呪術の子 作:メインクーン
保護者枠で1級術師の七海と共に行くが、潜入先でどんな災難が待ち受けているのか。そして上層部の狙いは一体……?
東京都内、港区六本木。
東京テレビ局のビル内にて。
「えー、それじゃあ自己紹介よろしく」
「どうも皆さん初めまして!
「初めまして、七海建人と申します。私も志保さんと同じくADの仕事は初めてですが、証券会社で勤務した経験を活かして仕事に励みたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」
「はい、という訳で今日からここで働く事になった新人AD2人だ。皆、仲良くしてやれよー」
「「「「はーい」」」」
クリスと七海は、ADのアルバイトとしてテレビ局に入っていた。
さて、自己紹介でいきなりクリスが訳の分からない名前を口にしていたが、それは今回潜入捜査するに当たって作った彼女の偽名である。
テレビ局へ入る前、伊地知の車の中で「やっぱり潜入捜査と言えば偽名でしょ!」という軽いノリで作られた。ちなみに、クリスは七海の偽名も作ろうとしていたが、その前に「結構です」の一言であっさりと断られてしまう。
そういう訳で、今の彼女は『星野クリス』ではなく、新人ADの『摺久野志保』である*1。
そんな2人の自己紹介を受けた、他の人達の反応はというと……。
(やっば、何だあの子……可愛すぎるだろ。そこらのアイドル顔負けじゃねーか。何というか、自然と目を惹く魅力がある)
(志保ちゃん、どうにかしてメシとか誘えないかな。超可愛いしスタイル良いし笑顔も眩しすぎて最高すぎる!)
(嘘でしょ、あのルックスでADなの? いやいや、ADじゃなくてアイドルやれよ。君ならドーム公演も行けるよ)
(わぁああああ! 隣のお兄さんも高身長のイケメンだ! ダンディな格好良さと渋い声がマッチしていて良い! とても良い!)
(あのお兄さんはADじゃなくて俳優とかやれば売れそうよね。味のある演技派として高い女性人気を獲得すると思うわ)
(((どっちもADなのが滅茶苦茶勿体ない!)))
このように、色々と芸能の才能がありそうな2人に目を惹かれ、逆に惜しむ気持ちを抱いていた。
才能の無駄遣いじゃないか、と。
だが当の本人達はそんな視線を歯牙にもかけない。
(……私が予め注意したとはいえ、クリスさんが即興でここまで別人を演じられるとは思いませんでした。確か彼女の実家は芸能事務所だったはず。演技には自信があるのでしょう)
(いやぁ、七海さんに言われてキャラ付けしてみたけど、やってみたら意外と楽しいねこれ。面白いように皆の注目集めてる……って、いけないいけない。潜入捜査だからあまり目立つと駄目なのに、つい……ふふっ)
その両方の瞳に宿すは、いつものどす黒く濁った星ではなく
実はテレビ局に向かう道中、偽名作り以外にもこのようなやり取りがあった。
『クリスさん、あなたが普段通りに接すると間違いなく周りが戸惑い、こちらも任務どころではなくなります。ADでいる間はその傍若無人な振る舞いを隠した方がよろしいかと』
『えー、別にそれくらい無視してれば良いじゃないですか。僕はそんなの気にしませんって』
『そのしわ寄せが任務にまで響いたら残業が長引くでしょう。それだけは何としても避けたい。クリスさんには負担を強いる事になりますが、私からのお願いです。これだけは譲れません』
『うーん……もう、しょうがないですね! そこまで言うなら僕もキャラ付けして頑張りますよ。元はと言えば七海さんは巻き込まれた人ですしね!』
現在、クリスは一人称を僕から私に変えている。加えて七海からの指示で口調や仕草も変えてキャラ付けし、案外ノリノリで演じている。
ちなみにクリス曰く「コツは嘘を嘘と思わない事。呪術師は騙してなんぼだからね。一歩間違えたら即死亡の呪術戦に比べたら、このくらい朝飯前だよ」との事。
なお、キャラ付けの参考にしたモデルはクリスの実の母親である星野アイ。理由は容姿が瓜二つなので他の人より演じるイメージが湧きやすいから。
「じゃあ2人とも別々の班に分かれて行動してもらおうか。大丈夫、ここの先輩達が懇切丁寧に教えてくれるから心配は要らないぞ! なっ、頼んだぞお前ら!」
「「「「はい、任せてください!!」」」」
自己紹介で既に心を射抜かれたスタッフ達が、それぞれを取り囲むようにわらわらと群がる。
心なしかクリスの周りには主に男性が、七海には女性が多く集まっていた。
「クリスさん、とりあえず本格的な捜査はADの仕事が終わった後で。それまではこちらの業務に集中しましょう」
「ええ、お互い頑張りましょう。ではまた数時間後に」
こうして、任務初日はADの仕事を覚えるところから始まる2人であった。
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一方その頃、アクア達の方では────。
「えっ、元々『鞘姫』役はお前じゃなかったのか、あかね?」
「うん、そうだったみたい……」
黒川あかねによって明かされた衝撃の事実に、アクアが意外そうな目で黒川を見やる。
大人気漫画『東京ブレイド』の2.5次元舞台公演。
本番まで残り2週間を切った公演に向けて、鏑木Pからの紹介で『刀鬼』役に選ばれたアクアは今日も今日とて稽古に励んでいた。
その稽古の合間、『鞘姫』役の黒川は偶然にもこの舞台の裏話を小耳に挟んだため、その事を交際中のアクアに話していた。
内容は今回の舞台公演が決まった時の、最初期のキャスティングについて。
「オファーが来たのはあかねだけど、初めは別の人が『鞘姫』役になる予定だったのか?」
「私も偶々耳にしたんだけどね、最初その役は私じゃなくて雪乃先輩がする予定だったの」
「雪乃先輩?」
唐突に出てきた名前を聞いてアクアは首を傾げる。
「雪乃あかり*2、長年ララライに所属している私の先輩だよ。アクア君も聞いた事くらいはあると思うけど?」
「ああ、雪乃あかりか。確かに知ってるよ、色んなドラマとか映画によく出てたから。確か、月9の主演も決まってたよな? お前の先輩とは知らなかった」
苗字だけでは分からなかったアクアも、本名を聞いてその人の事を思い浮かべる。
アクアの言う通り、雪乃あかりは数々のドラマや映画に出演し、看板ドラマの主演まで務める程の逸材。黒川の6つ上の先輩である彼女は、ララライの中でも姫川大輝に次いで有名だった。
そんな彼女の事を黒川は心底尊敬している。
故に、先輩の事を語る黒川の表情は暗かった。
「でも、4カ月以上前から雪乃先輩は音信不通になっちゃって、今も連絡が付かない状況なの。そこで次の候補だった私が『鞘姫』役になって、それに伴ってアクア君が『刀鬼』役に選ばれたらしい」
「音信不通……」
いわゆる行方不明になっている事を知り、アクアは何かを考え込むように顎に手を添える。
そしてしばらく静止した後、顔を上げて思った事を黒川に伝える。
「芸能人は何かとトラブルを起こす。雪乃あかりも何かとんでもないスキャンダルがバレそうになって、慌てて雲隠れした可能性は?」
「それだけは絶対にない! あり得ない!」
アクアがまず始めに考えた可能性。それは雪乃あかり本人が自ら姿を消したという説。
何かとスキャンダルの種を多く抱える芸能界隈では、それが表沙汰になりそうだったのでどこかに行方を晦ます事は珍しくない。
だが、その可能性を黒川は強く否定する。
「あの人は皆に優しくて、細かい気配りも出来て、金田一さんからの信頼も厚いし、後輩には分かりやすい演技指導もしてくれて……。
常に誰かのためを想って行動できる、そんな人なの。だからスキャンダルとは無縁の存在だと、私は絶対に信じてる」
「そうか……すまない。無遠慮だった」
本当に評判通りの人だと良いなと思いつつも、真剣な顔で先輩の事を語る黒川には何も言えなかった。
だが、アクアは経験上知っている。そのようなスキャンダルとは無縁と思われる人ほど、実は途轍もない隠し事を抱えて生きている事を*3。
何せ、自分の母親がその典型例だったから。
とはいえ、今の黒川にそれを言ったところで余計に心を抉るだけなので、敢えて口を噤んだ。
「それじゃあ、何らかの事件に巻き込まれた可能性は? この業界はいつ人が死ぬか分からない。いくら自分では気を付けても、誰かの悪意に晒されて被害に遭う事も多い。あかね、それはお前が一番よく分かってるはずだろ?」
「……うん」
もう1つの可能性。それは何らかのトラブルに巻き込まれてしまったという説。
こちらに関してはもう抑えようがない。たとえ本人が底なしの善人で人気者だったとしても、必ずどこかで逆恨みや嫉妬の感情を抱かれ、それが強い憎しみとなって襲ってくる。
そういう強烈な負の感情は中々消えるものではなく、いつまでも心の中で燻って泥のように溜まり続ける。そうして溜まりに溜まった結果、ある日を境に大爆発して最悪な結果へと繋がってしまう。
熱狂的なファンに刺殺された星野アイのように。ネットで大炎上して罵詈雑言の嵐を浴び、自殺未遂した黒川あかねのように。
もしも雪乃あかりがこの2人と同じか、より悲惨な目に遭っていた場合、あまりにも彼女が浮かばれないだろう。
しかし、可能性として否定はできなかった。
「まぁどちらにせよ、あまり良くない事が雪乃あかりの身に起こったのは間違いないだろう。他の人は何か知らないのか?」
「先輩が忽然と姿を消してから、私の方でも出来る限り情報収集したんだけどね……あまり有益な情報は得られなかった*4。
姫川さんや金田一さんにも聞いてみたんだけど、雪乃先輩は誰かの恨みを買うような人じゃないし、心当たりが無いって……」
「それはまた……あの人達も辛いだろうな」
「うん、皆とても心配してる。今でも先輩からの連絡を待つ人は多い。金田一さんも姫川さんも先輩への信頼が厚かった分、凄いショックを受けてたよ」
「でもそれを誰一人として表に出していない。流石はプロの役者、強かだな」
何かのトラブルに遭った事は確定。
いつまで経っても姿を現さない先輩に、ララライの皆がその身を案じ、今でも帰りを待ち続けている。
もしかしたら、もう手遅れになっているかもしれない。その可能性は否定できないが、それでも必ず劇団ララライに帰ってくる事を信じ、本日も一生懸命に稽古に励む。
ある時しれっと劇団に帰って来てるかもしれない。迷惑を掛けてごめんねと謝りながら、また笑顔で皆にお菓子を配っているかもしれない。
誰もがそう願わずにはいられなかった。
「雪乃あかりと無事に再会できると良いな」
「うん、皆が先輩の帰りを待ってるからね! 先輩に会ったら絶対にお帰りなさいって言うつもり!」
アクアの言葉に、黒川が笑顔で答える。
その願いが永遠に叶わないとも知らずに……。
アクア達にも徐々に呪いの魔の手が迫っている……危険。
※現時点での登場キャラの中で、自由奔放なクリスが素直に指示やアドバイスを聞き入れる相手。
・五条悟
・夏油傑(闇堕ち前)
・七海建人
・斎藤ミヤコ