呪術の子 作:メインクーン
クリス「夏油さん……」
アイ「大丈夫だよクリス」
五条「傑はいないけど、クリスのおかげで孤独じゃないよ」
百鬼夜行が終わって数週間後、東京都内某所のマンションにて。
「ふふ、ふふふふふっ……」
「いつにも増してキショい笑い声が漏れ出てるけど大丈夫?」
上機嫌に笑う羂索を目にした万がドン引きしながらも尋ねた。
「酷いな万、何もそこまで言わなくても良いじゃないか。ここまで大分苦労したんだよ?」
「知らないわよそんな事……で、それがあんたの新しい肉体ってことで良いのかしら?」
「ああ、そうさ。夏油傑、呪霊操術を持った特級術師の肉体だよ」
万の目の前に映る羂索の姿は、星野アイから一変して夏油傑の見た目へと変わっていた。
つい最近死んだばかりの夏油の遺体が何故羂索の手に渡っているか。
「本来なら夏油傑の遺体も家入硝子に処理されて終わりのはずだったけど、遺体を回収した五条悟が何故か通常の火葬を行ってたからね。
いやはや、変なところで気を遣ってて笑っちゃうよ本当に。まぁ、お陰で私は楽にこの身体を手に入れることができたんだけど」
「ふーん、そう。ちなみにその家入って奴が処理してた場合はどうするつもりだったの?」
「その時は遺体が処理される前に彼女を殺して奪い取るつもりだったさ。それだけの価値がこの肉体にはあるからね」
夏油に止めが刺されて終わった百鬼夜行。
その際、彼の遺体を五条が責任持って回収したのだが、家入に夏油の遺体処理をさせるのは酷だろうとのことで、気を遣って通常の火葬を行った。
それによって夏油の肉体を欲しがっていた羂索に火葬場で遺体を回収され、今に至る。
「さぁ、これで私の計画もいよいよ実現可能性が増してきた。獄門疆の複製第2号も順調だし、それが完成すれば五条悟と星野クリスの封印だね」
「あの化け物2人を封印ね……一応聞くけど、本当に見込みはあるの?」
「私が何の打算も計画もなく事に及ぶわけがないだろう。質問が軽くなってきているよ」
「うっわ、腹立つ殴りたい」
現代最強の実力を知る万は2人を封印するイメージが湧いていないが、羂索は流石といったところか、既にある程度考えは固まっていた。
彼は星野クリスが呪霊になった母親の魂を受肉していることまで既に把握している。それらのリスクも当然考慮して計画を立てている。
その事で万を煽り散らして苛立たせた。
「まぁ良いわ……それで?夏油の身体に乗り換えたってことは、前まで使ってた星野アイの肉体は?もう捨てた感じ?」
「まさか、まだ捨てるわけがないだろう。獄門疆の複製には彼女の術式がまだ必要だし、他にも作りたい物がたくさんあるんだ」
「あれ、あんたこの前術式を幾つかストックできるとか言ってなかった?何でしないの?」
星野アイの肉体をまだ処分しないと言う羂索に、万がふと疑問に思ったことを尋ねた。
羂索は脳を入れ替えることで他人の肉体を転々と出来る術式を持つ。その際、乗っ取った肉体の術式を複数ストックできる。
だが、今回それをしなかったのは至極単純な理由があるから。
「星野アイの術式、そりゃ出来ればストックしたかったさ。でも術式が強力過ぎる分、ストックに必要なスペースが足りないんだよ。だからアイの術式を使う時は彼女の身体に乗り換える必要がある」
術式をストックしなかったのではない、出来なかったのだ。
要は膨大な
なお、この膨大な術式情報は星野アイの発達障害にもかなり影響していることをここで明記する。もはや一種の天与呪縛である。
「なるほどね、よく分かったわ」
「ああ。それに彼女の顔は広告塔にもなるしね。世間からの知名度も高い分、情報を発信する際はアイの方が何かと都合がいい」
「情報発信?……ああ、あのゲームのことか」
「その通り。日本全国を殺し合いの戦場にするからね。顔が広い奴で宣伝すれば面白くなると思わないかい?例えばユーチューブに宣伝動画をアップするとかさ」
「案外悪くないかも」
アイの肉体で更なる悪事を企てる2人の邪悪な嗤い声が部屋中に響き渡る。
どこまでいっても彼らは呪いであった。
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一方その頃、高専の寮内では。
「うまっ!うっっっま!ちょっと待って、私の娘料理上手すぎる!?」
「ふふーん、そうでしょ。僕は天才だからね。料理もひゅーっとやってひょいだよ」
クリスが作った手料理を、肉体の主導権を借りたアイが美味しそうに食べていた。
本人が天才と自称するだけあり、どれも手の込んだ品ばかりで温かみのある家庭の味だった。
「いやー、まさか死んでから娘の料理を口にする日が来るとは思わなかったよ」
「僕もまさか死んだママに手料理を振舞うのは想定してなかったね」
アイを受肉してから日が経った今日、突然アイが「クリスの手料理食べたい!」と言い出し、クリスもその期待に応えて今に至る。
今クリスの頬から生えてる口で喋っているのはクリス自身なのだが、事情を知らぬ者が見たら何が何だかさっぱりな光景である。
そうでなくともややこしい事この上ない。
「ここしばらくずっと休み無しで働いてたから、ようやく休暇が取れてほっとしてるよ」
「特に京都の方は私のせいで凄い被害出ちゃったからね。本当に申し訳ないとしか……」
「良いの良いの、僕の時限操術で粗方修復したし」
ここ数週間、クリス達は百鬼夜行の戦いの後処理に追われ、1日も休むことなく全国を飛び回って働いていた。
特にクリスとアイの戦場となった京都の街と周辺の山々は凄まじい被害が出ており、クリスの術式反転『還』で修復するのに相当な時間を費やした。
一部のビルは修復が間に合わず、倒壊したビルの映像が全国ニュースに放映された。
「まぁ、それもあって姉さんとあかねちゃんから鬼電かかってきたのは苦労したね」
「でもルビーも元気そうで安心したよ。アクアの声も聴きたいな。あかねちゃんもどんな子か気になるし」
「そうだね。でも、もうちょっと時間かかりそうだから待ってて」
甚大な被害が出た京都の映像がニュースになった直後、裏事情を知るルビーとあかねから数十件の電話がかかってきた。
クリスは「僕は問題ないから安心して」と何度も説明したが、ルビー達はそれでも心配そうに尋ねていた。反対に、電話越しにルビーの声を聞けたアイは凄く喜んでいたが。
そして、クリスの肉体にアイが受肉した事は現時点で高専関係者しか知らないが、今度ルビー達に会った時にサプライズで明かそうと決めている。
ちなみにサプライズの提案は五条悟である。
『クリス……もしかしてここまで引っ張って普通にアイを登場させるつもり?』
『と言いますと?』
『死んでた母親が13年経って実は生きてましたなんて、術師やってても聞かないよ』
『なるほど、つまり……』
『そう……やるでしょ、サプライズ!』
『決まりですね!』
『ルビー達にサプライズかぁ……それアリかも!』
提案者が五条悟の時点で既に嫌な予感しかしないが、その場に七海の様な歯止め役が居ないのもかなり問題だった。
『ルビーとあかねは嬉しさと驚きで泣き笑い、他の皆も貰い泣き間違いなし。嗚咽のあまりゲロを吐く者も現れ、最終的に地球温暖化も解決する!』
『『フーッ!良いねー!!』』
3人揃って意気投合し、サプライズ計画に積極的になってしまった。
今の時点でサプライズが大滑りする予感しかしないが、3人は成功することを微塵も疑っていない。
「……って、話し合ったのが先週末。今度姉さん達と会うのはもう2週間先だね」
「2週間か……それまで何しよっかな?」
現在、クリスも忙しいがルビー達も百鬼夜行のせいで仕事にしわ寄せがきており、多忙の日々を送っている。
今すぐにでも会って無事を確かめたいとルビーは言っていたが、それも無理そうだったので泣く泣く仕事を頑張っているところだ。
あかねの方も最近になってどこか様子がおかしく、アクアの話を振ると途端にしどろもどろになってしまう。この反応に、大喧嘩でもしたのだろうかとクリスとアイは推察している。
「何をしようにも僕ら含めて皆忙しいし、適当に時間を潰すしかないよねー。金ちゃんと綺羅羅ちゃんも停学処分食らって高専出て行っちゃったし……」
秤と綺羅羅は停学処分となって高専を出て行ってしまった。
百鬼夜行の際、秤の術式を目にした保守派の上層部の人達と揉めに揉め、最終的に上層部の年寄りをボコボコにしたとの事。
確かに秤の術式はパチンコをモチーフにしたもので、保守派には到底受け入れ難いものである。それでも「流石に頭が固すぎるだろクソ爺共が」とクリスは思っている。
そんなこんなで1人だけ残ってしまったクリスは、秤達が去ってしょんぼりしていた。
「親しい人が去っていく寂しさはよく分かるよ。私も散々味わったし。だからクリス、困ったことがあったらママに相談してね」
そんなクリスをアイが励まして元気付ける。似たような経験をした母親として、どうしても娘を放っておけなかった。
「ありがとママ、その気持ちだけで十分だよ……にしてもやっぱ腹立つな上層部。もういっそのこと上の連中、全員殺しちゃおっかな?」
「駄目だよ、落ち着いて。人を殺しても新たな不幸が生まれるだけ。たとえそれが憎い人とか犯罪者であってもだよ。この前の夏油って人の時もそうだったでしょ?」
「でも僕、上からの指令とはいえたくさん呪詛師を殺してるよ?死刑執行役として」
「えっ、嘘でしょ?」
「いや、本当だよ」
「…………」
実の娘が既に殺人の経験があると知って、アイはショックを受けて固まってしまった。
──受肉する際、受肉した側はされた側の記憶を読み取ることができる。
そこから現代の知識を仕入れて活用したり、本人に成り代わって潜伏したりと行動は分かれるが、過去の人間が現代でも何なく適応できるのはこのためである。
だがクリス達の場合、受肉する際に互いの記憶は覗けないという縛りを結んでいる。プライバシー意識の強い現代人同士だからこそ成立した縛りである。
なお、双方の同意がある時に限り、見せたい記憶を相手と共有することは可能である。
そのため、クリスの殺人遍歴を知らないアイがこの事実を知ってショックを受けるのも無理はなかった。
しかし、母親の心配なんてどこ吹く風。今更それで壊れる程度の精神をクリスは持っていない。
「まっ、大丈夫だよ。ママの想定よりもずっと平気だからね、僕は」
「……本当に?」
「勿論。それに呪術師なら皆が通る道だし」
「それもそれで問題ある気が……あれ、もしかして呪術師って結構ヤバい感じ?」
「そうだよ、今更気付いたの?呪術師は頭がイカれた奴らのハッピーセットなんだから。ママも生前は変人扱いされて避けられてたらしいだけど、ここじゃママみたいな人は結構普通だよ。もっとヤバい奴らとかゴロゴロいるし」
「普通……私が普通……」
クリスの言葉を受けて、今度は別の意味でアイは固まった。
──星野アイは普通の女の子。
生前、一度たりとも他人から『普通』と言われたことが無く、避けられたり憎悪を向けられてばかりだったアイにとって、今の言葉はそれだけ衝撃的なものだった。
「まぁとにかく、ママが心配してるような事にはならないから安心して」
「うーん……でもやっぱり不安だなぁ」
「大丈夫。僕最強だから」
最強ゆえの自負をこれでもかと母親に示しながら、親子揃って食事を楽しむアイとクリスであった。
──だが、久しぶりにルビー達と再会する予定日の前日の朝にて。
「おーいクリス!アイ!大変だよー!」
「あ、おはようございます五条先生。そんなに慌ててどうしたんですか?」
「五条さん、何だかいつにも増して荒ぶってるね」
いよいよ明日はサプライズ当日!と意気込んでいたところへ、五条が寮部屋の扉を開けて入ってきた。
「あれ、2人ともまだ今朝のニュース見てなかったの?結構凄いことになってるよ」
「えっ、ニュース?」
「何かあったのかな?もしかして百鬼夜行の件でまた何か被害が……?」
「いいからとりあえずテレビ付けてみて」
「はーい」
五条の言っている事に2人とも疑問を抱きつつ、言われた通りにテレビを付ける。
すると、全く予想だにしない内容が目に飛び込んできた。
『速報です。本日発売された【週刊芸能実話】によりますと、13年前に殺害されたB小町のアイには当時4歳の三つ子の子供がおり、それを知り激昂したファンの手によってアイさんは殺害されたと【週刊芸能実話】は報じています』
「「…………えっ?はっ?えっ?」」
テレビを付けた瞬間、画面一杯に映るアイの笑顔。
それを目にしたクリスとアイの声が重なる。
『現在、アイさんの子供らは3名中2名が芸能活動を行っており、悲劇を乗り越え母と同じ道を──』
「「えぇええええええええーっ!?」」
まさかのとんでもないスキャンダルの大暴露に、親子揃った2人の絶叫が部屋中に響き渡る。
なお、それを隣で見ていた五条はというと……、
「あははっ、2人とも凄い反応。超ウケるー」
「領域展延ッ!!」
「ぐぶはぁっ!?」
口をあんぐり開けて驚愕するクリス達の反応を揶揄った刹那、すかさず領域展延を纏ったクリスに全力で顔面を殴り飛ばされた。
私の中の五条はこういう反応すると言ってる。
あと、メロンパンは絶対ユーチューブやってる(偏見)。