呪術の子 作:メインクーン
片寄「映画の主役は断るつもり。でも出演はする」
クリス「パパとも随分親しくなったね」
カミキ「キスで意趣返しさせて貰います」
アイ「あわわわわ……!ヒカルったら自分の娘にキスしちゃってる!?」
片寄とカミキの2人と一緒に夜通し飲み会を楽しんだ後日。
あの後、片寄は宣言通りアイ役のオファーを断り別の役で出演することを要望した。一方でカミキはクリスの進言もあってか、ある程度の出資はすると決めた。
それから映画撮影中の様子も少しは気になるので、一応知り合いに頼んで潜入調査をしてもらうと言っていた。これで映画がどうなるかは神のみぞ知るといったところだろう。
そして数ヵ月後、あっという間に卒業シーズンが終わりを迎え、季節は桜舞い散る春。
本日、呪術高専では新入生歓迎会が開かれていた。
「というわけで、今年から呪術高専に入学する伏黒恵君でーす!皆、盛大な拍手をー!」
「「イエェェェェェーイッ!!」」
「高菜!」
「「「…………」」」
五条が大声で教壇に立たされた伏黒恵を紹介すると、ノリの良いクリスとパンダと狗巻が場を盛り上げようと一緒に雄叫びを上げる。
なお、4人のテンションに付いて行けずに黙りこくっているのは伏黒、真希、乙骨の3人である。特に伏黒はこの場が気に入らなかったようで、拳を握り締めて小刻みに震えていた。
しかし、そんな彼の心情を考慮する五条達ではない。
「あれあれ、どうしたのかな恵?何か怒ってない?一体何が不満なの?」
「そうだよ恵君。せっかく僕らで用意した歓迎会なんだからさ、もっと笑顔で盛り上がってくれないとこっちも戸惑っちゃうよー?」
「こればかりは2人に賛成だな。今日の主役はお前だ。ほら、何か要望があれば遠慮なく言ってくれ」
心配しているのか煽っているのかよく分からない口調で矢継ぎ早に尋ねる五条達。そんな彼らに対し、ずっと無言で震えてた伏黒は額に青筋を浮かべて言った。
「……いい加減にしてください。これいつまで付き合わされるんですか?」
「えっ、いつまでって……そりゃあ恵が嬉し泣きするまでだよ。今から僕らが1人ずつ恵に向けて歓迎の言葉を贈るからハンカチを用意した方が良いよ。感動のあまり号泣した時のためのハンカチをね!」
「そういうことだよ恵君!というわけでトップバッターはこの僕、星野クリスから!」
「じゃあ次は俺、その次は棘。んで真希、乙骨の順で言って最後に悟だな」
「ツナツナ」
静かな怒りを込めた恵の質問に、五条が疑問符を浮かべながらも意味不明な回答を即答し、そこにクリスとパンダも便乗して更に調子に乗る。
「ふふーん、やはりラストを飾るのはこの僕ってわけね。よーし、それじゃあ行ってみよう!」
「嫌です、俺もう帰りますね」
「私もパス。こんなトロくせぇ馴れ合いにいつまでも付き合ってられるか」
「僕もいきなり長々とした挨拶はちょっと……」
意気揚々と歓迎の言葉を送ろう会を開こうとした矢先、主役の伏黒を発端に真希、乙骨が同時に離脱。
いきなり出鼻を挫かれ、教室内は一気に静まり返った。
「ええー……恵君、それはないって。そんな暗くて不機嫌な態度取ってたらモテないよ?でも僕は優しいから、たとえ恵君が1人になっても僕がお嫁さんになってあげるね」
「その冗談止めてください、質が悪いので。いい加減セクハラで訴えますよ?」
「ひっど、恵君辛辣過ぎ。反抗期かな?」
「誰のせいだと思ってるんですか、誰のせいだと……!」
すっとぼけた顔でセクハラじみた発言を口にするクリスに腹を立て、声を荒げて抗議する伏黒。
だが、そんな彼の怒りがクリスに響くことは無く、あっさりと受け流されて終わった。
「そもそもクリス先輩にモテないとか言われても全く心に響きませんから。大体先輩もモテたことないでしょ」
「失礼だなぁ、僕だって最近はモテ期が来てるんだよ。僕のママの厄介ファンが付いてきたり、週刊誌の記者がカメラ隠し持って追いかけてきたりするんだから!」
「……笑い話にもできない内容をぶち込まないでください、反応に困ります。それはモテ期じゃなくてただのストーカー被害なんで今すぐ警察に駆け込んだ方が良いかと」
ボケとして処理して良いのか真面目に相談に乗った方が良いのか扱いに困る話をネタにするクリス。反応に一瞬詰まった伏黒は、気を取り直し真剣な顔で当たり前の返事をした。
普段は仏頂面で不機嫌そうだが何だかんだ根は善人な伏黒は、こういう話題を出されると結構真面目に相談に乗ってくれる優しさがある。
それをダシにして弄るのが五条だったりクリスだったりするので、当人はその度に頭を抱えているのだが。
「あ、そうだ。恵君も知ってると思うけど、さっき言った僕のママも一応紹介しておくね。というわけでママ、変わるよー」
良い様に振り回されて顔を顰める伏黒を他所に、クリスが中にいるアイと入れ替わった。
瞬間、纏う空気が僅かに変化し、瞳に映る2つの星が漆黒から純白に変化する。
「はーい、娘に代わってご紹介に預かりました、星野アイだよ。初めまして伏黒君、いつも娘がお世話になってます」
「……ああ、あなたがクリス先輩に受肉した母親ですか。初めましてアイさん、伏黒恵です。話は五条先生から聞いてます。よろしくお願いします」
クリスと入れ替わったアイが早速笑顔で挨拶すると、伏黒も畏まって挨拶する。見た目は全く変わってないので戸惑うが、中身が母親ということで一応丁寧に対応した。
「うん、よろしくね。いやー、にしても伏黒君は生真面目というか何というか……何だか今のアクアを見てるみたい」
「アクア?……ああ、あなたの息子さんのことですね。そんなに俺と似てますか?」
「割とね。何かこう……雰囲気とか言葉遣いとか色々と」
「あ、はぁ……結構曖昧だ」
アイはどことなく伏黒が今のアクアと重なって見えたが、伏黒はアクアを画面上でしか見たことがないので、似てると言われてピンとくるはずも無かった。
と、2人してそんな会話をしていると、すっかり空気になっていた他の面々が途端に騒ぎ出した。
「ちょっとちょっと、なーに僕らをほっといてしんみりした会話してんのよ?もっと盛り上がっていかないと。だよねアイ?」
「それもそうだね。じゃあそろそろクリスと入れ替わるから、後は思いきり楽しんで騒ごっか」
「そう来なくっちゃ!よーし恵、パーティ―はまだまだこれからだよ!今夜は帰さないからね!」
「「「イエェェェェェーイッ!!」」」
「マジかよ帰りてぇ……」
五条に煽られ再び騒がしさを取り戻す教室。
それを見て完全に帰るタイミングを見失った伏黒は頭を抱え、そのやり取りを遠くから眺めていた真希と乙骨はドンマイと心の中で伏黒に合掌するのであった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
クリスが呪術高専の皆とどんちゃん騒ぎしている一方、苺プロでは。
「『つまりお母さんはいつまでも女だったんだよね。母親になれなかったの。男が好きで、女が嫌いで……だからかな?お母さんが私を迎えに来てくれないのは』……違う、こうじゃない」
「…………」
ルビーが映画の台本を片手に何度も同じセリフを繰り返す。
アイが生前、自身を見捨てた母親に対して抱いた本音を吐露した時の言葉を、感情を込めて演じるが上手くいかない。何度試しても納得のいく演技に至れない。
そんなルビーを後ろから眺めていた有馬は、心痛そうな表情でそっと見守っていた。
「『お母さんが私を』……『だからかな?お母さんが私を迎えに』……『お母さん』『お母さん』『お母さん』『お母さん』……」
「そこまでよ、一旦休憩しなさい。汗凄いから」
だが、流石にこれ以上は有馬の良心が放っておけなかったので、ルビーの頭にタオルを被せて無理矢理冷静さを取り戻させる。
「あんた最近休めてる?ただでさえ今のあんたは引っ張りだこでスケジュールもパンパンでしょうに」
「大丈夫、撮影時期のスケジュールはちゃんと調整してある。だから問題ない」
(つまり、今は全然休めてないって事か……)
映画の企画が立ち上がってから数ヵ月が経った現在、脚本、制作費、制作会社、撮影スタッフ、キャスティング、スケジュールなどの必要な下準備が全て整い、ようやく映画『15年の嘘』の制作が始まった。
今回の主役である星野アイ役には、色々と揉めた結果星野ルビーが務めることになり、現在彼女は貰った台本を片手にセリフを覚えている最中である。
ちなみに、クリスの友人である片寄ゆらは苺プロのマネージャー役、つまり斎藤ミヤコを演じることになっている。当時のミヤコの年齢を考えるとかなり適役だろう。
「ルビー、移動中は意地でも目を瞑りなさい。それだけでも大分違うから。元売れっ子子役からのアドバイスよ」
「うん、ありがとう先輩。でも大丈夫、私だってクリスみたいに……」
「ルビー……」
過去の経験で学んだ有馬からのアドバイスも虚しく、ルビーは一言だけお礼を言ってすぐに本読みに戻る。
何処か切羽詰まった様子の彼女を見て、有馬はそれ以上何も言えなかった。
(クリスみたいに、か……。確かに彼女のあの演技を見た後だと、ここまで自分を追い込む気持ちも理解できる)
有馬は数ヵ月前の出来事を鮮明に思い出す。アイの隠し子騒動が起きた直後、クリスの存在が世間に露呈したことでアクアとルビーが大揉めした日の事を。
あの時、アイと瓜二つのクリスがアイの演技をして2人の喧嘩を仲裁した。その精度は、実の子供の2人がアイが蘇ったと本気で錯覚し号泣するほど。
部屋の外から見守っていた有馬は、あの時のクリスを見て非常に大きな衝撃を受けていた。
(まさかクリスにあそこまで演技の才能があるとはね。いつも自分の事を『最強』と自称してたけど、今ならちょっと納得できるかも)
まるで本当にアイの魂が乗り移っているかのようだった。自分ではあそこまで正確なアイの演技はできないと確信してしまう程に。
だからこそ、今のルビーの気持ちにも理解を示せた。あれを見た後ではそりゃ焦るに決まってると。
(仮にクリスがどこかの事務所に所属してたら、今頃はトップタレント街道まっしぐらだったでしょうね。多分、不知火フリルや黒川あかねでさえ軽々飛び超えて……っていけない。これ以上の想像は精神衛生上よくないわ)
有馬も内心焦りを感じていた。技術も経験も自分の方が遥かに上のはずなのに、実力は自分と大差ない天才の演技を目の当たりにしたが故に。
ルビーも似たようなことを考えていた。
(思い出せ、あの時クリスが見せたママの演技を。あの時のクリスは確かに本物のママだった……!)
ルビーもまた、2人の喧嘩を仲裁した時のクリスを思い出し、それを参考にしてアイの演技を磨いていた。
クリスの演技の上手さは容姿がそっくりだからでは到達できないレベルだと。
(恐らくクリスは掴んでる、演技の"核心"のようなものを。でも私はまだ掴めてない……)
自分と妹との圧倒的な差を理解し、ルビーは更に自身を追い込んで稽古に打ち込む。
ルビーは以前、クリスにどうすれば上手い演技ができるのか聞いてみたことがある。
ただその時は──、
『上手い演技ができるコツ?ひゅーっとやってひょいだよ、ひゅーひょい……えっ、それだと分かんない?うーん、困ったなぁ……どう説明すれば良いんだろ?』
クリスのアドバイスはあまりにも抽象的過ぎて大して参考にならなかった。なのでどうにかして自力で辿り着く必要がある。
しかし、トップタレントとして連日朝から夜遅くまで働き続ける今のルビーに、そこまで気を配れる注意力と体力が残っているかは別問題だ。実際、ここ最近は3時間睡眠が頻発している。
クリスのように術式反転で常に肉体の疲労や睡眠不足をリセットできるなら問題無かったのだが、ルビーはそうもいかない。
現在、彼女は肉体的にも精神的にも芸能人生の正念場を迎えていた。
「もっと頑張らなきゃ……私が必ずママとせんせの仇を討つんだ。だからもっと……もっと……!」
自己暗示の様に何度も自分に言い聞かせるその姿は、まさに限界を迎えて壊れる寸前の人間そのものだった。
高専と苺プロで温度差エグ過ぎて草超えて花御。
ちなみにクリスとアイは映画の台本の中身を知らない。ネタバレになるからと言って聞かなかった。
※おまけ
クリス「自己補完の範疇で術式反転を発動する。それで肉体の時を巻き戻して、蓄積した疲労や睡眠不足を常にリセットできる」
ルビー&あかね「でもそれだと呪力切れってやつになるんじゃない?絶対どこかで限界が来るよ」
クリス「問題ない。術式反転で消費した呪力も回復するから呪力切れは起こらない。これで新鮮な脳と肉体をいつでもお届けだよ。あと年も取らない」
ルビー&あかね「何それズルい」