呪術の子 作:メインクーン
クリス「お年玉寄越せパパ」
カミキ「えっ?」
飲み会の翌日。
「おはよう。あー、頭痛い……」
「おはようゆらちゃん。何だかヤバそうだね」
「二日酔いですねこれは。しんどそうですし、まだ休まれた方が良いのでは?」
時刻は午前9時過ぎ。
二日酔いの状態で部屋から出てきた片寄を、クリスとカミキは心配そうに構う。
とりあえず胃に優しい物をという事で、クリスがキッチンを借りて簡単なお粥を作った。
「あー、冷えた身体に染み渡る温かさ……ありがとねクリスちゃん」
「そりゃ良かった。お粥に入れた生姜が良い感じに効いてるみたいだね」
片寄が生姜入りのお粥を美味しそうに食べる姿に、クリスはにっこりと柔和な笑みを見せる。
それを隣で見ていたカミキは意外そうに眺めていた。
「へぇ、クリスさんも料理なさるんですか?」
「ある程度は。とりあえず、1度作り方が分かれば大体の物は作れるよ。まぁ、それは他の人にも言える事だけど」
「いえいえ、1度で決まった物を作るのはそう簡単な事ではありませんよ? 凄いじゃないですか」
「いやー、そんな事も……あるよね!」
こうしてクリスの料理スキルの高さに感嘆しながら、朝の時間は過ぎていく。
と、2人の会話を聞いていた片寄はふと疑問に思った。
「あれ? 気のせいかもだけどクリスちゃん、ミキさんと話す時タメ口になってない? 昨日までずっと敬語だったけど」
年上の人に対しては敬語で話すクリスが、昨日と違って砕けた言葉でカミキと話している。
片寄のように、共に酒を飲み交わして仲良くなったならともかく、カミキとはどこか一線を引いていたクリス。
それが一晩で非常に親しく接しているので、片寄は妙な違和感を覚えていた。
「ああ、昨日ゆらちゃんが寝た後で過去の思い出話に花を咲かせてたら、いつの間にかめっちゃ仲良くなってさ。気付いた時にはタメ口で話してたんだよね」
「へー、そうなのミキさん?」
「ええ、クリスさんが中学時代のお話を聞かせてくれまして。とても刺激的な内容ばかりでびっくりしましたよ」
「えー良いなぁ。私も今度聞かせて」
「OK!」
実際には2人が親子関係である事が知られ、アイ関連で色々とデリケートな話をしていたのだが、片寄にそれを正直に告げるのは酷というもの。
過去の思い出話という、ある意味正解とも不正解とも言える表現で適当にぼかす2人だった。
ちなみに、クリスの中学時代は本当に破天荒そのもので、毎日が刺激的だった事をここに明記する。
「それで、2人は今からどうするの? 私は午後からリモートでマネージャーとスケジュール調整する予定があるから、家に居ないといけないんだよね」
「そうですか。でしたら私は午前の内にお暇しましょうか。お仕事の邪魔になってもいけませんし」
「僕もそうしようかな。仕事する時は1人の時が集中しやすいだろうし」
「じゃあ、次に会うのは来年かな? また3人揃って飲み会やろうね────」
こうして年末の飲み会は幕を閉じ、クリスとカミキは片寄の自宅を後にした。
「……で、これからどうしますクリスさん? もうご自宅に帰りますか?」
「いやいや、まだ帰らないよ? せっかくパパと会えたのに、すぐ別れるなんて勿体ないじゃん。もうちょっと一緒にいよ」
「しょうがないですね。可愛い娘の頼みだ、好きなようにしてください。それで、今からどこへ行くかはお決めで?」
「うん、時間の許す限りそこに居ようかなと思ってる。大人の遊びができる場所でさ」
「ほう?」
まだ別れたくない、もう少し居ようと駄々をこねるクリスの口から出た「大人の遊び」という単語。
一体何を指すのか気になったのか、カミキが興味深そうにクリスを見やった。
「あっ、やっぱ気になる? 良いよ、早速行こ! でも約束して。今からする事は他の皆には内緒だからね、パパ」
「ふふっ、そうですか。それは楽しみです」
2人の時はすっかりパパ呼びが定着したクリス。
妖艶な声と仕草で誘い込むその姿は、世の男達を虜にする事間違いなしだった。かつて一世を風靡したアイのように。
それを見せられたカミキは、僅かに口角を上げて期待の言葉を口にした。
────それから1時間後。
『夕輝……終電、なくなっちゃった……』
「っしゃ来たぁああああああああっ!! 確変大当たりだぁあああああああっ!!」
クリスの眼前で煌々と輝く画面。
背景で流れるアニメーションや音楽と共に、『7』の図柄が3つ横並びで表示された画面を前に、クリスが大きな雄叫びを上げた。
「あははははっ、今日は調子が良いよぉ! まさか5000円で確変ボーナスタイムが来るとは思わなかった! ほんと最っ高!」
「ええ、そうですね……」
満面の笑みでハンドルを回すクリスを横目に、カミキは死んだ目で流れる画面を眺めている。
そう、見て分かる通り、クリスはカミキと共にパチンコ店で遊んでいた。
クリスがカミキから徴収した16年分のお年玉を軍資金として、紙幣を入れてはパチンコに興じている。
遊んでいる台は当然『CR私鉄純愛列車』であり、入った店も以前クラスメイト達と遊んだ『マジベガス恵比寿店』である。
そして今、万札を投入して早々に確変大当たりが到来し、クリスは絶頂の最中にあった。
「いやー、確変マジで最高だよ。溢れる
「……楽しんでいるようで何よりです」
確変大当たりで気分が高揚し、恍惚とした表情を見せるクリス。
カミキはそれに対して特に何かを言う事は無く、ただ只管に娘がパチンコを打つ姿を横から眺めるだけだった。
──その後、クリスはお年玉の半分をパチンコに突っ込み、最終的に5万以上勝って店を出た。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
一方その頃、都内某所のマンション内にて。
「……で、どうなの羂索。新しい
「うん、良いね。結構可愛らしいでしょ」
広いリビング内で、羂索と万がゆったり寛ぎながら話していた。
「まぁ、確かに可愛いとは思うわよ。私ほどではないけどね。でもあれね、あのクソ生意気な小娘と瓜二つだからとっても腹立つ」
「あはは、星野クリスに手酷くやられたばかりだからね。心中お察しするよ」
「その顔でそれ言われると余計腹立つから止めて」
ゆったり笑って落ち着いた様子の羂索とは反対に、万はどこか苛立ちを隠せない様子で攻撃的な口調が目立つ。
それもそのはず、現在の羂索の見た目は以前とはまるで別人だからである。
以前の黒髪短髪の大人らしい女性とは違う。
紫がかった黒髪のロングヘア―、両目に宿った白い星のハイライト、身長150cm程度の小柄な体格。
星野クリスとほぼ同じ特徴を持つ、容姿端麗の美少女の姿に羂索は様変わりしていた。
──唯一の共通点は、額を横一線に分断する、縫い目のある痛々しい傷痕のみ。
「服は結構地味なものを選んだけど、それにしたって凄いね。誰もが目を奪われる、なんて謳い文句がまさか本当だったとは。数日前に、少し街中を歩いただけでたくさんナンパされちゃってね」
ナンパされた事の何がおかしいのか、羂索はくつくつと笑いながら昨日の出来事を振り返る。
「確かそいつ……”アイドル”って奴よね? どんなものか調べてみたけど、有象無象の男共に媚び売って生きる娼婦と変わらないじゃない」
万のこの発言に羂索は待ったを掛けた。
「こらこら万、そういう発言はよろしくないよ。今の発言、仮にSNSにアップしたら炎上間違いなしだ。ほんの些細な言葉でも、集団で誹謗中傷が飛び交う世の中だからね」
「哀れな奴らね、言葉でしか対抗できないなんて」
万の差別的な発言を羂索が諫めるも、逆に火に油を注ぐような言葉を放ち、SNSの現状に呆れ返る万だった。
それはそれとして、羂索が乗り換えた新たな肉体の話に戻る。
「で、どうして今になって肉体を乗り換えたの? ひょっとして今作ってる獄門疆もどきに関係が?」
「ああ、その通りだよ。星野アイが
「ふーん……」
羂索は肉体を転々と移動する事が可能である。そして、乗り移った肉体に刻まれた術式を自由に行使する事ができる。
そんな羂索が肉体を乗り換えた理由は、偏に獄門疆を複製するため。
「ちなみに、それどうやって手に入れたの?」
「星野アイは元々術式持ちだったんだ。でも生憎と脳が非術師の構造でね。そこで私は12年前、彼女の脳に予めマーキングしておいたんだ。来るゲームの
今からおよそ12年前。羂索はとある理由から星野アイに注目し、密かに彼女に接触していた。
だが、彼女の脳に様々な仕込みを終えた矢先、事件は起きた。
「だから当時は驚いたね。まさかマーキングした1週間後に、彼女がストーカーに刺されて死亡したんだから」
今でも多くの人々の心に残っている、アイの死亡。
突然の彼女の訃報は、流石の羂索でも当時ちょっとした衝撃を受けていた。
「その時私は思ったんだ。『せっかく術式持ちをマーキングしたばかりなのに勿体ない』って」
「ふーん、それで?」
「彼女の死後、急いで遺体を回収しに行ったんだ。日本の火葬場は警備が緩いからね。遺体をすり替えるのも朝飯前だ。おかげで楽にこの身体が手に入ったよ」
途轍もなく衝撃的な情報が次から次へと赤裸々に語られる。
笑顔で淡々と語る羂索にあるのは、底なしの無邪気な悪意のみである。
「その後は彼女の術式を詳しく調べて、とりあえず肉体が腐らないように保存しておいたんだ。いざという時、新たな引っ越し先になるからね」
肉体を転々とできる羂索は、乗り移る肉体の状態に左右される。もし乗り移った肉体が老い先短いとあまり長くは持たない。
20歳という若さで亡くなったアイの肉体は、それだけでも保険として十分な役割があった。
だが、今になって事情が変わった。
「いやー、あの時ちゃんと遺体を回収した当時の私を褒めてやりたいね。まさか彼女の術式がこんな形で役に立つとは思わなかったからさ」
「……まぁ、良かったわね」
「うん、本当に良かったよ。だって星野アイの術式を上手く使えば、五条悟も星野クリスも封印できる可能性が一気に高くなるんだから」
ある日、五条悟の他に星野クリスというもう1人の規格外が誕生した事で、順調に見えた羂索の計画は実現不可能になりかけていた。
しかし、その時思い出したのだ。何年も前に保存した星野アイの肉体、その術式が、この絶望的な状況を切り開く鍵になるかもしれないと。
このような経緯から、羂索は本格的に獄門疆の複製に取り掛かるタイミングで、星野アイの肉体に乗り換えたのであった──。
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「話の経緯は分かったわ。ところで、数日前はその姿でどこに行ってたの? 裏梅の所かしら?」
「いや、全然違うよ? あの時は精子バンクに用があって出掛けててね」
「はぁ、どういう事? 何でそんな所に?」
街中で大勢の男にナンパされたという数日前。
星野アイの肉体に乗り移った羂索は、その身体で何故か民間の精子バンクに通っていた。
これには万も訳が分からず首を傾げるが、そんな彼女に対して羂索は答えた。
「新たな実験だよ。いずれ呪霊操術の肉体を手に入れたらそっちに乗り換えるんだ。それまでの間、この身体をもっと有効活用しようと思ってね」
「……何をするつもり?」
「もしも、初めから複数の術式を持つ存在が生まれたらどうなるだろうって考えた事はない? 私のように後天的ではなく、先天的にね」
「ッ!?」
その発言に万は心の底から驚愕した。
それと同時に、笑顔で語る目の前の存在の気色悪さに溜め息を吐いた。
(うっわ、そうだった。完全に忘れてた。そう言えばこいつは
先程の言葉の意味を理解し、万は引き攣った顔で羂索を見やる。
あまりの気色悪さについ引いてしまう。そんな彼女の心中など意に介さず、羂索は更に言葉を紡ぐ。
「勿論、他にも理由はある。今いる宿儺の器が万が一死んでしまった時の予備として残しておきたい。天元が星漿体との同化に失敗した今がチャンスだとこの前言っただろう? 念には念を入れておきたいんだ」
とは言うものの、実際はそこまで大層な理由を持って動いていないのが羂索という術師。今回も一番の行動原理は「面白いと思ったから」である。
「…………」
それを万は黙って聞いていた。
正直に言うと聞く気は失せていたが、どうせ止まりそうにもない事は分かっていた。
「あれから数日、そろそろお腹の中に
なぁに、心配は要らない。これは既に経験済みだからね。ノウハウはあるし、きっと上手くいくよ」
羂索の言葉は止まらない。むしろ口を開く度にどんどん笑みが濃くなっていく。
視線を下の方に傾けて、優しい手付きでそっと下腹部をさする。その一つ一つの仕草が万を更にドン引きさせる。
「それにしても丁度良かったよ、この身体が三つ子を産んだ実績のある経産婦で。やっぱり母体がしっかりしてると安心だよね! そう思わない?」
「……キッショ」
腹の底から出た本音だった。
やったね虎杖君、君もお兄ちゃんになれるよ。10人兄弟から11人兄弟になって、クリスもお姉ちゃんの仲間入りだ!(白目)
ちなみに、今の羂索の服装はアイが刺し殺された日に着ていた物と同じです。
※これにて第2章終わりです。