呪術の子 作:メインクーン
※第3章は次回から。
【閑話①】北へ
──20XX年〇月×日。
この日、星野クリスはいつもより早く目を覚ました。
未だに家族が全員布団に転がっている中、1人だけぱちくりと目を開けて起き上がる。
窓の方に目を向ければ、また夜明け前で外は暗く、冬に近いという事もあって肌寒かった。
「……起きるの早すぎた。どうしよう」
ぼそりとそんな事を呟くが答える者はいない。
二度寝しようにも窓の隙間から入る冷気で完全に意識が覚醒してしまったため、それも出来ない。
仕方が無いので、クリスはパジャマを脱いで家着に着替えると、キッチンに行って朝ご飯の準備に取り掛かった。
──それから15分後、目玉焼きやベーコンなどを用意していると、寝室からバタバタと慌てる足音が聞こえてきた。
「やっばい、ちょっと起きるの遅かったかな? あっ、おはようクリス。もしかして皆の朝ご飯作ってくれたの? まだ4歳なのに偉いねぇ」
部屋から出てきたのは、クリスの母親である星野アイ。
アイドルグループ『B小町』の不動のセンターを務めており、今人気絶頂のアイドルである。
そんな彼女は世間やファンに内緒で16歳の頃に三つ子を産んでおり、その子供達がアクア、ルビー、クリスの3人兄妹である。
この事実が世間にバレたら大問題となり、所属事務所ごと破滅は免れない。今日も今日とて母とアイドルの二重生活を送っている。
「今日は大事なドームライブがあるからね。メイクもばっちり整えていくよー!」
本日はドーム公演当日。
何年も地道にアイドル活動を続けてきたB小町初となる、大規模なライブが午後から始まる予定だ。
様々な厳しい審査をクリアして実力が認められると、数万人の観客を前に数時間にも及ぶライブが行われる。
ほんの一握りのアイドルグループしか立つ事の許されない、まさにアイドルにとって夢の極致ともいえる場。それがドーム公演である。
「……まぁ、とりえあえずメイクはこんな感じで良いかな。続きは会場に行ってからだね」
ばっちり整えると言っておきながら、大した時間も掛けずにメイクを終えたアイ。
大事な日なのにそれで大丈夫なのかと、横目で眺めていたクリスは思った。
「トーストに目玉焼きにベーコン、サラダまで! さっすが私の子供、物凄い天才だなぁ」
「……うん」
と、メイクを終えたアイがテーブルに用意された朝ご飯を見て感動し、クリスの頭を撫でて褒める。
母親からストレートに褒められたクリスは素直に嬉しい気持ちになった。
「……おはよう、アイ。クリスもおはよう。今日はやけに早起きだな。いつもならまだ寝てただろうに」
「おはよう兄さん、朝ご飯ならもう出来たよ」
「そうだよアクア、これ見て! じゃーん、これ全部クリスが作ってくれたの! 凄くない?」
「ほんとだ、凄い」
アイと話していると兄のアクアが部屋から出てきた。
また眠たそうな瞼を擦り、欠伸をしながらテーブルに着く。そしてクリスが作った朝ご飯の完成度に素で驚いた。
「じゃあ後寝てるのはルビーだけか。俺ちょっと起こしに行ってくる」
「そうだね、朝ご飯は皆で食べよ」
いつもより早く起きた朝、少し早めの朝食を取ろうとしていた。
と、そんな時だった。
「……ん? こんな時間に誰だ?」
「うーん、佐藤社長とか? 迎えに来るって言ってたし」
突然、玄関からピンポンと鳴る音が聞こえた。
アイは斎藤社長が来たと思っているが、迎えに来る予定時間よりも明らかに早い。
「それにしては随分早いような……」
ふと嫌な予感がしたクリスは、玄関に向かうアイの後を追って行った。
──この時のクリスの判断と行動が、後の未来に大きく影響する事となる。
「はーい、どちら様ですか?」
アイが玄関のドアを開けるとそこには、見知らぬ若い男が佇んでいた。
全体的に黒い服を着こんでおり、顔はフードを深く被っているため分からない。
「アイ……ドーム公演おめでとう。三つ子の子供は元気?」
謎の青年は極一部の関係者しか知らない三つ子の存在を口にし、一歩アイへ近付いた。
その両手に大量の白いバラを持っており、あたかもアイのドーム公演を祝福しているように見える。
だが、クリスは見逃さなかった。
ほんの一瞬、白いバラの間からキラリと光る、銀色の光沢。男が手に持つ鋭利なナイフの先端が、アイの腹部に真っ直ぐ向かう瞬間を。
それを目で捉えた刹那、クリスは直感に従い全速力で駆け出した。
何も考えていなかった。気付けば身体が勝手に動いていたのだ。
加えて、その行動と共に溢れ出す焦燥・不安の感情が爆発的に大きくなり、それが負のエネルギーとなってクリスの全身を駆け巡る。
この瞬間、初めてクリスの術式が発動する。
「ママ危ないっ!」
その声を発した時には、既にアイと男の間に割って入っていた。
走行中の自動車に匹敵する速度で床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴って、目にも留まらぬ速さで刺される直前のアイの前に立っていた。
「タアッ!」
そして、2人の間に割って入ると同時に勢いよく拳を振り下ろし、ナイフを持っていた男の腕をへし折った。
「いっ……てぇええええええーっ!? 何すんだこのクソガキッ!」
手に持っていたナイフが音を立てて地面に落ちる。
腕を折られた激痛に男が数歩下がってクリスを睨むも、視線の先にクリスはもういない。
横に飛んで男の視線から外れたクリスは、呪力で肉体を強化した脚で大きく跳躍すると、今度は男の脳天目掛けて踵を振り下ろす。
「ハアッ!」
「ガッ……!?」
渾身。
まさにそう言える程のクリスの全力の踵落としが、男の脳天に直撃した。
あまりの衝撃に男の頭蓋骨はひび割れ、頭上からトクトクと血が流れ出す。
「カハッ……」
突如家を襲撃してきた男は、4歳の幼女にあっけなく倒されて意識を手放した。
とはいえ、死んでいるわけではない。
「はぁ……はぁ……!」
息遣いが荒い。
自身の体に秘める
その背後では、一連の動きを目撃したアイとアクアがぽかんとクリスを見ていた。
「ク、クリス……今のは一体何だ──」
「クリスッ!! 大丈夫!? どこにも怪我はない!? 刺されてないよね!?」
アクアが何かを聞きかけたが、それを遮るように切羽詰まったアイの悲痛な声が家中に響き渡る。
すぐにクリスへ駆け寄ると、身体のあちこちを触って怪我が無いか確かめる。
そして怪我が無い事を確認し終えると、涙目でギュッとクリスを抱き締めた。
「良かった……良かったよぉ……! クリスが無事で本当に良かったぁ……!」
「……ママの方こそ無事で良かった。あのままだと多分、お腹を刺されて死んでたと思うから」
「馬鹿! 私よりクリスの命の方が大切だよ! でもクリスのおかげで助かった! 本当にありがとう!」
親子揃って奇跡的に助かった喜びを分かち合う。
結局男の正体も目的も分からないままだが、あのまま無抵抗に刺されて死ぬよりは遥かにマシな結果だったと言えるだろう。
「何というか、色々と不自然な出来事はあったし凄く気になるけど……とにかくアイとクリスが無事で良かった」
2人が抱き合う様子を後ろで見ていたアクア。
三つ子の存在と新しい住居の場所を知っていた謎の男に、クリスの人間離れした動き。
どちらも疑問が尽きない種だが、とりえず最悪の未来が実現しなかった事にほっと胸を撫で下ろした。
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その後、アイを殺害しようと自宅を襲撃してきた謎の男は病院に運ばれ、治療を受ける事になった。
が、脳へのダメージと出血量が酷く、一命は取り留めたものの記憶喪失となってしまう。
アイの自宅には大勢の警察と事件の存在を嗅ぎ付けたマスコミが訪れ、てんやわんやの大騒ぎに発展した。
幸い、アイと三つ子の親子関係が世間にバレる事は無かった。三兄妹の戸籍を斎藤夫婦に移していたのが大きな理由だった。おかげで何とか隠し通す事ができた。
とはいえ、ドーム公演当日にストーカーによるアイの殺害未遂は大きな衝撃だったらしく、残念ながらその日のドーム公演は止むを得ず中止となってしまった。
だが、アイや斎藤社長達が事件後もめげずにアイドル活動を頑張った結果……、
「みんなー! 今日は来てくれてありがとー! この前は色々あってドームライブ出来なかったから、今日はその分も含めて皆に愛を届けるよ! 準備は良い?」
「「「「うおぉおおおおおおーっ!!」」」」
「「イエェェェェェーイッ!!」」
隣に座るアクアとルビーの声量の大きさに驚き、クリスは思わずビクッと肩を揺らした。
「ちょっと兄さん、姉さん、喧しいからもう少し静かにしてよ。びっくりするじゃん」
「何を馬鹿な事を言ってるのクリス! 不届き者のせいで中止になったママのライブが、
「そうだぞクリス、ルビーの言う通りだ。息子として、ファンとして、アイのドーム公演をどうして祝わずにいられようか? いや、全力で祝うに決まってる!」
「ええ、何それ……? まぁ、楽しそうにしてる人を邪魔するのもあれか」
今日はB小町のドーム公演当日。
あれから何事もなく事件から2年が経ち、今度こそ誰にも邪魔されずにドーム公演が実現したのである。
「あ・な・たのアイドル~♪ サインはB!」
数万を超える大勢のファンの熱狂に包まれ、B小町の、ひいては苺プロの夢だったドーム公演が、今幕を開いた──。
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あれから更に10年の月日が経った。
クリス達も今年で16歳になり、3人揃って陽東高校へ進学した。
芸能人御用達と言われるこの学校。その中でも一際異彩を放つ芸能科へ入る事に。
アクアは五反田監督の下で修業しながら役者としての経験を積み上げ、クリスとルビーも日々芸能活動に励んでいる。
加えて苺プロがバックについている事もあり、3人とも高校生の時点で芸能人として非常に高い実力を有していた。
ここで疑問に思う事は、ルビーとクリスは一体何の活動をしているのか。
その答えは明白である。
「みんなー! 今日は私達のライブに来てくれてありがとー! 応援よろしくねー!」
「新生B小町の武道館ライブ、私達も楽しみにしてたよー!」
「私達が届ける精一杯の愛を、今このライブを見ている全員と分かち合おうね!」
「みんな準備は良いかしら? それじゃあ一曲目行くわよ!」
「「「「あ・な・たのアイドル~♪ サインはB!」」」」
かつて伝説のアイドルとして一世を風靡したアイの意思を継ぎ、ルビーとクリスは12歳の頃から新生B小町としてアイドル活動を始めていた。
途中、子役として丁度売れなくなった当時14歳の重曹こと有馬かなが加入し、最近では『今ガチ』経由でMEMちょもメンバーとなり、4人で支え合ってアイドル活動に励んでいる。
そして結成から4年が経った本日、新生B小町初となる武道館ライブが開催された。
「ルビー! クリスー! かなちゃーん! MEMちょー!」
「良いぞー! 4人とも頑張れー!」
「かなちゃん……かなちゃん……!」
武道館最前列の席では、一般人に変装した星野アイがぴょんぴょん跳ねながら4人を応援していた。
その隣では、有馬をB小町に誘った張本人のアクアが赤、青、白、黄の4色のペンライトを派手に振り回し声援を送る。
更に隣では『今ガチ』でアクアと付き合う事になった黒川あかねが、静かに興奮しながら有馬をじっと凝視している。
それもあってか4人の緊張は良い感じに解けて、伸び伸びとした気分でライブを進める事ができた。
──ライブ終了後。
「いやー、皆お疲れ! 初の武道館ライブすっごく良かったよ!」
「ありがとママー! 私超頑張ったんだよ。もっといっぱい褒めて!」
「よしよし、頑張ったねルビー。お母さんはとっても誇らしいよ」
苺プロの事務所にて、ライブを終えて帰った4人を出迎えたのは、最前列で応援していたアイとアクアとあかねだった。
「まったく、帰ってきて早々母親にベタベタとは。マザコンもここまで来ると凄いわねー」
「まぁまぁ有馬先輩、良いじゃないですかこれくらい。姉さんは頑張ったし、私達も精一杯頑張りました。今はライブの成功を思う存分祝いましょうよ」
「……それもそうね。はー、今日は疲れたわ。風呂に浸かってすぐに寝たい気分」
「でしたら先輩、今からお風呂沸かしてきますね。先輩はそこでゆっくり休んでてください。あっ、茶菓子とか要ります? 最近また美味しいの買ってきたんですよ」
「……クリス、あんたって子は本当に良い子ね。ルビーと大違いだわ。あんたはこの事務所内で一番の良心よ。いつも本当にありがとう」
「いえいえ、頑張った先輩を労ってこその後輩ってものですから、お気になさらず。とりあえずこの苺大福でもどうぞ」
「ありがと……美味しいわねこれ」
「でしょう?」
ライブを全力で乗り切った有馬を労い、和菓子を振る舞い、聖母の如くにっこりと微笑むクリス。
おまけにお風呂まで沸かすその献身ぶりには、普段は毒舌の有馬もクリスの前では子供のように素直に甘えるばかりである。
「MEMちょさんもよく頑張りましたよ。メンバーになってからあまり日が経ってないのに、武道館ライブの成功に貢献するなんて。流石は人気インフルエンサーです」
「もう、やめてよクリスちゃん。私はただ皆の足を引っ張らないようにって、自分ができる範囲の事しかやってないよ」
「だからこそですよ。MEMちょさんの絶妙なサポート、凄く助かりました。痒いところに手が届く、まるで結成当初から居るような安心感と信頼感……私にもぜひ見習わせてください」
「いやーあはは! そ、そんなに持ち上げられたら照れるじゃないかクリスちゃん! こんなお姉さんで良ければ、喜んで色々と教えるよ!」
メンバーになって数カ月のMEMちょにも、クリスは欠かさず労いの言葉を掛け、優しい笑みを浮かべる。
ほぼ10歳年下の女の子からの聖母の如き慈愛に溢れた声と笑顔は、20代後半に差し掛かったMEMちょの心にクリティカルヒットした。
これが巷で有名なバブみなのか……と、そんな事を思いながらクリスと心置きなく談笑する。
「アクア君のお母さんが星野アイって聞いた時は驚いたけど、確かにこうして間近で見ると、ルビーちゃんとクリスちゃんはアイさんに凄くそっくりだね。クリスちゃんは髪を染めてるけど、それでも見比べたら一発で分かる」
「ああ、そうだな」
「でもB小町じゃない私にまで関係を明かして良かったの? この事は世間には内緒なんでしょ?」
「問題ない。あかねなら信用できるし、そもそも直接アイと見比べたら一発で分かるのは仕方がないからな」
アイと4人の新生B小町メンバーとの戯れを、アクアとあかねのカップルは微笑ましい気持ちで眺める。
B小町メンバーの有馬とMEMちょに加え、事務所までついて来たあかねも、星野アイと3人兄妹の関係性を既に知らされていた。
現在、クリスは髪を綺麗な白髪に染めており、その状態でアイドル活動に励んでいる。
元々の髪色がアイと同じ彼女は、地毛のままアイドル活動を行えば一発でアイの子供か親戚に違いないと世間に疑われるリスクがあった。
その対策として、地毛から遠く離れた派手な髪色に染めれば、ルビーのように活動の幅が広がると言われて今に至る。
これらは全て、斎藤夫婦からのアドバイスである。
「まぁ何にせよ、皆が楽しそうで俺は嬉しいよ」
そう言ってアクアは、この平和な光景を目に焼き付けるのであった。
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──12年前。
星野アイが殺人未遂の被害に遭ってから、しばらく日が経ったある日の事。
「もしもし」
『はい、もしもし。あれ、久しぶりだねアイ。元気にしてる?』
「うん、おかげ様でね。そっちこそ元気かな、
公衆電話を介してアイが電話した相手は、クリス達の実の父親のカミキヒカルだった。
何故このタイミングで既に別れた男と連絡を取ったのか。
『ええ、こちらこそ元気ですよ。ところで、一体僕に何の用で電話を?』
「あら、それはヒカルの方こそ分かってるんじゃないかな? だって君だよね、リョースケ君を唆して私を襲わせたの」
『…………』
アイの力強い言葉にカミキはしばらく押し黙る。
『……はて、何の事でしょう?』
「あー、良いの良いの恍けなくて。そういうの今は要らないから。何せあの時点で私の新しい引っ越し先を知ってたの、社長とマネージャー以外だと君だけなんだもん。
それに、リョースケ君の行動は確かにファンとしてどうかと思うけど、その原因を推測すれば一概には責められないんだよね、私としては。ぶっちゃけ自業自得だし」
すっとぼけるカミキに対してどうでも良さそうに話を遮り、あの日の出来事を振り返りながらアイは語る。
「で、問題なのはリョースケ君じゃなくて君の方。あの時私は殺されそうになったけど、危うく娘まで巻き添えで殺されるかもしれない状況だった。
もうあんな恐怖は二度と味わいたくない。だから今ここではっきり言うね?」
アイはあの時、クリスが刺されるかもしれないと思うと同時、底知れない恐怖を覚えた.
生まれて初めての経験だった。かつて母親から虐待を受けていた時とは違う、心にぽっかり穴が開いたような虚無にも近い恐怖。
結果的にそれは杞憂に終わり、犯人は撃退されてクリスは無事だった。
その瞬間、アイは得も言われぬ安心感と充足を覚えた。空っぽになった心の中に、温かい何かが流れ込んで満たされる感覚。
それはあっという間にアイの心を一杯に満たし、溢れ出した。
溢れ出たその感情は自然と子供達の方にも流れていく。確かな言葉を伴って。
この時アイはようやく理解した。
──ああ、これが『愛』なんだ、と。
『愛』とは何か。『愛する』とは何なのか。
それを言葉ではなく、心で理解した。
具体的に説明してくれ、と言われても正直説明できる自信はない。そもそも自分は頭が良くないという自覚がアイにはある。
それでもこの感情は本物の『愛』なんだと、そう断言できる程の確信があった。
だからこそ、カミキにはここではっきり告げねばならないとアイは思った。
「もう二度と私の子供達に危害が及ぶような真似は止めて。確かに引っ越し先の住所を教えたのは私。でもそれとこれとは話は別。
もしこの先も今回みたいな事をする場合は……君にも、それ相応の痛みを受けてもらうからね」
『……脅しですか?』
「ううん、違うよ。敢えて言うなら"縛り"かな? 今後二度と私の家族に危害が及ぶ行為はしない事、そもそも変に関わろうとしない事。
その代わりに、私も君が抱えている秘密を決して世間には明かさないし、何もしない事を約束する。どちらか一方が破れば、破った方もタダでは済まない。互いに相手の行動を制限する"縛り"だよ。そうやって私達はお互いを呪い合うの。ずっとね」
そこまで言って、アイは相手の返答を待った。
しばしの間沈黙が続くが、張り詰めた空気が充満する中、カミキは口を開いた。
『……やれるもんならやってみろ、星野アイ』
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
──そして現在に至る。
そんなある日の事だった。
『続いてのニュースです。昨日未明、神木プロダクションCEOのカミキヒカルさんが、都内の自宅マンション内で遺体となって発見されました。
死因は鋭利な刃物か何かで腹部大動脈を刺された事による失血死。部屋中が荒らされた痕跡もあり、警察は強盗致死の疑いがあるとして捜査を──』
青天の霹靂。星野アイに齎されたそのニュースは、まさにその言葉をあてるに相応しいものだった。
休日の朝、いつものように朝食を食べていると、突然このニュースが流れてきた。
あまりの衝撃に、アイはしばらく放心状態になる。
「……どうしたの、ママ?」
だが、その静止もクリスが心配そうに顔を覗き込んできた事で解除される。
あまりにいきなりの事で動揺はまだ収まっていないが、アイは冷静にこの事実を受け止めた。
「いや、何でもないよ。ただ、知り合いの訃報がいきなりニュースで流れてきちゃってね。ちょっとびっくりしちゃった」
「ああ、それであんなに固まってたのね。それにしてもカミキヒカルさん……ねぇ。私、あの顔をどこかで見た事あるような気が……」
「ちょっとクリス、まだ朝なのにそんな暗い話題を深掘りしないでよ。朝ご飯が不味く感じるじゃん」
「こればかりはルビーの意見に同意だな。人の訃報はあまり話の種にして良いもんじゃない」
「あっ、それもそうだね。ごめんなさい……ママもごめんね?」
「ううん、良いの。むしろ発端は私だから謝るのは私の方。ごめんねクリス、暗い気持ちにしちゃって。でもあんまり気にしなくて大丈夫だよー」
そう言ってアイはにこやかに笑う裏で、先程のニュースを振り返った。
子供達の実の父親が亡くなった事には驚愕だが、何故殺されたのかはある程度推測できる。警察は強盗と考えているが、本当は女性トラブルが原因なのだろう。何せ自分もその1人だからよく分かる、と。
芸能界は魔窟である。いつどこで誰がどんな悪意や理不尽を差し向けてくるか分からない。
カミキヒカルのように、恨みを持った相手に突然突き落とされて死ぬ事もある。自分自身のように、怒ったファンにストーカーされて襲われる事もある。
そんな美しくも呪われた世界だからこそ、今目の前にいる3人の子供達に対して、星野アイは
「アクア、ルビー、クリス……愛してる」
今はただ、この幸せな日々に感謝を。
これが僕の妄想じゃない事を祈るよ。
※突然ですが、第3章から原作タグを「呪術廻戦」に変更します。でも「推しの子」要素が無くなるわけではないよ。
星野アイの現状に関しては、許せとは言わない。私の中の単眼猫が「羂索ならこうする」と囁いていたのでそれに従いました。それはそれとして羂索には一回地獄に落ちてくれと思いますが。
とはいえ、星野アイが最終的にどうなるかはこの小説を書き始めた時から決めています。それまで長い目で見て頂けると幸いです。