呪術の子 作:メインクーン
※7/31 0:35 後書きの部分を修正しました。ご了承ください。
母親のアイが殺害されたので、犯行に及んだ犯人を即行で追い掛け、怒りと憎悪に身を任せて全力で顔面を蹴飛ばしたクリス。
ものの30分程度で復讐を終え、溜飲が下がると同時に冷静になった頭で今後の事を考えていたら、サングラスを掛けた白髪で長身の男にいきなり話し掛けられた。
これを無視するわけにもいかず、とりあえず血塗れで死にかけの犯人は公園内のベンチに寝かせた。
残った2人は少し離れた芝生のエリアで座り込み、寛いだ姿勢で話す事に。
「俺の名前? 五条悟だよ、よろしくなガキンチョ。で、お前は何て名前?」
「……星野栗栖多留です。家族からはクリスって呼ばれています」
「ク、クリスタル……? マジかよ、凄え名前だな……まあ良いか」
クリスの本名を聞いて戸惑う五条だったが、すぐに気を取り直して会話を続ける。
「それでクリス、お前に単刀直入に聞きたい事がある。お前、さっきあいつ蹴った時に術式使ったろ? あれいつから使えるようになった? つか、どうやって呪術の事知った?」
「じゅ、術式? 呪術? ……何ですかそれ?」
「えー、嘘だろおい。それすら分かんねえの? もしかしてさっきの無自覚で発動してた感じ? 呪力での身体強化も出来てたし、てっきり誰かから教わったもんだと思ってたんだが……あー、説明すんの面倒くせぇ」
思っていた回答と違う、とでも言いたげな困り顔で頭を掻き毟る五条。
うんうんと唸って何かを考えている様子だったが、手を叩いて「よし!」と頷くと、クリスに対し手を差し伸べて言った。
「クリス、とりあえず俺と握手しようぜ。そしたら大体分かると思うから。呪術の事を簡潔に教えるにはこれが一番手っ取り早いしさ。ほら、早く早く」
「あ、はい。じゃあ……ん? あ、あれ? 何ですかこれ? 全然触れられない……」
いきなり握手を求めてきた五条に対し、特に疑問を持たずに手を握ろうとしたクリスだったが、そこで不思議な事が起こった。
五条の手に触れる直前で見えない謎の何かに阻まれてしまい、一切触れる事が出来なかったのだ。
どれだけ力一杯踏ん張って押しても、やはり触れる直前で止まってしまう。
この謎の現象にクリスが戸惑っていると、その様子が面白かったのか、五条がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「どう? 驚いた? これが俺の術式、その名も『無下限呪術』。これはその力の一つの『無限』。説明すると長くなるから省くけど、まあ、基本的に破れない最強のバリアって思えば良いよ」
「はあ、そうですか……。でも、どうしてそれを私に見せたんですか? 呪術について教えるとか言ってましたけど……」
たった今五条が見せた力については一先ず納得する事にしたクリスだが、いきなりそれを見せた意図が彼女には分からなかった。
そんな彼女に疑問に、五条は依然としてニヤニヤとした笑みを崩さずクリスを指差す。
「そりゃ簡単な話さ。俺が持ってる無下限呪術みたいに、お前もお前だけが扱える術式を持ってるからだよ。それこそ生まれた時からずっとな」
「私も……術式ってやつを?」
「そう。さっき俺が見せたような不思議な力をお前も持ってる。お前は多分気付いてないだろうけど、あのヒョロガリ男をドロップキックした時、自動車並みに凄え速さで走ってたぜ? あんなん普通の人間じゃ絶対無理だから。
それに俺めっちゃ目ぇ良くてさ。お前が術式を使ってた事も、呪力で身体強化してた事も、どんな術式を持ってるかも全部丸分かりなの。
……あっ、呪力ってのは言わば呪いの事ね。負の感情で生まれる呪いの力。術式を使うためのエネルギー源だよ」
「……私、無意識に
五条の説明を聞き、はっと何かに気付いた声を上げる。
今までの行動を振り返ってクリスは思い出した。1歳の頃からずっと続けてきた、呪力を飛ばして目に見えない呪霊を祓うという遊びの事を。
直感的に、いつも自分が操って飛ばしている謎の物体が呪力であると理解したのだ。
だからこそ、そこからの話の理解は異様に早かった。
「ひょっとして、私が今出してるこれが呪力ってやつですか? この青っぽいような、ゆらゆら揺れてる炎みたいな……いつもこうやって飛ばして、変な虫みたいなやつに当ててるんですけど……」
「そうそれ、それが呪力! 何だよクリス、やっぱ知ってんじゃん呪術の事! ちゃっかり呪霊も何度か祓ってるようだしさ!
それとも何、もしかしてそれを扱えるようになったのも独学? だとしたらマジで凄えよ。お前余裕で才能ありまくりだわ。術式も超強力だし」
「そうですか? これってそんなに珍しいんですね」
五条曰く、とても凄い事であると知った。手放しで褒められて悪い気はしなかった。
「んでまあ、肝心のお前の術式だけど……ん? 電話?」
今度はクリスの術式について説明しようとした五条だったが、彼が所持する携帯が突然鳴り出し会話が遮られてしまう。
「もしもし俺だけど? ……うん、うん……あーうん、はいはい、分かった分かった。じゃあすぐ戻るからって夜蛾に伝えといて。そんじゃ切るわ。
……わりぃ、詳しく説明すると長くなるからまた今度話すわ。そろそろ高専に帰らねえと担任にどやされるし。とりあえず連絡先は渡しとく。……ほいこれ、俺の電番とメアド。機会があればまた連絡するから、そん時に会って話そうぜ」
どうやら帰る時間が来てしまったらしく、話を切り上げて立ち上がる五条。
話の続きについてはまた今度という事でクリスに名刺を渡すと、公園の出口に向かって歩き出した。
そして、その後ろを駆け足気味でついて来るクリスに、五条が振り返って言った。
「まあ一応簡単に伝えておくと、お前の術式は『時間』に関するもんだから。俺の知る限り、今まで見てきた術式の中でもかなり異質だぜ、それ。だからこそ将来性があって面白いんだけどな。
……あーそうそう、すっかり言い忘れてたけど、今後人前でその力は使わねえ方が良いぜ。特に上のクソ爺共に目ぇ付けられたらマジで面倒だし、そこんとこ気を付けな? まあ、今回は何か訳ありっぽかったから、何も見なかった事にするけどさ。
それじゃあまたな、クリス」
「はい、またお会いしましょう五条さん。今日はありがとうございました」
「おう、デカくなったら呪術高専来いよ」
手を振って公園を出て行く五条に、クリスは深々とお辞儀をしてから手を振り返した。
早朝から母親が理不尽に殺されるという不幸に見舞われたが、すぐに犯人に復讐を果たし、その結果五条悟と出会って色々な話をした。
おかげで、まだ完全ではないものの、既にクリスはアイの死から精神的に立ち直り始めていた。
彼女自身の精神が実年齢よりも早熟しているのもあるが、それでも自分ですらよく知らなかった事を理解している相手がいるというのは、思っている以上に大きな影響を与えるもの。
今日のこの出会いが、クリスの今後の人生を大きく変える事となった────。
「────いやぁ、結構良い収穫だったんじゃね? あいつ、今から本気で呪術学んだらマジでどうなるんだろうな? 帰ったら
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
五条と別れた後、クリスは家まで真っ直ぐ歩いて帰った。
蹴飛ばして死にかけに追い込んだ犯人は、運ぶと面倒だったのでそのまま公園のベンチに放置しておいた。
もう復讐は果たしたうえに五条との出会いもあって、クリスの中では犯人の事など既にどうでも良くなっていたのだ。
最初はどうやって家の居場所を突き止めたのか知りたがっていたが、帰る時にはその疑問すらも殆ど消えて無くなっていた。
だからこそ、重傷の犯人がそのまま野垂れ死のうが、目を覚まして今度こそ自殺しようが心底どうでも良いと感じており、今は亡くなったアイをきちんと弔ってあげる事と、次に五条と会うまでに調べておきたい事の2つを中心に考えている。
そんなこんなで2時間ぶりに家に戻ると、マンションの前で大勢の人だかりが出来ていた。
「こちら現場です! 私達は今、緊急でアイさんの自宅の前に来ています! 今から2時間ほど前、このマンションでアイドルグループ『B小町』のセンターのアイさんが、何者かに刺されて亡くなったとの事で────」
「皆さんすみません、警察がそこ通るんで道開けてくださーい! 危ないですので下がってくださーい!」
警察とマスコミ。大きく分けてこの2つのグループが現場に集まって慌ただしく動いている。
特に現場に敷かれた黄色のテープの前で写真を撮ったりカメラを回すマスコミを見て、「こんな朝早くからよく情報を嗅ぎ付けて来たな」と思いながら、クリスは回れ右して苺プロの事務所へ向かう事に。
あの群衆の中を突っ切って家に入れるほどクリスの神経は図太くない。そもそも警察が現場の捜査を行っているので、どのみち家に入る事は出来ない。
ちなみに、クリスが公園で五条悟と呑気に会話を楽しんでいる間、アクアとルビーはアイを喪ったショックを抱えたまま警察に保護され、現在は病院で手当てを受けている。
道行く人々とすれ違いながら、クリスはとぼとぼと街中を歩き回って事務所へ赴いた。事務所へは過去に数回だけ行った事があるので、その時に通った道順の記憶を探りながら進む。
そして、ようやく事務所に辿り着いた頃には午前が終わり、午後へ差し掛かろうとしていた。
「お腹空いたな。確か社長室のこの冷蔵庫の中に……あった。私達が来た時用とか言って、社長がたくさんお菓子買い込んでたもんね。うん、丁度良かった」
事務所内はもぬけの殻だった。
クリスは知らないが、B小町の他のメンバーは社長から自宅待機が命じられているため事務所には居ない。
社長とミヤコも、アイの訃報を聞いて慌てて病院へ向かったためか、事務所の入口の鍵をすっかり掛け忘れており、これによってクリスは簡単に事務所に入る事が出来ていた。
「うーん、皆どこに行っちゃったんだろ? 多分病院か警察署のどっちかだと思うけど、今からもう1度探しに出掛けるのはなぁ……社長達が帰って来るまでここで待つか」
流石に歩き疲れたのか、クリスはもう1度外へ出る事を諦め、お菓子を食べながら事務所内で待機する事に。
結局、それから数時間後に病院から戻って来た社長とミヤコに吃驚仰天されつつも、心配と安堵のあまり2人に力一杯抱き締められた。
────星野アイが刺殺された日の午後2時過ぎ、現場から少し離れた自然公園のベンチで、重傷を負った犯人の姿が確認された。病院に搬送されて治療を受けた後、殺人の容疑で逮捕。
だが、何者かによって脳に強いショックを受けた影響から記憶喪失となっている事が判明。それ以降、事件の捜査は難航する事になる。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
事件の日からの時間の流れは早かった。
アイが亡くなった数日後、関係者のみでの葬式が執り行われ、会場に集まった大勢のファンとマスコミに見送られながらアイの骨は墓に埋葬された。
しばらくの間、ルビーがアイの死を嘲笑うネットの声に憤慨していたが、徐々に話題に取り上げられなくなると同時にその怒りも治まり、あっという間にアイの死は過去の出来事となった。
そして、その過程で大きく変わった事がある。
社長夫人のミヤコだ。
「ねえ、もし3人が良ければ、本当にうちの子になりませんか? もちろん3人の母親はアイさんしか居ない。私の事を母親だなんて思わなくても良い。
でも、私は君達を自分の子供の様に思ってる……どう?」
元々、戸籍自体は社長夫妻に移している。だが、本当の意味での親子の関係は築かれていない。そんな希薄な関係だった。
だが、アイという母親を喪って取り残された3人の子供を見て、ミヤコの中で「私がアイさんの代わりに母親として3人を育てる」という決意と覚悟が芽生えていたのだ。
その思いに心を動かされ、子供達は差し伸べられたその手を取った……アクアを除いて。
クリスもルビーもアクアの異変には何となく気付いていたが、それでもいつかまた立ち直るだろうと信じて、そっと見守る事にした。それが、結果的に良くない方向へ繋がると知らずに。
────かくしてクリスの
「────いらっしゃーい! 皆よく来てくれたねぇ! ようこそ東京都立呪術高等専門学校へ! 君達の担任の五条悟でーす! これからの学校生活、一緒に盛り上げていこうぜぇー!」
「イエェェェェェーイッ!!」
「相変わらずいい返事だよクリス! 流石は僕の一番弟子、このノリについていけるだけの事はある! 他の皆もクリスを見習うように! 分かった!?」
「オッケェェェェェーイッ!!」
「「…………嘘だろおい。マジかよ、こいつら」」
ちなみに、クリスと出会った時の五条は高専1回生。
時期的には星漿体関連の事件の数ヶ月以上も前の出来事。
あと、サマーオイルの闇堕ちは予定調和なので防ぐ事は出来なかった。