呪術の子 作:メインクーン
乙骨「全力で殺す」
里香「頑張るぅ」
クリス「かかっておいで」
乙骨が祈本里香を顕現させてから10分が経過した。
「合わせろ、里香!」
「分かったぁ」
「良いぞお前達、この調子で押し切る!」
東堂と乙骨のペアでも押されていた戦況が、祈本里香の参戦で徐々に押し返していた。
「ふふっ、やるね。まさかここまで食らいつくとは。これが祈本里香の力……!」
3人の猛攻を冷静に対処しながらクリスは感嘆の声を漏らす。劣勢から一転、ここまで戦いが白熱しているのには理由がある。
「捕まえたぁ!」
祈本里香がクリスの胴体を掴んで動きを止める。
「術式順転『望速』! はあっ!」
「──ッ!! これは効くね!」
そこへ放たれた乙骨の拳がクリスの顔面に当たった瞬間、空間は歪み呪力が黒く光る。
バチッと火花が散る音と共に凄まじい衝撃と痛みに襲われ、クリスは思わず苦悶の表情を浮かべた。
「僕の術式が
「全然そんな事ないです。クリス先輩に比べたらそんな事……」
乙骨はクリスの『時限操術』をコピーし、時間の加速による高速移動を可能にしていた。結果、呪力強化のみの現状のクリスとほぼ同じ速さで動けている。
これに加え、クリスの拡張術式の1つである確定黒閃まで物にしている。そこへサポートに優れた東堂の位置替えもあり、互いに拮抗する結果となっていた。
(だが、俺もサポートばかりでは終われない! この戦いに置いて行かれて、乙骨と祈本里香に頼り切りで良いのか東堂葵!
東堂もこのままでは終われない。
戦況が五分五分になった今、明らかに置いて行かれているのは東堂。それを本人も自覚しているからこそ、己を奮い立たせ集中力を高める。
「はぁあああっ! 黒閃っ!」
「ぐっ……!?」
乙骨と里香の攻撃の合間を縫って、位置替えで接近した東堂の蹴りがクリスの脇腹に炸裂する。
極限まで集中し放った渾身の蹴りは黒閃となり、クリスに少なくないダメージを与えた。
3人の猛攻を何度も食らったクリスは木々を突き破って吹き飛ばされ、大岩に叩き付けられる。
(……さて、どうする? 憂太君と祈本里香のペアが思った以上に厄介だね。葵君の不義遊戯もあるし、これって術式使えない僕の方が割とピンチじゃないかな?)
反転術式で治癒して怪我を直すが、それもいつかは呪力が切れて出来なくなる。祈本里香が底無しの呪力の塊である以上、今はこちらがジリ貧になっていた。
だからこそクリスは久々にアレを使う事にした。
「うん、そうだね。向こうも全力で殺しに来てるもん。こちらも出し惜しみはしない……」
「ッ!? 気を付けろ乙骨! 何か来るぞ!」
「分かりました! 里香、今はここで待機だ」
「はぁい」
今、明らかに雰囲気が変わったクリスを前に、追い打ちをかけようと接近した3人の足が止まる。
「────領域展延」
クリスの全身を薄い結界の膜が覆う。
初めて見る技に東堂と乙骨が警戒を高める中、クリスが忽然と姿を消した。
(相変わらず速い! だが目が慣れてきた。一瞬だけなら見える!)
先程と同じく目で捉えきれない速さで動き回り、ヒット&アウェイで攻撃するのだろう。
そう予測した東堂の目の前にはクリスが立っており、既に拳を握り締めて解き放たんとしている。
(入れ替わってカウンターを決める!)
クリスが纏った結界の膜が気になるが、とりあえず位置を入れ替えてカウンターで反撃しようと考え、東堂は手を叩いた。
だが……、
「ぐほぉあああっ!?」
「と、東堂先輩!」
クリスの拳が東堂の鳩尾にめり込み、東堂の口から大量の血が溢れ出る。
入れ替わらなかったのだ、クリスと東堂の位置が。
(何故だ!? 一体どういう……まさか、今クリスが纏った領域展延というのは……!)
ここで東堂はようやく気付いた。領域展延が相手の術式を中和する効果を持つ事を。それ即ち、東堂の不義遊戯もクリスには適用されない事を意味する。
「気を付けろ乙骨! クリスにはもう、俺の術式は通用しない!」
東堂の全力の叫びを聞いて乙骨は驚愕に目を見開いた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
それから更に10分以上が経過し、再びクリスが盛り返し始めた。
スピード勝負はクリスの術式を使う乙骨がいるため互角。だが、東堂の不義遊戯による攪乱が難しくなり、その分クリスの負担が一気に減った。
「術式順転『望速』!」
「うらぁあああっ!」
「と言ってもなぁ……ほんっとうに僕の術式厄介すぎる!」
そう愚痴を零しながら、乙骨の剣撃と里香の拳を紙一重で避けるクリス。
時間加速による高速移動が想像以上に面倒臭く、おまけに全ての攻撃が確定で黒閃になる。これ以上迂闊に攻撃を受け止めるわけにはいかなかった。
「──ッ!! その手には乗らないよ葵君!」
「かはっ……!?」
東堂が手を叩こうとしていたので、すかさず乙骨と里香から離れて殴り飛ばす。展延を纏って入れ替えのリスクを減らしているため安心して妨害できた。
だが、その際に生まれた隙を乙骨は見逃さない。すかさず距離を詰め、クリスを断ち切らんと横薙ぎに一閃、刀を振るった。
「黒閃っ!」
「うぐっ!? やっば……!」
咄嗟に後方へ飛んで致命傷は負わずに済んだが、刀の切っ先が腕に当たってしまい、黒い火花が散った。
その結果両腕が丸ごと切り飛ばされてしまい、そこから大量の血が溢れ出る。
(くそっ、今のはしくじった! というか何で展延で身を守ってるのにあんなあっさり切り飛ばせるの!? やっぱ黒閃だから?)
乙骨達から全力で距離を取りつつ、反転術式で腕を再生させるクリス。結果的に今の行動は失敗だったと反省する。
「でも、やっぱここはガンガン攻めていくしかないよね」
気持ちを切り替え、クリスは再び攻めの姿勢に躍り出た。
クリスの勝ち筋は渾身の一撃を与えて全員を一発KOにするのみ。その作戦を遂行するには……。
「行くよ憂太君! これが最後の呪い合いだ!」
「行くぞ里香、今度こそ決める!」
「分かったぁ!」
クリスが真正面から乙骨に肉薄する。
大半の呪力を込めて力強く拳を握り締めており、絶対に2人同時に倒すという気概が見て取れた。
乙骨もそれに合わせて里香と手を取り合い、クリスの猛攻を捌いたり反撃に出たりする。
「意外と真正面から立ち向かえば対処できるもんだね!」
「それは僕達も同じです先輩!」
長時間戦って手の内が読めてきたのか、互いに軽口を叩き合いながら高速で攻撃と防御を繰り返す。
そうして拳と刀が交わりながらせめぎ合う中、遂に均衡が崩れた。
「まずはこれを封じる!」
「あっ、刀が……!?」
「だぁああああっ!!」
「がはっ!?」
ほんの一瞬の隙を突いて乙骨の刀をへし折り、それに気を取られた乙骨の顔面と鳩尾を殴るクリス。
それに里香が激怒し、怒りのままにクリスを捻り潰そうと両手を広げて襲い掛かる。
「憂太をいじめるなぁああああっ!!」
「悪いけど君にも眠ってもらおうか!」
「ッ!?」
だが、クリスは冷静に動きを読んで里香の懐に入り込み、跳び上がって強烈なアッパーカットを食らわせた。勿論、追撃で乙骨と一緒に蹴り飛ばす事も忘れない。
乙骨と里香は一気に追い詰められた。
(まだだ! まだ2人とも意識があるし立ち上がる余力もある! このまま仕留める!)
しかしクリスは攻撃の手を緩めない。むしろ乙骨達を倒せる絶好のチャンスを逃すまいと、より一層強く拳に力を入れる。
そして、何とか立ち上がった乙骨と里香に肉薄して止めの一撃を振り抜こうとした瞬間……、
「ぐううううっ……!!」
「なっ!?」
どこからかパンと手を叩く音と同時に、クリスの目の前に東堂が現れて殴り飛ばされた。
乙骨と里香がクリスの攻撃を食らう寸前で東堂が入れ替わったのだ。
「はぁ……はぁ……」
だが、クリスの攻撃を何度も受けた東堂はここで更に大きなダメージを負い、肉体はとうとう限界を迎えた。あと一回でも攻撃を受ければ今度こそ意識を手放す程度には。
一方でクリスは、乙骨達の止めを刺せなかった事を内心悔やむも、一瞬で気持ちを切り替えて先に東堂を大人しくさせようと考えた。
「やってくれたね葵君、でもこれで終わりだよ! もう2度と止めを邪魔される事も無くなる!」
「はぁ……はぁ……」
満身創痍で背後の木にもたれ掛かる東堂に、クリスが全速力で突進する。
──その時、東堂の首に掛かっていたペンダントの紐が千切れ、ペンダントが地面に落ちた。その衝撃で二つ折りのペンダントが開き、中身が露わになる。
見開きでクリスと高田の顔写真が写っているペンダントの中身が。
「…………えっ? はっ? えっ?」
瞬間、クリスの思考は完全に停止した。
写真の中身自体は理解できる。溌剌と笑う
高田ちゃんとは身長180cmの長身アイドルとして活動している芸能人で、ソロでアリーナライブを何度も行った事がある。現状、新生B小町より知名度も実績もある有名なアイドル。
そこまでは理解できる。だが、そこから先を理解する事ができない。何度頭を回しても疑問符が増えていくばかり。
反射的に素っ頓狂な声を上げたクリスだったが、そこへ唐突に東堂が語りかけた。
「……ふっ、やっと思い出してくれたか?」
ただ一言、そう呟いた。
その瞬間、東堂の脳内に突如溢れ出した
『なあクリス。俺、今度隣のクラスの高田ちゃんに告白しようと思うんだ』
『最推しに告白するの? んー、でもまぁ良いじゃない? 高田ちゃんと同じメンバーとして応援してるよ』
同じ学校へ通う推しのアイドルに告白する決意を固める東堂。高田と同じメンバーでありながら、それを応援する
『結果はどうだった?』
『駄目だった……』
『……今日は焼肉奢るよ。美味しいお肉でも食べて元気出しなって』
『ああ……ありがとう』
見事に玉砕して散った東堂に、焼肉を奢って傷心を癒すクリス。
『高田ちゃん、クリスと一緒にとっておきのアレをお願いします!』
『あれかー』
『いいよ。それじゃあ……せーのっ!』
『『たんたかたーん!』』
東堂の要望に応え、クリスと高田の2人でたかたんビームをサービスした握手会。
『……なぁクリス。お前アイドルなのに、何でそこまで俺の事を気に掛けてくれるんだ? 高田ちゃんへの告白も素直に応援してくれたしさ』
『ふふっ、そんなの決まってるじゃん。僕と君はアイドルとファンである前に、掛け替えのない親友同士だからだよ。それ以上の理由がどこにあるんだい?』
『ああ、そうだったな……ありがとう
夕暮れに沈む学校の屋上で、クリスと東堂は互いに固い絆で結ばれた友情を尊んだ。
色々とおかしな点はあるが、どれも青い春で経験した大切な思い出ばかり。
最高に楽しかったあの日々を振り返りながら、クリスと東堂は友情を証明する固い握手を交わし──、
「──ふんっ!!」
「えっ? あっ……」
ほんの一瞬の出来事。
ペンダントに気を取られた僅かな隙を突き、東堂がクリスの掌を叩いて拍手を成立させる。
領域展延で術式を中和できる彼女の位置が入れ替わる事はない。だからこそ、戦いの行方を左右するこのタイミングで彼らが入れ替わった。
「はぁあああっ!」
「殺してやるぅ!」
「しまっ……!?」
クリスの目の前に、東堂と入れ替わりで乙骨と里香が立っており、ありったけの呪力を拳に込めて構えていた。
それに気付いた時点で時すでに遅し。
「「──黒閃っ!!」」
「あっ……がぁあああああっ!?」
乙骨と里香の、呪力出力最大のダブル黒閃がクリスの鳩尾にクリティカルヒットした。
東堂のペンダントで生まれたほんの一瞬の気の緩みが仇となり、今日一番の絶叫を上げながら大量の血反吐を吐くクリス。
「「だぁああああああらぁああああああっっ!!」」
「あぐぁあああああああっっ!!」
乙骨と里香は全ての力をただ一点に集中させ、最後まで拳を振り抜いた。
全力の黒閃を受けたクリスが、まるでホームランボールのように草木を薙ぎ倒して吹き飛んでいく。
「がっ……!?」
そして遥か遠くの大岩に背中を強打して、ずるずると地面へ倒れ伏す。
「ァ……カハッ……」
渾身の一撃をまともに食らってしまったクリスは、反転術式で治す間もなくそのまま意識を手放した。
「はぁ……はぁ……」
「やったよ憂太ぁ! やったねぇ!」
「うん、そうだね。里香ちゃん、力を貸してくれてありがとう。おかげで勝てたよ」
「わぁい、嬉しい嬉しい嬉しい! 憂太、大大大好きだよぉ!」
祈本里香は乙骨への愛の言葉をたくさん口にしながら、乙骨の影へ大人しく戻っていった。
それを確認した後で、乙骨は未だに目を覚まさないクリスへ顔を傾ける。
「クリス先輩、凄く強かったな……本当に凄いや」
東堂と祈本里香の力が無ければ既にやられていた。クリスの慢心が無ければとっくの昔に負けていた。これだけやってもあと少しで負けるところだった。本当にギリギリの戦いだったといえる。
だが、それでもどうにか勝つ事ができた。この戦いで乙骨は更に大きく成長した。
「……とりあえず戻ろう」
こうして激しい戦いの末に辛くも勝利した乙骨は、クリスを担いで東堂のもとへ向かった。
クリスの術式コピーによる乙骨の高速剣戟&確定黒閃、東堂の簡易無量空処、乙骨と里香による呪力出力最大のダブル黒閃でフィニッシュ。
前作主人公と東堂のタッグだし、クリスを倒すならこれくらいやってもらわないと。
なお、この時に撮った映像は後日「見てみたい」とルビーが要望したので全部見せた。