呪術の子   作:メインクーン

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前回:
夜蛾「傑が呪詛師になった」

五条&クリス「はっ?」



玉折 ②

「「……はっ?」」

 

「何度も言わせるな。傑が集落の人間を皆殺しにし、行方をくらませた」

 

 

突然夜蛾から告げられた内容に、五条とクリスは目を見開いたまま固まった。

 

 

「聞こえてますよ。だから『は?』つったんだ」

 

「えっ、ちょ……冗談キツいですよ先生」

 

 

冷静に聞き返す2人だが、その表情はまだ現実を飲み込めないと言わんばかりのものである。

 

頼むから嘘であってくれ、質の悪い冗談はやめてくれ。真剣な目で切実に訴えるが、夜蛾は淡々と現実を突き付ける。

 

 

「……傑の実家は既にもぬけの殻だった。ただ、血痕と残穢から恐らく両親も手に掛けて──」

 

「んなわけねぇだろ!!」

 

 

焦りと憤怒から五条の絶叫が校内に響き渡る。どうしても、夏油が事件の犯人だと受け入れられなかった。

 

そんな五条を夜蛾はじっと見て、続いて隣で絶句するクリスをちらりと見て、最後に頭を抱えて項垂れる。

 

 

「悟……俺も、何が何だか分からんのだ」

 

「──ッ!!」

 

 

夜蛾の声は酷く弱弱しく、いつもの覇気がまるで感じられなかった。

 

それだけ夜蛾にとっても夏油の離反は衝撃的で、先生として信じたくない気持ちがあった。

 

それ理解した五条は唇を噛みしめ、血が出るほどギュッと拳を握り締めた。

 

 

「夏油さん、どうして……」

 

 

クリスも泣きそうなほど酷く歪んだ表情を見せ、震える声で夏油の名を何度も呟くのであった。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

それからしばらくの間、暗い日々を送り続けたある日の事。

 

タバコを吸いに1人都内の喫煙所に出掛けた家入から連絡が入った。その内容は「街中で夏油に会った」というシンプルなものだった。

 

 

「分かった、すぐそっちへ向かう! しばらくその場に留めてくれ! 何なら拘束しても……おい、おい! クソッ!」

 

「夏油さんと会ったって本当ですか!? 今どこにいるんですか!?」

 

 

五条もクリスも矢継ぎ早に家入に叫ぶが、殺されたくないからという理由でそのまま電話を切られてしまった。

 

 

「クソッ、今すぐ傑に会いに行かねぇと……」

 

「五条さん、私も一緒に行きます! 駄目って言っても無駄ですから!」

 

「分かってるわそんなもん! さっさと行くぞ早くしろ!」

 

 

酷く取り乱した様子の2人は、語気を強めて言い合いながらもすぐに高専を飛び出した。

 

向かうは夏油がいる場所。今ならまだ間に合うと信じ、急いで都内を駆け回る。

 

 

 

 

 

そうしてしばらく都内を走り抜け、遂に夏油の後ろ姿を視界に捉えた。

 

夏油も2人の存在に気付き、立ち止まって振り返る。

 

 

「説明しろ、傑」

 

「夏油さん、説明してください」

 

 

2人同時に問い詰める。瞬き一つせずに夏油をじっと見つめる。

 

放たれる強烈なプレッシャー。しかしそれは、どこか憑き物が取れたような様子の夏油には大して響かなかった。

 

 

「2人とも硝子から聞いただろ? それ以上でも以下でもないさ」

 

「だから術師以外は殺すってか!? 親も!?」

 

「家族を守れるようになろうって……強くて優しい呪術師になろうって言ったあの言葉は嘘だったんですか!? 夏油さん!?」

 

 

ここへ向かう最中に聞いた、夏油の離反理由。

 

非術師を皆殺しにして術師だけの世界を作るという。そんな現実味のない馬鹿げた目的のために人を殺し、あまつさえ両親にも手を掛けた。よりにもよってあの夏油傑が、だ。

 

日頃から口癖のように弱者生存を謳い、そのために術師として人を助け行動してきた。そして、家族を守れる強くて優しい呪術師になれるようにと、目指すべき目標を示してくれた。

 

だというのに、今まで見てきた夏油はただの幻覚たったのかと疑いたくなるほど、冷酷で残忍な真逆の思想。

 

五条とクリスが取り乱して怒気を発するのも無理はなかった。だが、それでも夏油は淡々と語る。

 

 

「親だけ特別という訳にはいかないだろ。それとクリスちゃん、どうか勘違いしないでほしいが、私があの時君に言った言葉は決して嘘じゃない。

 今でもそうさ。家族は大切だ。ただ、守るべき家族が変わったんだ。たったそれだけの事だよ」

 

「──ッ!!」

 

 

夏油の言葉を聞いてクリスは目尻を険しく吊り上げ、酷く憤慨する。

 

全身がわなわなと震え、怒りで叫び出しそうになるが、その衝動をぐっと堪える。その堪えた激情は握り締めた拳へと伝わり、掌から血が滴り落ちていく。

 

そうして黙り込んでしまったクリスに代わり、五条が更に詰問する。

 

 

「……さっきからペラペラと、ふざけた事抜かしてんじゃねぇよ傑! 意味ない殺しはしねぇんじゃなかったのか!?」

 

「意味はある。意義もね。大義ですらある」

 

「ねぇよ! 非術師殺して術師だけの世界を作る!? 無理に決まってるだろ! 出来もしねぇ事をセコセコすんのを意味ねぇっつーんだよ!」

 

「…………傲慢だな」

 

「あ゛?」

 

 

怒りに任せて責め立て、否定する五条へ水を差すように放たれたその一言は、五条の苛立ちを更に募らせた。

 

 

「君にならできるだろ、悟。自分にできる事を、他人には『できやしない』と言い聞かせるのか?」

 

「…………」

 

 

五条は言葉に詰まり、咄嗟に言い返せなかった。それだけ今の夏油の言葉は心にくるものがあったのだろう。

 

 

「君は五条悟だから最強なのか? 最強だから五条悟なのか?」

 

「……何が言いてぇんだよ」

 

「もし私が君になれるのなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くとは思わないか?」

 

 

そこまで言って、今度はクリスの方に視線の方向を変える夏油。

 

 

「君もだよ、クリスちゃん」

 

「……何がですか?」

 

「君も近い将来、必ず強い術師になる。それこそ私を優に超えて、真に悟と肩を並べる最強の術師にね」

 

「ッ!? そんな事は……」

 

 

夏油に突然そんな事を言われ、クリスは衝撃のあまり目を見開いた。尊敬と恋慕の念を抱く夏油から冷たく言い放たれ、酷く狼狽した。

 

それでも夏油は淡々と言い続ける。

 

 

「悟だけじゃない、君だって私が掲げた理想を実現できる。それだけのポテンシャルを君は秘めているんだ」

 

「だからっ、何だって言うんですか……?」

 

「……羨ましい限りだよ」

 

「──ッ!?」

 

 

クリスは言葉を失った。

 

夏油から向けられたその瞳はとても悲しくて、どこか後ろめたくて、それでいて嫉妬や劣等感を抱いている。そんな複雑な感情を孕んだ視線だった。

 

まさか一番心を許していた夏油からそんな感情を向けられるとは思っていなかった。

 

あまりのショックにクリスの心は孤独と失望の渦に包まれ、壊れそうな程に酷く傷付いてしまった。

 

 

──こうして完全に黙り込んでしまった2人を横目に、夏油は背を向けて歩き出す。

 

 

「まぁ、とにかく、私は生き方を決めた。後は自分にできる事を精一杯やるだけさ」

 

 

その瞬間、どんどん離れていく夏油に向けて、五条は術式を発動する構えを取った。クリスも修行の一環で見た覚えがある、虚式という秘奥の技である。

 

それが今、夏油に放たれようとして──、

 

 

「殺したければ殺せ。それには意味がある」

 

 

そこで五条の動きは完全に止まってしまった。技を撃とうと構えるその手が大きく震えている。

 

その間に夏油は人混みの中に紛れ、2人の前から完全に姿をくらました。

 

 

──五条にとっての親友。クリスにとっての初恋。

 

互いの人生に大きな影響を齎した掛け替えのない相手は、最悪の形で離別し、長い間再会する事は無かった。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

その日の夜、高専寮にて。

 

 

「ここにいたのか、クリス」

 

「五条さん……」

 

 

夏油が使っていた部屋の中心で座り込んでいたところ、五条がドアを開けて入ってきた。

 

 

「さっき先生と話したんだが、傑の部屋、近々整理整頓して片付ける事になったってさ」

 

「そう、ですか」

 

 

入ってきて早々、室内にある夏油の私物の破棄が決まった事を告げられた。一瞬、クリスの肩がピクリと揺れたが、一言だけ返して静かに受け入れた。

 

そんなクリスの隣に五条も静かに座る。

 

 

「……なあクリス、俺って強いよね?」

 

「そうですね。勝てるイメージが湧かないくらいにはぶっちぎりで」

 

 

しんと静まり返った夏油の部屋で、酷く落ち込んだ様子で五条がクリスに聞いた。

 

 

「今日あいつと話して分かったけどさ、俺だけ強くても駄目だってよく分かったよ。俺が救えるのは、他人に救われる準備がある奴だけなんだ。初めて出会った時のお前みたいにな」

 

「言われてみれば確かにその通りですね。思えばあの日から2年近く……色んな事があったなぁ」

 

 

五条の心境を聞き、クリスは懐かしむように目を閉じて、あの日の出会いを振り返る。

 

母親の星野アイが殺されたあの日から、彼女の人生は何もかも変わった。この2年間で高専生でもないのに随分馴染んだ。

 

五条、夏油、家入の3人と出会い、一緒に任務に赴いたり修行したりして、時には馬鹿みたいに騒いだ日々。途中から七海と灰原も加わって、誕生日の日には皆からプレゼントを貰って可愛がってもらった。

 

そうして積み重ねた沢山の思い出がある中、やはり一番心に残っているのはあの日夏油と交わした言葉。

 

 

『家族を守り、夢を全力で応援できる。そんな優しくて強い子になれるよう、これからも一緒に頑張ろう』

 

 

興味本位で呪術界に足を踏み入れた自分に新たに加わった目標。その日からより精力的に修行に励み、呪術のいろはを学習していった。

 

そして夏油の事を信頼して慕うようになり、気が付いたら恋慕するようになっていき、今年の花火大会では本人に直接を想いを伝えた。

 

だからこそショックを受けた。

 

 

「……は、はは、夏油さんもあんな顔するんだ。知らなかったなぁ、まさか私に対してあんな事を思ってたなんて」

 

「クリス……」

 

 

今日夏油から向けられた表情、その感情。

 

クリスが心から信頼していた意中の相手は、いつの間にか自分に対して暗い感情を抱いていた。

 

一体いつからそう思っていたのか。何故その状態になるまで気付けなかったのか。疑問はたくさん湧いて出るが、ただ只管にクリスは悲しかった。

 

それでも──、

 

 

「でも私、まだ夏油さんの事が好きだなぁ。すぐに捨てられたら良かったのに、どうしても出来ないし忘れられない」

 

 

それでもクリスは、夏油への想いを捨て去る事はできなかった。たとえ呪詛師に堕ちても、自分にどうしようもない負の感情を向けられても。

 

ここでその想いをあっさり捨ててしまえば、今までの積み重ねが全て壊れてしまいそうな気がしたから。何もかもが新鮮で鮮明だった皆との思い出を、嘘にはしたくなかったから。

 

そこでクリスは決心した。

 

 

「だから、この想いは捨てずに、ずっと仕舞っておこうと思います」

 

「そうか……」

 

 

それを聞いた五条は、特に何も言わずに一言だけ返した。

 

こうしてそれぞれが離反した夏油に対する気持ちを整理したところで、五条が再び口を開いた。

 

 

「なぁクリス、俺さっき言ったよな。俺だけ強くても駄目だって」

 

「はい、言いましたね」

 

「だから俺、高専を卒業したらここの教師になろうと思うんだ」

 

「教師、ですか?」

 

 

曰く、自分だけ強くても駄目だという事を身を以って知ったので、もし自分が居なくても何とかなるように、強く聡い術師をたくさん育て上げるとの事。

 

 

「なるほど、それで五条さんが教師……良いんじゃないですか? 家入さんも恐らく高専に勤務するでしょうし、私もいずれ高専の生徒になりますから」

 

「そうだよな。俺でも結構いけるんじゃないかと思うんだよ。でも物を教えるのは傑ほどじゃないから、そこら辺は色々摸索していくしかないな」

 

「だったら私で色々試してみたらどうです? ちょうど教師の経験を積めそうな生徒が1人いるんですから。それに、こういうのはたくさん挑戦する事が大事だと聞きます」

 

「サンキュークリス、それめっちゃ助かる。何か問題あったら遠慮なく言ってくれ」

 

「ええ、勿論。よろしくお願いします、五条()()

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 

高専の教師を目指す五条のために、今まで弟子として指南してきたクリスを生徒として扱い、学校教育のシミュレーションを実行する事が決まった。

 

 

「じゃあ手始めに……一人称を『俺』から『僕』に変えていこうかな」

 

「夏油さんもずっと言ってましたからね。良いと思いますよ、未来の生徒が萎縮しないためにも」

 

「慣れるまで何年掛かるのやら」

 

「だったら私も一人称を『僕』に変えて五条先生に合わせましょうか? 一緒にやる人がいれば、いつの間にか忘れてしまう事も防げますし」

 

「そうか? そうだな……そうかもな」

 

 

その提案に五条は静かな笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──それから10年以上が経ち、現在。

 

 

「……きて……さい、クリス……」

 

(んー……何? 騒がしいなぁ……)

 

 

人が懐かしい思い出に浸って気持ち良く寝てるから邪魔しないでほしいと思いつつ、何度も身体を揺さぶられたので重い瞼をゆっくりと開けた。

 

するとクリスの視界内に、見慣れた人達が取り囲むように立っていた。

 

 

「おっ、やっと起きたか」

 

「おはよークリスちゃん、もう皆集まってるよ」

 

 

まず視界に入ったのは、クリスと一緒に高専へ入学した2人の同級生、秤金次と星綺羅羅。

 

 

「ったく、いつまで寝てんすかクリス先輩。さっさと起きてください」

 

「呼ぶだけ呼んで自分はぐうたらして遅刻するとこ、マジで悟そっくりだよな」

 

「しゃけしゃけ」

 

「お、おはようございますクリス先輩……」

 

 

続いて視界に映ったのは、同級生2人の隣へ並ぶように立つ後輩達。

 

左から順に禪院真希、パンダ、狗巻棘、乙骨憂太の4人が見下ろす形でソファーで寝ていたクリスを見ていた。

 

 

「今日は皆でトレーニングするってクリスちゃんが言ってたじゃん? もう集合時間から15分以上経ってるよ」

 

「マジ? まぁこういう事はよくあるし、15分くらいはご愛嬌って事で……」

 

「アホか。まだ寝ぼけてんならその頭かち割ってやろうか?」

 

「真希ちゃん何か当たりキツくない?」

 

 

いつにも増して発言に刺があるなと思いつつ、瞼をこすって頬を叩き、勢いよくソファーから立ち上がる。

 

 

「よし、じゃあ早速トレーニングと行きますか! 皆張り切っていくよー!」

 

「そろそろ交流戦も近いしな」

 

「つっても1年で参加するのは乙骨だけで、今年は2年がメインだけどな」

 

「明太子」

 

「あはは……ど、どうかお手柔らかに……」

 

「京都校の人達も可哀想だよね。よりにもよって相手がクリスちゃんだもん。私なら絶対に嫌だ」

 

「かと言って怠けてたら痛い目見るぜ綺羅羅。俺はクリスに頼りきりなんて御免だしな」

 

「それもそっか」

 

 

わいわい騒ぎながらグラウンドに向かう皆を見て、クリスは思わず笑みを浮かべた。

 

 

「ふふっ……」

 

「急にどうしたんすか先輩?」

 

「いやぁ? 別に」

 

 

 




クリスの両眼が白星から黒星になった原因その②。

現代になってクリスは星野アイの演技ができるけど、それはこの頃からアイと同じような経験をしていたから。

推しの子の原作最新話まで読めば分かりますが、奇しくもアイが旧B小町から向けられていた感情を、クリスは夏油から向けられていたという事です。とはいえ、旧B小町と違って夏油は決して暴言を吐いたり陰口を叩いたりしませんが。

ちなみに、クリスはこの後も多くの術師から同様の感情を向け続けられて今に至ります。特に禪院。


※これにて第3章終わり!
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