呪術の子 作:メインクーン
クリスと七海がADとしてテレビ局に入り、仕事と調査を同時並行で進めてから1週間が経過した。
どちらも要領が良いので非常に速く仕事を覚え、あっという間に他の社員達と馴染んでいった。
「志保ちゃん、来週の番組企画の資料印刷はもう済んだかい?」
「はい、それなら先程スタッフの分も含めて終わらせました。今から配りに回る予定です」
「えっ、それ全部で200部くらいあるけど1人で大丈夫なの? 僕も手伝うよ」
「良いんですか? ありがとうございます、助かります!」
「良いの良いの、志保ちゃん1人に大変な思いはさせられないからねぇ」
特にクリスは、生来のずば抜けたルックスに人を惹き付けるカリスマ性とあどけなさを兼ね備えているため、周囲の評価は鰻登り。
演技の上手さは両目に宿した白い双星が物語っており、まさに天才的と言えるだろう。
これには別人を演じるように指示した七海も、予想以上の反響に呆れて何も言えない。
とはいえ……。
(まぁ、これはこれで助かります。クリスさんが他の人の注目を集めている間に、私は目立つ事なく呪霊の討伐と調査を進める事ができる。効率を考えるならこれが最適と言っても良いでしょう)
クリスが星野アイを演じて注目を集め、その隙に七海が人知れず調査を進めながら、テレビ局内に漂う呪霊も討伐する。
この方法により、順調といえるくらいに多くの情報を七海は入手していた。
(やはりと言いますか、呪いの坩堝と謳われる芸能界、その中心のテレビ局。今は蠅頭レベルの低級呪霊しか見ていませんが、確かに数が桁違いに多い。
ただ、私とクリスさんが所属しているグループの皆さんが、とても温厚で優しい方々なのは助かりました。他番組のグループではパワハラやセクハラを平気でする人もいましたし。おかげで調査が捗る)
調査を続けて1週間、テレビ局内を回ってみて抱いた印象。
担当する番組によってスタッフやタレントに掛かる負担は違い、番組によっては一昔前の劣悪な労働環境を強いられる者もいた。
同じテレビ局でもグループ間でこうも差が発生する事実を目にした七海の表情は硬い。
そして何よりも酷いのはタレント間での人間関係、それに伴う裏事情だった。
「はー、あいつマジでウザいわー。いつも偉そうだし悪口ばかりだし。あーあ、何であいつばっかり贔屓されんのよ」
「絶対社長とデキてるよねー。体売らないと仕事獲れないとかマジ情けないっていうか? 隠しカメラで取ってSNSにアップする?」
「それ下手したらこっちの首絞めちゃうし、もっとバレない方法でグループから追い出そうよ」
「顔も可愛くないし歌も下手なのに、必死になってて見るに堪えない……あっ、ちょっと待って。今彼氏から連絡来たから少し離れるね」
「…………彼氏アピとかきっつ。自慢かよ」
「あいつも人の事言えないくらいウザいよね」
今、七海のすぐ近くを通って行った女性達は、大手芸能事務所に所属するアイドルグループである。番組にそこそこ出演し、数多くのステージライブも熟して知名度もある。
そんなありふれたグループの1つ。
表では仲睦まじい雰囲気を醸し出し、大勢のファンに笑顔を振りまく彼女達だが、蓋を開けてみればご覧の通り。
いつどこで会話が聞かれているのか分からないこのご時世に、堂々と同じメンバーの陰口を叩き合って嫉妬心を更に強めていた。
何気に恋愛禁止のアイドルの割に彼氏を作り、それをメンバーに自慢するかのようにアピールしているのも、中々に闇が深いといえるだろう。
聞きたくなかった会話を聞いて、七海は深い溜め息を吐く。
(……呪霊の数が多くなるのも納得だ)
先程のような強い負の感情が毎日発生し、少しずつ呪力が折り重なっているとしたら、こんなにも大量の呪霊が湧くのは必然。
芸能関係者が呪いの被害に遭いやすい理由を心底理解し、七海はそのように思った。
だが、それと同時に疑問が湧く。
(呪霊の数が多い理由は分かりました。ただ、数カ月前から急激に呪いの被害者が増えた事、これがどうしても引っ掛かる。
やはり何かしらのきっかけ……例えば特級相当の呪霊が誕生して、どこかに潜んでいるとか?)
呪霊の数が多い理由は理解したものの、被害者がいきなり増加した理由にしてはどうにも納得できなかった。
確かに呪霊の数が多いほど呪いの影響を受ける人数は多くなるが、どれも精々が蠅頭レベルで人命を奪う程度にはなり得ない。
やはりどこかで強力な呪霊が生まれ、その影響で呪殺される人数が増えたと考えるのが有力か。
或いは……、
(呪詛師……五条さんが言ってたように、どこかに凶悪な呪詛師が隠れていて、そいつが手当たり次第に殺し回っている可能性……)
被害者が増えたもう1つの理由。それは呪詛師が関与しているという説。
呪術界に負けず劣らず、嫉妬と欲望の渦巻く芸能界。忌々しい商売敵を蹴落として自分が売れる為に、闇ルートから呪詛師に依頼して邪魔な存在を次々に始末してもらう。
あり得なくはない話。
だが、この考えには少々問題がある。
(いや、もし本当に予想した通り、呪詛師によるものだとしたら明らかに不自然だ。非術師が大枚をはたいて呪詛師に依頼するのはよくあるケースだが、今回の場合は被害者があまりにも多すぎる。
加えて被害者達の所属事務所や業種に一貫性が無いし、やり過ぎると
それは計画性の無さ。
日頃から非術師を殺し回る呪詛師相手に、計画性云々を考えても意味がないと思うかもしれない。
しかし、彼らも決して馬鹿ではない。悪事を働く者は一定数存在するが、そのいずれもが絶対にバレないよう慎重に慎重を重ねて行動する。
何故なら、五条悟がいるから。
五条悟という規格外の存在がいる以上、大抵の呪詛師は大人しく引き籠もっているのだ。
(これらの要素を踏まえて考えると、今回の騒動の原因が呪詛師である可能性は低い。そもそも被害者は全員呪霊によって殺されていた。最初は呪詛師の可能性も視野に入れてましたが、それと思しき残穢は
となると、今後私とクリスさんがすべき事は元凶の呪霊を祓う事。まぁ、まだ推測の域を出ていないので確証はありませんが。ただ、今はこれが最も有力な説であり、有効的な解決方法でしょう。何としても必ず元凶は倒します)
しばらく思案した後、七海は一先ず結論を出した。
現状入手した情報から幾つかの可能性を推測し、その可能性の問題点・矛盾点を指摘して選択肢を絞る。
本人の言う通り今はまだ推測の域を出ず、それを裏付ける証拠は残念ながら無い。
しかし、何度考えてもこれが現状最も有力な説である事に変わりなく、後にクリスにこの事を伝えたところ、彼女も二つ返事で七海の推測に肯定した。
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それから更に1週間が経過した。
テレビ局内に蛆のように湧いている呪霊を、人目を掻い潜って片っ端から祓い、恐らく存在するであろう元凶の呪霊の隠れ場所を探し回る。
そこから先は地道な作業。
祓っても祓っても際限なく湧き出てくる蠅頭にうんざりしながら、局内のありとあらゆる場所を探索する日々。
それに加えてADの仕事も並行して行う。
朝はいつもの様に印刷した資料を配り、楽屋にお弁当や飲み物を配置する。
だが、バイト開始から2週間が経った今日、クリスはいつもと違う仕事をする事になる。
「えっ、エキストラ出演ですか?」
「そうだよ。いやね、本当は事務所からたくさん来るはずだったんだけど、ちょっと2,3人ほど諸事情があって来れなくなっちゃってね。
それで代わりにといっては何だけど、志保ちゃんも一緒に出てくれないかな?」
「それは構いませんけど、ひょっとして撮影は午後からですか?」
「急でごめん、でもこの通り! どうしても人数が足りなくて! 大丈夫、ロケ地までの交通費は支給するし、出演料は別途で振り込まれるからさ。
それにADの子が代わりにエキストラ出演する事は珍しくないし……ね?」
「……では、急いで撮影場所に向かいますね」
「助かった! 本当にありがとう!」
番組制作班のディレクターから唐突に告げられ、クリスはその場から席を外した。
エキストラ出演は基本的にエキストラ事務所に所属している人が出演する。
しかし、時々何らかの事情で来られなくなったり、そもそも集まった人数が予定人数に達してなかったりと、ここでも様々なトラブルは起こりやすい。
そんな時にテレビ局の社員やアルバイトのADなど、出演者に求められる条件に合致する人が代打で呼ばれる事は多々ある。今回もそれと同じパターンだった。
ちなみに、今回クリスが駆り出されたのは再現VTRの撮影。基本的にセリフが無いエキストラも、この場合はその原則が当てはまらない。
現場判断でいきなり台本には無いセリフを言わされたり、ちょっとした演技を求められたりと、内容によっては結構大変な仕事だったりする。
「まぁ、大丈夫か。何とかなるでしょ。どうせカメラに一瞬映るだけの端役だろうし」
ロケ地へ向かう道すがら、クリスは呑気な様子でそう呟いた。
その隣には、何度も溜め息を吐く七三分けのスーツ姿の男が1人。
「とはいえどう考えても、ADがやる仕事の範疇を超えています。何故私までエキストラとして出演する羽目に……」
「あはは、良いじゃないですか七海さん。こういう事って結構あるらしいですし、楽しんで行きましょう。というか、七海さんがテレビに出るとかそれだけで面白いし……そうだ、五条先生にも伝えとこうっと!」
「それだけは絶対に止めてください」
「えっ、もしかしてフリですか?」
「撮影が終わったら引っ叩きますね」
「引っ叩かれるの確定した!?」
七海からの容赦ない死刑宣告に、背後から「ガーン!」という演出が出そうなほど驚くクリス。
そんなこんなで適当に雑談を楽しみながら撮影現場に向かう事1時間半。やって来たのは広々とした空間が特徴のお洒落な喫茶店。
現場に到着した頃には、既に大勢のスタッフや他のエキストラが準備を進めている真っ最中だった。
「へー、ここが撮影現場。全員とっても忙しそうですね」
「そりゃ撮影前ですから。そんな呑気な感想が出るのはあなたくらいですよ」
「もう、冷たいなぁ……」
七海との会話を切り上げ、星野クリスから摺久野志保へ中身を切り替える。
両眼に宿る星の色も、黒から白へと変化する。
「遅れてすみません。東京テレビからエキストラでやってきました、ADの摺久野志保です。本日はよろしくお願いします」
「同じく、ADの七海建人です。よろしくお願いいたします」
「こんにちは、君達がディレクターから聞いてたADね。いやぁ、態々緊急で来てくれてありがとうね。あと少し人数が足りてなかったから助かるよ」
撮影現場に入り、まず現場を仕切るディレクターと挨拶を交わした。
ディレクターは緊急で来てくれた事に感謝しつつ、クリスと七海に台本をそれぞれ手渡す。
「それ、今日の撮影の台本。君達の役割も決まってるから状況を見て行動してね。……ああそれと、今番組のプロデューサーも来てるから、その人にもちゃんと挨拶しておくように」
「承知しましたー!」
「分かりました」
別れ際にディレクターからそう告げられ、クリスと七海は二つ返事で頷く。
その後教えてもらった場所に向かうと、喫茶店の隅で現場全体を見渡すように佇む中年の男性を見つけた。
身に纏う雰囲気が他とは違い、どことなく落ち着き払っている。
恐らくあの人がこの番組のプロデューサーだと目星を付け、2人はその男の背後に立って挨拶した。
「こんにちは、突然すみません。私、東京テレビからエキストラで呼ばれてきました、ADの摺久野志保です。よろしくお願いします、プロデューサー」
「ADの七海建人です。私もエキストラとして呼ばれてきました。本日はよろしくお願いいたします」
「ん? ……ああ、君達が東京テレビからやって来た代打の2人組か。初めまして、プロデューサーの鏑木勝也だ。よろしくね。
今日は緊急で来てくれてありが……とう……」
2人の挨拶を耳にして、振り向きざまに自己紹介する番組プロデューサー、鏑木勝也。
だが真正面を向いた途端、口にした感謝の言葉が尻すぼみになっていく。
もっと言うと、その視線はクリスのみに向けられていて……。
「ア、アイ……!?」
「へっ?」
「……?」
あまりの衝撃に大きく目を見開く鏑木P。
いきなり母の名前を呼ばれて素っ頓狂な声を上げるクリス。
状況が分からず首を傾げる七海。
また一つ面倒な事が起こりそうな雰囲気漂う、午後の撮影前であった────。
まぁ、星野アイと瓜二つの実娘が星野アイを演じて適当に歩き回ってたら、こういう事もあるわな。
あと今週の呪術廻戦のアニメ、ラストが何か辛いというより切なく感じた……。