呪術の子 作:メインクーン
領域が崩壊する程のダメージを五条に与えるという無理難題な勝負を、果たしてどうのように攻略していくのか……。
「術式順転『望速』……!」
「
五条悟と星野クリス。
互いに領域展開の押し合いをしながら、その内でのぶつかり合い。
最強の師匠である五条悟に、領域が保てなくなる程のダメージを与えるという無理難題をクリアするため、クリスは術式を発動した。
タイムリミットは2分。
クリスが選択したのは、体術での真っ向勝負だった。
「フッ!」
時限操術による時間加速。
超高速で繰り出されたクリスの蹴りは果たして、五条の目と鼻の先で停止する。
「お返し!」
蹴りを止められたクリスの顔面目掛け、五条がカウンターで腕を伸ばす。
五条の攻撃も無下限呪術との組み合わせによって超高速の域に達する。
真面に食らえば殆どの相手は即死を免れない。
それをクリスは……。
「何の! もういっちょお返し!」
あっさり片手で受け止めると、五条と同じように拳を繰り出した。
────そこから先は、目にも止まらぬ速さでの殴り合い。
互いの身体が密着しそうな程の至近距離。繰り出される打撃の応酬は数百数千にも及ぶ。
それが数十秒という短い間で行われるのだから驚愕である。
「まっ、僕には当たってないんだけど……ねっ!」
「ぐっ! ……やっぱ強い」
隙を突いて出された五条の裏拳が、クリスの顔面を正確に捉え、殴り飛ばした。
速さにおいては互角。体術の技量は五条がやや上回るが、クリスも負けていない。
だがしかし、五条には無下限呪術による無敵とも言える
基本的に、力押しで突破できる代物ではない。それはクリスも例外ではなかった。
「まぁ、ここまでは想定内。これで五条先生に勝てたら苦労しない」
「でもその言い方だと、今回は何か秘策があるっぽいね。どうやって僕の無限を突破するのか見せてもらおうか」
クリスの呟きを聞いて、五条が楽しそうに口角を上げる。
そして五条の言う通り、今回クリスはとある秘策を用意してきた。
それは……。
「領域展延」
「ッ!? ……へぇ、なるほど。そう来るか」
クリスの拳が五条の無下限を突破し、その分厚く筋肉質な胸板に何十発も打撃を叩き込んだ。
領域展延。
術式が付与されていない領域を全身に薄く纏う事により、触れた相手の術式効果を中和する技術。
それによって五条の無下限を中和する事で、クリスの攻撃も当たるようになる。
加えて領域を身に纏うので、実質的に呪力強化のみよりも防御力が増すというメリットもある。
デメリットとして、展延を使用している間は肉体に刻まれた生得術式が使えなくなるが、既に領域展開に付与されたものは別である。
そしてクリスは、天性の才能と類稀なる勘で領域展開と展延の2つを同時に使用可能にしていた。
展延を纏いながら再び五条と殴り合う。
「領域展延……シン・陰流の『簡易領域』と同じ感じだね。でもあれと違って、展延は自分だけを包む水の様な領域。これなら僕にも攻撃が当たるわけか。
良いじゃん良いじゃん、よくこんなの考え付いたね! 前の時はそれ使ってなかったけど、何かきっかけでもあったのかな?」
「ええ、アフリカで色々とありましたからねっ!」
思い返すは数カ月前にサハラ砂漠で勃発したミゲルとの戦闘。
あの時、術式を相殺する効果を持つ黒縄にかなり苦しめられた。
術式が使えなくなった際は呪力強化と反転術式で対処したが、それでもクリスは手酷い目に遭った。
それ以降、当時の反省を活かし、今後同じような目に遭った時に備えてより多くの対処法を確保しようと試行錯誤した結果、今から2カ月程前に領域展延という新たな手段をクリスは発見したのだ。
とはいえ……。
「まぁ、だから何だっつー話だけど!」
「うぐっ!?」
展延を発動している間は術式を使用できない。
つまり、クリスの術式順転による時間加速が封じられ、呪力強化のみでの体術を強いられる事になる。
防御力は増したものの超高速で動けないクリスが、無下限を使う五条相手に優勢になれる道理はない。
むしろ先程よりも防戦一方になっていた。
「
さてさて、こっからどう巻き返すかな?」
「…………」
五条の言う通り、こうなる事もクリスの想定内であった。
展延でいくら無下限を中和しようとも体術勝負で負けるなら元も子もない。
それでも敢えて展延のみで攻めに入ったのは、展延を使う時は超高速移動が出来ないと思わせるため。
(領域が徐々に押され始めた……残された時間はもうあまり無いね)
そしてここに来て、遂にクリスの領域が侵食され始める。
ここから先は時間との勝負。時間を操るクリスの腕の見せ所。
「領域……」
「おっ、また展延? それとも何か企んでる? 良いよ、もう1度返り討ちに……」
再び領域展延で攻めようとするクリスを見て、五条が飄々とした態度で余裕を見せる。
しかし、クリスのこれはブラフであった。
「────展延ッ!!」
「なっ!?」
薄ら笑いを浮かべていた五条の口から、驚愕と苦悶の入り混じった声が漏れ出る。
展延を使うという五条の予想を裏切り、クリスが瞬間移動で五条の目の前まで迫り、渾身の一撃を食らわせた。
予想外。
意表を突いた強烈な殴打。
クリスは展延を使うふりをして、順転の時間加速を使用していた。
術式を発動するまでは実際に展延を纏い、タイミングを見計らって術式に切り替える。
切替えたと同時に瞬間移動で五条に近付き、その勢いを利用して再び展延に切り替え、攻撃する。
1秒にも満たない一瞬の出来事。
この一瞬を成功させる事に全神経を注いだ。
注いだ結果、作戦は上手くいき、更には黒閃まで発生した。
「やるじゃん……」
殴り飛ばされ、五条の体勢が崩れる。
一瞬に賭けて作り出したこの隙を、クリスは見逃さない。
(来た! 今なら
超高速移動で五条に再び接近する。
だが、それでどうにかなるほど
「ふふっ……」
「ッ!?」
追撃のために近付いたところで、五条が人差し指をクリスに向けた。
その指先にあるのは赫色に輝く小さな球体。しかし内包されるエネルギーは莫大。
「術式反転────『赫』ッ!」
「ぐっ……!」
クリスの眼前で、五条の術式反転『赫』が放たれた。
他の術師や呪霊なら、確実に全身が散り散りに消し飛ぶ一撃。
だが、クリスがそれで止まる事はない。
真っ直ぐ突っ込み、五条の目の前で掌印を結ぶ。
そして、勝負を決める最後の一手を撃とうとした。
その時だった。
「これで終わりです! 虚し────ッ!?」
違和感。
技を放とうとした瞬間。
合ってしまった。
クリスの瞳に映る五条は、いつもの余裕な態度を崩さない、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「……さっきの『赫』は、まだ炸裂してないよ?」
「えっ?」
「背後には気を付けてね」
「……えっ?」
走馬灯の様に時間が永く感じられる中、五条がいきなり謎の気遣いを見せた。
思わず素っ頓狂な声を上げるクリス。
そこで集中の糸が切れてしまう。
「がっ……!?」
突如、謎の衝撃がクリスの背後を襲った。
意識外からやって来た衝撃と熱はあまりに莫大で、クリスの顔が苦悶に歪む。
(後ろから!? まさか、さっきの『赫』を領域内の
五条は、先程放った『赫』を敢えて炸裂させなかった。
炸裂前の『赫』を領域の結界をなぞるように一周させ、無防備となったクリスの背後にぶつけたのだ。
「さっきのお返しだぜ」
「しまっ……!」
意表を突かれた仕返し。
目の前で無防備を晒すクリスを、五条は見逃さない。
体勢を立て直し、超高速移動でクリスの前に立つ。
力強く握り締めた拳と共に。
「ハッ!!」
「────ッッ!!??」
威勢の良い声を上げ、五条の強烈すぎる拳がクリスの鳩尾に命中する。
クリスが声にならない苦痛の声を上げる。
そのダメージは、先程食らった『赫』とは比べ物にならないくらい甚大だった。
「…………カハッ」
クリスは白目を剝いてその場に倒れ伏した。
それと同時にクリスの領域が完全に解けてしまい、五条の領域だけがその場に残る。
「おっといけない」
無量空処の効果を受けると不味いので、慌てて領域を解除してクリスを抱き上げる。
今回の勝敗も五条悟の勝利に終わった。
クリスも惜しいところまで粘ったが、最後の最後で詰めの甘さが出てしまった。せっかく覚えた展延もこれでは形無しだ。
今後の彼女の成長に期待である。
「……いやぁ、勢い余ってつい本気で殴っちゃったわ。おまけに黒閃まで出ちゃったし。もし今のパンチをクリス以外の奴が食らったら確実に死んでたな。あっぶねー」
白目を剥き、口から涎を垂らして情けない姿を晒すクリスの顔を見ながら、五条はぼそりと呟いた。
相手が他の生徒の場合、即死か粉微塵かミンチになるかのどれかだったのは間違いないだろう。
今回、黒閃を打ち込んだ相手が本当にクリスで良かったと、五条はほっと胸を撫で下ろす。
それから数十秒経って、クリスはすぐに目を覚まして起き上がった。
戦いも回復する早さも規格外の2人。
こうして、久々に行われた2人の修行は幕を閉じたのであった。
呪術師にしては随分と平和?な時間を過ごす師弟2人。
クリスの確定黒閃打撃が、五条の無下限のせいでキャンセルされるというクソゲーっぷり。
展延を使って攻撃を当てても、今度はスピードが足りないので有効打にはなり得ない。それでも術式の関係上、今回のように他の術師よりも黒閃は出やすい。
実は無下限を突破する攻撃手段が展延以外に無い訳ではない。が、やはり瞬間移動できる五条に当てるのは非常に難しい。
五条悟の次に強いけど、五条悟にあと一歩及ばないのはこれが理由。
ぶっちゃけ両面宿儺との方が術式の相性は良い。
ちなみに、クリスの領域展開の詳細についてはもうちょっと先の話で明かすつもり。今は名称だけ。
※おまけ
クリス「いやー、五条先生の黒閃マジで痛かったわ。僕じゃなかったら死んでたよ」
五条悟「あっはっは、ごめんねクリス! 戦ってるとつい興が乗っちゃって! あれをモロに食らっても大丈夫なのがクリスくらいしかいないからさ、僕も修行相手には苦労するのよ」
クリス「……はいはい、全くしょうがない人ですねぇ。先生だけ特別ですよ?」
五条悟「えーそう? 僕だけ特別だなんて、照れるねぇ」
クリス「そういう意味じゃないです」