物がその手に持つ長くて鋭利な爪が、クリスに向かって振るわれる。
右の大振り。
瞬間の速度は亜音速に達する。
真面に受ければ致命傷は免れない。
刹那。
「黒閃ッ!」
「ギギャアアアアアアアッ!?」
勝負は一瞬で決まった。
呪霊の攻撃を掻い潜って懐に入り、術式で加速した殴打を顎に1発。
黒い火花が散り、生物から出るはずのない音を立てて呪霊の顎が跳ね上がる。
「カッ……」
衝撃に耐えられるはずもなく、呪霊の脳は頭部ごと粉々に消し飛んだ。
「……まっ、こんなもんかな!」
特級呪霊も決して弱くはなかった。
むしろこの呪霊の移動速度は、呪術界で『最速の術師』と謳われるとある老人に迫るほど。
これに初見で対応できる術師は少ない。
しかし、運悪くこの呪霊の前に立ち塞がったのは例外中の例外。
音速の壁など当然のようにあっさり打ち破ってくる
それがクリスである。
「……あっ、もしもし伊地知さん? たった今呪霊の討伐が完了しましたよ。……はい、逃げ遅れた6人は全員無事です。
1人だけ熱が出てますが、それも大事には至らないかと。……はい、後の対応はそちらに任せます。では……」
消えゆく呪霊の肉体を横目に、伊地知へ電話し討伐完了の報告を行う。
今回の件で強力な呪力に当てられ、一時的に呪いが見えてしまった子供達への対応やカウンセリング、学校の損害など、多くの事後処理がある。
そこまで呪術師が細かく面倒を見ると大変なので、後の事は全て補助監督達の仕事となっている。
「伊地知さんには悪いけど、後の事は全部丸投げしちゃおーっと」
倒れた女性教員を担ぎ、5人の子供達と手を繋ぎながら呑気に帳の外へ向かうクリスであった。
記録────20XX年○月×日
東京都世田谷区 私立◼︎◼︎◼︎小学校
校内中庭に出現した呪胎が数時間の潜伏後、特級仮想怨霊に変態。
同日18時49分、現場に派遣された東京高専1年星野栗栖多留(特級術師)が逃げ遅れた非術師6名の無事と変態した呪霊の存在を確認。
呪霊と交戦後、大きな物的損害や人的損害もなくこれを撃破。
同時刻、非術師6名と共に現場を離脱。現場は伊地知潔高補助監督を中心とした班に引き継がれる。
保護された非術師6名は近くの病院に搬送され、翌日には全員が退院を果たす。後遺症も特になし。
なおこの一件以来、非術師の内2名の児童が呪力と呪霊の知覚と可能とする。恐らく特級呪霊の呪力に長時間当てられ続けた末の結果と思われる。
以降はこの児童2名を要観察対象とし、定期的な検査と監視を行うものとする。
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それから更に2週間後。
兄のアクアが有馬や黒川と共に漫画『東京ブレイド』の2.5次元舞台の稽古に励み、姉のルビーがB小町の動画配信活動に勤しむ最中。
「……準備は良いかいクリス?」
「ええ、いつでも大丈夫です。五条先生の好きなようにしてください」
末っ子のクリスは現在、五条悟と背中合わせで立っていた。
場所は高専敷地内のとあるグラウンド。
主に呪術を用いた模擬戦を行うための場所で、クリスは幼少期の頃からここで五条と修行に励んでいる。
そんな思い出深い地の中心でぴったりと密着しあう2人。
「よし、それじゃあ……行くよ」
その合図と同時、両者共に片手で掌印を結ぶと、はっきりとその言葉を口にした。
「「領域展開」」
瞬間、2人を中心に周囲の世界が変化する。
先程まで見ていた青空の広がる長閑な風景から一転し、どこまでも暗く歪んだ空間が構築されていく。
「
「
『領域展開』────それは術師が到達できる最終地点であり、呪術戦における極致。
それぞれの術師の中にある生得領域を結界という形で体外に創り出して相手を閉じ込め、その結界に術師本人の生得術式を付与する事で、術式に基づく攻撃を必中必殺へと昇華する結界術の一種。
呪力消費が激しい反面、術者によっては相手を領域内に引き入れた時点で勝ちが確定する程の大技。
それ故に使用難易度は群を抜いており、これを習得し自在に使いこなせる者はごく限られている。
しかし、特級術師であり最強同士の2人はこれを難なく使用できる。
今もこうして、どちらの領域がその場を制するかの
「ぐっ……まだまだ!」
「おっ、良いね良いね。その調子だよ」
拮抗。
互いに一歩も譲らない……だが、それも少しの間だけ。
六眼による緻密な呪力操作が生み出す桁違いの洗練度により、クリスの領域は徐々に押し返され、五条の領域がその場の空間を支配していく。
それから数十秒と経たない内に、五条悟の『無量空処』がクリスの領域を完全に掻き消した。
「……あーあ、やっぱり五条先生の領域にはまだ勝てないかぁ。せめて完全に互角の状態までは持っていけるようにならないと」
「いやいや、それでも凄い頑張ったじゃん。今回は123秒も持ってたよ。これが最高記録じゃないかな? やっぱ
「でも先生は余裕ありそうな感じですけどね?」
「そうでもない。回数を重ねるごとにどんどん領域の洗練度が増してるし、僕もクリスの領域に押し勝つのが難しくなってる」
「まぁ言われてみれば確かに、最初の1分半はマジで拮抗してましたもんね」
先程の領域勝負を振り返りながら、2人でああだこうだと言い合う。
このようにしてクリスは、時間を作っては定期的に五条悟と領域勝負する修行を行っている。
その累計数、実に50回以上。
クリスが領域展開を会得して早3年、今では領域勝負に2分間は持つようになっていた。
ただし、修行はこれで終わりではない。
「よし、それじゃあ2分だ。2分以内に僕に領域が保てなくなる程のダメージを与えられなければクリスの負けね」
「毎回思うんですけど、それ難易度ルナティック過ぎません?」
「目標は高めに設定した方が達成感あって良いでしょ。何事もチャレンジだよ」
「まっ、それもそうですね。別に手が無いわけじゃありませんし」
領域展開直後は術式が焼き切れて使用が困難になる。
だが、時間経過と共に焼き切れた術式は自然回復しているため、もう1度片手で掌印を結ぶ。
「領域展開『無常迅速』」
本日
瞬間、領域の押し合いが発生し、両者の必中効果が相殺される。
「さぁ、殺す気で掛かっておいでねクリスちゃん。僕もその気でいくわよん」
「面白い口調ですね。見ててください、すぐに黙らせてやりますから」
五条悟から距離を取ったところで、領域内での戦闘が始まった────。
領ォ域展開!!
※今回出てきた呪霊(特級仮想怨霊)のスペック
・鋭利な爪による引っ掻き攻撃が主体。
・術式は『筋力の増強』。呪力強化とは別で、シンプルに身体能力や硬度が倍増する。
・力のゴリ押しタイプ。単純故に厄介。
・特にスピードは亜音速に達する程で、某アニメ爺さんでもない限り初見での対応は難しい(例外を除く)。
・逃げ遅れた6人を殺さなかったのは、これらを餌にして更に多くの人間をゲットするため。決して呪霊の良心なんて優しい理由ではない。
・学習能力が高く、獲物を釣るため気配を消す技術をすぐに習得。近い内に言葉も話せるようになっていた。
・初めて釣れた獲物が規格外の化け物だった。運は無い模様。