呪術の子 作:メインクーン
※推しの子要素ゼロ
スズメバチはハチの中でも比較的大型の種が多く、性質は概ね攻撃性が高い。1匹の女王蜂を中心とした大きな社会を形成し、その防衛のために大型動物をも襲撃する。
また、スズメバチは強力な毒を持つ種が多く、1度刺されただけでも死亡する恐れがある。2度目以降にもなると、蜂毒に対し強烈なアナフィラキシーショックを引き起こし、高確率で人を死に至らしめる危険生物。
他者への非常に高い攻撃性と強力な毒。この2つの要素を兼ね備えたスズメバチは、野生動物が原因となる日本人の死因の首位に選ばれた程である。
そんな危険極まりない存在でありながら、人間の生活圏にまで生息域を広げ、容赦なく危害を加えるスズメバチ。
他の生物とは違い、明確な死の恐怖を与えるその昆虫を、人々は恐れ、憎み、呪った────。
「『
「よっ、ほっ、はっ」
クリスに襲い掛かる幾多の毒針。
数百を優に超えるそれらを、クリスは順転の時間加速で高速移動し、全て華麗に回避する。
空を飛び続けた針は、固い壁に突き刺さると周辺のコンクリートに毒が侵食し、徐々に溶かしていく。
役目を終えた針はその後、形を崩して跡形もなく消滅した。
「今のを容易く避けるか。大体の奴らはこれで勝負が決まるが……なるほど、少しは戦えるみたいだな」
「あれでやられるほど柔な鍛え方はしてないんでね。にしても凄い毒針だね。それがお前の術式?」
「そうだ。見ての通りだが、俺の術式は『毒針の射出』。猛毒を孕んだ毒針を飛ばすんだ。さっきのように、一度に数百本の毒針を飛ばす事も出来るぞ」
「ふーん……改めて聞くとシンプルでかなり強い術式だね、それ。確かに初撃で勝負が終わるのも納得だよ」
蜂の呪霊から開示された術式の情報を聞いて、クリスは感心したように頷く。
コンクリートの壁に容易く突き刺さる貫通力と強度を持つ針。
それを1度で大量に発射できる連射速度と攻撃範囲。
刺した対象に侵食し、溶かす強力な毒。
そして、特級呪霊の名に恥じない高度な知能、呪力量、耐久力。
並の術師では相手にならない強さを、この呪霊は確かに持っていた。
────
「まっ、だから何って話だけど……ねっ!」
「なっ!? ……ガハッ!!」
瞬間、2人の間に迸る黒い火花。
クリスの拳が呪霊の腹を正確に捉え、大きな風穴を開ける。
呪霊は驚愕に目を見開いた。
気が付けば自身が攻撃するよりも速く、相手の攻撃をその身に受けていたのだから。
「ば……かな。貴様、どうやって俺の懐に……」
「はぁ? そんなの、お前が認識できない速度で殴ったからに決まってるでしょ。でもまぁ、僕の黒閃を食らって即死してないだけ流石だよ」
クリスの実力はそこらに居る並の術師の比ではない。
あの五条悟と真正面から張り合える程の高い戦闘力を有する特級術師。
異常な耐久力を誇る特級呪霊ですら、クリスの攻撃を受けて無傷はあり得ない。
だが……。
「なんちゃってね!」
「……良いね、そう来なくちゃ面白味がない。流石は特級ってところかな。肉体の治癒も速い」
特級呪霊も、持ち前の耐久と治癒能力で意地を見せる。
その点に関してはクリスも素直に認めた。
「小手調べはお互いに済んだな」
「そうだね。じゃあ、続きと行こうか」
特級同士の戦いはまだ終わらない。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
遠く離れた通路の曲がり角からそっと覗き込むように2人の戦いを見ていた片寄ゆらは、膝を震わせながらも手に汗を握っていた。
(……凄い。あの子、たった1人であんな化け物と戦ってる。動きは全然見えないけど)
片寄はごくりと喉を鳴らす。
ほんの数時間前まで、いつもの様に番組収録を終えて仕事仲間と飲みに行こうとした。
だがその道中、見えない謎の力で意識を刈り取られ、気が付いたら薄暗い下水道の中に裸体で拘束されていた。
────そこから先は地獄だった。
1人、また1人と、巨大な蜂の異形が持つ毒針に胴体を貫かれ、肉体が変色し朽ちていく様を見届けた。
何度も叫んだ。
良い歳した大人になって脇目も振らず大声で泣き叫びながら、必死に救けを乞うた。
恐怖のあまり、自分の足元に生温かい液体が流れ出ている事にも気付かず、誰かが来てくれる事を信じてとにかく叫び続けた。
それでも現実は非情だった。
やがて最後の1人となり、死の恐怖とは裏腹に「私、こんな所で死ぬんだな」と、どこか諦めの境地に至っていた片寄だったが、そこでようやく彼女の願いは聞き届けられる。
殺される寸前、横から颯爽と現れた謎の美少女が異形の怪物を蹴り飛ばし、助けてくれた。
裸体の彼女に上着を羽織らせ、拘束を解いて身を隠す時間まで稼いでくれた。
そして今、蜂の化け物と少女が信じられない速度で殺し合っている。
(……こんな身近な所に、私の知らない世界があったなんて)
現在、片寄はあまりの死の恐怖から呪いを一時的に視認できている。
だから呪霊の存在を認識している且つ、呪術も見えるようになっていた。
(いけない、あの人がせっかく身を挺して戦ってるんだ。今私に出来る事は、一刻も早くここから脱出する事だけ……)
とはいえ、いつまでもその場に留まっている訳にもいかない。
今はまだ化け物も少女の方に気を取られているが、その矛先がいつ自分に向けられるか分からない。
これで人質にされて足を引っ張ったら、助けてくれた少女に申し訳が立たない。
恐らく年下だろう少女を命懸けで戦わせて1人だけ逃げるのは、はっきり言って非常に気分が悪い。未だに転がっている仕事仲間の遺体も放置する事になるので尚更だった。
だが、何の力も持たない自分では逃げる事しか出来ないので仕方がないと、何度も何度も言い聞かせる。
そうして駆け出そうとしたところで……、
「────ッ!?」
背後から空間全体を震わす轟音が響き渡った。
何事かと思い再びそっと覗き込むと……、
「ば、化け物が死にかけてる!?」
例の少女が拳を突き出した状態で、じっと化け物を見据えている。
対する化け物の胴体には、ぽっかりと大きな穴が出来ていた。
「あ、あの子凄い……あんな化け物相手に1人で勝つなんて」
胴体が丸ごと消し飛んだ呪霊を見て、片寄は少女の勝利を確信した。
良かった、これで危険は消え去った。少女は無事で、亡くなった皆の弔いも出来て、自分も足を引っ張らずに済んだ。
そんな淡い期待を抱いてしまった。
だが、彼女は知らない。
「う、嘘……化け物のお腹が治ってる……」
呪いの底知れない強さを。
そして……、
「────えっ? あ、あれ……私、何でいきなり倒れて……頭も、ぼうっと……して……」
呪いの底知れない狡猾さを。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
下水道の奥で始まった特級同士の戦闘。
それは凄まじい攻防の嵐に違いないと思えたが、実態は一方的な戦いだった。
「ぐっ……『毒針』ッ!」
「術式順転『望速』」
「なっ!? 全部叩き落し……!」
「ほいっとな」
「ゴバァッ!!」
特級呪霊であるスズメバチの呪霊────通称『
特に術式の『毒針の射出』は単純故に対処が非常に難しく、飛んでくる無数の針は1度刺さると瞬く間に肉体を侵食して溶かす猛毒を持っている。
並の術師では瞬殺、持って10秒といったところ。戦ってまず勝てる相手ではない。
「だぁああああっ!」
「おっ、今の動きは悪くないんじゃない?」
「はっ! たあっ! ぐほぉあっ!?」
「けど良くもないね」
だが目の前にいるのは、現代最強の五条悟に次ぐ規格外の化け物。
職蜂のスピード、体術、耐久力、術式を以てしても、クリスの相手にはならなかった。
先程から何度も毒針を飛ばし、近接格闘を仕掛け、時には大量の毒を雨のように降らせて攻撃するも、悉く回避されるか防御されるのみ。
その度に攻撃の隙を突かれ、手痛いカウンターを受けては瀕死になる状況を繰り返していた。
「黒閃ッ!」
「ぐわぁああああああっ!!」
たった今、またしてもクリスの打撃が黒い火花を散らし、職蜂の下半身を吹き飛ばす。
これで何度目かの瀕死状態。
しかし、これだけクリスが優勢にもかかわらず、事態は少しずつ怪しくなっていた。
「ぐっ……くくっ、やるなお前。まさかここまで強いとは思わなかったぞ」
「いや嘘でしょ、何で今のでくたばらないの? いくら何でも流石におかしくない?」
クリスは思わず疑問を口にした。
それもそのはず、幾度となく死にかけた職蜂がいつまで経っても消えないからだ。
どんなに攻撃しても、数秒後には肉体を治癒して復活してくる。
いくら呪力量の多い特級といえど、既に呪力切れで行動不能になっているはずだった。
「ふふっ、それはお前の詰めが甘いからじゃないのか?」
「ふーん……じゃあこれならどう?」
職蜂に煽られたクリスは、特に感情が揺らぐ事もなく冷静に聞き流す。
そして次の瞬間、職蜂の眼前にクリスの足の甲が迫っていた。
「黒閃ッ!」
「ッ!?」
クリスの上段回し蹴りが、職蜂の頭部を正確に捉えた。
黒閃によって威力が上がった蹴りは、相手の頭部を丸ごと消し飛ばす事に成功する。
術師も呪霊も、頭部を破壊されると即死してしまう。だからいくらでも再生する職蜂が相手でも、これにて討伐完了となる。
……はずだった。
「あれっ? 再生してるんだけど……ちょっと待って、マジでどういう事?」
「く、くくっ……くはははははっ!」
職蜂は消滅しなかった。
確実に頭部を破壊されたにもかかわらず、何故か倒れる様子すらなく綺麗さっぱり元に戻った。
何事も無かったかのように高笑いする様を見て、流石のクリスも困惑を隠せない。
その隙を突いて、職蜂が術式を発動する。
「『毒針』ッ!」
「ほっ、ほっ、ほいっ」
相変わらず毒針がクリスに当たる事はないが、職蜂にとっては戦局がこれ以上悪化する事もない。
飛んでくるそれらを往なしながら、クリスは思考を巡らせる。
(どうなってるの? 僕の優勢は揺らがないけど、それでもこれはおかしい。何か、重大な見落としをしているような気が……)
色々と考えるが、身体のあちこちを破壊されて平然としている理由にどうもしっくり来ない。
しばらくして、これ以上考えても時間の無駄と考えたクリスは、とりあえずもう1度肉体を破壊して観察しようと試みた。
「そら、黒閃っと」
「ぐっ……!」
高速で拳を繰り出し、もう1度相手の頭部を粉々に破壊する。
先程と同様、職蜂の肉体はすぐに失った部位の修復を始める。
その様子を今度はじっと目を凝らして注意深く観察するクリス。どんな絡繰りも見逃さないよう、呪力の起こりや流れに意識を集中させて。
結果、ある事に気付いた。
「お前……ひょっとして
「……さて、何の事だ?」
職蜂の肉体が再生する際、職蜂の体外から謎の呪力が注ぎ込まれていく瞬間をクリスの目は捉えた。
身体から薄らと、糸のように飛び出した
よく目を凝らしてなければ気付かなかった程、巧妙に隠された呪力のパイプライン。
となれば気になるのは、一体どこから呪力が供給されているかという点。
(どこだ、あの糸は一体どこへ繋がって……ッ!?)
そうして、微細な呪力の糸を目で追っていく内にまたしても気付いた。
気付いてしまった。
「ううっ……ぅあ、おぇ……げほ、げぇっ……!」
クリスの背後、遠く離れた通路の曲がり角で逃げたはずの片寄ゆらが倒れて蹲っている事に。
地面に吐瀉物を撒き散らし、激しく息を切らし、全身から大粒の汗が噴き零れ、とても苦しそうに藻掻いている。
そんな彼女を見た瞬間、クリスの脳内で一つの悍ましい結論が浮かび上がる。
(まさか、片寄さんの呪力を……いや違う!
「……まぁ、流石に気付くか」
スズメバチの成虫の餌を知っているだろうか?
スズメバチの成虫、一般的に働き蜂の事を指すが、その主な餌は基本的に幼虫から出される分泌液である。
実はスズメバチの成虫は、捕らえた昆虫を顎で噛み砕く事は出来ても飲み込む事は出来ない構造になっている。
そのため、砕いて肉団子にした昆虫を幼虫に与え、その幼虫から栄養豊富な分泌液を吸って活動しているのだ。
ここで話を戻すが、スズメバチの呪霊の職蜂は外部から呪力を供給し、それによって頭部すら修復する驚異的な治癒を可能としている。
そしてクリスの読み通り、供給源は周辺に漂う呪力。それを片寄の肉体を媒介にして1つに纏め、必要な時に食蜂へ送り届けられていた。
まるで働き蜂と幼虫のように、お互いに持ちつ持たれつな関係。
これは職蜂の術式ではない。これが術式の一部ならば、クリスに頭部を破壊された時点で職蜂は完全に消滅している。
他者を媒介として外部から呪力を供給する仕組みは、元がスズメバチという生物だからこそ解釈が広がり、その結果備わった生まれつきの特性。
この特性により、職蜂は無限の呪力供給と再生を可能とする不死身と化していた。
なお、呪力の媒介元にされた人間は濃密な呪力に当てられ、肉体に凄まじい負担が掛かる。
しかしこの仕組みが破綻しないように、呪力に当てられた程度ではいくら苦痛に藻掻こうが自死できない縛りが自動的に課されている。
「……なるほどね。どうしてお前を倒せないのかようやく理解したよ。というか、さっきまで殺そうとしてた相手に今度は頼りきりって、特級呪霊として恥ずかしくないんですかぁー?」
「ふんっ、死ななければ勝ちという言葉があるだろう? つまらない意地を張って散るよりはマシだと、俺は考えている。まぁお前の言う事にも一理あるが、それでもだ」
「1つ気になったんだけど、いつお姉さんにあの役目を課した? 僕と戦ってる間、そんな素振りは欠片も見なかったけど?」
「そんなの、人間共を連れ去った時に決まってるだろ。万が一の事が起こった際、それが保険として呪力の供給に繋がるからな。無論、奴らはその事を全く知らないがな」
「ふーん、偉そうな癖して意外と用意周到なんだね」
連れ去った人間達を呪力供給の媒介にする仕込みは、連れ去った時点で既に完了している。
基本的には呪霊の本能に従い、職蜂は攫った人間を虐殺して愉悦に浸る。
だが今回のように自身より強い術師と遭遇した場合、生きた人間を使って特性を活かし、不死身となって戦いに挑む。
そうして長期戦に持ち込み、相手が呪力切れになったところを一気に叩く。それが職蜂の戦闘スタイルであり、強者に勝つ方法なのだ。
そんな不死身の職蜂を祓う方法は2つ。
1つ目は超火力の攻撃技を使用し、一撃で屠る方法。
クリスの『望速・裂』*1が良い例だろう。
規格外の威力を誇る一撃を当てる事で、肉体を再生させる間もなく塵芥にしてしまえば職蜂は祓える。
だが、東京都地下の下水道でそんな大技を放てば、甚大な被害が出てしまう事は避けられない。
特級呪霊の職蜂に有効な威力ともなると、東京都内のライフラインが一瞬で崩壊する可能性も非常に高い。
よってこの方法は使えない。
つまり、クリスが職蜂を祓うには2つ目の方法を実行する必要があった。
その方法とは……、
「さぁ、種明かしも終わったところで戦いの続きと行こう。暫くはお前の優勢だろうが、その内お前は呪力を使い果たして戦闘不能になる。その時が来るまでじっくり待とうじゃないか」
「そうだね。僕もこれ以上戦闘が長引くのは面倒臭いし……よし」
不死身の特性を活かして呪力切れを狙う職蜂。
相手の作戦を理解したクリスは、もう1つの方法を実行すべく半歩後退った。
「くくっ、あとどのくらい待てばお前の絶望した表情が見れるか楽し────」
「片寄さーん!」
「みだな…………はっ?」
職蜂は驚愕に目を見開いた。
何故なら、いきなりクリスが踵を返して一瞬で片寄の下に駆け寄ったからだ。
そんな職蜂など気にも留めず、クリスは地面に倒れ込んだ片寄を優しく抱き上げ、言った。
「片寄さん…………ごめんね」
「ぅ……あぇ……?」
突然謝られた片寄が苦しみながらも必死に顔を見上げる中、クリスはそっと彼女の胸に手を添えた。
その手に呪力を漲らせて。
「術式順転────『望速・拍』」
「あっ、がぁっ……ぐがっ……!」
クリスが術式を発動する。
術式順転『望速・拍』は、触れた相手に疑似的な心筋梗塞を引き起こす技。強制的に心肺停止に追い込む。
更なる苦痛に顔が歪み、全身を痙攣させる片寄。
「…………かはっ」
その結果、片寄ゆらは静かになった。
原作でも即退場しちゃった片寄さん、この世界でも化け物に殺される寸前で助けてくれた命の恩人に殺される。踏んだり蹴ったりとは正にこの事。
某ゴキブリ呪霊も反転アウトプットで1度死んだけど単為生殖で普通に復活したし、こういう特性持った呪霊が居ても不思議じゃないかなって思った。
あとこの呪霊を倒す方法、考えたらもっとたくさんあるけど、そこまで行ったらキリがないので今回は2つだけに限定した。許して。
この戦いがどういう結末になるかはもう決めてる。