呪術の子   作:メインクーン

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前回:プロデューサーにゴリ押しされて颯爽と逃げられた。許すまじ。



急変

撮影現場に行った日の帰り、テレビ局内のとある一室にて。

 

 

「なるほど、それでクリスさんはあんなにも不貞腐れていたのですか。あなたらしくないですね」

 

「煩いなぁ、そんな事言わないでくださいよ」

 

 

鏑木に強引な形で食事に誘われたクリスは、それまでの経緯を知った七海に呆れられていた。

 

普段の自己中心的な行動ばかりが目立つ彼女にしては、珍しくしおらしい対応だったからだ。

 

 

「いえ、いつもの傍若無人ぶりを見てると、鏑木さんのお誘いもあっさり断って悪態の一つでも吐くと思ってましたので」

 

「まぁ、確かに何も無ければあっかんべーくらいはやってたかもしれませんね。……あ、これ意外と面白いかも。どんな反応するのか気になってきた」

 

「余計ややこしくなる予感しかしませんね……」

 

 

今のように自らトラブルを引き起こそうとするクリスが、相手のペースに飲まれるなんて想像できなかった。

 

だがそれと同時に、理由を知った七海は感慨深く思っていた。

 

 

「それにしたって本当に珍しい……御家族の事が絡むとそうなる感じですか? あなたも何だかんだ言って身内には甘いんですね。少し意外です」

 

「僕の事を何だと思ってるんですか? そりゃあ普段は好き勝手やってますけどね、今回ばかりはママの名誉に関わりますし、兄さんや姉さんの夢を終わらせる真似はしたくありませんって。

 だってこう見えて僕、2人の活動を心の底から応援してるんですよ? よく煽りはするし揶揄いもしますけど」

 

「前言撤回します、やはりあなたは性格が悪い。最後の一言が無ければ良かったのに」

 

「あっはっは! これを世間ではツンデレと言うんですよ、七海さん」

 

「それは違います。ただうざいだけです」

 

「いやー、それほどでも!」

 

「褒めてません、皮肉です」

 

 

七海からのキレのあるツッコみを受けて、クリスは高笑いする。

 

 

────休憩室で2人きりになり、クリスは七海に色々と説明した。

 

 

まず話の前提として、とある人気アイドルグループのメンバーだった母親が、若くして自分含めた3人の子供を産んだ事。それを知って激昂した母親のファンが、自宅に押し掛けて母親を刺殺した事。

 

事件から12年経った今、兄と姉は母親の意志を継いで役者とアイドルの道をそれぞれ歩み始めた事。

 

今日、ロケ地で会った鏑木は母親と深い関わりのある仕事仲間で、今でもよく覚えていた事。そのせいで母親と容姿が瓜二つの自分は、その関係性を確信に近い形で疑われている事。

 

もしも自分の知らない所で、今までずっと秘密にしてきた母親の特大スキャンダルが世間に暴露されると、芋づる式に兄姉との関係もバレてしまう事。

 

そんな事になれば母親の名誉は傷付くうえに、最悪兄姉の夢まで断たれてしまうかもしれない事。

 

 

全て、七海には打ち明けた。

 

 

「しかし分かりませんね。母親の名誉に関わるとか、今いる家族の夢を応援するとか言ってる割に、私にはその重大な秘密をあっさり打ち明けて良いんですか? 御家族に許可は取ってないでしょう?」

 

「良いんですよ、七海さんならね。もう10年以上の付き合いですから。それにある程度事情を知ってもらった方が、僕も色々と動きやすくなって助かりますし」

 

「そうですか? 別にそこまでする必要は無いと思いますが……」

 

「あっ、ちなみにこの事を知ってるのは七海さん以外だと五条先生がいますので、そのつもりでー」

 

 

生まれてこの方、ずっとひた隠しにしてきた母親の秘密。

 

それをあっさり明かしたクリスに七海が疑問を呈するも、いつも身近にいる五条はこの事を既に知っている。

 

あと、七海に対して絶対的な信用と信頼があるから。だから特別に教えた。

 

その事実を知って七海は途端に顔を顰めたが。

 

 

「嘘ですよね? 間接的とはいえ、あの人と余計な接点は持ちたくありませんよ」

 

「ふふっ、まぁそう言わずに。これからは秘密の暴露を出しにして、遠慮なく僕を扱き使ってくれて構いませんよ? 七海さんなら僕は素直に受け入れますからね」

 

「そういう冗談は止めてくださいとこの前も言ったはずです。誤解を生む原因になります。あと、あなたはまだ若いのですから、もっと自分の身体を大切にしてください。呪術師(同業者)が言えた事ではありませんが」

 

「あははははっ! 肝に銘じておきます!」

 

 

軽い冗談も織り交ぜながら、今日の出来事を振り返る2人。自由奔放ないつものクリスに戻った事で、七海が溜め息を吐く回数が一気に増えていった。

 

 

(しかし、あなたらしくない……ね。それに関しては言われなくても分かってたけどさ……これもあの人の影響かな?)

 

『家族を守り、夢を全力で応援できる。そんな優しくて強い子になれるよう、一緒に頑張ろう。クリスちゃん』

 

 

クリスの脳裏に甦るのは、自身がまだ5歳前後の幼少期だった頃。

 

母親の死からあまり経ってなかった当時の彼女は、幼児とは思えないほど非常に危うい精神状態だった。

 

そんな彼女の心にそっと寄り添い、欲しくてやまない言葉を掛けて、優しく諭してくれた存在。

 

 

(まっ、家族は大切にしないとね)

 

 

かつて最強の1人として人々の為にその力を振るい、幼いクリスの修行にも真摯に向き合ってくれたもう1人の師匠。

 

今となっては喧嘩別れになってしまったが、いつか気兼ねなく再会できる時を願って、当時の思い出に耽るクリスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ああそれと、今度会った時はいつもの僕でいこう。鏑木さんの前では『摺久野志保(作ったキャラ)』を捨てる。思えば別キャラ演じていつもの自分を殺してたのも、あの時出し抜かれた理由の1つだし。

 何ていうか、キャラ付けして接すると自分が自分じゃなくなる感じがするんだよねー。という訳でごめんね七海さん。ちょっとだけあなたの指示に背くけど、あの人にはもう遠慮しない)

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

────1週間後、夜。

 

 

「……うーん、ここにもいないか。原因の呪霊、一体どこにいるんだろ?」

 

 

東京テレビ局、地下駐車場。

 

今日もクリスは呪霊の捜索で局内中を歩き回っては、途中で見かけた低級呪霊を片っ端から祓っていた。

 

七海の調査と推測から、恐らく被害者増加の原因なった呪霊がいると判断し、そこから更に1週間以上掛けて隈なく探し回っている。

 

だがそれでも目ぼしい呪霊は見当たらず、高くても精々4級程度の呪霊しか見ていない。

 

 

「最上階から地下の駐車場までじっくり探し回ってなお見付からない、か。余程隠れるのが上手いのか、それともここには居ないのか……」

 

 

建物内だけではなく、敷地内にある中庭や屋上のヘリポートもて回ったが、そこにも呪霊の痕跡は見つからず。

 

これにはクリスも七海も少しうんざりしていた。

 

 

「はぁー……だっる。マジで長期戦じゃん。もうどこにも探す場所とか無いと思うけ……ん?」

 

 

しかし、今日は少しだけ違った。

 

本日も成果なく引き上げようと回れ右したところ、不意に何処からか物音が耳に入ってきた。

 

 

「んんっ? 何この音? 微かに聞こえるこれはどこから……?」

 

 

声か、水音か、足音か……音の正体は分からないが、それでも途切れ途切れに聞こえてくる。

 

更に意識を集中させて音の出る方向へ歩くと、最終的にある地点に辿り着いた。

 

 

「排水口……ひょっとしてここから? なんだ、ただの水音か……」

 

 

地下駐車場にある排水口。

 

しかし、排水口の中には僅かながら水が溜まっており、何の変哲もない。

 

これにはクリスも淡い期待が砕け散り、肩を落として嘆息する。

 

聞き間違いだった、時間の無駄だったと嘆きつつ、今度こそ帰ろうとその場を離れ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────やっ! いやぁああああっ!」

 

「ッ!?」

 

 

否、聞き間違いではなかった。

 

たった今、微かにだが排水口の奥から水音とは別に誰かの声が聞こえた。

 

はっきりと聞き取れたわけではないが、心なしか誰かの助けを求めるような叫び声だった。

 

 

「今のは間違いない、人の声だ! 七海さんの推測通り、呪霊がいたんだ!」

 

 

まだ確定したわけではない。だが、こんな夜中に排水口の奥から人の声が聞こえるのはおかしい。

 

間違いなく呪霊が絡んでいると断定し、即座にその場から駆け出した。

 

 

「急ごう! あれは多分、誰かが呪霊に襲われてる真っ最中! とりあえず七海さんにも連絡!」

 

 

呪霊に襲われていると思しき声の主を助けるべく行動しながら、七海にも電話で状況を伝える。

 

 

『もしもしクリスさん、どうしましたか? 何か進展でも?』

 

「ありましたよ! たった今地下駐車場の排水口から人の声が聞こえました。恐らく呪霊絡みと見て間違いありません!」

 

『本当ですか? 排水口から聞こえたとなると、声の大元は下水道ですね。とはいえそこも一応調べましたが、目ぼしいものは特にありませんでしたよ?』

 

「それだけ隠れるのが上手い奴って事ですよ。今回は運よく声が聞こえただけ。これを逃したら次また見つけるのに時間が掛かる。先に行ってますね!」

 

『分かりました。私もすぐにそちらへ向かいます。クリスさんは急いで下水道へ。気を付けてください』

 

「了解!」

 

 

七海への連絡を済ませながら、クリスは急いで下水道へ繋がる入口、マンホールの前に立つ。

 

そして拳を固めると、マンホールに向かって一直線に振り下ろした。

 

 

「フッ! ……悪いね、今は時間が無いんだ。少し乱暴な手段で入らせてもらうよ。それっ!」

 

 

クリスの拳で呆気なくバラバラに砕け散ったマンホールの蓋。

 

それを退かしてから、梯子を使わず最深部まで一気に飛び降りる。

 

 

「お願────ッ! 止め────ッ! まだ────くないっ!」

 

「さっきよりもはっきり聞こえる。やっぱ呪霊に襲われてる人の悲鳴だったか……あんまちんたらしてられないね」

 

 

排水口で耳にした時よりもはっきりと聞こえ、何かを必死で叫んでいた。

 

元気に叫んでいる内はまだ大丈夫だが、いつ悲鳴が鳴り止んでしまうか分からない。

 

 

「術式順転『望速』ッ!!」

 

 

順転の時間加速。

 

狭い空洞内だろうとお構いなしで高速移動し、急いで現場へ向かう。

 

やがてマンホールを抜けて大きな下水道に出て、ずっと空洞内に木霊する悲鳴を頼りに突き進む。

 

 

「ああああああっ!? 痛いぃいいいいいいっ!!」

 

「ぎゃああああああああっ!!」

 

「もう止めてくれぇええええええっ!!」

 

「おっ、どんどん声が大きくなってきた。声からして何人か囚われてるみたいだけど、出来るだけ無事だと良いな」

 

 

今まさに人が1人ずつ殺されているかもしれない状況。

 

それでもクリスは努めて冷静に、流れる下水の水面を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

────悲鳴を聞き、捜索開始から149秒後。

 

 

遂にクリスは現場に到着した。

 

 

「……い、いやっ! 来ないでっ! いやぁああああああああっ!!

 

「ケヒッ、ヒヒヒッ!」

 

 

到着したと同時。

 

下水道横の広めの通路にて。

 

まず視界に映ったのは、蜂の様相をした2m以上の巨体を持つ二足歩行の呪霊。その呪霊の尾の先端からは、非常に鋭利な針が突き出ている。

 

次に映ったのは、その針に腹を貫かれそうになっている裸体の女性。見た目からしてかなり若く可愛らしい容姿だが、死への圧倒的恐怖からか表情は歪んでいる。

 

 

クリスの行動は速かった。

 

 

「おらぁああああああっ!」

 

「ぐほぉあっ!?」

 

 

間一髪、飛び出したクリスが呪霊を蹴飛ばす。

 

横からの唐突な衝撃。

 

蜂の呪霊は紫色の体液を口から溢し、近くの壁に激突。現代アートの如くコンクリートの壁にめり込んだ。

 

それを確認してから、身包みを剝がされた女性に駆け寄るクリス。

 

 

「お姉さん平気? 怪我はしてない?」

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 

ぱっと見は身体に問題ない。

 

だが殺されかけた恐怖で顔は青褪め、大粒の涙を流し、激しく息を切らしている。

 

更に辺りを見渡すと、女性の周りには数名の遺体があちこちに転がっており、既に全身が腐った果物の様に崩れて事切れていた。

 

 

(ちっ、やっぱほぼ全員やられたか。まぁ、この人だけでも何とか無事で良かったというべきか……いや、これ無事っていうのかな? 後でここにいる経緯とか色々聞きたいんだけど……)

 

 

未だに短い息を繰り返して怯える女性を見て、本当に大丈夫なのかどうか不安になったクリス。

 

とりあえず落ち着かせるべく、女性の前でしゃがみ込むと、真っ直ぐその瞳を見つめて言った。

 

 

「お姉さん大丈夫、落ち着いて。ほら、ゆっくり深呼吸。……大丈夫、大丈夫。僕の上着貸すからこれでも羽織って」

 

「はっ、はっ……はあ……はあ……」

 

 

優しく語り掛けるような声で宥め、上着を被せて背中をさする。

 

すると、女性は徐々に落ち着きを取り戻し始め、正常な呼吸を繰り返すようになった。

 

そこでクリスは尋ねる。

 

 

「よし、やっと落ち着いたかな……じゃあお姉さん、自分の名前は言える? あと生年月日と年齢も」

 

 

ようやく落ち着いたところで、今度は受け答えがしっかり出来るか確かめるため、名前と生年月日と年齢を聞く。

 

女性は、たどたどしい口調で質問に答えた。

 

 

「え、えと……ゆら……か、片寄ゆら、です……。た、誕生日は8月23日で、年齢は、23……」

 

「ふむ、受け答えもある程度は可能、と……」

 

 

会話が成り立つ事も確認。

 

これで残る問題は1つだけとなった。

 

まだ生きている呪霊の討伐である。

 

 

「おーい、いつまでそこで寝てるの? 今のでやられるほど柔じゃないでしょ。起きるならさっさと起きて。こっちは早く帰りたいんだけどー?」

 

「……全く、最近の若い人間は敬語も碌に使えないのか? この俺に対してもう少し敬意を持ったらどうだ?」

 

 

クリスが呼び掛けると、先程壁に激突した呪霊がゆっくりとその場に立ち上がった。

 

しっかりコミュニケーションが取れる高い知能と、並の呪霊を軽く超える呪力量。

 

文句なしの特級呪霊である。

 

 

「端から敬う気が無いから敬語で話してねぇんだよ。つべこべ言ってないでほら、さっさと掛かって来い」

 

「はっ、俺の本当の実力も知らん野良術師が。どうやらさっきの不意打ちがよほど嬉しかったようだな。

 まぁ良い、そこに転がってる人間共のように、お前も全身グズグズに溶かして喰ってやる!」

 

 

今までクリスが相手にしてきた呪霊と同じく、かなり獰猛で攻撃的な性格を持つ蜂の呪霊。

 

 

「片寄さん、あの化け物が見えてるよね? ここは危ないからどこか安全な場所へ隠れて。ほら早く」

 

「は、はい……!」

 

 

戦う前に避難を促すクリス。

 

腰が抜けていたら大変だったがそのような事はなく、片寄は遥か遠くの曲がり角に急いで身を隠した。

 

これでその場に残っているのは2人だけ。

 

 

「足手纏いは居なくなったな? それじゃあ……」

 

「うん、そうだね。始めよっか!」

 

 

潜入調査開始から2週間以上経った本日。

 

テレビ局の地下深くを流れる下水道の通路で、特級同士の戦いが今始まった────。

 

 

 




最後に出てきた蜂(スズメバチ)の特級呪霊。

本作登場のオリジナル呪霊。結構強い。身を隠すのが上手い。同じ昆虫系統だと某ゴキブリ呪霊より実力は上。耐久力は雑草並み。

実はかなり面倒臭い能力も備わっていて……?
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