呪術の子 作:メインクーン
夏油「やぁ、クリスちゃん。心なしか元気がないね。一体どうしたんだい?」
クリス「……ノーコメントで」
10年ぶりの再会を果たした師匠と弟子は、積み重なった想いを仕舞い込んで戦う。
特にクリスはそれが顕著で、明るい笑みを絶やさない夏油とは対照的に、表情に若干翳りが見られる。
先程までの強気な姿勢は一体どこへやら、夏油と対峙した途端に動きも鈍くなった。
それを見逃す夏油ではない。
呪具を格納する呪霊から、赤い三節棍の特級呪具”游雲”を取り出した彼は、クリスに次々と攻撃を繰り出す。
「どうした、動きが鈍くなってるよ! 気持ちは分かるが、私の時だけそういうあからさまな態度は無しにしてくれるかい!?」
絶え間なく振り回される游雲を紙一重で避け続けるクリスだったが、夏油の指摘通りその動きにキレはない。
その気になれば攻撃を回避するどころか、一瞬の隙を突いて何度も反撃できるくらいには、両者の力の差は開いている。
それでもクリスが苦戦しているのは、過去に夏油が齎した影響があまりに大きいからなのか。
いずれにせよ、この精神状態での戦闘は命取りといえる。
「ほらっ、ここ!」
「ぐっ……!」
游雲の打撃がクリスの顔面に直撃した。
游雲は特級呪具の中で唯一、術式効果が付与されていない純粋な力の塊。それ故にその威力は使用者の膂力に大きく左右される。
使用者が特級術師ともなれば、直撃した際の威力は計り知れない。
クリスは後方へ勢いよく吹っ飛ばされた。
「「ゴァアアアアアアーッ!!」」
この好機を見逃さなかった2体の特級呪霊も、クリスに容赦なく攻撃を浴びせる。
炎虎は口から炎を圧縮した大量のビームを、雷鷲はシンプルに威力が高い極太の雷を、それぞれ同時にクリスに当てた。
「あーもう! あの猫と鳥、地味にうざい!」
そしてこのタイミングで、クリスにとって最も厄介な相手が戻ってきた。
「隙ガアリ過ギダ! ソラヨッ!」
「ちっ!」
横から割り込んできたのは、クリスが先程遠くへ殴り飛ばしたミゲル。
全力で殴ったにもかかわらず、相変わらず平然としているのは流石の耐久力といえる。
そんなミゲルの拳がクリスの鳩尾に当たりそうになる。
クリスはそれを冷静に片手で受け止めると、逆にカウンターでミゲルの顔面に裏拳を食らわせた。
だが、それは向こうも読んでいたようで……、
「フッ、甘イゾクリス! 捕マエタ!」
「なっ!?」
裏拳を繰り出した左腕は、いつの間にか黒縄で雁字搦めに縛られていた。
ミゲルはわざとクリスの攻撃を食らう事により、それを逆手に取って黒縄を絡め、動きを制限する事に成功した。
敢えて攻撃を食らう事を想定した動きだったので、ミゲル側が実際に受けたダメージは少ない。
これも夏油との共闘だから出来た芸当である。
こうしてクリスは、黒縄の効果により術式の使用が不可能になった。
「歯ァ食イ縛レ! ウオオオオォォォーッ!!」
「しまった、またこれか! くそったれが……!」
思い出すは半年前の戦い。
サハラ砂漠でミゲルと激闘を繰り広げた際にされた時と同じ攻撃、通称人間ハンマー投げ。
黒縄で左腕を縛られたクリスは、ミゲルの怪力によってハンマー投げの様に振り回され、大きな岩や木に超高速で激突していく。
更にそこへ、駄目押しとばかりにクリスを殺そうする者の加勢が入る。
「今度は覚悟しなさい、星野クリス!」
「はっ!? 虫!?」
平安の強者、万まで戻ってきた。
ただし、先程までの妖艶で美しい姿の女性とは異なる。己の術式である構築術式を研究し続け、辿り着いた極致の姿。
数多の生体機能を流用・特化させた虫の鎧をその身に纏っていた。
そこから繰り出される攻撃の威力はまさに絶大。
「フンッ!」
「──ッ!?」
万の右ストレートがクリスの顔面に当たる。
変身前とは桁違いの威力の殴打にクリスも思わず驚愕する。今は反転術式しか回復する術がないため効果は大きい。
「これもしっかり味わえ! ハッ!」
「うぐっ……!」
すかさず二撃目。
今度は鳩尾に渾身のミドルキックが決まる。
黒縄で縛られて上手く避けられず、強烈な蹴りを急所に食らったクリスは、堪らず苦悶の表情を浮かべる。
そして、剥き出しの固い地盤に勢いよく叩き付けられ、深く減り込んだ。
「駄目押しよ!」
間髪入れず三撃目。
上空から三度目となる槍の雨を降らす。
今度は逃がさないとばかりに、範囲を広げて絶え間なく地獄の雨をクリスに浴びせる。
「アハハハハハハハハッ!」
あっという間に地面が穴だらけとなる中、数十秒経って万はようやくこの雨を止めた。
攻撃が止んで土煙が晴れると、底の見えない1つの巨大な穴が出来ていた。
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高千穂の森は一面焼け焦げた草木だらけで焦土と化し、巨大なクレーターや剥き出しになった地盤ですっかり滅茶苦茶な地形となっていた。
そこへ新たに大きな穴を作った万は、上空から様子を眺めていた。
「さぁて、今ので死んだかしら? それはそれでつまらないけど」
巨大な穴の底を見つめ、挑発的に笑う万。
上から目線で馬鹿にされた事に根を持っていたため、この連続攻撃が決まって溜飲が下がっていた。
「ミゲル」
「アア、分カッテル夏油。ココデ油断ハ禁物。アノ女ナラ、黒縄モソノ気ニナレバ……」
そんなこんなで3人が次に備えて身構える中、穴の底からクリスが空を蹴って跳び出てきた。
左腕にはミゲルの相棒の黒縄が絡まっており、服もすっかりボロボロになっている。
反転術式を使えるので肉体の損傷は思ったより少ないが、それでも血を流すほど少なくないダメージを受けていた。
それを見て万が嘲笑する。
「はっ、特級もざまぁないわね」
五条悟の次に最強で、宿儺とも1人でやり合える力を持つと羂索から聞かされていた。
だが、実際に戦ってみたら確かに意表を突かれたものの、思っていたよりも大した相手ではなかった。
そう感じたが故に出た発言。
しかし、クリスはこの発言を聞いて特に悔しがるでも怒るでもなく……、
「……ふふっ」
────笑っていた。
圧倒的に不利な形勢。宿儺の指を狙う者が3人と2体いる中で、それらをたった1人で相手にしながら宿儺の指を死守しなければいけない。
後方で身を隠すルビー達を巻き込まないように立ち回る必要もある。
その状況下で先程受けた5方向からの一斉集中攻撃。普通ならこの時点で死んでしまってもおかしくない。
だというのに穴から這い上がった本人は何故か笑っている。
あまりの不気味さに全員が戸惑っていると、クリスがゆっくりと口を開いた。
「……そうだね。確かにあんたの言う通り、今のは正直みっともなかったよ。ちょっぴり本音を言うとさ、夏油さんと戦うのはあまり気乗りしなかったんだ。だって凄くお世話になったし。だからといって、手を抜いてる場合じゃないのにね」
集中攻撃を受けたのも、夏油に対する遠慮から生まれた隙だった。
相手が全員特級クラスの猛者にもかかわらず、愚かにも余計な気遣いを見せてしまった。
らしくない事をしたな、とクリスは反省した。
だからこそ────吹っ切れた。
「ありがとね。皆にボコられまくったおかげでようやく目が覚めた。今の僕なら、多分何も感じない」
そう言い終えると、クリスは徐に右手を手刀の形に変えて呪力を込め……、
「えいっ」
何の躊躇もなく、黒縄が絡まった左腕を丸ごと切り落とした。
「はあっ!?」
突然の奇行に万は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「なるほどね、聞いてた通りだ」
「ヤッパリナ……」
反対に、夏油とミゲルは大して驚きもせず、淡々とこの行為を眺めていた。
以前、ミゲルに対して既に1度見せた事があり、夏油もミゲルからその事を聞いていたからだろう。
いずれにせよ、クリスは術式を相殺する黒縄の効果を物理的に解除した。
切り口から大量の血液が噴水の様に溢れ出るが、術式が再び使用可能となったクリスには関係ない。
冷静に、肉体に刻まれた己の術式に正のエネルギーを流し込む。
「ふぅ……これで元通り」
切断した左腕が一瞬で元に戻り、今まで負ったダメージも疲労も全てリセットされた。
それでもアフリカ戦での情報から、夏油達にとってここまでは想定内。問題はこの後だった。
「ミゲル、気を付けて。クリスちゃんがハイになった以上、本当に何をするか分からない」
「分カッテル。ソッチコソ気ヲ付ケロ夏油」
気分が高揚しているクリスを前に、2人は警戒心を最大限まで高める。
「……なんて無茶苦茶なやり方。出来たとしても普通やらないわよそれ」
万も万で、以前クリスが特級呪霊と戦った時の映像を振り返り、呆れたように溜め息を吐いた。
それと同時にクリスに対する警戒を高める。
3人の注目が集まる中、クリスは膝を軽く曲げて体の重心を低くした。
「これを実戦で使うのは初めてだなぁ」
そう呟きながら、拍手のようにパンッと軽快な音を立てて両手を合わせ、前方に向けて突き出す。
そして、合わせた両手の中で術式を発動した。
「コノ莫大ナエネルギーハ……不味イッ!」
最初に反応したのはミゲルだった。
既に1度食らった事がある技と類似していたため、クリスが今からやろうとしている事の危険性を一早く察知した。
「あの構えはまさか……『穿血』?」
「何か分からないけど、これはヤバい!」
ミゲルの反応に呼応し、夏油と万も本能的にヤバいと感じたのか、咄嗟にその場から離れて防御態勢を取る。
それでもクリスはお構いなしだった。
両手の中で核兵器以上の莫大なエネルギーを直径3cm程まで圧縮し、前方に照準を向けて体勢を整える。
その影響で身体中から稲妻が迸り、髪の毛が若干逆立つ。
この間、僅か数秒程度。
「あっ、これヤバいから避けた方が良いよー」
いつでも撃てる状態になってから、今更思い出したように最後の最後で警鐘を鳴らす。
全ての準備を整えて、遂にその時は来た。
「術式順転『望速・
一瞬、目を瞑ってしまう程の閃光が奔り、辺り一帯を明るく照らす。
真っ暗な夜の空に、重ね合わせた両手の指先から燦然と紅く輝く一筋の光が奔った。
次の瞬間────、
「「グギャアアアアアアーッ!?」」
「「「なっ……!?」」」
3人は心の底から驚愕した。
クリスが放った紅い光。
まるでビームのようにも見えるそれは、限りなく光速に近い速度で一直線に突き進むと、後方で控えていた特級呪霊2体の肉体をいとも容易く貫き、一瞬で消し飛ばした。
それだけではない。
「や、山が……!」
「オイオイ、マジカヨ!?」
「ちょっと嘘でしょ!?」
光線の軌道上にある、呪霊達の更に遥か後方に聳え立つ山々。
その内の1つに光線が直撃した瞬間、巨大な爆音と衝撃が周囲に轟いた。
そして、山は莫大な熱エネルギーに晒され続けた結果、ドロドロに溶けて消滅した。
「おぉー、凄い凄い! やっぱ迫力満点だなぁ!」
「「「…………」」」
山を丸ごと1つ消し飛ばした直後にもかかわらず、ハイになったクリスは能天気に燥ぐ。
一方で、この凄まじい光景を目の当たりにした3人は、クリスの実力に対する認識をすぐに改めた。
──一方その頃、撮影スタジオでは。
「はーい、準備は良いかなMEMちょ? 次はこのシーンを撮るからあっ!?」
「うわっ!? じ、地震!?」
「あっ、でもすぐに収まったわ……」
「今の結構大きな揺れだったな……ん? 有馬から電話だ。何だ?」
『アクア聞いて、あの2人が全然帰って来ないの。何度電話しても何故か出ないし、今宿にいるのは私1人だけよ。さっき大きな揺れがあったし、ちょっと心配になってきたわ。クリスも帰って来る気配ないし……』
「そうか、分かった。有馬、連絡してくれてありがとう。ちょっと今から3人を探しに行ってくる」
『それなら私も行くわ。手の掛かる後輩の尻拭いも先輩の役目だもの。あと、黒川あかねも一応探さないと……ね?』
「いや、有馬は明日の撮影に備えて早く寝た方が良いんじゃ……」
『ごちゃごちゃ言わないの! 真冬の夜に1人でだだっ広い田舎町を歩き回るつもり? 私も探すの手伝うわ。宿の入口前で集合ね』
「……お、おう」
Q.何でクリスはハイになるまで夏油にだけあんなに遠慮してたの?
A.色々とあったんすわ。過去に何があったかは初期の段階で決めてて、いつか明かす予定なのでそれまで長い目で見てやってください。
Q.最後にあんな技をぶっ放して高千穂は大丈夫?
A.衝撃による大地の揺れは消えないけど、伊地知が下ろした帳のおかげでまだ誤魔化せる範囲内。流石五条悟に最も信用される男。
なお、ハイになったクリスは更にあの技をぶっ放すつもり。あかねとルビーのSAN値は知らん。
※クリスの拡張術式その3
・術式順転『望速・
東京を一瞬で更地にできる術式順転『望速・裂』を改良したもの。加茂家相伝の赤血操術『穿血』を真似して作られた。要は超高威力のビーム。初速が亜光速に達する。
イメージとしては新エヴァのラミエルが撃っていた加粒子砲みたいなもの。威力と射程も同じくらい。
人口の多い都市部では絶対に撃てない。高千穂だから撃てた。