呪術の子 作:メインクーン
アイinクリス「アクア、ルビー、良い子だねー。よしよし」
アクア&ルビー「ママーッ!」
クリス「流石ママだね!」
アクアとルビーの兄妹喧嘩を偉大なるアイの母親パワーで鎮静化させた後日。
ある日の昼下がりのことだった。
「ただまー。いやー、今日も変な輩に付き纏われて鬱陶しかった。こういう日はさっさとシャワー浴びて一杯飲むに限るね」
今日も今日とて厄介ファンや週刊誌の記者からの追跡を躱し、情報を残さず家に帰ってきたクリス。
呪詛師に命を狙われた経験もある彼女にとって、本物の犯罪者でない者からの追跡を撒くなど容易いことだった。
それでも鬱陶しくて苛立つことには変わりないので、久しぶりにビールでも飲んで発散しようと決意する。
『そうだね……って、ちょっと待って。一杯飲むってどういう意味?』
アイがクリスの発言に反応して聞き返すが、それを無視してクリスはシャワーを浴びた。
それから数分後、心も体もスッキリ気分爽快となったクリスは鼻歌交じりに自室に入ると、棚の中に保管していた生ビールを一缶取り出し封を開ける。
「ふっふーん、たまに飲むビールの上手さは格別だよね……ぷはぁー!これこれ、やっぱ癖になっちゃうよ」
『うわー、クリスったらもうその歳でお酒飲んでるの?未成年飲酒は良くないんだよ』
「何を今更言ってるのさ。飲むのはこれが初めてじゃないし、そんなこと言ったら1年の頃から金ちゃん達とパチンコ打ちに行ってたよ、僕は」
『典型的な不良少女じゃん。改めて思ったけどウチの子ヤバいね』
「いやー、それ程でも!」
『褒めてないからね』
生ビールを何の躊躇もなく口に入れるクリスを見て、アイは少し引いた声でクリスを注意した。
だが、クラスメイト全員でパチンコを打ちに行っていたことまで唐突にカミングアウトされ、これ以上の指摘は無意味だと察する。
そもそも呪詛師のみとはいえ、人をたくさん殺してきた経験がある時点で今更な話である。
『というかこのビールどこから仕入れたの?自分で買ったとは思えないし……』
「ああ、これは五条先生が差し入れで買ってきてくれたんだ。お仕事よく頑張ったねって」
『ええっ!?五条さん何やってるの!?』
「まぁまぁ、そう驚くようなことでも……ん?」
母親とビールについて語り合っていたところ、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「誰か来た……宅配便かな?」
『クリス、一応ドアチェーンを掛けておいた方がいいよ。これ死んだ母親からのアドバイスね』
「確かに……ママもあの時ドアチェーン掛けてたら殺されてなかったもんね。そう考えるとやって損は無いかも」
『ふふーん、そういうこと!まさかここで私の経験が役に立つとは!』
「嫌な経験だ……」
何故か自慢げに自身の経験談を語るアイだったが、如何せん反応しづらい内容なのでクリスは苦笑いしながら曖昧に返事した。
あまりもブラックジョークが過ぎる。
「はいどうもー、宅配便ですかー?宗教勧誘はお断りでーす」
「失礼だな。宗教勧誘じゃねーし、今日はビジネスでここに来て……って…………アイ?」
「ん……?」
言われた通り、ドアチェーンを掛けたままドアを開けると、どこか懐かしさすら感じる中年男性の声が聞こえてきた。
だが、クリスの声と顔を見た瞬間、目の前の男の反応が途端に変化する。
「えっ、アイ……何でここに?お前ずっと昔に死んじまったはずじゃ……」
「あれ、五反田監督じゃん。久しぶりだね、元気にしてた?あと僕はアイじゃなくてクリスだよ」
「え、あ……ああ!何だクリスか、びっくりさせやがって!しばらく見ない内に大きくなったなぁ」
「最後に会ったのが僕の15歳の誕生日の時だもんね。にしたって忘れ過ぎじゃない?酷いなぁ」
「ごめんって……」
家にやって来たのはクリスも過去に何度か面識のある相手、五反田泰志監督だった。アクアに演技から撮影・動画編集までみっちり叩き込んだ、まさにアクアにとって師匠のような存在でもある。
クリスと最後に出会ったのは15歳の誕生日の時。アイが遺したというビデオレターを渡しに家にやって来た。それ以降はお互い一切会っていない。
故に、監督は心底驚愕した。玄関を開けた瞬間、死んだはずのアイが目の前に立っていたのだから。恐らくクリスが咄嗟に訂正しなければ、そのままアイが復活したと勘違いしていただろう。それ程までに今のクリスは容姿以外でもアイの生き写しだった。
と、そんな彼の背後から更にもう1人の男の影が。
「五反田君、ずっとそこで固まってないで早くお邪魔するよ。僕らは遊びに来たわけじゃ……あっ」
「げっ!?」
もう1人の男の顔を見た瞬間、クリスは思わず嫌そうな声を上げた。何せ過去、任務中だったとはいえ自分を出し抜いた強かな相手なのだから。
「久しぶりだね、摺久野志保君。いや……星野クリス君」
「……お久しぶりですね、鏑木さん」
「元気そうで何より。最近はSNSで君のことが話題になってるけど、その後の調子はどうだい?」
1年生の秋、七海とテレビ局に潜入捜査していた時に出会ったプロデューサー、鏑木勝也がにこりと微笑んでクリスに挨拶した。
「……ところで、さっきからずっと気になってたんだが、お前妙に酒臭くないか?というかその手に持ってる物は何だ?」
「あっ……」
監督に指摘されてようやくクリスは、自分がビール缶を持ったまま玄関に出ていたことを思い出した。彼女にしては珍しい失態だった。
その一方で……、
『わぁああ……監督も鏑木さんも懐かしいなぁ。久しぶりに見たけど全然変わってないね。でも元気そうで何よりだよー』
十数年ぶりにお世話になった知人の姿を見て、いつにも増してテンションが高くなるアイであった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
数分後、苺プロの事務所内にて。
「さて……何か申し開きはあるかしら?」
「…………」
重苦しい空気の中、ミヤコに尋ねられたクリスは沈黙を貫く。
現在クリスは、社長室で冷や汗を流しながら正座していた。そんな彼女の目の前には、真顔で仁王立ちするミヤコの姿が。
そこから少し離れた所には、ミヤコが発する凄まじい圧に気圧されて縮こまる監督と苦笑いする鏑木がいた。
「黙ってないで何か言いなさい。いくらなんでも未成年飲酒は洒落にならないのよ。せめて理由だけでも教えて頂戴」
「いやー、それがそのー……」
育ての母たるミヤコには頭が上がらないクリスは、気まずそうに頭を掻きながらも訥々と説明した。
最近SNSで個人情報が勝手に拡散されてから、アイの幻影を追う厄介ファンやネタが欲しい週刊誌の記者が執拗に付き纏ってくるようになったこと。街に出れば通行人に写真を勝手に撮られるようになったこと。その結果、ビールを飲んで積もりに積もったストレスを発散しようとしたこと。
既に何回か未成年飲酒を行っているクリスだが、過去の事については黙秘したまま、話せる範囲だけ全て話した。
「えー、以上が今回の非行に至った経緯となります、お母さん」
「はぁー……なるほど、よく分かったわ」
クリスの口から語られた話の内容に、ミヤコは思わず溜め息を吐いて天を仰いだ。
(薄々分かってはいたけど、やっぱりここ最近の環境の変化が原因だったか。厄介ファンに週刊誌に世間の目……クリスは一般人よ。確かにアイと瓜二つだけど、この子はアイじゃない。これ以上考え無しに娘を追い詰めないでほしいわ)
ミヤコはここ最近の世間の動きに憤慨していた。大切に育てた愛する娘が、芸能人でもないのに勝手に個人情報を晒され祭り上げられ、結果厄介な連中に日々追い掛けられる生活を強いられる羽目になった現状に。
だがそもそもこうなってしまった原因の1つに、事務所社長としてタレントの管理が行き届いていなかった自分に落ち度があるとミヤコは考えている。
なのでクリスが未成年飲酒をするほど精神的に追い詰めてしまったと、心の奥底では非常に申し訳なく思っている。
とはいえ未成年飲酒はやはり良くないので、今すぐ止めるように諫める。
「クリス、気持ちは分かるけど一旦落ち着いて。今の年齢からお酒に逃げるような生活を送ったら将来必ず後悔することになるわ」
「でもお酒飲んでないとやってられないよ。これ飲むと頭ハッピーになれるしさ」
「辛い時はお酒じゃなくてお母さんをもっと頼って頂戴。我が子を全力で守るのは母親として当然の事よ。私が絶対、あなたを守り抜いてみせるから……良いわね?」
「うっ……はい」
ミヤコに諭され、クリスは若干言葉を詰まらせながらも首を縦に振る。
勿論今後も飲酒を止める気はないが、少なくともミヤコの前で不安にさせるような行動は避けようとクリスは誓った。
「……説教は終わったか?」
「ようやく一段落着いた感じだね」
説教が終わったところで近くに居た監督と鏑木が2人の話に割って入ってきた。
「……お見苦しい所をお見せしてすみません」
「いえいえ、お気になさらず。僕も娘を持つ親としてあなたの気持ちは良く分かりますから。五反田君も問題ないよね?」
「いや、俺にその話振られても困るんだが?」
ミヤコが頭を下げて謝罪するが、鏑木達は特に気にする様子はなかった。むしろミヤコの母親らしい一面を見て、同じ子を持つ親として共感したくらいである。なお、独身の監督は思わぬ流れ弾を食らって結構苦しそうではあったが。
そのような立ち話も程々に本題に入る。
「それで、本日は事務所にどのようなご用件で?」
「実は、この度アイの半生を描いた映画を撮ろうと動いていましてね」
それから鏑木は説明した。
少し前にアクアと監督が、アイの半生を描いた映画『15年の嘘』を撮ろうと鏑木に直談判したこと。肝心の脚本はほぼ完成していて、つい最近になって配給会社が決まったこと。
そして現在、映画製作のために必要な資金を集めるため、出資してくれそうな会社を次々訪問している最中であること。
「というわけで、苺プロの方々にも是非映画製作にご助力頂けないかと思いまして」
「まぁ、今回の企画はお宅の息子が発端だから、そこの所も含めて考えてくれたらなと……」
映画の概要を説明した鏑木と監督が、揃って苺プロの現社長であるミヤコに出資を懇願する。
この映画の中心は苺プロなので当然出資の話は苺プロにも向く。
「えーと……あー……うーん……」
だが、ミヤコの反応はあまり芳しくなかった。
それもそのはず、苺プロはかつてアイを抱えていた芸能事務所として業界では有名だが、それも今や過去の話。
ミヤコの尽力もあり、今ではネットに強い事務所として広く認知されているが、事務所の規模自体は大手と比較しても一回り小さい。弱小という程でもないが、大手にはどうしても劣ってしまう。中堅として堅実に実績を積み重ねている段階だ。
つまり何が言いたいかというと、苺プロは多額の出資ができるほどの豊富な資金力を持っていないということである。
「……一応聞きますけど、実製作に必要な金額っていくらほどになりますか?」
「そうですね。理想は3億、最低でも1億は集める必要があります。映画製作にはどうしても巨額の金が必要になりますから」
「あー、やっぱりそうですよねー……」
普段聞きなれない単位を耳にしたミヤコは更に尻込みした。勿論全額出す必要はないが、出資となると最低でも数百万円は必要になる。
苺プロにとってはおいそれと出せる額ではない。なので出資の話は一旦見送って、後日返答しようとミヤコは考えた。
「少し考える時間をください。返答はまた後日するので……」
「分かりました、良いお返事を頂けると幸いです」
こうして出資の話はすぐに終わり、鏑木達は次の会社へ足を運ぶのであった。
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鏑木達が苺プロに訪問した数週後。
『本当に良かったの?お金出さなくて。今ならまだ間に合うよ』
「うん、まあね」
アイに尋ねられたクリスは端的にそう答えた。
アクアと監督がアイの半生を描いた映画を作っているということで、その話を聞いたクリスとアイは心の中で「何それ面白そうじゃん!」という感想を抱いた。
そして金が足りないという事情を知って、出資しようとアイは提案したのだが……、
「あそこで僕が出資するって言い出したら、必ずお母さんが金の出処を聞いてくるでしょ?そうなると僕が呪術師だってバレる可能性が高くなる。それはなるべく避けたい」
『あ、そっか。確か規定で決まってるんだっけ?』
「そう、呪術規定8条でね」
その提案をクリスは断った。
特級術師として活躍するクリスの個人資産は今や3桁を優に超えており、数億円程度なら気兼ねなく払える金を有している。なので映画製作費を全額負担しようと思えばできるのだが、呪術の事はなるべく秘密にする必要があるので止めた。
そうでなくとも呪術の事については知らない方が良いというクリス個人の感情もある。
『五条さんに頼んでみるのは?』
「五条先生に頼るのは一瞬考えたけどすぐにやめたよ。あの人が出資者になったら僕を主演にするみたいな悪ノリ始めて、映画の内容がとんでもない方向に行く可能性が高いし」
『あー……あの人ならやりかねないなぁ』
五条悟を通じて五条家を出資者にするという案はすぐに却下した。絶対碌でもない結果になるという確信があったから。主に五条悟のせいで。
なお、後日映画の事を知った五条が「クリスが主演をやれば良かったのに。だってアイを受肉してるんだよ?ご本人様だよ?これ以上ない適役じゃん」と言い出したのはまた別の話である。
「まぁ、映画製作は僕らがわざわざ何かしなくても兄さん達なら何とかなるでしょ。気長に見守ってこうよ」
『……そうだね。アクアもルビーももう子供じゃないし何とかなるか。でも楽しみだなぁ、私がどんな風に映画化されるのか』
「あはは、確かに!」
これから自分の秘密が世間に暴露されるというのに、どこか呑気な反応を見せるアイ。
それに同調してクリスも頷き、2人してケラケラと軽い調子で笑い合った。
『……で、今日は友達と飲み会する予定なんだってね?』
「そうだよ。この前お母さんに怒られちゃったからね。だからいつも一緒に飲んでる友達の家に行こうと思って」
先日未成年飲酒がミヤコにバレた結果、自宅で飲むのは流石に止めようと誓ったクリスだったが、それと同時にこうも思った。やはり飲むならいつもの場所でいつものメンバーと飲むのが最適だと。
そして現在、クリスは飲み会のために友人の家に向かっている最中であった。
『へぇー、クリスの飲み仲間か。どんな人なのか楽しみだなぁ』
「ふふっ、きっと驚くと思うよ」
『ということは凄い有名人?』
「まぁ、確かにそうだね」
そんな会話を続けながら歩き続けること数十分、クリス達は目的地に到着した。
都内の豪華なマンション、その内の一室の玄関に設置されたインターホンを鳴らすと、早速ドアを開けてお出迎えしてくれた。
「やっほークリスちゃん、久しぶりだね!ずっと会いたかったよー!」
「こっちも会いたかったよゆらちゃん!久しぶり、元気にしてた?」
ドアを開けて出てきたのは、もう2年近い付き合いになる友人の片寄ゆら。元々役者としての才能があった彼女は地道に経験と実績を積み重ね、今では不知火フリルと双璧を成す天下の大女優としてその名を馳せている。
そんな彼女と久方ぶりの再会を喜んで抱き合っていると、片寄の背後からもう1人。
「お久しぶりですね、クリスさん。またお会いできて嬉しいです」
「あ、ミキさんも久しぶり!あなたも相変わらず元気そうで何よりだよー」
クリスの実の父親にしてアイ殺害を手引きした真犯人、カミキヒカルがクリスの前に姿を現した。
そんなカミキとも再会を祝してギュッと抱き締めるクリス。傍から見れば固い絆で結ばれた友人、関係性を知る者が見れば親子同士のハグである。
だが、そんなテンション高めのクリスとは裏腹に、彼女の生得領域内では──、
『…………えっ?はっ?えっ?ヒカッ……えっ、ヒカル!?』
只ならぬ関係を持つカミキヒカルとの唐突な再会。あまりの衝撃に脳の処理が追い付かず、本気で困惑するアイであった。
アイ特効の簡易無量空処、発動!!
Q.自分の秘密を暴露する映画を作られてるのに何でアイは怒らないの?
A.1度死んで色々と吹っ切れてるから。パパ黒風に言うと「ペラペラと……こいつ、ハイになってる」ってやつです。