呪術の子 作:メインクーン
ちなみに第3章の時間軸は3話~4話の間。
さしすといっしょ!
「クリス、ルビー、アクア……愛してる」
──ストーカーの凶刃に倒れ、最期の力を振り絞って今際の際に放ったアイの言葉。
「俺の名前? 五条悟だよ、よろしくなガキンチョ。で、お前は何て名前?」
──アイを殺した犯人に復讐する瞬間を目撃され、それがきっかけで知り合った最強の術師、五条悟。
「ほいこれ、俺の電番とメアド。機会があればまた連絡するから、そん時に会って話そうぜ」
──最強から呪術師としてスカウトされ、自然な流れで貰った連絡先。
「それじゃあまたな、クリス」
「はい、またお会いしましょう五条さん」
──そして交わした再会の約束。
こうしてクリスは、齢4歳にして呪術師としての人生を歩み始めるのであった。
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B小町の不動のセンター、アイが亡くなってから1カ月が経とうとしていた。
季節はすっかり冬となり、数週間前には新年を迎えたばかりの頃。
未だにアイの死から立ち直れない者が大勢いる中、クリスはこの日、家族に内緒で五条悟に連れられ東京都立呪術高等専門学校に来ていた。
「傑、硝子、紹介するね。こいつがこの前言ってたクリス。将来有望な呪術師の才能を持ってるガキンチョさ」
「どうも初めまして。星野クリスと申します。まだまだ若輩の身ですがよろしくお願いします」
「「…………」」
ウキウキ顔でクラスメイト2人にクリスの事を紹介する五条と、4歳とは思えないほど礼儀正しい挨拶を交わすクリス。
そんな2人を交互に見ながら、夏油と家入は信じられないものを見る目で五条をじっと見た。
よく見ると2人の顔は若干引き攣っており、完全にドン引きしている。
「さ、悟……」
「ん? 何だよ傑。もしかしてクリスの潜在能力に気付いて驚いちゃったとか──」
「いくら何でも、幼女誘拐は何とか許される一線を超えてるよ……」
「…………は?」
予想していた展開とは違う反応を見せる夏油に、五条の動きが急に止まった。
何を言われたのかいまいち理解できていない五条に対し、家入も続けて言った。
「お前の事だからいつか絶対にやらかすとは思ってたけど、私らの想定を軽く超えてきたね……。まさかあんたにロリコン趣味があるとは思わなかったよ。ドン引きだわー」
「はっ……はあっ!? おいちょっと待てよ!」
幼女誘拐にロリコン趣味と、あらぬ疑いを2人から掛けられた五条は咄嗟に大声を上げる。
「俺さ、この前言ったよな!? 呪術の才能が凄ぇガキンチョに会ったから、近々そいつを連れてくるって! 予めガキンチョだって伝えたし、あん時お前ら普通に聞き流してたじゃねーか!」
どうにかしてこの疑いを晴らそうと早口で弁明する。
だが、状況が悪すぎた。今の五条では何を言ってもただの悪あがきにしか見えない。
案の定、五条を見やる2人の顔が更に引き攣った。
「いや、だって……ねぇ? 悟自身がガキンチョみたいなもんだから、私達はてっきり年の近い後輩でも連れて来るんだとばかり……」
「夏油の言う通りだよ。マジのガキンチョ連れて来るとか普通思わねーじゃん。で、実際の所はどうなの? 大人しく
「だから誘拐じゃねーよ!」
「ふーん? ロリコンは否定しないんだ?」
「ロリコンでもねーし! 変な誤解は止めろ!」
どんなに真実を語って弁明しようとも、推定有罪で五条に詰め寄る2人の疑いを晴らす事は不可能に近い。
「頭にきた! もう許さねぇ! お前らさっきから勝手な事ばかり言いやがって! 覚悟しろよ!」
「良いだろう、掛かってこい。しっかりと罪を償わせるのも親友の役目だ」
「頑張れ夏油。ロリコンなんかに負けるなー」
その後、いつまで経っても疑われる状況にキレた五条が夏油に掴み掛かり、危うく殴り合いの大喧嘩に発展しかけ……、
「ま、待ってください! 五条さんはここまで連れて来ただけで誘拐したわけではありません! それに私は……自分の意志でここに来ました!」
決死の覚悟で最強2人の間に割って入ったクリスが、精一杯声を張り上げて五条の無罪を主張した。
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五条達の喧嘩を見かねてクリスが説明した結果、何とか誤解を解く事に成功した。
「なーんだ、そういう事だったのか。だったら最初からそう言えば良かったじゃん。相変わらず説明が下手だなお前」
「俺が言っても全然聞く耳持ってなかったじゃねーか、ったく……」
「まぁとりあえず事情は分かった。それで、クリスちゃんだね? 初めまして、私は夏油傑。後ろで煙草を吸ってるのが家入硝子。どちらも悟とは同級生さ」
「あ、はい……改めてよろしくお願いします夏油さん、家入さん」
「おう、よろしくなークリスちゃん」
五条以外の2人とも簡単に自己紹介を済ませると、夏油が悟に問いかける。
「ところで悟、この事は先生には伝えてるのかい?」
「あー、夜蛾先なら……そういえば俺、まだ言ってなかったわ……ん?」
夏油の質問に、五条は困ったように頭を掻いてしまったなーと呟く。
だが、丁度そのタイミングで教室の扉が開き、五条達の担当教員の夜蛾正道が険しい表情で入ってきた。
「お前ら何をしている? もう授業が始まる時間だぞ、早く席に……ん? 何でこんな所に子供が?」
「あっ、初めまして夜蛾先生。私、星野クリスと申します。五条さんに誘われてここへ来ました。あなたの事は五条さんから聞いてます。よろしくお願いします」
教室内で騒ぐ生徒達に喝を入れようとしたところ、五条の傍にいたクリスの存在に気付く夜蛾。
そんな彼の下へ臆さず歩み寄ったクリスは、夏油達の時と同様、深々とお辞儀して自己紹介した。
幼児とは思えない礼儀正しさ。信じられない光景に目をあんぐりと開けて驚愕する夜蛾だったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……悟、ちょっとこっち来い。お前には色々と聞かなきゃならん事がある」
「えーやだ、面倒臭い。傑、代わりに説明してよ」
「つべこべ言うな! 良いからさっさと来い!」
半ば強制的に夜蛾に連行され、五条は教室を出て行った。
それを見届けた後で、夏油と家入はクリスの前でしゃがみ込んだ。
「さっ、クリスちゃん。悟がいない間に何して遊ぼうか? 外で鬼ごっこでもするかい?」
「おいおい夏油、今時の子供の遊びを知らねーの? 今じゃ園児も皆ゲームだぜゲーム。外で鬼ごっこの時代は終わってるよ」
「なるほど……それじゃあ寮に戻ってゲームでもしよっか。桃鉄は好きかい? 3人でやれば盛り上がるよ」
クリスを中心にわいわい盛り上がる2人だったが、当の本人にそんな気はあまりなかった。
「えっと、私、五条さんに呪術の事について色々教えるって言われて……。だからゲームじゃなくて皆さんの呪術を見てみたいなーって……」
「「えっ?」」
「駄目……ですか?」
まさか4歳児から呪術の教鞭を懇願されるとは思っておらず、2人ともキョトンとした表情になる。
もしかして嫌だったのだろうか。そんな考えがクリスの頭を過る。
「いや、駄目って事はないけど……ちょっと予想外というか、何というかね?」
「君くらいの年頃ならゲームって言えば絶対喜ぶと思ってたから。でもそっかぁ、もうその年で呪術に興味があるのか。うん、あのバカが連れて来るのも納得だ。しっかりイカれてる」
驚いたような、それでいて呆れたような口調。
確かにあの五条悟がウキウキで連れて来るのも少しは理解できる。そう思う夏油達であった。
「うーん、とはいえこんな小さな子に私の術式を見せて良いのかどうか……」
「まぁ良いんじゃね? 本人が見たいって言ってるし、多分呪霊を見るのも初めてじゃないでしょ。無理だったら無理でそん時に考えよ」
「……それもそうか。じゃあご要望通り、私の術式を君にお披露目しよう。硝子はどうする?」
「私の反転術式は怪我人いないと分かりにくいじゃん? また今度で良いよ」
どうせ見せても分からないからと、家入はそう言ってやんわりと断った。
事情を知ってる夏油は仕方がないと納得すると、早速クリスの手を引いて教室を出た。
「せっかくだし外に出て披露しようじゃないか。私の『呪霊操術』をね」
「はい、お願いします夏油さん」
「硝子、さっき君は子供が外に出て遊ぶ時代は終わったって言っただろ? でもやっぱり、小さな子供達ほど外で伸び伸びと遊ぶ方が似合うと思わないかい?」
「ははっ、違いないね」
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校舎を出てグラウンドに出たクリスは、早速夏油の呪霊操術を見せてもらった。
「シャアアアアアアアアーッ!!」
「これが虹龍。私の手持ちの呪霊の中でも最高硬度を誇るんだ」
「おおーっ!」
呪霊を取り込み、使役する呪霊操術。
その術式を持つ夏油が取り出したのは、つい最近手に入れたというお気に入りの呪霊。
虹色の光沢を放ち、白い鱗に覆われた東洋龍は何とも幻想的な風貌と格があり、それを見たクリスは大いに感動する。
「他にもほら……こういうのもあるよ」
「ねぇ……私……私、綺麗?」
「綺麗じゃないの? というよりカッコいい!」
「そう……悪くない……」
「あはは、クリスちゃんは褒め上手だね」
こちらも夏油が持つ貴重な戦力、口裂け女。
綺麗かどうか尋ねられたクリスが思った事を馬鹿正直に伝えると、口裂け女の表情がいささか明るくなったように見えた。
「にしてもこれを見て全然びびらないとか、クリスちゃんって本当に4歳? しかも言葉遣いも敬語で丁寧だし、マジで誰に教わったの?」
「ああ、これは周りの大人の会話を聞いて覚えました。それに私は三つ子の末っ子なんですけど、兄さんと姉さんが物凄い天才でして。何せ1歳の頃から大人と流暢に喋ってたし物分かりも良くて……」
「いや、兄妹全員マジでどうなってんの?」
クリスが語るアクアとルビーの姿を想像して、家入は戦々恐々とした。そんな4歳児が本当にいてたまるか、いくら何でもそれはおかしいだろ、と。
「特に兄さんが飛び抜けて頭が良くて、幼稚園にいる時は京極○彦のサ○コロ本を愛読してたくらいで……」
「本当に君の兄さん何者なの? それ中身がアラサーのおっさんだったりしない?」
思わず口から出たツッコみだったが、クリスが知らないだけでかなり真理に近い発言である。
そんなこんなで夏油と家入の2人と一緒に遊んでいると、校舎から五条と夜蛾がやって来た。よく見ると五条の頭頂部には大きなたん瘤が出来ている。
「あー、痛ってぇ……思い切り殴りやがって」
「当然だろ。才能があるからとて、4歳の女の子を呪術高専に連れて来るのはアウトだ。危険すぎる」
「えー、別にクリスはそこまで弱くねぇと思うけど? 強い弱いに年齢ってそんな関係なくね?」
「そういう話ではない!」
どうやら幼いクリスを高専に連れて来た事自体に対して怒られ、夜蛾から愛の鉄拳を食らったのだろう。
今の五条と夜蛾のやり取りで、夏油と家入はすぐに状況を把握した。
そしてこうも思った。当然の結果だろ、と。
2人がそう思っている傍ら、五条への説教を終えた夜蛾がクリスの前でしゃがみ、目線を合わせる。
「あー、星野クリスだったか? 既に悟から呪術の事についてはある程度聞いてると思うが、それらを踏まえて俺から言わせてくれ。
君は確かに呪術師としての才能があるのだろう。だが、それでも君はまだ4歳の子供だ。そんな君が呪術界に足を踏み入れるのはまだ早いと俺は思う」
「えっ……?」
「だから、もっと大きくなってから
「…………」
夜蛾から門前払いともいえる通告を受け、クリスは何も言えず黙りこくった。五条から呪術の事について聞き、もっと呪術を知ろうと思っていたら初手で頓挫したからだ。
とはいえ、夜蛾の言っている事は至極真っ当である。むしろ五条の方が間違った対応をしている。
だからもう少し大きくなってから来るようにと、夜蛾は優しい声でクリスに提案した。
だが……、
「いやいや、それはないでしょ先生。クリスの顔見てよ、めっちゃ落ち込んでるじゃん。かわいそー」
夜蛾の提案を五条が横から遮った。
「悟、これはお前が口を挟む問題じゃない。お前が何と言おうと、呪術を経験するのはまだ先で良いんだ。この子のためにもな」
「この子のため? 逆でしょ先生、クリスに呪術を教えるなら
「お前なぁ……」
夜蛾が馬鹿な事を言うなと諭すように注意するも、五条は全く聞く耳を持たないうえに引き下がらない。
これには流石の夜蛾も呆れたように溜め息を吐くが、そんな事すらお構いなしに五条は続けて言う。
「先生はこいつの実力やポテンシャルをまだ知らないから、今は危ないと思って遠ざけようとしてるんでしょ? それくらい俺にだって分かる。
だったらさ、裏を返せばクリスの実力がある程度認められるレベルなら大丈夫って事になるじゃん。そうでしょ?」
「だとしても一般家庭の4歳児はアウトだが……まぁ確かにあながち的外れという訳でもない。だが、その子は本当にお前がそこまで言う程なのか? これで違ったら取り返しの付かん事になるんだぞ」
「だから大丈夫ですって。俺めっちゃ目が良いのは知ってるでしょ。でもそうだな……」
夜蛾の問い詰めにも五条は一切臆さず、はっきりと啖呵を切ってクリスを推す。
その並々ならぬ自信は一体どこから湧いてくるのか。そんな疑問を他所に、五条はふと夏油の方を振り向いた。
「ねぇ傑、1体だけで良いから手頃な呪霊出してくれない? 準2か2級あたりの」
「急にどうした? まぁ別に良いけど」
五条にいきなり懇願され、首を傾げながらも要望通りの呪霊を1体召喚する。
地面から這いずり出てきたのは、全長3mを超える四つん這いの大きな呪霊。異形の顔に、手足の長さが同じ体格の生物の倍近くあるのが特徴的だ。
「とりあえず準2級の呪霊を出したけど、これで一体何をするつもりだい?」
「うん……うん……これなら大丈夫そうだね」
呪霊とクリスを交互に見て、何やらブツブツと呟く五条。
そして、グラウンドの中心にポツンと佇むそれを見て、突然五条が信じられない事を言った。
「よしクリス、お前今からあの呪霊祓ってよ。勿論お前だけの力でな。呪具の使用も禁止ね」
「「なっ……!?」」
その言葉に、夏油と夜蛾は驚愕して声を上げた。家入も一見落ち着いているように見えるが、その表情は「マジで言ってる?」と語っていた。
「お前、自分が何を言ったか分かってるのか!? これは遊びじゃないんだぞ! クリスにやらせる事じゃない!」
「あっ、そうだ傑。手加減されても意味ないから、その呪霊だけ呪霊操術の対象から外してよ。やっぱ緊張感は欲しいじゃん?」
「悟!!」
これまでに無いほど険しい表情で五条を睨み付ける夜蛾。怒りのあまり胸ぐらを掴んで非難する。
今にも殴り掛かりそうな状況だが、五条は全く臆する様子を見せない。その青い瞳はずっと夏油を捉えている。
「……本気かい、悟?」
「本気と書いて大マジさ」
五条の顔をじっと見つめる。口は笑っているが目は一切笑っていない。
おまけに実力がない者に対して結構ドライな五条が、4歳の幼女をこれでもかと評価し太鼓判を押している状況。
親友として、最強の片割れとして共に歩んできた夏油だからこそ、五条の気持ちに気付いた。
しかし、肝心の本人はどうなのだろうか。そう思いクリスの方に目を向ける。
「……五条さん。私があの呪霊を倒したら、本当に呪術の事をもっと知れるんですか?」
「うん、そうだよ。誓ってもいい。それに先生も似たような事を言ってたむぐっ!?」
「待てクリス、悟の口車に乗るな。こいつの言う事はほぼ全てが適当なんだ。安易に信用したら痛い目に遭うどころじゃ済まない」
勝手な事を言う五条の口を塞いだ夜蛾は、どうにかしてクリスの目を覚まそうと優しく諭す。
「向上心があるのは良い。だが悪い事は言わない。呪霊との戦闘だけは絶対に止め──」
「やります」
だが、夜蛾の言葉が届く事はなく、途中で遮る形でクリスははっきりと宣言した。
「私があの呪霊に勝ったら良いんですよね? だったらやります、やり遂げてみせます。だからそこで見ててください五条さん、夜蛾先生」
「ははっ、良いねクリス。それでこそだよ」
「…………」
クリスの宣言に五条はニヤリと笑い、夜蛾は静かになった。
夜蛾はまだ何かを言おうとしていたが、4歳児とは思えないほど覚悟を決めたクリスの顔を見て、遂に何も言えなくなってしまった。
ようやく場が整ったところで、クリスはグラウンドの中心に佇む呪霊と対峙する。
「こっちはいつでも良いですよ、夏油さん」
「……とりあえず今は君と悟を信じるけど、ヤバくなったらすぐに助けるからね」
そう言うと夏油は両手で印を結び、ブツブツと呪詞を唱え始めた。
そして十数秒後、呪詞の詠唱が終わった瞬間──、
「ギィイイイイイイイイーーッ!!」
呪霊操術の支配から解放された呪霊が、クリスに向かって本能のままに突進した。
夜蛾(今後同じような事が起きた時に備えて、試験用の戦闘呪骸を事前に用意しておこう……)
※一応言っておきますが、この章も暗い時は容赦なく暗いです。