呪術の子 作:メインクーン
アイ「領域展延」
クリス「嘘でしょ短時間で習得したの!?」
アイ「あんたなんか嫌い!」
クリス「全力の虚式をママにぶつけてみせる!」
虚式──それは術者の奥義の領域展開、術式の奥義の極ノ番、そのどちらとも異なるもう1つの秘奥の技。
だが、これは公に知られているものではなく、古くから呪術御三家の五条家のみにしか伝えられていない。その五条家の中でも存在を知る者は極一部で、しかもこれを扱える術師は更に限られる。
五条家の中で虚式を扱える術師の条件は2つ。1つ目は五条家相伝の無下限呪術使いであること。もう1つは無下限呪術を扱うために必須の六眼を所持していること。
以上2つの最低条件を満たしたうえで、順転と反転の両方を使いこなせる呪術の才能とセンスが揃ってようやく虚式という奥義を扱えるようになる。
非常に難易度の高い技。それ故に絶大な威力を誇る必殺の一撃。
それが五条家相伝の虚式『茈』。
──そして数百年ぶりに現れた、虚式を扱える術者の五条悟。
呪術界の頂点に君臨する現代最強は、紆余曲折を得てこの秘奥義を習得した。
そんな彼の一番弟子であり最初の生徒であるクリスは、己が持つ術式の性質上、五条と同様のことができる貴重な存在である。
正直に言えばクリスのそれは本家の虚式ではない。厳密には拡張術式の延長線上だ。だが、やっていることが五条悟の虚式と同じなので、五条本人から「それはもうクリスだけの『虚式』で良いじゃん」と太鼓判を押された。
それが星野クリスの奥義の1つ、彼女だけが扱える『虚式』である。
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クリスとアイの戦闘は更に苛烈さを極めた。
「術式順転『望速・烈』!」
「領域展延」
クリスが放った『烈』の爆破を、展延を纏うことで受けるダメージを抑えるアイ。
時間が経つに連れてアイの展延の出力は上がり、『烈』で与えられるダメージは更に小さくなっていた。
「うーん、この程度の威力じゃ殆ど意味ないなぁ」
「そうだねクリス。さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに撃っちゃって、何がしたいの?馬鹿なの?」
「それママにだけは言われたくないセリフ!」
娘を貶すアイの毒舌にクリスは思いきりツッコんだ。
呪霊らしく本当に負の感情ばかりを言葉にして吐き出しているなと感じつつ、果敢に攻め込んでいく。
「ちょっと何本か拝借するね!」
「……?」
このまま撃ち続けても埒が明かないと思ったので、未だにアイの領域内で飛び交うナイフを数本掴み取った。
このナイフは実体のある本物のナイフなので、クリスでも使うことができる。
「ふーん、そのナイフをどうするつもり?」
「こうするの!」
アイが興味深そうに見つめる中、クリスは拝借したナイフをアイに向かって投げ飛ばした。
順転の時間加速で音速を超え、極音速で真っ直ぐ飛ぶナイフ。0.01秒もしない内にアイの肉体に突き刺さる速度である。
相手の領域の必中術式を逆手に取った攻撃。クリスのこの行動を前にアイは──、
「消えろ」
「……えっ、マジで?」
クリスが投げた超速のナイフは、アイに刺さる寸前で塵となって消えた。
ダメージを期待していたわけではないが、これはちょっと予想外とでも言いたげなクリスに、アイが得意げに語る。
「このナイフは私がイメージして創った物だよ?イメージして創った物はいつでも本物になるし、いつでも嘘に出来る。私の命令一つでね」
「まぁそれもそっか。ここはママの領域内だしね」
「ふふ、残念でしたー」
そう言ってアイはクリスに向かって笑ってみせた。
生前ファンや皆に見せていたアイドルとしての笑顔ではなく、悪感情が入り混じったニヒルな笑顔である。
──だが、ここからクリスの反撃が本格的にスタートする。
「じゃあこういうのはどうかな……久遠、不知火、破壊の光耀」
「──ッ!?」
アイが見ている目の前で、突如クリスが右手を前に突き出して呪詞の詠唱を始めた。その手の中には、今までよりも更に莫大なエネルギーが凝縮されている。
「術式順転『望速・烈』ッ!!」
「なっ……!?」
詠唱を言い終えた刹那、アイとクリスの間にかつてない規模の大爆発が生じた。
クリスすらも巻き込んで威力を底上げした『烈』には、展延を展開中のアイも少なくないダメージを負った。
「ぐっ、よくも……!」
「油断してるからだよママ!」
「ッ!?」
虚を突いて放った詠唱込みの『烈』。
それを食らって咄嗟の防御で体勢が崩れたアイの懐に入ったクリスは、目一杯の呪力を込めた拳をアイの鳩尾に叩き込んだ。
「黒閃っ!!」
「がはっ……!?」
クリスの拡張術式で呪力は黒く光り、黒閃が発生する。初めて全力の一撃をモロに食らったアイの口から、大量の血が吐き出される。
クリスの猛攻はまだまだ終わらない。
「はぁあああああっ!黒閃っ!黒閃っ!黒閃っ!」
「がっ!ごっ!ぐぎっ!」
完全に防御が崩れ、がら空きとなったアイの身体に全力で何発も黒閃を叩き込む。
母親に対して容赦が無さすぎると思われるが、最初からクリスに遠慮という二文字は存在しない。むしろ手を抜けば敗色濃厚。
故に打ち込めるだけ何度でも、徹底的に、アイが倒れるまで殴りつける。
だが、これで倒れてくれるほどアイは甘くない。クリスの打撃を何度も受けて全身血みどろになりながらも、アイは咄嗟の反撃に出た。
「ここで負けて……たまるかぁあああああっ!!」
「──ッ!?」
術式を使用したアイの手から炎と雷を融合させた嵐が創られ、それが広範囲に広がりクリスを襲う。
アイの領域内で必中効果が付与されるため、クリスはこれを避けられず真正面から攻撃を受けた。
「逃がさない!結界も張って閉じ込める!」
炎と雷の暴風が吹き荒れる嵐だけでも凄まじい殺傷力だが、アイは更に外側から強力な結界を張って密閉空間を作る。
あっという間にクリスを取り囲む環境は地獄絵図に変わった。
「このまま削り切ってやる!」
閉じない領域展開によるナイフで切り裂く必中攻撃。それに加えて炎と雷の嵐と、クリスだけをその場に閉じ込める結界。並みの術師であれば、どれか1つだけでも即死は免れない絶死の空間。
かなりの呪力を消費するが、このままクリスを一気に追いつめようと更に呪力を込めた。
「とっととくたばれっ!!」
──その目論見が完全に的外れであったと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
否、あながち的外れでは無かった。実質不死身の肉体を持つクリスを倒す方法として、圧倒的な火力で肉体を一気に消し飛ばすのは有効な手段の一つである。
ただし、アイは詰めが甘かった。
「……久遠、不知火、光の穿血」
「──ッ!?」
荒れ狂う死の暴風。止まない攻撃の嵐。逃げ場のない空間。
ここまでやれば流石に死んでいるはず。そうでなくとも動ける状態ではないはず。そう思っていたのに、結界の内側から呪詞の詠唱が再び耳に入った。
嵐によって巻き上げられた砂埃で姿は見えない。だからこそ、今聞こえた声はアイにとってかつてない緊張を齎した。
「術式順転『望速・煌』ッ!!」
「うがっ……あっ……!?」
瞬間、全てを貫き、溶かし、破壊する超高熱の光線が、結界を突き破ってアイの腹部を貫いた。
かつて高千穂での戦闘で使用した破壊光線『煌』を、クリスは呪詞の詠唱込みで放ったのだ。
この技の初速は参考元の本家『穿血』と比較しても凄まじく速く、亜光速に達する途轍もない貫通技である。軌道を先読みして行動しなければまず回避は不可能。
「この程度の傷、すぐに治して……!」
とはいえ流石は呪霊化したアイというべきか、貫かれた腹部に呪力を集中させてすぐに回復した。
だが回復に気を取られたその隙に、クリスは結界を強引に破壊して脱出。再びアイに接近する。
「何で今ので死なないのよ!?」
「生憎と生半可な修行はやってないんでね!」
又もや近接戦を仕掛けるクリスにアイも応じ、親子同士の殴り合いが勃発する。
と、ここでクリスが突然アイに尋ねた。
「思ったんだけどさ、ママって誰かに愛されたことは無いの?逆に誰かを愛したことは?」
「はぁ!?いきなり何なの!?」
「いや、戦い始めの時に『私のこと愛してるって言って!』って言ってたのをふと思い出したから、つい気になってね?」
何でもない、ただの疑問。
この戦闘とは関係ない話題なので無視しても良かったのだが、アイは拳を交えながらも少し逡巡し、口にした。
「……覚えて無いわよ。だからなに?」
「いやぁ、別に?でもそっか、忘れちゃった感じか。これも呪霊化した弊害だね」
「さっきから何が言いたいの?勿体ぶってないで答えて!」
「えっ、やだ。まだ教えてあげない」
「殺す!」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるクリスに、アイはカッとなってキレた。
先程の問答がよほど癇に障ったのか、急激に爆発した怒りの感情で考え無しに飛び掛かる。
「おっと危ない!」
「ちっ!」
それをクリスは横に飛んで軽々いなすと、アイに向かって手を伸ばした。
そして仏の如き慈愛に満ちた温かい微笑みを浮かべ、アイに言う。
「忘れちゃったなら今すぐ思い出させてあげるよ、ママ。ちょっと……いや、滅茶苦茶しんどい思いをさせちゃうけどね」
「はっ?また急に何を言って──ッ!?」
クリスの浮かべた笑みに一瞬戸惑いを見せるアイ。
だが、その直後クリスから感じる強烈なプレッシャーに全身が怖気立った。領域を捨ててでも今すぐこの場から逃げないと、間違いなく自分はやられてしまうと確信してしまう程に。
「マズい……!」
そう感じた瞬間、アイは跳んだ。
領域展開を自ら解除し、呪霊の生存本能に従ってその場から全速力で離れる。
一刻も早くクリスから距離を取らなければと思っての行動。しかしそれは、悪手とまでは行かないにせよ、やったところで無意味な行動であった。
「どこに行くのママ?逃げちゃだめだよ」
「えっ、何で……?」
「瞬間移動。実はこういう事もできたんだよ?」
クリスは条件付きで瞬間移動が可能である。
予めスポットを設置すれば、その地点に向かって瞬間移動できるという仕組み。クリスは京都にある五条家へ頻繁に訪れるため、前々から京都中に瞬間移動用のスポットを設置している。
そして今、数あるスポットの内の1つに向かって瞬間移動を発動し、タイミングを見計らってアイの目の前で瞬間移動を解除したのだ。
アイはこの事を知る由もない。ここからアイが逃れられる手段は……皆無である。
「愛憎、虚実、無明と光明……」
繰り返し述べるが、クリスの虚式は大きなタメが必要で時間がかかるという欠点がある。
「時の超越……!」
だがクリスは、先程アイに炎と雷の嵐で閉じ込められた際に、いつでも虚式を放てる準備を完了させていた。
「虚式────『
クリスの虚式『滅』。
時間を加速させる順転と時間を巻き戻す反転。それぞれを掛け合わせることで生まれる、
この漆黒の空間は世界の理から超越し、あらゆるものを消滅させる。その対象は、あの五条悟の無下限ですら例外ではない。
現状クリスが持ち得る手札の中で、領域展開を除けば五条悟にも有効打となる唯一の攻撃手段である。
そんなクリスの虚式が今、星野アイの目の前で放たれ……直撃した。
「クリス、待っ────」
アイが最後に何かを言いかけたが、言い終わる前に球状の漆黒の空間に飲み込まれ、背後の山ごと吹き飛んでいった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
それから数分後、放った虚式を解除したクリスは吹き飛ばされたアイの後を追った。
アイはすぐに見つかった。
「……ん、ううん……」
アイは山の麓で倒れていた。
しかし、服は綺麗な状態で外傷も全く負っていない。というよりも、先程までのアイとは明らかに違う。
この違和感の正体に、クリスは既に気付いていた。
「うん、良いね。ママの魂に取り憑いてた呪いが全部消し飛んで、核となるママの魂だけが残った。ぶっつけ本番だったけど上手くいったね」
クリスが放った虚式は、アイが特級過呪怨霊になる原因となった大勢の人々の呪いを完全に消し去り、真に純粋な魂だけの存在となったアイのみを残した。
アイの魂に取り憑いていた呪いはもう存在しない。ドス黒い呪力の塊は漆黒の空間が全部持っていった。毒を以て毒を制すとはまさにこの事である。
この結果に「流石は僕だ」とクリスが自画自賛していると、眠っていたアイが目を覚まして起き上がった。
「…………久しぶりだね、クリス」
目に薄らと涙を浮かべ、我が子を愛する母の微笑みでクリスを見つめるアイ。その瞳に映る2つの星は純白に光り輝いていた。
「おはようママ。僕特性の目覚まし時計はどうだった?結構さっぱりしたでしょ」
「うん、そりゃもうね。でもすっごく痛かった」
「まぁね、だって僕の必殺技だもん。痛くて当然」
痛かったというアイの感想に、クリスは謝るどころか逆に胸を張って得意げに言ってのけた。そんな傍若無人な態度の娘を前にしても、アイは依然としてにこっと笑う。
しかし次の瞬間、その笑顔は一気に暗くなった。
「ごめん……ごめんねクリス。さっきは本当にごめんね。いっぱい傷付けちゃって……いっぱい酷いこと言っちゃって……こんな駄目なお母さんでごめんね」
先程までの戦闘が記憶に残っていたらしく、アイは大粒の涙をぼろぼろ溢しながら、震える声でクリスに何度も謝り始めた。
先程まで吐いた暴言、暴力、振り撒いた殺意……全てが呪霊化したことで顕現した弊害である。だからこそ、核となるアイの魂が生前ずっと隠していた醜い悪感情もそこに含まれていた。
つまり大勢の人々の呪いにアイ自身の呪いが混ざり合い、それがクリスへの殺意、悪意、攻撃として出力されていたという事になる。
それ故に顔は下を向いていた。愛する娘に対してあれだけの事をしでかしたのだから、完全に嫌われても仕方がない。でも娘に面と向かって拒絶されるのが怖くて前を向けない。
そんな思いだった。
「いや、ただの親子喧嘩じゃん。そんな謝ることないって」
しかし、謝られた
これにはアイも予想外だったのか、思わずびっくりしてクリスを見上げる。
「……いいの?私、クリスに殺すとか死ねとか、たくさん酷いこと言って何度も何度も……」
「だから良いって、僕も結構ガンガン言ったし。それにああいう修羅場は呪術師やってれば全員通る道だし、ちょっと派手に喧嘩したくらいで嫌いになるほど柔な性格じゃないよ」
呪術師は危険な仕事である。美と醜の集まりがアイドルだとしたら、呪術師はそこから美を抜いて悪を代わりに入れたようなもの。アイがぶつけた呪いなど、呪術師をしていれば何ら珍しいことではない。むしろアイの呪いはとても優しい方である。
あと、ぶっちゃけ禪院家の某ドブカスに比べれば100億倍マシだし、というのは言わないでおく。そもそもあの男とアイを比較するのは、アイに対する最大限の侮辱行為だ。
娘がそんな事を考えているとは露知らず、アイは涙を拭いてもう1度聞いた。
「本当の本当に良いの?私、まだクリスのことを『愛してる』って思ってても良いの?」
「良いんだよ。だってママが死に際に言ってくれたあの言葉、今でも鮮明に覚えてるしさ。あれママが思ってる以上に超嬉しかったんだよ?だから今度はこっちから言わせて」
疑り深く何度も聞いてくるアイを宥め、クリスは彼女が正気を取り戻したら必ず言おうと思っていた言葉を伝える。
「愛してくれてありがとう。僕もママのこと、愛してる」
「……ッ!?」
青天の霹靂。まさにその言葉をあてるに相応しいほどの衝撃がアイにはあった。
あまり良い母親でいられなかったばかりか、たくさん暴言を吐いてたくさん傷付けた。それでもなお自分を受け入れてくれたどころか、逆に愛する娘から伝えられた『愛してる』という想い。
「……本当なの?嘘じゃない?」
「失礼だなぁ、純愛だよ」
クリスはアイの死に関して、犯人に復讐したいと考える程の後悔や未練は無い。それはアイ殺害の黒幕であるカミキヒカルとの交流を見ればよく分かるだろう。
ただ、別にアイのことを慕っていないというわけでもない。育ての親は間違いなくミヤコだが、アイもまた生みの親、本物の愛を教えてくれた掛け替えのない母親として今でも愛している。
そんなクリスからの返答を聞いてアイは理解した。否、生前ずっと嘘吐きだったアイだからこそ理解できた。今のクリスの言葉は嘘じゃない。紛れもない本物だと。
その瞬間、アイはとびっきりの笑顔を咲かせた。クリスもそれにつられて笑う。
「うん……うん!私もクリスのこと、愛してる!」
「そりゃ良かった!」
互いに手を取り合い、笑顔で抱き締めあうクリスとアイであった。
絶対的な強者!それ故の孤独!あなたに愛を教えるのは……!
※虚式『滅』
時限操術を持つクリスだけが使える奥義の一つ。完全に時が止まった仮想の空間を押し出す。
世界の理から超越し、あらゆるものを消滅させ、五条悟の無下限すら突破する。まともに食らえば五条でもかなりヤバい。当たり所によっては致命傷。
五条家と禪院家がクリスを取り合う理由の一つ。
なお、もしクリスが禪院家に行ったら年一回の孕み袋イベントが確定してしまう模様。