呪術の子 作:メインクーン
あかね「何この指? 何だか嫌な感じが……」
ルビー「せんせ……せんせ……」
他一同「「「「今のは宿儺の呪力!」」」」
※若干グロ注意かもしれない
──午後10時42分。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
森へ続く道の横で、車から降りた伊地知が掌印を結んで呪詞を唱えた。
すると、森全体を覆うように巨大な結界──帳が張られる。これにより、帳内の様子が外から見える事はない。
「ふう……これくらいで良いですかね。冥冥さんの指示通り、可能な限り最大の広さの帳を下ろしておきましたが……何だか嫌な予感がします」
一仕事を終えた伊地知は2人の帰りを待つために、現場から少し離れた場所へ車を移動させていった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
──午後10時49分。
黒川あかねと星野ルビーは命の危機に瀕していた。その原因は先程白骨死体の側で拾った宿儺の指にある。
「あ、あかねお姉ちゃん……」
「しっ、大きな声は駄目。静かに、静かにしないと……」
あかねが咄嗟にルビーの口を押さえて注意し、庇うように身体を覆う。
両手を肩に回し、震える自身の身体を押さえているが止まらない。2人とも恐怖のあまり顔が青褪めている。特にルビーの精神状態は酷く、先程の白骨死体の件もあり、今にも錯乱状態になって発狂しそうな様子だった。
それでもルビーだけは何としてでも守ろうと、あかねは努めて冷静に振る舞おうとする。
背後の木に寄り掛かり、しゃがんで姿勢を低く保ちながらそっと洞窟の入口に顔を向ける。
「ドコ、ド、ド、ドコデスカァ? ナンデ隠レテルノォ? 出テオイデェェェ……」
「エットォォ……今、何時デスカァ? ダ、ダ、ダ、誰カ、教エテクレルカァイ?」
「カクレンボ、カクレンボシヨ! モットイッパイ遊ボウヨ!」
先程まで白骨死体が放置されていた洞窟の入口。今は無惨にも天井が崩され、入口は塞がれている。
その周りには異形の化け物が幾つも徘徊しており、身の毛もよだつ気色悪い声で何かを喋っていた。
洞窟内で拾った不気味な指。あれに巻かれた布が取れた瞬間、2人はいきなり謎の異形に襲われたので、咄嗟に洞窟を抜け出して近くの木の陰に隠れた。
あの化け物共は何なのか、一体何故急に姿を現したのか、そもそもこれは現実なのか、どこまでも疑問は尽きない。
ただ、2人ともこれだけは確信していた。
あの化け物共に捕まると碌な事にならないと。
「ルビーちゃん、ここに長居するのは危険すぎる。どうにかしてこの場から離れないと」
「で、でもどうやって……? 電話してお兄ちゃん達に救けを呼べば……」
「そうしたいのは山々なんだけど、何故かスマホが圏外になってて繋がらないの」
「そんな……」
2人は呪霊から逃げる事に必死で気付いてないが、今いる場所は数分前に伊地知が下ろした帳の内部。
帳の副次的効果により内部の電波は断たれている。
非術師を呪いの脅威から守るために張られる帳が、皮肉にも2人を追い詰める檻となっていた。
──悪い事は立て続けに起こる。
「アッ、ミィツケタ! ミィツケタ!」
「ソレ、チョウダァイ……チョウダァイ!」
「ク、ク、食ワセロォオオオオオオーッ!!」
あかねが拾った両面宿儺の指の呪力により、呪霊に居場所が知られるのは時間の問題だった。
呪力の存在を知らない2人にとっては、上手く隠れているつもりだっただけに、更なる混乱を招く事態となる。
「ひっ! み、見つかった! 見つかっちゃった! 何で、どうして!? どうしよう、どうしようあかねお姉ちゃん!?」
「走って! 全力で走るの! 絶対に振り返っちゃダメ! 捕まらないように逃げないと!」
呪霊に見つかりパニックになるルビーと、すぐさま全力で逃げるように指示するあかね。
とにかく追手の追跡を振り切って身の安全を確保しなければならない。そして何よりも、こんな形で死にたくない。
その想いを原動力に、とにかく距離を取ろうと今までにない全力疾走で2人は駆け出した。
しかし現実は非情である。
「捕マエタゾッ!」
「ぎゃっ!?」
呪力の存在すら知らない一般市民の2人が、驚異的な身体能力を持つ呪霊の追跡から逃れられる訳がなかった。
駈け出そうと背を向けた瞬間、人間より大きい呪霊にあっさりと追い付かれて背中を押され、勢いよく地面を転がっていくあかね。
「あかねお姉ちゃんっ!?」
それを見たルビーが悲鳴を上げるが、呪霊の猛攻はまだ終わらない。
「ヨイショット」
「かはっ!?」
呪霊は仰向けで地面に転がるあかねを馬乗りになって押さえつけた。
飛び乗ってきた衝撃が全身を駆け巡り、あかねは一瞬意識が飛び掛ける。
次の瞬間────、
「エイッ!」
「…………あぇ?」
あかねの目に映ったのは、辺りに飛び散る真っ赤な液体。
生温かく、鮮やかな色をしたそれは一体どこから出てきたのか。
答えは自分自身にあった。
「あ、あかねお姉ちゃん……」
すぐ近くで絶望に打ちひしがれたルビーの声が耳に入る。
ふとルビーの顔を見て、彼女が向ける視線の先を目で追って、そこで初めて気が付いた。
正確には右腕の肘から先の部分が無いのであって、腕そのものが無くなっている訳ではない。
だが、呪霊によって綺麗に切断された両腕からは大量の血が溢れ出ており、留まるところを知らない。
「頂キマース!」
肝心の切り取られた方の右腕は、あかねが腕を切られた事に気付いた隙に、呪霊の口に運ばれ腹の足しにされてしまった。
だが、そんな事は今のあかねが気にする事ではなかった。
腕を切り落とされた。
その現実を脳が認識した瞬間────、
「あぁあああああああああっ!! うぐぁああああああああっ!!」
森中に響き渡る絶叫。
腕を切られた事による命の危険信号が、耐え難い激痛となって脳へ、全身へ容赦なく襲い掛かる。
「ひぃっ!? ひぃいいいっ!? 痛っ、いっ、いだぁあああああああああっ!!」
このまま気を失えたらどれほど良かった事か。
耐えられる限度を超えた苦痛は、あかねが意識の底へ沈む事を許さない。
──非情な現実は続く。
「モウ1本モ頂キマース! エイッ!」
「がぁあああああああああっ!? あぐぁあああああああああっ!!」
今度はあかねの左腕が無くなった。
手刀で綺麗に切断された右腕と違い、今度はパンを千切るように左腕を捻って毟り取られた。
右腕の時と同様、肘から先が無くなった左腕からも鮮血が迸る。
あかねの悲鳴が更に一段と大きくなった。
「あ、あか、あかね……あかねお姉ちゃん……」
目の前でその光景を見てしまったルビーは、ただその場に立ち尽くす事しか出来ない。背後にあった木に寄り掛かり、青褪めた顔で泣き叫ぶあかねを見ているだけ。
大切な恩師の死、呪霊に対する恐怖、化け物に襲われ死に瀕するあかね。
(せんせ、私は……私はこういう時、一体どうすれば良いの……?)
無力な自分では目の前の化け物に勝てる訳がない事を本能で察していた。
そもそも恐怖のあまり身体を上手く動かせない。仮に動いたとしても、犠牲者が1人から2人に増えるだけ。
故に、必死に願う事しか出来なかった。
(お願い、誰か……このままだとあかねお姉ちゃんが死んじゃう! 誰か……誰か助けて……)
この状況下で神に祈るように、奇跡が起こる事を願った。
あかねの叫び声は既に収まっており、口を動かして何かをブツブツ呟くだけの状態となっている。
今から奇跡的に救助が入ったとしても、あかねが助かる見込みは絶望的だろう。それどころか、あかねが死んだ後はルビーの番になる事が明らかである。
それでも今のルビーはこれしか出来る事がない。
白骨死体の名札からこっそり抜き取った、アイ推しのキーホルダーをギュッと握り締めて、時間を忘れるほど何度も願い続ける。
──そんなルビーの願いはすぐに聞き届けられた。
「術式順転────『望速』ッ!!」
「グギャアアアアアアアアーッ!?」
「…………えっ?」
突如、上空から響き渡った少女の声。
それが聞こえた次の瞬間には何かが上空から超高速で飛来し、大量の土埃が舞い上がった。
あまりに突然の事態に、先程まで必死に祈っていたルビーは困惑を隠せない。
そして徐々に土煙が晴れ、中心にいたのは……、
「いやぁ、セーフセーフ。マジで危ないとこだったわぁ」
いつもの軽い調子で呑気な事を呟く。
そんな生意気で自由奔放な妹が、拳を握り締め、あかねを背にして立っていた。
あかねを襲っていた化け物は、クリスの一撃で跡形もなく消滅していた。
三つ巴の戦いの前なのに随分と長引いてしまった……許してください。
クリスが強すぎて忘れがちだけど、非術師にとって呪霊はどう足掻いても勝てる存在じゃないよねってつくづく思う。見えない事とか呪力を扱えない事を抜きにしても。
何せ呪霊の強さの基準が4級は「木製バットで十分」で、3級は「拳銃があればまぁ安心」だけど、どちらも素手で戦う事を想定していない。
つまり丸腰で非力な少女2人なら……って想像したら、こんな目に遭っても不思議じゃないと思った。