呪術の子   作:メインクーン

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主人公の幼少期はサクッと終わらせたい。長引くと大変だから。
出来る限り頑張ります。


生得術式

クリスが星野アイの子として産まれてから早4年。この4年間で実に様々な事があった。

 

3つ子の育児に疲れて気が狂ってしまった社長夫人のミヤコが、アイの不祥事を世間に明かそうとし、それをアクアとルビーが必死に止めた事。

 

B小町のライブ中、会場に集まった大勢のファンの前で華麗なオタ芸をアクアとルビーが披露したせいでSNS内で注目の的になり、会場にこっそり連れていたミヤコが社長から大目玉を食らった事。

 

アイのドラマの撮影で行った際に出会った監督がアクアをいたく気に入り、アイとアクアを映画に出演させた事。その際、10秒で泣ける天才子役と一悶着あったのだが、そこは割愛。

 

このように、アクアとルビーを中心に定期的に何らかのトラブルや珍事件が起こり、その度にミヤコがあちこち駆け回って苦労するという構図が出来上がっていた。

 

ちなみにクリスはというと、常に傍観者の立ち位置で我関せずの態度を取り続け、その代わりに蠅頭や4級程度の呪霊に呪力を飛ばして祓うという時間潰しをひたすらに繰り返していた。

 

いくら人に仇成す呪霊といえど、悲痛な叫び声を上げながら逃げ惑う低級呪霊を情け容赦なく祓っていく様はかなりの狂気である。

 

そしてこの年になってくると、ずっと物静かだったクリスも普通に話せるようになり、今では家族と問題なくコミュニケーションを取っている。

 

ただし、話す内容はとても4歳とは思えないほど洗練されていて……。

 

 

『兄さんは将来役者に、姉さんはアイドルになりたいの? 最近ママに色々教えてもらってるみたいだけど。気になるから私も混ざって良い?』

 

『『………………えっ?』』

 

 

ある日突然、初めて口を利いたかと思えばとても流暢に喋る末っ子(クリス)に、アクアとルビーは度肝を抜かれた。

 

 

『なあ、本当に4歳なんだよな? 実は10歳くらい年齢サバ読みしてるとかじゃないよな!?』

 

『下手に嘘吐かなくて良いから隠してる事正直に言って! ねえ、ねえってば!』

 

『…………はっ? どういう事?』

 

 

クリスにしてみれば、兄姉や大人達の会話の内容をゼロから学習して話し掛けたというのに、彼女自身よりもっと流暢に喋れる2人から訳も分からず問い詰められるという状況。

 

想像以上におっかなびっくりされたうえに、言っている内容も意味不明だったので、問い詰められた本人もこの時ばかりは本気で困惑した。

 

 

 

 

 

…………そのようなやり取りもありつつ更に時は経ち、季節は初冬。

 

ここ数年でアイを中心に急成長したB小町にとって、いよいよ初となるドーム公演が間近に迫っていた。

 

公演1週間前には新居に引っ越しを済ませ、星野一家と社長夫妻で盛大な祝賀パーティーも開いた。

 

何もかもが順風満帆過ぎて、皆が幸福な現状とこれからの躍進に胸を躍らせていた。

 

クリスも何だかんだ言って皆と過ごす日々に居心地の良さを感じており、漠然とこれからも今みたいな生活が続くのだろうと()()()()()()()()()()()

 

ドーム公演当日の朝になるまでは。

 

 

「────ファンの事蔑ろにして、裏ではずっと馬鹿にしてたんだろ! この噓吐きが!!」

 

「────ッ!!」

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

一体どうしてこんな事になっているのだろうか?

 

目の前のあまりに唐突過ぎる惨状に、クリスは完全に思考停止していた。

 

朝、いつもの様に早起きし、着替えを済ませてリビングに行くと、玄関の方で誰かの怒号が響き渡った。

 

だから何かあったのだろうかと思って見に行くと、アイが謎の黒服男に鋭利な刃物で腹を刺されて蹲っていた。傷は浅くない。むしろ出血量からして致命傷だった。

 

アクアが傍に寄り添って支えているが、残念ながらそれでは出血は止まらない。アイの腹部から溢れる血がどんどん床に広がっていく様を見て、クリスはただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

「散々好き好き言って釣っておいてよ! 全部嘘っぱちじゃねえか!」

 

「…………私なんて、元々無責任でどうしようもない人間だし、人を愛するってよく分からないから────」

 

 

今の状況にまだ脳の処理が追い付いていないからか、クリスは2人のやり取りをぼうっと見つめたままその場から動かない。

 

 

「私にとって嘘は愛。私なりのやり方で、愛を伝えてたつもりだよ。君達の事を愛せてたかは分からないけど────」

 

 

息も絶え絶え、断続的に語るアイの言葉に、男が目を見開いて動きを止め、黙りこくってしまう。

 

クリスは未だに動く気配がない。

 

 

「今だって君の事、愛したいって思ってる」

 

「……嘘吐け、俺の事なんて覚えてもいないんだろ? 体のいい事言って見逃してもらおうと──」

 

「リョ―スケ君だよね? よく握手会に来てくれてた……あれ? 違った? ごめん、私、人の名前覚えるの苦手なんだ。

 お土産でくれた星の砂、嬉しかったなぁ……今もリビングに飾ってあるんだよ」

 

「……んだよ、それ……そう言うんじゃ……!」

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

男は逃げた。

 

アイの心の声を聞いて、自分の名前を言われて、お土産の事にも触れられて。

 

そこでようやく理不尽な怒りの熱が冷め、瞬間やって来た様々なショックの波に耐え切れず、大声で泣き叫びながら走り去っていった。

 

その様子を見て危機は去ったと認識するや否や、アイはリビングのドアにもたれ掛かるように倒れる。

 

既に手遅れだった。

 

 

「アイ!」

 

「ママ!」

 

 

アクアの悲痛な叫びを聞いて、ここでようやくクリスも状況を整理し、アイに駆け寄った。

 

 

「しゅ、出血が……腹部大動脈か、クソッ……!」

 

「…………ごめんね。多分これ、無理だぁ……」

 

 

アイの一言で全てを察したアクアが、応急処置の手を止めてアイを見上げる。

 

 

「ねえ、どうしたの……? そっちで何が起きてるの?」

 

 

その後ろのドアから叩く音は、騒ぎで目を覚ましたルビーによるもの。

 

不安そうに尋ねる声が、シンと静まり返った室内で嫌に反響する。

 

その間、クリスはただ黙ってアイの手を握り締め、最期の言葉に耳を傾けた。

 

決して忘れぬよう、一言一句聞き逃さないために。

 

 

「……ルビーのお遊戯会の踊り、良かったよー。クリスも後から混ざって、ルビーと一緒に踊ってさ。2人に踊りを教えるの、楽しかったなぁ……」

 

 

残り少ない命を振り絞って訥々と語り出したアイの話は、いずれもが子供達3人と過ごした思い出と将来への期待だった。

 

家族で過ごした4年間の日々、数年後に訪れる学校生活の日々、将来大人になった3人との親子共演の夢物語。

 

だが、その夢物語ももうすぐ叶わなくなってしまう。その事を理解した3人の目から涙が零れる。

 

そして最期の最期に、アイは伝えた。

 

 

「クリス、ルビー、アクア…………愛してる」

 

 

今際の際とは思えないほど明るく優しい、子を愛する母の微笑み。

 

その笑顔を、クリスは今後一生忘れる事はない。

 

 

「ああ、やっと言えた……ごめんね、言うのこんなに遅くなって。

 ……あー、良かったぁ。この言葉は絶対、嘘じゃない……」

 

「…………アイ?」

 

「…………ママ?」

 

 

────最期の思いを子供達に伝え、星野アイは人生の幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「…………アイ」

 

 

アクアがぽつりと漏らした母の名に反応し、隣にいたクリスは血が滲むほど強く拳を握り、歯を食い縛った。

 

 

「ママ! 嫌だよ、逝かないでよママ! 目を覚ましてよぉ!!」

 

 

ドアの向こう側では、ルビーが駄々っ子の様に大量の涙を溢しながら慟哭している。

 

 

────星野アイは死んだ。

 

 

どうしようもないその事実を突き付けられ、クリスは静かに立ち上がった。

 

その両方の瞳に宿すは、全てを呑み込む黒い星。

 

涙を拭い、徐に玄関の方へ顔を向けると……。

 

 

「なっ!? クリス!? おい、どこへ行くんだクリス! 今外に出るのは危険だ! 戻って来い!」

 

 

一気に駆け出し、勢いよく玄関の扉を開けて外へ出る。

 

背後からアクアの制止する声が聞こえるが無視し、一切振り返る事なく階段を駆け下りると、マンションの敷地を出て公道に躍り出た。

 

 

(────見極めろ、まだ犯人は遠くへ逃げていない。あの短時間で完全に行方を晦ますのは難しいはず。ママの血が付いた足跡を急いで追えば、必ずどこかで見つけられる……!)

 

 

アイが刺された際に飛び散って犯人に付着していた大量の返り血を思い出し、クリスは努めて冷静に物事を考えながら全速力で歩道を駆け抜ける。

 

早朝であるためか人通りは少なく、いても歩きながらスマホを操作していてクリスの方には目もくれない。

 

そして、この時のクリスは犯人を追う事に集中して気付いていなかったが、現在彼女は信じられない程の速さで走っていた。

 

そのスピードは4歳児どころか大人の走る速度を軽く超え、普通自動車の平均的な走行速度に匹敵するほど。

 

とても人間の出せる速度ではない。明らかに常軌を逸していた。

 

 

「……ん? 今、凄い速さで何かが通り過ぎていったような……気のせいか?」

 

 

スマホを操作しながら歩く通行人の1人が、風を切る音に反応して周りを見渡す。

 

だが、既に通り過ぎた者の姿はどこにもいなかった。

 

 

「まだ犯人が見えない……一体どこへ……」

 

 

そうしてしばらく走っていると犯人の足跡も消えてしまい、完全に逃げた方向が分からなくなってしまう。

 

ここで遂に立ち止まってしまうが、この程度では諦めないのがクリスの恐ろしいところ。

 

分からないなら情報をその場で集めればいい。その考えの下、人通りの少ない道路で怪しい場所は無いか、犯人の声は聞こえないか、足跡以外で目印になる物は無いか等、周りにある数多くの『情報』に意識を集中させた。

 

重要な情報は存外すぐに見つかった。

 

 

「……ねえ、さっきの見た? あの黒い服着た怪しい男! 怖かったわよねー」

 

「そうねぇ、何だかよく分からない独り言をぶつぶつ呟いていたし、目もどこか虚ろだったように見えたわ」

 

「特にあの真っ赤な手! あれには心臓止まるかと思っちゃったわ。警察、さっさと呼んだ方が良いと思わない?」

 

「ええ、でも事件かもしれない事に首を突っ込みたくないし、逆恨みでもされたら……」

 

 

道端で世間話をしている奥さん達の会話内容が耳に入り、すぐにアイを刺殺した犯人の事であると断定。

 

更に情報を得るためこっそりと彼女達の背後に回り、聞き耳を立てた。

 

 

「あの不審者どこに行ったのかしら? 怖いわねぇ、ウチの子に被害が無ければ良いんだけど」

 

「確か西の方へ走っていったわよね? あっちには自然公園があったはずよ。結構広くて木も多いから、子供達もよく遊び場にしてるんだけど……しばらく控えさせた方が良いかしら?」

 

 

行き先が分かると同時に再び全力で走った。依然、最高速度を維持しながら……否、もっと速度を上昇させながら。

 

自然公園の事はクリスも聞いた事がある。引っ越して1週間しか経っていないので行った事は無いものの、この辺りの地域では結構親しまれている場所だという情報は持っていた。

 

そうして辿り着いた公園に入り、敷地内を走り回っていると……。

 

 

「あっ、いた! あんな所……に……?」

 

 

追跡を始めて20分弱、遂にアイを殺した犯人の男を見つけた。

 

だが、立ち止まって声を上げたのも束の間、すぐに様子がおかしい事に気付く。

 

 

「……違うんだアイ。お、俺は、俺は……!」

 

 

男は震える声で訳の分からない譫言を呟きながら、公園内に流れる川の傍に立っていた。

 

男と川の間には、転落防止用に取り付けられた1m程の高さの柵が設置されている。

 

嫌な予感がクリスの脳内を過る。

 

 

「俺は……俺は……あぁああああああああっ!!」

 

 

頭を抱えて蹲ったかと思ったら、いきなり半狂乱になって柵を乗り越えようと身を乗り出した。

 

 

「しまった! クソッ!」

 

 

予感が的中していた。

 

男は川へ飛び込み、そのまま入水自殺を実行しようとしていた。

 

あと少しだけ身を乗り出せば、そのまま重力に従って川に飛び込むだけの状態。この公園内に流れる川は深い事でも有名なため、手っ取り早く自害するには丁度良い場所なのだ。

 

だが、目の前で母親を殺されたクリスにそんなものは関係ない。

 

 

(一方的な逆恨みで人の家に乗り込んで、勝手にママを殺して勝手に悲しんで勝手に死のうとするなんて、そんな逃げ方は許さない、認めないっ!!)

 

 

母親が殺された仕返しに、せめて一発だけでも犯人の男を殴り飛ばしてやりたい、蹴り飛ばしてやりたい。可能であれば殺してやりたい。

 

その一心でここまで追い掛けやって来た。だからこそ、クリスはもう一度全速力で駆け出した。復讐を果たす為に。

 

その大きな恨みの感情に応えるように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして今、再びクリスの生得術式が発動した。

 

 

「逃がして……たまるかああああああああああっ!!」

 

「ぶぎゃばああああっ!?」

 

 

一瞬で現状出せる最高速度に到達すると、そのまま男に向かって跳躍。

 

空中で体を捻って横向きになり、走った勢いを殺さず器用に両足の裏を揃えて突き出し、男の顔面を横から蹴飛ばす。

 

正に完璧。人生初となるドロップキックが見事に炸裂した。

 

 

「ぐぎっ! ごほっ! がはっ! うぐっ!」

 

 

蹴飛ばされた男は勢いよくバウンドしながら地面を転がると、そのまま木の幹にぶつかり動かなくなった。

 

当然の如く大量の血を流して倒れているが、クリスにとってそんな事はどうでも良かった。

 

激しく息を切らしながらも倒れた男にゆっくり近付き、ずっと疑問に思っていた事を尋ねた。

 

 

「……何でママを殺したのかは、もういい。それよりも、どうやって私達の家を知ったの? 答えて」

 

「……………………」

 

 

そっと顔を覗き込むが、顔面が紅く染まった男からの返事は無い。

 

ただの屍のようだ。

 

 

「ァ……カハッ……」

 

 

否、まだ辛うじて息があった。

 

鼻は凹み、頬は赤黒く変色し、ほぼ全ての歯が抜け落ちて悲惨な事になっているが、それでもまだ死んでいなかった。

 

その有り様を見て、少しは溜飲が下がって落ち着いたのか、ふうっと一息吐いて男の隣に座り込んだ。

 

 

「うーん、これからどうしようかなぁ……」

 

 

とりあえず復讐を果たしたは良いものの、母親であるアイが死んだという事実は何も変わらない。

 

だからこそ親が亡くなった今、兄妹3人でどうやって生きていこうかとクリスは考えを巡らせる。

 

だが、まだ母親を亡くしたショックから完全に立ち直れている訳ではないので、考えても考えても結論は出てこない。

 

 

 

 

 

────時刻は午前8時前。

 

外はすっかり明るくなり、蒼く澄み切った空がどこまでも広がっている。

 

点々と存在する雲が風に流される様子をぼうっと眺めながら、冷たく乾いたそよ風に当たる。

 

すると、不意に背後から異様な気配が近付いてくるのを感じ取った。

 

誰だろうと思い、気配を感じた方へ顔を向けるとそこには……。

 

 

「うわっ、やっぱ近くで見るととんでもねぇな、このガキンチョ。信じらんねぇ……」

 

 

最強がいた。

 

 

 




クリスの生得術式の詳細はまたいつか。


サングラス白髪男「任務帰りに気分転換でその辺の公園を散歩してたら、何か才能の塊みたいなガキが凄い勢いで男を蹴飛ばして血塗れにしてた。見事なドロップキックだった。やるじゃん」
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