呪術の子   作:メインクーン

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前回:
釘崎「クリス先輩、尊敬してます!」

伏黒「この人そこまで尊敬できる人じゃねーぞ」

クリス「スピネルに母乳飲ませてみたよ」

虎杖「クリス先輩凄ぇ!」

宿儺「魅せてくれたな星野クリス!」



動き出す日々

それは7月に入ってすぐの出来事だった。

 

ある雨の日、虎杖、伏黒、釘崎の3人が緊急で任務に当たることになり、西東京市にある少年院に派遣された。

 

現場には未登録の特級仮想怨霊の呪胎が出現しており、任務内容はそれを避けて取り残された生存者を救助するというもの。

 

本来なら特級術師が派遣されるレベルの危険度だが、五条もクリスもその日は何故か緊急の任務で僻地に派遣され不在。そのため、丁度手の空いていた1年生の派遣が上層部内で決定したという。

 

だが結果は予想通り最悪なもので、釘崎と伏黒は瀕死の重傷を負い、虎杖に至っては特級相当の呪霊と遭遇して死亡。

 

直接の死因は暴走した宿儺が自ら心臓を抜き取ったからとの事だが、それでも死は死。虎杖の訃報は瞬く間に呪術界全体に流れ出た。

 

そして今、高専内の死体安置所に虎杖の死体が運び込まれ、固い台の上で横になっている。

 

 

「「…………」」

 

(うう……き、気まずい……怖い……)

 

 

すっかり冷たくなった虎杖を前に、急いで駆け付けた五条とクリスは険しい表情で腕を組み、近くの椅子に腰掛けている。

 

現場監督を務めていた伊地知は、任務結果の詳細を聞いて凄まじい圧を発する2人を前に、完全に委縮していた。

 

そんな重苦しい空気の中、五条が口を開く。

 

 

「わざとでしょ」

 

「わざと……と、仰いますと?」

 

「特級相手。しかも生死不明の5人救助に1年の派遣はあり得ない」

 

 

戸惑う伊地知に詰め寄るように、今回の任務には裏があると、五条はそう言って話を続ける。

 

 

「虎杖悠仁の死刑には僕が無理を通して無期限の執行猶予を与えた。それを面白くないと思った上が、僕とクリスの居ぬ間に特級を利用して、体良く彼を始末したってとこだろう。他の2人が死んでも、僕らに嫌がらせができて一石二鳥とか思ってんじゃない?」

 

「いやしかし、派遣が決まった時点では本当に特級になるとは……でもそうだとしたら……!」

 

 

五条の推測を聞いて伊地知はショックを受けたのか、カタカタと身体を震わせ目頭を押さえる。

 

目を背けたくなるほど陰湿で腐り切った上層部と、そんな彼らに五条とクリスが何度も嫌がらせを受けている事実を知っているからだ。考えれば考えるほど、この話に信憑性が増してくる。

 

そもそもの話、昨日に限って2人とも僻地の任務に飛ばされた時点でおかしな話である。

 

昨日、五条は任務中に失踪した1級術師の尻拭いに、クリスは離れ小島に発生した呪霊の討伐に向かっていた。それもほぼ同じタイミング、もっと言うと虎杖達の任務と重なる時間帯で。

 

流石に間が悪かったで済む話ではない。

 

 

「しかも質が悪いのは、仮に五条先生の推測が本当だったしても、これといった証拠が残ってない点だよね。しかもいざとなったら、現場監督の伊地知さんにその責任を擦り付けられるから、自分達は最後まで高みの見物で居られる。ムカつくよねー」

 

「そ、そんな……でも確かに、私がもっと状況を見極めて彼らのサポートが出来ていれば、虎杖君は死ななかったかも……」

 

「ほらね。伊地知さん責任感が強いからさ、そう言われると否定しづらいでしょ?」

 

 

上層部の汚さを知る星野クリスからの説明に、伊地知は更に落ち込む事となった。

 

子供達に優しく、強い責任感を持つ伊地知の一面を知っているからこそ、上層部なら彼の優しさに漬け込むだろうというのは想像に難くなかった。

 

それ故に、余計に腹が立つ。

 

 

「犯人探しも面倒だ。もういっそ上の連中、全員殺してしまおうか?」

 

「五条先生、ただ殺すだけじゃつまらないですよ。せめて奴らの骨を全部へし折ってからにしないと」

 

「ッ!?」

 

 

強烈な殺気を放つ五条と、両目にドス黒い星を宿すクリスの物騒な会話に、伊地知は動揺して一歩後退る。

 

そんな張り詰めた空気が部屋中を満たす中、死体の解剖にやって来た家入の登場で一気に緊張感が薄れた。

 

 

「随分とお気に入りだったんだな、彼のこと」

 

「僕はいつだって生徒思いのナイスガイさ」

 

「何はともあれ、あまり伊地知を虐めるな。私達と上の間で苦労してるんだ」

 

「男の苦労なんて興味ねーよ」

 

「まぁまぁ五条先生、たまには労ってあげましょ」

 

 

いつも苦労している伊地知に対して辛辣な五条を、家入とクリスが宥めて落ち着かせる。

 

そんな伊地知は2人からのフォローに瞳を輝かせていたが、そのような細かいところまで反応する家入達ではなかった。

 

 

「……で、これが宿儺の器か。好きに解剖(ばら)して良いんだよね?」

 

「しっかり役立てろよ」

 

「役立てるよ。誰に言ってんの?」

 

 

話は戻り、家入が横たわった虎杖に視線を傾けて目を細める。

 

虎杖がこのような形で亡くなってしまったのは非常に腹立たしいが、せめて彼の死を無駄にしないためにもという思いから、これからの研究に役立てようと画策するのであった。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「僕はさ、性格悪いんだよね」

 

「知ってます!」

 

「伊地知、後でマジビンタね」

 

「マ、マジビンタ……?」

 

 

虎杖悠仁の死体解剖が始まる直前、五条がいきなり伊地知に話を切り出した。

 

ただし、伊地知はマジビンタという単語が気になるようで、それどころでは無さそうな雰囲気だが。

 

それでも五条は構わず続ける。

 

 

「教師なんて柄じゃない。そんな僕が何で高専で教鞭を執っているか、聞いて」

 

「……何でですか?」

 

「夢があるんだ」

 

 

五条は生来の性格から教師という柄ではないし、人に物を教えるのが上手いわけでもない。何でもできる天才肌故に、誰かに教える立場はある意味一番不向きと言える。

 

それでも何故、五条はあえて教育という道を選んだのか。それを伊地知に語り始めた。

 

 

「悠仁のことでも分かる通り、上層部は呪術界の魔窟。保身馬鹿、世襲馬鹿、高慢馬鹿、ただの馬鹿。腐った蜜柑のバーゲンセール。そんなクソ呪術界を……リセットする」

 

「…………」

 

 

重苦しい雰囲気の中で語られる五条の夢、その最終目標。

 

それを聞いていた伊地知は静かに息を呑み、横に座っているクリスは何も言わず、ただ黙って五条の言葉に傾聴していた。

 

 

「上の連中を皆殺しにするのは簡単だ。でもそれじゃあ首がすげ変わるだけで変革は起きない。そんなやり方じゃ誰も付いて来ないしね。だから僕は教育を選んだんだ。強く、聡い仲間を育てることを」

 

 

五条の話を聞いて、クリスはふと過去の出来事を振り返った。今から10年以上前、離反した夏油と完全に決別した日の夜に、寮部屋で五条と交わした言葉の数々を。

 

目を瞑れば「思えばあの日から、五条さんから五条先生に呼び方が変わったな」とか「一人称が『私』から『僕』に変わって定着したな」などと、様々な思い出が蘇る。

 

どれも今となっては懐かしいが、それでも色褪せない記憶として鮮明に残っている。

 

そうやって感傷に浸るクリスの横で、五条は更に話を続ける。

 

 

「そんなわけで、自分の任務を生徒に投げることもある。愛の鞭ってやつ」

 

(それはサボりたいだけでは?)

 

「皆優秀だよ。クリスは勿論、秤や乙骨もいずれは僕らに並ぶ術師になる……悠仁もその1人だった」

 

 

拳を強く握り締め、苛立ちを孕んだ低い声で話を締め括る五条。

 

やはり今回の虎杖死亡は相当効いたようで、五条の反応から本気で悔しい思いをしていることが分かる。

 

流石に何かフォローしようかと考えるクリスだったが、解剖の準備を終えた家入がこちらに話しかけたことで緊迫した空気は霧散する。

 

 

「ちょっと君達、もう始めるけどそこで見てるつもりか?」

 

「おわっ、フルチンじゃん!?」

 

「「「……えっ?」」」

 

 

そして、そんな家入の後ろで何故か死んだはずの虎杖が起き上がったことで、室内は一気に騒がしくなり始めた。

 

あまりにも唐突すぎる瞬間だった。

 

 

「ご、ごごご五条さん!ク、ククク、クリスさん!い、いいいい生き、生き……!?」

 

「クックック、伊地知ちょっと黙って」

 

「ふふっ、まさかこんな奇跡があるなんてね……」

 

 

虎杖の復活に、驚愕のあまり呂律が回らなくなった伊地知を黙らせると、五条は目の前の奇跡に笑みを溢しながら近付く。

 

クリスも嬉しさのあまり、見た事がないほど満面の笑みを浮かべており、その状態でそっと虎杖の傍に歩み寄った。

 

 

「悠仁」「悠仁君」

 

「「おかえり!」」

 

「オッス、ただいま!」

 

 

そして2人とも片手を上げて虎杖の名を呼ぶと、復活を祝してお互いに虎杖と軽快なハイタッチを交わした。

 

 

 

 

 

「あー、報告書修正しないとね」

 

「いや、このままで良い。また命を狙われる前に、悠仁に最低限の力を付ける時間が欲しい。だから記録上、彼は死んだままにしてくれ」

 

「ふーん、じゃあ虎杖がっつり匿う感じ?」

 

「いや、交流会までには復学させる」

 

「何故?」

 

「簡単な理由さ。若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりともね」

 

 

高専内を練り歩きながら、五条と家入は虎杖を匿う計画を話し合う。

 

 

「じゃあその間、スピネルの面倒は僕1人でずっと見ておくことになりますね」

 

「そうだね。悠仁には不安にさせて申し訳ないけど、スピネルとはしばらく面会だけで、育児から離れて修行に専念してもらう。でないと今回の二の舞になるのがオチだ。それだけは避けたい」

 

 

間違いなく虎杖はスピネルの身を案じるだろうが、残念ながら今の彼の実力ではスピネルどころか自分の身を守ることすら危うい。

 

彼には悪いが、ここは強くなるまでぐっと我慢してもらう他ない。クリスはそう思いながら、これからの日々を想像する。

 

 

「基本的に悠仁の修行は僕が見ておく。でもずっと見てられるわけじゃないから、その時はクリスが悠仁の修行を手伝ってほしい。スピネルとの面会も兼ねてね」

 

「ええ、お安い御用ですよ」

 

 

こうして、悠仁に力を付けさせるための隠匿計画を着々と進めていく3人であった。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

一方その頃、映画『15年の嘘』の撮影現場では。

 

 

「よし、今日の撮影はここまで。後はこっちで編集するから皆は帰って良いぞ」

 

「はーい、お疲れ様でした」

 

 

映画監督の五反田の合図に、現場に漂っていた緊張感ある空気が霧散する。

 

その瞬間、映画に出演する人達から肩の力は抜け、それぞれの口からふうと一つ溜め息が出た。

 

 

「はぁー、疲れた。撮影中の異様な緊張感はまだまだ慣れないなぁ」

 

「ええまぁ、確かにそうね……」

 

「かなちゃん元気ないね?何かあったの?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……ほら、今日は現場に元B小町のメンバーが来てたでしょ?それでちょっとね……」

 

 

初めての映画撮影で慣れない緊張感に疲れが溜まるMEMちょと、元気がないというよりはどこか上の空になっている有馬。

 

今日の撮影現場には役のモデルとなった旧B小町の初期メンバー、つまりアイと結成当初からアイドル活動していたメンバーが来ていた。

 

その中でも、有馬が演じている役のモデルとなった人物、旧B小町のニノこと新野冬子と一悶着あったことを有馬は語る。

 

 

「正確には私じゃなくてルビーの方だけど、あの子の演技を見た新野さんが『本物のアイはそんな事言わない』ってルビーにはっきり言ってね?」

 

「うわぁ……それかなりキツい駄目出しじゃん」

 

「ちょっと私、怖いなって思っちゃったり……」

 

 

良い演技をするため、ニノに当時の話を聞こうとした有馬だったが、そこへ偶々通りかかったルビーと話をした時にニノは言った。

 

『本物のアイはそんな事言わない。良かった、ちゃんと偽物だった』と。

 

これを目の前で聞いた有馬は背筋が凍るような恐怖を覚えた。直前までアイに対する自身の言動を悔やんでいた元メンバーが、アイを演じるルビーを見た瞬間、人が変わったように豹変したのだから。

 

その言葉と表情から分かったのは、アイに対する愛憎入り混じった感情。今でも亡くなったアイのことを愛し、憎み、信奉する。まさにアイという偶像に囚われ続けている1人の信者だった。

 

だからこそ、有馬は少し気掛かりだった。

 

 

「ああもはっきり言われてルビーは大丈夫かしら。今もただでさえ何度も撮り直しされてるっていうのに……このまま分からなくなって難航しなきゃ良いけど」

 

「その時は精一杯サポートしてあげよう、私達に出来る範囲で。同じ仲間なんだしさ」

 

「……ええ、その通りね」

 

 

もしルビーがどうしようもなく行き詰まったら仲間で支えよう。MEMちょのその言葉に、有馬は数秒間を開けてから僅かに頷いた。

 

なお、この会話があった数日後に、B小町内の空気が過去最悪になる事をMEMちょはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──同日、都内某所のファミリーレストランにて。

 

 

「はー、ようやく今日の撮影が終わったよ」

 

「今日も予定時間ギリギリまで長引いて大変だったね。何回も撮り直してたし」

 

「五反田監督からの無茶振りが多くて参っちまうぜ。もうちょいどうにかならねぇかな?」

 

「でも最終的にOKは出てるから、やり方は合ってるっぽいけどな」

 

 

ファミレスのテーブル席で、食事しながら駄弁っているこの4人は映画『15年の嘘』の裏方の一員である。

 

4人とも映画制作メンバーの中では末端の方に位置するが、撮影、音響、照明、メイクなどの裏方を担当する彼らも映画制作に必要な人員、欠かせない存在だ。

 

今日も今日とて、五反田監督や同じチームのリーダーから無茶振りを要求されながらも、映画をより良い物にしようとあくせく働いてきた。

 

そして、明日からもそれぞれの持ち場に戻って映画制作に取り組む予定となっている。

 

 

 

 

 

──だが、この4人は不幸にも翌日から行方不明となり、最終的に映画制作メンバーから除外されることになる。

 

 

 

 

 

「映画の撮影終了は8月の中旬過ぎ。そこから更に編集の毎日……はー、気が滅入るなぁ」

 

「映像の編集って本当に大変よね。メイクもそこそこ大変だけど、そっちに比べたら随分マシだわ。私の担当黒川あかねだけど、あの子すっごく礼儀正しくて良い子なの。

 今日もファミレスで皆とご飯食べに行くって言ったら『ご友人と是非楽しんできてください』って。良い子すぎて私感動しちゃった」

 

「それに比べてお前のチームリーダー凄く厳しいからな。変なミスしてどやされないように頑張れよ」

 

「まぁ、何かあったら一杯奢ってやるからさ、あんま気負い過ぎるんじゃねーぞ」

 

 

気落ちしそうな映像編集のメンバーを他の3人が励ます。仕事の持ち場が別々だろうと親しい仲で、誰かが困った時は手を伸ばして助け合う。

 

そんな4人が映画の撮影話で楽しく盛り上がっている中、店内に新たな客がやって来た。

 

 

「いらっしゃいませー。1名様のご案内でよろしいでしょうか?」

 

「はい、1()()です」

 

 

都内では珍しい五条袈裟を着込み、額に一筋の縫い目がある長髪の男が、爽やかな笑顔を店員に向けながら、店内の空いたテーブル席に1()()で腰掛けた。

 

 

 




ちなみに虎杖の死亡ですが、ここでクリスが「悠仁君は完全に死亡してるから肉体を治しても意味が無い」と思わず、さっさと術式反転で心臓を治していれば、宿儺の契闊は無効になってました。どんまいクリス!

あと、虎杖は復活した時に全裸だったので、当然その場に居たクリスも彼の全裸をがっつり見てます。まぁだから何だって話ですが。


Q.クリスが死体安置所にいる時スピネル居なかったけど、スピネルの面倒は誰が見てたの?
A.夜蛾学長。パンダを育成した実績があるから。
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