呪術の子 作:メインクーン
クリス「葵君、憂太君、勝負しよー」
東堂「来たなシスター! 俺達が相手だ!」
乙骨「全力で行きます先輩!」
京都姉妹校交流会開始から数分、森の中へ駆け出したクリスは早速東堂と乙骨のペアと相対した。
同じチームの秤と綺羅羅とは別行動を取っており、2人は恐らく加茂と西宮の2人と戦っている頃だろうと予想する。
「全力で……か。言うようになったね憂太君、殺す気でかかっておいで。何なら祈本里香も出しておく?」
「いえ、里香ちゃんは出しません。暴れ出したら何が起こるか分かりませんし」
「そ、まぁ別に良いけど」
刀身を構えて臨戦態勢に入った乙骨をクリスは感心した目で見やる。そこには圧倒的な強者としての余裕があった。
「おいおいクリス、俺は仲間外れか? 親友を放置するなんてあんまりじゃないか」
「ごめんて葵君、こんな雑談するために会ったわけじゃないもんね。じゃあ話もここまでにしてそろそろ始めよっか」
「──ッ!?」
さっと腰を低くして拳を固く握り締める。その瞬間、クリスの雰囲気が一気に変わった。
呪術師になって月日が経っていない乙骨もその変化を敏感に感じ取る。たった今クリスは、ただのおちゃらけたお姉さんから現代最強の術師へと変貌したのだ。
「気を付けろ乙骨、一瞬でも気を抜くとあっという間だぞ」
「はい、分かってます」
「俺から言える事はただ1つ。止まるな、俺を信じろ。良いな?」
「はい!」
強大な相手から片時も目を離さず、2人は声を掛け合ってお互いを鼓舞した。
乙骨は刀の柄を握る力を強め、東堂は首にぶら下げた金属製の四角いペンダントに軽く口付けして、戦いに向けた最後の精神統一を済ませる。
そうして数秒だけ膠着した時間が流れたが、その均衡は突如崩れた。
「──ッ!!」
「えっ……!?」
視界に移るクリスの姿が一瞬ブレたと認識した瞬間、乙骨の目の前に不敵な笑みを浮かべるクリスが立っていた。
数十mあった距離を一瞬で詰めて接近し、握り締めた拳を乙骨の鳩尾へ繰り出す。
「ぬんっ!」
「おっ、直前で入れ替わったか。やるね葵君」
「ふぅぅぅ……相変わらず重い一撃だ」
乙骨の鳩尾に拳が当たる寸前、パンという軽快な音と共に東堂が目の前に現れ、両腕をクロスしてクリスの攻撃を防御した。
攻撃を受けた東堂は後方へ飛ばされるも、踏ん張っていたおかげで大したダメージも無く耐えている。
その一方で、クリスの動きに反応できなかった乙骨は、心臓の鼓動が速くなるのを感じて冷や汗を垂らした。
(い、今東堂先輩が咄嗟に防御してくれなかったら、僕はさっきの攻撃で致命傷を負っていた。これがクリス先輩の実力……!)
東堂の術式『不義遊戯』は、手を叩く事で対象の位置を入れ替える事ができる。そのおかげで間一髪助かった乙骨は、クリスに対する認識を今一度改める事にした。
この人は術式無しでも全員を倒せる実力がある。本当に殺す気で行かないと勝ち目はない、と。
「助かりました東堂先輩。次はちゃんと動けます」
「上々! その調子で気をしっかり持てよ」
「はい!」
再び姿勢を直してクリスと向き合う乙骨。
全身から刀まで、至る箇所に呪力を漲らせて今度こそ対処できるように集中力を高める。
「話は終わったかな? じゃあ続きを始めるよ!」
再びクリスが動いた。目で捉えるのがやっとな程の異常な速度で森の中を走り抜ける。
ビュンと風を切る音が何度も耳に入り、周辺の木々が衝撃を受けて大きく揺れる。
正直言ってこのスピードについて行くのは厳しい。そもそも最速の術師と謳われていた禪院の当主を軽々凌ぐ相手である以上、スピード勝負で挑むのは愚の骨頂。
だが、それをどうにかできる術師がいるとすれば、それは間違いなく東堂だろう。
「ッ!?」
「今だ乙骨、叩け!」
「はあああっ!」
たった今、東堂が再び手を叩いた瞬間、飛び回っていたクリスと東堂の位置が入れ替わった。
そして目の前に現れたクリスの顔面に向かって、乙骨は既に拳を突き出していた。
「はあっ!」
「ぐっ……やるね憂太君。やっぱこうなるか」
体勢が崩れた状態で位置が変わったため、避ける間もなく乙骨の拳を受けたクリス。
呪力の籠った強力な一撃は彼女の頬に深く突き刺さり、勢いよく吹き飛ばした。
とはいえ、クリスに大きなダメージは見受けられない。それどころか反転術式ですぐに回復してしまった。
「まっ、お前ならすぐに治せるよな。ならば一気に畳み掛けるのみ!」
この程度で東堂はめげない。クリスの動きに合わせて適切なタイミングで位置を入れ替え、戦いを進めていく。
乙骨も続けていく内に段々と息が合うようになり、次第に動きのキレも良くなっていった。
「隙ありだよ、東堂君!」
「お前の方こそな!」
「たあっ!」
「あっぶな! 憂太君容赦ないね、その調子!」
東堂に蹴りを入れこもうとする寸前で手を叩かれ、刀を振り抜く乙骨が目の前に現れる。
クリスは渾身の一振りを紙一重で屈んで躱すと、後方に宙返りして距離を取った。
「ふんっ!」
「葵君も、前よりもっと攻撃に重みが増してるね。まともに食らったらヤバいかも」
「俺も強くなってるんでな!」
乙骨から離れたと同時に、先程入れ替わった東堂がクリスの背後に立ち、肩先目掛けて高々と上げた踵を振り下ろす。
それを読んでいたクリスは、さっと右腕を掲げて東堂の踵落としを防ぐ。瞬間、大岩が地面に落ちた様な轟音が響き渡り、クリスの両足が地面に深くめり込んだ。
「はあっ!」
「おっと危ない。油断も隙も無いね」
「ええっ!? 噓でしょ受け止めた!?」
「ふふん、呪力で固めた僕の肉体強度を甘く見ない方が良いよ」
前方から乙骨が間髪入れず刀を振り抜き、クリスの身体を躊躇なく切り裂かんとする。
しかし、呪力を込めた刀身はクリスの左腕で防御されてしまった。刀身と腕が交差した瞬間、カキンと金属同士がぶつかり合う音がしたのは決して気のせいではないだろう。
「おらぁああああっ!」
「ぐっ……ぬぅうううっ!」
「わっ……うわぁああああっ!?」
右腕は東堂の蹴りを、左腕は乙骨の剣撃を受け止めた状態。
そこからクリスは、地面にめり込んだ両足を地面ごと蹴り上げて、周囲の草木を丸ごと蹴散らしながら2人を突き放す。
これには東堂と乙骨もバランスを崩し、地面と共に吹き飛ばされる。
「駆けっこしよっか、2人とも」
地面から離れて空中に身を投げ出された2人へ、クリスはにっこり笑って呟いた。
それを耳にした乙骨は背筋が凍る感覚を覚えた。何故なら次の瞬間には、クリスが乙骨の服を掴んで振り被っていたから。
「いっくよー。そーれっ!」
「うわぁああああああああっ!?」
クリスに思いきり投げ飛ばされた乙骨の悲鳴が森全体に響き渡る。
あまりの力に抵抗すらできず、空中で身を捩りながら何とか体勢を整えようと模索する。
「乙骨! 今俺が……!」
「させないよ葵君。君も一緒に来てもらうからね」
(更にスピードが増して……!?)
手を叩いて投げ飛ばされた乙骨を回収しようとする東堂だったが、直前で目の前に現れたクリスに妨害されてしまう。
クリスの鋭く重い拳が振り抜かれ、一回り大きな東堂の巨体を軽々吹っ飛ばす。
幸い咄嗟の防御は間に合ったが、身体の芯に響くクリスの打撃に東堂は思わず唸った。
「東堂先輩!」
「気にするな乙骨! 相手に集中し……!」
「そうだよ憂太君、戦う相手から目を逸らしちゃ駄目。ちゃんと見ておかないと」
「なっ……うぐっ!?」
東堂の忠告も虚しく、乙骨が目を逸らした一瞬の隙を狙ってクリスは蹴りを入れた。今の乙骨が空中で自由に身動きを取るのは難しく、鳩尾に強力な一撃を食らってしまった。
そして、勢いそのままに乙骨は地面に激突し、落下地点からは大量の土煙が高々と宙を舞い散る。
これだけでは終わらない。
「今度は君だよ、葵君!」
「来たなクリス!」
乙骨を地面に埋めてすぐ、クリスは強靭な脚力で空中を蹴って移動し、東堂の前に姿を現す。
「はあっ!」
「何の! ふんっ!」
クリスが素早く拳を突き出すも、東堂が手を叩いた事で位置が入れ替わり、背中ががら空きになったクリスの背後に立つ。
東堂も負けじと、すかさず身を捩って右脚を横薙ぎに振り払う。だが、その蹴りが当たる直前でクリスが消え、空を切ってしまう。
「何っ!?」
「惜しい、こっち!」
入ったと思った蹴りが空振って驚く東堂の横から、クリスの無邪気な声が聞こえてきた。
声がした方向を振り向くと、既に左脚を振り下ろさんとするクリスの姿が目に移り、東堂は目を見開いた。
「それっ!」
「うぐっ……!」
クリスの強烈な蹴りが東堂の胴体を捉えた。
乙骨と同じく、蹴り飛ばされた東堂は地面に高速で落下し、大きなクレーターを作り上げる。
「さぁて、今のでどうなったかな?」
今の一撃で終わるような相手ではないが、相当なダメージにはなっただろう。そう思いながら、クリスは2人が落下した場所の目の前に降り立った。
「さぁて、今のでどうなったかな?」
頭上から透き通るようなクリスの美声が耳に入る。
先程空中に投げ飛ばされてから蹴落とされた乙骨は、朦朧とする意識を何とか繋いでゆっくりと顔を上げた。
「おっ、流石は憂太君。まだ意識があるなんて大したもんだよ。成長したね」
見上げると、趣味の悪い首輪を付けたクリスが仁王立ちでこちらを眺めていた。その表情にはどこか喜色が混じっているように見える。
「……ぐっ、やるなシスター。流石は特級といったところか。猛烈に強い」
「葵君も起き上がったか。まあ当然といえば当然だね。今のでやられる君じゃないし」
少し顔を傾けると、同じく地面に叩き付けられた東堂が土を払い落しながら起き上がっていた。
所々から血を流しており、擦り傷や打撲などのダメージはあるがいずれも軽傷。動きに支障が出る程ではなさそうだ。
それでもクリスのように反転術式が使えるわけではないので、このままではこちらが限界を迎えてジリ貧で負ける可能性が高い。
(このまま戦っても、クリス先輩に成す術なくやられて負けるだけ……)
何度頭の中でシミュレーションしても、今のままクリスに勝てる未来が見えない。術式を封じられたクリスが想定よりもずっと強かった事が最大の誤算だった。
(そもそも僕はさっきから碌に戦えていない。ずっと東堂先輩に助けられてばかり。このままじゃ……)
戦いでは相手に碌なダメージを与えられず、ピンチの際は東堂に何度も助けられて逆に足を引っ張っている。
そのように自己を評価した乙骨の脳裏に浮かんだのは、高専に来てから初めて赴いた任務の記憶。
真希と一緒に小学校へ呪霊討伐に行った際、己の不甲斐なさで真希を死の淵に追いやり、被害者の子供達にも不安を抱かせてしまった。
あの時と状況は違うが、他人に助けられてばかりの現状は一致している。もう二度とあんな思いは御免だった。
『殺す気でかかっておいで』
本格的に戦う直前、クリスに言われた言葉を思い出す。
あれはそのくらいの気概を持って戦えという事だと解釈した。だが、どうやらそれは少し違っていた。
あの発言は本当に、言葉通りぐちゃぐちゃにして殺すくらい容赦を無くさなければ、クリスに勝つ事はできないという意味なのだろう。
そうしてクリスに対する認識を改めた乙骨は、普段の自分なら絶対にしない、ある決断を下した。
「…………里香ちゃん」
「なぁに?」
乙骨は、自身の左手薬指に嵌めている指輪にそっと触れると、祈本里香の名を呼んだ。
彼の呼びかけに祈本里香も反応する。
「少しの間だけで良い。力を貸して」
「いいよぉ」
瞬間、空気が一気に重く、冷たくなる。
ぬめりと纏わりつくような悪寒が一気に全身を駆け巡り、森全体が無音の世界と化した。
「この気配は、まさか……!?」
「なるほど、遂に来た感じか……」
これには2人も驚いたのか、乙骨と背後に現れた悍ましい存在に目を離す事ができない。それでもクリスはどこか楽しそうに口角を吊り上げた。
「ごめんなさいクリス先輩。今度こそ全力で殺しに行きます」
「良いよ、かかっておいで憂太君。交流会といえど、やっぱ戦いはこうでなくっちゃ」
突如告げられた乙骨の殺害宣言にも一切慄かず、クリスは真正面からそれを受け止める。
「行くよ、里香。東堂先輩と協力して戦おう」
「分かったぁ。里香頑張るぅ」
こうして東堂と乙骨のペアに祈本里香が加わり、3人でクリスと戦う事になった。
戦いは佳境を迎える。
──彼らの戦いの様子を冥冥の烏越しに映る映像で見ていた夜蛾学長は忌々しげに五条を睨み付ける。
「悟、お前が乙骨とクリスを別々のチームに分けると言い出した時は何事かと思ったが……初めからこれが狙いだったな?」
「さぁ、それはどうでしょう? 僕が彼らに直接何かをしたわけではないので。でも、これで祈本里香の制御がもっと上手くなれば良いなって思ってますよ」
「……まぁ良い。本来なら直ちに中止するとこだが、相手はクリス。東堂もそう簡単にやられる男ではないし、もう少し様子を見よう」
まだ言いたい事は山々あるが、しばらくは静観して様子見に徹する事に決めた。
「ふふっ……頼んだよ、クリス」
画面の先で不敵に笑うクリスに向けて、五条は囁くように期待の言葉を口にした。
クリス「修行の一環で無量空処を食らわされた時よりは遥かにマシだよ」
東堂&乙骨ペアは確かに強いけど、連携度は東堂&虎杖ペアに大きく及ばない程度。所々ちぐはぐになってる部分が目立つ。
今のクリスは術式が使えないけど、単純な呪力強化だけで死滅回遊後の覚醒真希と同等以上の強さ。というかこれを遥かに上回る宿儺の呪力強化って一体……?