呪術の子 作:メインクーン
クリス「片寄さんごめん! 呪霊倒したいから殺すね!」
片寄「え、嘘? 私の人生、これで終わり……?」
クリスが何の迷いもなく片寄ゆらを殺害した瞬間を見て、職蜂は己の見通しが甘かった事を痛感する。
(マジかよこの女、やりやがった!)
敢えて殺さず利用していた片寄は、職蜂にとって呪力供給の媒介であると同時に人質の機能も兼ね備えていた。
基本的にイカれている術師だが、それでも同じ人間である以上巻き込まれた非術師を殺すのは躊躇う者が多い。
特に、まだ助かる見込みが十分にある状態の人間を自らの手で殺すとなると、その精神的負担は計り知れない。
だからこそ、職蜂はそこを突いて精神的な揺さぶりをかけていた。人質を殺さなければ倒せない、だが人質は無傷で上手く立ち回れば助けられるかもしれない。そんな揺さぶりを。
戦闘においてその迷いは命取りとなる。職蜂の戦法は理に適っていた。
唯一の誤算は、今回の相手が人質を殺す事に何の躊躇いもない、術師の中でも生粋の狂った頭を持っていた事。もっと人質の数が多ければ話は変わっていたが、1人だけではクリスの足止めにならない。
(さて、こうした以上急がないと。タイムリミットまで残り数分……)
一方で、片寄を殺したクリスは何故か時間を気にしながら立ち上がった。
そして振り向き様に職蜂の姿を捉えると、目にも止まらぬ速度で一気に距離を詰める。
握り締めた拳に呪力を漲らせて。
「フッ!」
「ぐっ……!」
眼前に迫った死の拳を、職蜂は間一髪で回避する。
ずっと攻撃を受け続けた事で少しだけタイミングを掴んでいた。
とはいえ完全に回避する事は不可能で、急所は免れたものの肩を容赦なく貫かれる。
紫色の体液が地面に零れ落ちる。
「くそっ……『毒針』ッ!!」
「遅い、術式順転『望速』」
苦し紛れの毒針の射出。
だが、数百本以上放たれたそれもクリスは難なく避け、相手の懐に入り込む。
間髪入れず、クリスの鋭い蹴りが黒閃となって職蜂の横腹を貫いた。
「がぁああああああああっ!!」
蹴られた衝撃で地面を削りながら転がる職蜂。
先程までのすっかり余裕は消え、悪態をつく間もなく瀕死に追い込まれる。
呪力の供給が物理的に閉ざされたため、自身の呪力で肉体の治癒を行う必要がある。しかし治癒速度は明らかに落ちており、回復する前に更なるダメージが積み重なっていく。
あと一撃でも食らえば職蜂は致死量のダメージに肉体が耐えきれず、消滅するだろう。
(これで決める。術式順転……)
勝負を決めるべく、クリスは拳を構えて呪力を込めた。
狙うは頭部。
確実に祓うという意思を以て距離を詰める。
しかし、職蜂もただでは転ばない。
「な……舐めるなああああああっ!」
「ッ!?」
止めの一撃を繰り出そうとするクリスに怒り狂った咆哮を上げ、素早く両手で掌印を結ぶ。
それは、呪術戦において最終奥義となる極致。
「領域展開ッ!」
周囲の空間が歪み、景色が一変する。
「『
2人を中心に長閑な森林の風景が一面に広がった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
止めを刺す寸前で職蜂の領域展開が発動した。
一見すると日向ぼっこでもしたくなるような長閑な森林が広がっている。しかし、ここは特級呪霊の領域内。
一度足を踏み入れれば生きて帰れない超危険地帯。
それでもクリスは冷静に辺りを見回す。
そんな彼女の前には、空中で静止して見下ろす職蜂の姿があった。
「始めからこれで決めるべきだったな。とはいえ、これでお前は終わりだ」
職蜂が右手を上げる。
「術式解放────『
その合図と共に右手を振り下ろした。
次の瞬間……、
「ッ!?」
「くくっ……くははははははっ!」
クリスの身体に数多の毒針が深々と突き刺さっていた。
避ける間もなく、毒針が飛んできたと認識した時には既に刺さっていた。
「驚いたか? これが俺の領域内での必中効果だ。避けようとして避けられるものではない!」
職蜂の領域展開『鬼気森然』。
その必中効果は際限なく湧き出る毒針が相手に突き刺さるという非常にシンプルなものである。
毒針が来たと認識した時点で既に毒針は相手に当たっており、あっという間に猛毒が全身を侵食し、骨すら残さず溶かしきる。
何かしらの領域対策を講じていたとしても、攻撃の全てを防ぎきるのは至難の技。一発でも食らえば命はない。
これまで数多くの術師が職蜂と戦い、最終的に領域展開で呆気なく命を散らした。
そして今、クリスもこの領域の必中効果を受けてしまった。
職蜂が愉悦に満ちた邪悪な笑みを浮かべる。
だが……、
「さぁ、毒に蝕まれて苦しむ様を見せて……ん?」
違和感。
職蜂から笑みが徐々に消えていく。
毒針に刺さったはずのクリスの肉体がいつまで経っても変化しない。
数秒、数十秒待てど死の兆候は訪れない。
毒が内部から侵食する事もなければ、刺さった箇所から出血する様子もない。
「おかしい……確実に刺さったはずだ。俺の毒針はお前の身体に数百本は刺さっていた! どういう事だ!? 何故未だに平然としてる!? 既に死んでいるはずなんだ!」
狼狽する職蜂。
そんな彼の疑問にクリスは行動で答えた。
「術式反転────『
術式反転とは、肉体に刻まれた生得術式に正のエネルギーを流し込む事によって生み出される順転とは反対の力。
負の感情から生まれる呪力というマイナスのエネルギー。それらを掛け合わせて生み出される正のエネルギーは、肉体の治癒を可能にする高度な技術の反転術式となる。
つまり、術式反転は反転術式を使える事が前提条件だが、クリスは当然これを難なく使用できる。
そんな彼女の術式反転『還』は、簡単に言ってしまうと時を巻き戻す力である。
順転の時と同じく、直接触れた対象又は術式を用いた攻撃に触れた対象の時間を巻き戻す。
これは自分自身にも勿論有効で、例えば自身の肉体の時間を巻き戻せば戦闘前の状態にリセットできる。
「く……そがぁああああああっ!!」
「冷静さを欠いてるね……術式順転『望速』」
時を加速させる順転の『望速』に対し、時を巻き戻す反転の『還』。
この2つの力がクリスの強さの要因であり、術式反転を駆使する事で、クリスはダメージを自動的に無効にするシステムを体内で完成させている。
領域内の攻撃が全く効かなかったのも、反転術式で毒を分解したからではない*1。術式反転で最初から無かった事にしていただけである。
なお、この力によりクリスの肉体は必要以上に老いる事がない。自分の意志で若く健康的な肉体を保ったまま、永遠に生き長らえる事ができる。
つまりクリスは、実質不老不死といえる。
「くそっ、くそっ! こんな事があって堪るか! こんな人間如きに俺が……!」
「もう良いよ、おやすみ……黒閃ッ!」
「あがっ!?」
クリスの拳が職蜂の顔面を捉える。
黒い火花と共に頭部が吹き飛び、その巨体は背中から静かに倒れた。
それと同時に掻き消える職蜂の領域展開。
こうして、下水道で起こった特級同士の戦闘は呆気ない幕切れを迎えるのであった────。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか! ……くそっ、もう手遅れか」
「あっ、七海さん。いつの間にいらっしゃったんですね」
特級呪霊の職蜂を難なく祓い終えて片寄が倒れている場所に戻ると、七海が駆け付けていた。
彼の足元には静かになった片寄が横たわっており、目を覚ます気配は毛頭ない。
「私がここへ来たのはほんの1分程前です。あなたが強力な呪霊と戦っている姿を遠目から確認できたので、私は倒れたこの女性を起こそうとしたのですが……」
「あっ、片寄さんはまだ死んでないので大丈夫ですよ。それに、この人の心臓を止めたのは僕ですから」
「……どういう事ですか? ここで一体何が?」
「訳は後で。今はとりあえず片寄さんを起こしますね。じゃないと今度こそ本当に死ぬし」
七海の追求をいなし、とりあえずこっちと言ってクリスは片寄を起こす作業に入る。
先程、クリスの術式で心臓を止められて殺された片寄。職蜂の呪力の供給を断ち切るためとはいえ、クリスは何の罪もないただの一般人を死なせてしまった事になる。
このまま
「術式反転────『還』」
クリスが術式反転を発動させた。今度は直接触れている片寄ゆらに対して。
クリスは反転術式を高いレベルで扱えるが、反転術式を他者へアウトプットする事はできない。
だが先程も述べたように、彼女の術式反転は時を巻き戻す事で受けたダメージを無効化し、無かった事にする。
その術式対象は術者本人を除く他人も例外ではない。
つまり……、
「……ん? あ、あれ? 私、何で生きて……」
「おはよう片寄さん、2度目の人生はちゃんとエンジョイできると良いね」
「ひぃっ!?」
術式反転『還』で蘇生し、無事に目を覚ました片寄がクリスを見た瞬間に短い悲鳴を上げる。
人は心臓の動きが止まると、全身に血液が行き届かなくなり肉体に甚大なダメージを負う。
特に脳へ掛かる負担は凄まじく、僅か数分で後遺症を患う損傷を負い、それ以上経つと脳死して完全に死亡するほど。
逆を言えば、数分の間なら蘇生の余地は十分にあり、運が良ければ助かる見込みもあるという事を意味する。
クリスはそこを狙った。
片寄が呪力供給の媒介として機能せず、死んでいるが完全に死亡した訳ではない数分間の隙を。
だからこそ片寄を1度殺した。
そして今、脳死する前に術式反転で蘇生を済ませた結果、彼女は後遺症もなく目を覚ました。
とはいえ、仮に後遺症が残る程のダメージを脳が負っていたとしても、クリスの術式反転ならそれすらも無かった事にできる。
どの道クリスの作戦はほぼ確実に成功していた。
唯一の問題点は、自らの手で殺したせいで片寄にすっかり怖がられてしまった事だろう。
「まぁまぁ片寄さん落ち着いて! あれも理由があってやった事だから、ね? マジごめんって」
「ひっ……い、いえ、すみません。た、助けてくれてありがとう、ございます……」
「完全に怖がられてますね、クリスさん」
クリスに対して助けてもらった恩はある。一生かけても返しきれない程の大恩が。
それはそれとしていきなり耐え難い苦痛の末に殺された事は忘れない。否、忘れたくても忘れられない。
片寄の心は助けてもらった感謝と殺された恐怖で混乱していた。
「……とりあえず外に出ましょう。ここに居ては彼女も休まらないでしょうから」
「そうですね。こんな辛気臭い所とはさっさとおさらばしちゃいましょうか」
「では、私はここに残って呪霊の犠牲となった遺体の処理を伊地知君と進めておきます。あなたはその人を連れて高専へ。異常がないか家入さんに診てもらってください。私も後で向かいます」
「ラジャー! お願いします七海さん!」
七海の指示を素直に聞き入れ、元気に返事して敬礼のポーズを取るクリス。
さっと片寄を米俵の要領で肩に担ぐと、下水道の出口に向かって歩き出す。
後始末や呪術のあれこれを見てしまった片寄への事情説明など、今からやる事は山積みだが原因と思しき特級呪霊を祓えた事は大きい。
クリスも七海もそう思った。
「あっ、そういえば……」
「……どうしましたか?」
と、ここで何かを思い出したようにクリスがその場で立ち止まる。
首を傾げた七海が思わず尋ねると、クリスは徐にポケットに手を入れて何かを取り出した。
「さっき倒した呪霊からこれが出てきたんですよ。忘れそうだったので今の内に伝えておきますね」
「これは……」
それは指だった。
赤黒い肌色に鋭い刃物のような爪。生気を一切感じず、途轍もなく不気味で威圧感がある。
そして何よりも、指から微かに感じ取れる禍々しい呪力。
これの正体を2人は知っている。
「クリスさん、もしかしてそれは……」
「ええ、そうです。特級呪物『両面宿儺』、これはその一部ですよ。まさかこんな形で見つけるとは思いませんでしたけど」
両面宿儺。
今から約1000年前、呪術全盛だった平安の世に術師が総力を挙げて挑み、破れた相手。紛う事なき呪いの王。
彼が残した死蝋は呪物として残り続け、今も強大な呪力で様々な災いを齎す原因となっている。
その数、全部で指20本。
今回クリスが祓った特級呪霊の職蜂から、何故かその内の1本が出てきたので回収していた。
「では急いでそれも高専へ。早くしないと他の呪いが寄って面倒な事になります」
「大丈夫ですよ、今は僕の術式で宿儺の呪力を抑え込んでますから。現に七海さんもこれを取り出すまでは気付かなかったでしょ?」
「……くれぐれもお気を付けて」
大丈夫だと自信満々にクリスは答える。
実際本当に大丈夫なので七海もその点は心配していない。
とはいえ、今は被害者の片寄を担いでいるのでそちらにも気を回してほしいと七海は思った。
「ではまた高専で。グッバイ七海さん!」
「えっ、何これ? 宙に浮いてる!?」
「あ、片寄さん。落ちたら死ぬからしっかり捕まってね」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
「よーいドン!」
「ぎゃああああああああああっ!?」
「……全く、相変わらず騒がしい人だ。一体誰に似たのやら」
涙目で叫ぶ片寄にお構いなく高速で空中を飛んで現場を去るクリス。
その様子を見た七海は、溜め息を吐いてただただ呆れるばかりだった。
「────ほう? あの女、中々やるじゃないか。1000年経った今でもあれ程の術師が存在したとはな。
……よし決めた。もし俺がこの時代に復活したら、真っ先にお前から殺してやるぞ。今からその時が楽しみだ。クク、ケヒヒッ……!」
呪霊の体内から出てきたのはまさかの宿儺の指。一体何故こんな物が……?
そして、何かのバグで呪霊の視界越しに戦闘を見ていた平安おじさん、10代の少女に目を付ける。事案。
※クリスの『時を巻き戻す』術式反転はダメージ無効が主な使い道だけど、その本領は別にあるよ。
性能はヒロアカの壊理ちゃんの個性の強化バージョンと思ってください。ちなみに術式順転の方はジョジョ6部のプッチ神父を参考にしてます。
……えっ? ミゲル戦と五条戦で割とダメージ負ってなかったかって? あの2人は例外です。術式使えなくなったらダメージ無効も出来ませんから。