呪術の子 作:メインクーン
羂索「子供はもう預けたよ」
万「相変わらずキッショ」
謎の青年「俺と髪色一緒じゃん。奇遇~」
それは突然の出来事だった。
木枯らしの吹く季節に入った頃、呪術高専で同級生と行動を共にしていた乙骨の前に来客が訪れた。
「初めまして乙骨君、私は夏油傑」
「えっ、あっ、初めまして……」
(((速い!?)))
上空から鳥の呪霊と共に夏油とその一派が降り立ち、夏油が代表して乙骨と固い握手を交わす。
随分あった距離を音もなく詰め寄られ、真紀、狗巻、パンダの3人は驚愕の表情を浮かべた。
「君はとても素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考える」
「えっと……」
周囲の反応に目もくれず、夏油は己の思想を乙骨に語り出す。聞かされている本人は戸惑っているが関係なかった。
「今の世界に疑問はないかい? 一般社会の秩序を守るために呪術師が暗躍する世界にさ」
「……?」
「つまりね、強者が弱者に適応する矛盾が成立してしまっているんだ。なんって嘆かわしい!」
「はぁ……」
その他にも万物の成長やら生存戦略の見直しなどと口にするが、要は呪術師がもっと日の目を見れるような世の中にしたいと、そう言っていた。
その上で夏油はとんでもない考えを乙骨に告げる。
「非術師を皆殺しにして呪術師だけの世界を作るんだ」
「「「「ッ!?」」」」
「僕の生徒にイカれた思想を吹き込まないでもらおうか。まずその子達から離れろ、傑」
夏油のぶっ飛んだ思想に1年全員が困惑する中、夏油の侵入を察知して五条ら高専関係者が続々と姿を現した。
その中に冥冥や七海や家入は勿論、クリスもいる。
「悟ー! 久しいねー! クリスちゃんも1年ぶりだねー! 元気にしてたかい?」
「ええ、すこぶる元気ですよ夏油さん」
五条とクリスの姿を目にした夏油がパアッと明るい笑顔を見せる。笑顔を向けられた2人の真顔との差が激しかった。
その後も1年生を見回して褒めたり貶したりと、夏油は感情をコロコロ変えながら自由気ままに振る舞う。
特に呪霊の見えない真希に対して『猿』と罵った時の蔑む顔は中々に衝撃的だったといえる。普段気弱で流されやすい乙骨が苛立ちの感情を剥き出しにする程だった。
「で、結局お前はどういうつもりでここに来た?」
「立ち話は結構なので早く本題に入ってください」
そんなやり取りを続けている内に痺れを切らした五条とクリスが、2人で取り囲むように夏油に詰め寄った。
本来最強の2人から真剣な顔で睨まれる光景は呪詛師にとって悪夢でしかない。しかし、どちらとも深い関係を持つ夏油は少しも引かず、むしろ一歩前に出て堂々と宣言した。
「お集まり頂いた皆々様、耳の穴をかっぽじってよーく聞いて頂こう! 来たる12月24日、日没と同時に我々は百鬼夜行を行う!」
夏油の力強い声が冬の空に響き渡る。
「場所は呪いの坩堝、東京が新宿。そして呪術の聖地、京都! 各地に千の呪いを放つ。下す命令は勿論"鏖殺"だ。地獄絵図を描きたくなければ死力を尽くして止めに来い!」
そして、今までにない邪気を孕んだ表情を浮かべて言い放った。
「思う存分呪い合おうじゃないか」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
翌日、すぐに高専で会議が開かれた。
各地から呪術関係の大人達が集結する中、クリスも特級術師という立場からその会議に参加していた。
「夏油傑──呪霊操術を操る特級呪詛師です。主従契約のない自然発生した呪いなどを取り込み操ります。設立した宗教団体を呼び水に信者から呪いと金を集めていたようです。元々所持していた呪いもあるはずですし、数2000というのもはったりではないかもしれません」
ホワイトボードに貼り出された夏油の写真を基に、伊地知が全員に夏油傑に関する情報を説明する。
「だとしても統計的にその殆どが2級以下の雑魚。呪詛師だってどんなに多く見積もっても50人程度だろう」
一斉に放たれる2000の呪霊と聞くと確かに驚異的だが、準1級以上の術師にとっては多少気を付ければ問題ない程度の相手ばかり。
夜蛾の指摘通り、普通に考えれば高専側に分のある戦いである。敗北はほぼ考えられない。
「そこが逆に怖いところですね。あいつが素直に負け戦を仕掛けるとは思えない」
「ガッデム!」
だが五条の言う通り、あの夏油が目に見える敗北を素直に選ぶとは考えられなかった。確実に何か裏がある。誰もがそう思った。
だからこそ夜蛾は大きく出た。
「OB、OG、それから御三家。アイヌの呪術連にも協力を要請しろ」
「「「──ッ!!」」」
「総力戦だ。今度こそ夏油という呪いを完全に祓う!」
それからは百鬼夜行に向けて細々した話が続いた。
「戦場になるのは新宿と京都の2ヵ所。雑魚ばかりとはいえ、中には1級や特級の手ごわい呪霊もいる。相当規模の損壊は免れない。戦場となる2ヵ所を中心とした周辺地域の市民の避難は必須だ」
「東京ですと、新宿の他に渋谷区、千代田区、港区、文京区の一部を避難区域に。京都の場合、京都駅を中心に下京区、南区の全域と中京区、東山区の一部地域を避難区域に指定。このくらいが妥当でしょうか」
「問題ない。その範囲内に住む市民の避難をとにかく徹底しろ」
まずは住民を避難させる地域の指定から。ある程度の建物の損壊は免れないものとし、人命を最優先で考える。
「避難させるための理由は如何にしましょう? ここはやはり、大規模爆破テロの予告があったなどと伝えるのがよろしいでしょうか?」
「概ねそれで構わないが、もう少し捻った方がいいかもな。勘のいいマスコミ連中への対策も考慮する必要がある」
呪術の存在が秘匿されている以上、情報統制もしっかり徹底しなければならない。中にはそれらを無視して個人で動く記者もいるので、そういう輩への対策も考える必要がある。
「各術師の配置を決める。とはいえ、大体は活動している拠点がある方で構わない。東京校が拠点の術師は新宿へ、京都校が拠点の術師は京都へな。だが、1級以上の戦力はそれぞれ均等になるように分けるぞ」
そして最も重要な項目の1つ、術師の配置決め。ここで戦力が片方に傾くような事があれば大惨事になる恐れがある。
よって細心の注意を払って人員を分ける必要がある。
「まずは1級。日下部、冥冥、俺は新宿へ」
「うーい」
「委細承知。賞与、期待してますよ」
「京都側の1級の戦力が少し足りないそうだから、七海は京都に向かってくれ」
「分かりました、夜蛾学長」
1級は七海が京都へ向かう事になった。東堂や御三家の連中も何人かいるので、彼らと上手く連携すれば大方問題ないとの事。
「それから特級。悟とクリスは高専側の最高戦力だから、非常事態が起きた際は即座に対処してくれ。特に夏油の相手を出来るのはお前達だけだ。奴を見つけ次第すぐに叩け。呪術総監部からも即刻処刑せよとの御指令だ。すまんが頼むぞ」
「ええ、分かってます」
「まぁ、そうでしょうね」
「肝心の配置だが、悟は新宿でクリスは京都だ。良いな?」
「了解でーす」
「任せてくださーい」
高専側の主戦力である五条とクリスはいざという時の絶対的な切り札。それぞれ新宿と京都に1人ずつ配置という形に収まった。
乙骨も特級だが、下手したら味方まで巻き込みかねないため高専で待機となった。交流会で里香の扱いが上達したとはいえ、取らなくていいリスクをわざわざ取る必要はない。
ちなみに、秤と綺羅羅は先週から京都へ出張に行っているので、そのまま帰らずに京都へ配置となった。図らずもクラスメイトと同じ場所で戦う事になる。
「それじゃあ会議はこれで以上だ。また何かあったら追々連絡する。それまで避難の準備と術師の招集に努めてくれ。以上、解散!」
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それから数日後。
「──という事があって、12月24日は京都へ向かう事になったからそのつもりで。姉さん達も忙しい中ごめんけど、その日は東京を出て安全な場所に避難してね。苺プロの事務所もがっつり避難区域内だしさ。というか下手したら戦場になると思う」
「「…………マジなの?」」
「本気と書いて大マジだよ」
呪術界を知るルビーとあかねを呼びつけたクリスは、2人に百鬼夜行の件について伝えていた。
特級呪詛師の夏油が新宿と京都を地獄の戦場にすること、数千の呪霊が解き放たれること、新宿を中心とした周辺地域の市民に避難勧告が出されること。
これらの説明を聞いた2人は、あまりの衝撃に茫然と立ち尽くす。
「前日あたりに爆破テロの予告があったみたいなニュースが流れると思うから、それまではいつも通り過ごしてて構わない。でも避難する時は全力で逃げてよ」
「……もし、逃げ遅れたら?」
「高千穂の時より酷い目に遭うだろうね」
その返答を聞いて2人は即座に事の大きさを理解した。
思い返すは1年前、忘れたくても忘れられないトラウマ。宿儺の指を見つけてしまったせいで、大量の呪霊に襲われ殺されかけた。
呪霊に両腕を切り落とされたあかねは青褪めた顔で腕を抑え、ルビーはその隣であかねの背中を優しく擦る。
この様子なら2人は逃げ遅れるという事にはならないだろうとクリスも判断する。問題はそれ以外である。
「あとは兄さんにお母さん、それにかなちゃんやMEMちゃんもだし、苺プロで働くスタッフさんとか学校のお友達とか……。まぁとにかく、何らかの関わりがある人全員、死なせたくなければちゃんと避難させるように呼び掛けてね。僕はこれから戦争に向けて準備しないといけないし」
アクアやミヤコなど、呪術の事を何も知らない人達までちゃんと避難させる必要がある。
2人曰く、最近アクアは急に元気がなくなったしミヤコも過労死レベルで働いてるし、有馬はずっと落ち込んでて仕事のモチベーションが下がり気味だという。要は精神状態が不安定になっているとの事。
ニュースを見れば危機感を抱いて指示を聞いてくれるとは思うが、何らかのトラブルで事務所に残られた日にはどうしようもない。そこはルビーとあかねに頑張ってもらうしかない。
「か、勝てるんだよね? 夏油って、1年前に高千穂でクリスが戦った人でしょ? だったら……」
「さぁ、相手はあの夏油さんだからね。単独での国家転覆が可能な特級呪詛師。そんな人が非術師を皆殺しにすると全面戦争を仕掛けて来たんだ。油断はできない。
見立てではこちらに分があるらしいけど、夏油さんがどんな行動を取るかは分からない。これでもし予想外の事態が起きて、高専側が負けてしまったら……」
「しまったら?」
「日本が滅んじゃうから、命懸けで止めないとね」
「「…………」」
いつもの飄々とした態度は鳴りを潜め、真剣な顔で語るクリスを前に2人は絶句した。
敗北すれば日本が滅ぶ。そんな御伽噺のような可能性が現実味を帯びてきたとなれば、その反応も止む無しだった。
「それに僕と五条先生は高専側の最高戦力だから、ほぼ確実に夏油さんの相手をする事になる。特級の相手を出来るのは同じ特級だけだしね」
それもあって、五条とクリスは夏油の死刑執行役として呪術総監部から指名された。つまり、呪霊達と戦いつつ犯罪者とはいえ人を殺さなければならない。
その事を理解したルビー達は更に辛く、苦しそうな表情を見せた。
「クリス……」
「ああ、大丈夫大丈夫。呪詛師の死刑執行役はこれが初めてじゃないから問題ないよ。犯罪者のみとはいえ、僕はこれまで何十人もの命を奪ってきた。もうとっくにこの手は汚れてるの。今更1人殺したところでどうってことないさ。2人が気に病む必要はない」
「「…………」」
追い打ちをかけるように語られたクリスの事情を聞いて、又もや2人は絶句した。
大切な妹に殺人の経験がある事にも驚きだが、何よりも10代の少女にこんな重荷を背負わせなければ、日本の秩序が保たれないクソみたいな現状にショックを隠せなかった。
(……こういう時、自分の無力さにほとほと嫌気が差す。クリスにずっと任せっきりで、私はただ逃げ回ることしかできないなんて……)
姉として大切な家族を碌に支えられず、どころか守られてばかりで妹が傷付けられる様を眺めることしか出来ない。
そんな状況を前にして悔しく思うも、やはり何もできないのでただ歯痒い気持ちになるルビーであった。
──一方その頃、日本国内某所にて。
「なるほど、12月24日か。その日に夏油傑が百鬼夜行を決行するわけだね。そして星野クリスは京都に向かうと。これは好都合、五条悟とエンカウントしなくて済みそうだ」
「…………」
烏に囲まれた幼女と女性の2人が佇んでいる。
「長かった。13年……13年だ。ようやく君を自由にしてあげられる日が来るよ。とはいっても私は縛りを破棄するだけで、その後は君と星野クリス次第だけどね」
隣に立つ見目麗しい女性を見上げ、幼女は意味深な言葉を口にする。
「まぁ大丈夫か。星野クリスは最強になったし、百鬼夜行で思いきり戦える舞台もできた。今の彼女なら、君と戦ってもどうにかなるだろう」
そう言って幼女はふふっとニヒルに笑い、遥か遠くに見える東京の街を見下ろしながら言う。
「頼んだよ星野クリス。君の力で母親を……星野アイの魂を解放してあげてくれ」
ようやくここまで来ました。初期からずっと考えてた、ただでは終わらない百鬼夜行編です。
※おまけ
クリス「とういうわけで、ゆらちゃんもその日は絶対避難してね」
片寄「そ、そんな大事になってるの……? 負けたら、日本が終わる……」
クリス「あっ、余裕があればミキさんも連れてってあげて。勿論呪術は秘匿したうえで」
片寄「うん、分かった……クリスちゃん負けないでね。絶対だよ?」
クリス「勿論!(これでパパもまぁ大丈夫でしょ。非術師だし、ちゃんと避難させないとね)」