呪術の子 作:メインクーン
漏瑚「星野クリスは儂が殺す」
メロンパン「封印する方がオススメだよ」
片寄「今度ハイキングに行こうよ。ミキさんも誘うつもり」
クリス「じゃあスピネルも一緒に連れて行こっと」
片寄からハイキングの誘いを受けて数日が経過し、あっという間に週末になった。
この日、山登りに必要な物を一通り買い揃えたクリスは、それらをリュックに詰めて背負ったまま片寄の自宅を訪ねた。
前方にはおんぶ紐で固定したスピネルを抱きかかえており、こちらもハイキングに向けて丈夫な紐に変えている。
この状態でドアのインターホンを鳴らすと、家の中からパタパタとスリッパの音が聞こえてくる。
「いらっしゃいクリスちゃん、よく来たね!今日は皆でハイキング楽しみ……ま……しょ?」
「ヤッホーゆらちゃん、今日は遊びに誘ってくれてありがとね。必要な物は買い揃えてるし、こっちは準備バッチリだよ」
玄関の扉を開けて意気揚々と挨拶しようとした片寄だったが、クリスが抱えているスピネルを見て段々勢いが尻すぼみしていった。
そんな片寄にお構いなく挨拶するクリスだったが、相手はそれどころではない。
「えっ……と?ねぇクリスちゃん、前に抱きかかえてるその赤ん坊は一体……?」
「えっ、この子?めちゃくちゃ可愛いでしょ!名前はスピネルって言うんだ!ゆらちゃんも少し撫でてみる?」
「へぇー、その子スピネルって名前なんだ。凄く攻めた名前してるねー……じゃなくて!」
片寄の質問に対して呑気に答えるクリスだったが、今回ばかりは彼女のノリについて行ける片寄ではなかった。
現役高校生の友人と会う約束をしていたら、いきなり子連れでやって来た時の衝撃と言ったらないだろう。
しかも赤ん坊の顔立ちはどこかクリスと似ているときた。益々疑惑が深まるばかりである。
「その子一体誰の子なの!?というか、ひょっとしてもう1人連れて来たい子ってスピネルちゃんのことだったの!?」
「うん、そうだよ。この子を1人にして呑気に山登りするわけにはいかないからね。スピネルの面倒は僕が見ないと」
「それもう確定じゃん……」
母親を彷彿とさせるクリスの返答や状況から、片寄は全てを理解した気になり頭を抱えた。
今丁度アイの半生を描いた映画『15年の嘘』の撮影中なのだ。10代のアイドルが子供を妊娠して秘密裏に出産するストーリーの映画を撮っていたら、その娘が亡き母と同様に子持ちになっていた。
いくら何でもタイムリー過ぎるしタイミングが悪すぎる。これをアクア達が知ったらどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
それでもすぐにバレそうな気がしてならないので、片寄は今後起こり得る修羅場を想像して更に頭を悩ませる。
なお、このタイミングで家の奥からもう1人の影が近付いてきた。
「どうしたんですか2人とも?何だか随分騒がしいですけど、一体何があって……えっ?」
「あ、ミキさんもおはよー!今日は一緒に楽しもうね!」
玄関で騒ぐ2人の声を耳にして、既に家に来ていたカミキヒカルが顔を見せた。
そして、クリスが抱えるスピネルを見てピシッと動きを止める。そんな彼にクリスは呑気に挨拶を交わすが、片寄同様、彼もそれどころではなかった。
「えっ、はっ?いや、えっ……?」
「あー、ミキさん。これはそのー……」
あまりの衝撃に掠れた声しか出ないカミキ。
そんな彼の反応を見て思わず苦笑いを浮かべる片寄だったが、どう説明すれば良いのか思い浮かばない。
「それじゃあ皆揃ったわけだし、早速目的地に向かおっか!ゆらちゃん、運転よろしくぅ!」
「いやいやいや、そんな空気じゃないって……」
静まり返った家の中で、ただ1人だけハイテンションで喋り続けるクリス。心なしかスピネルもクリスの笑顔に釣られて笑っているように見える。
そんな彼女のテンションに付いていけない片寄はげんなりした顔に、カミキに至っては若干白目を向いて思考停止していた。
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子連れで来たクリスに衝撃を受けたが、そのまま突っ立っているわけにもいかないので、急いで準備を済ませて目的地へ向かった。
その道中、片寄が自家用車に皆を乗せて運転する最中、スピネルについて色々と話し合う。
「とりあえず、色々と聞きたいことがあるんだけど……」
「ええ、奇遇ですねゆらさん。僕もクリスさんに聞きたいことが山ほどありまして」
「まぁそうなるよねー」
重い空気が流れる車内で、これから質問攻めに遭うことを想定していたのか、クリスは平静を保ったまま2人の顔を見る。
「まずはそうね……スピネルちゃんって今何歳?」
「んー、大体生後10ヵ月ってところかな?まだまだおっぱい飲んで育つ時期だよ」
「へぇ、そう……」
「つまり産んだのは去年の9月か10月頃……」
クリスの回答を聞いて、片寄とカミキが各々違った反応を見せる。片寄は短い返事をして、カミキは顎に手を当ててブツブツ呟く。
「去年の10月ってなると、確かお互い忙しくて会えない時期だったよね。連絡も少し疎遠になってたけど、もしかしてその時に……」
片寄も車を運転しながら何やらブツブツ言い始めた。クリスが積極的に勘違いを訂正しないせいで、どんどん誤解が悪い方へ深まっていく。
(まさかクリスが子供を産んでいたとは……誰だ、僕の娘を孕ませた不埒者は?いや、僕もアイや姫川愛梨の件があるから人のことは言えないが……それにしてもだ)
一方、カミキもクリスに対して思うところがあり、自分の娘にこんな事をしでかした相手の存在を疎ましく思っていた。
この心の声をアクア達が聞いたら、どの面下げて言ってやがるゲス野郎と激昂するのは間違いないが、それを棚に上げてでもカミキは推察する。
「ねぇ、一応聞くけどその子の父親は誰なの?」
「えっ、この子の父親?それはねー……」
「「…………」」
沈黙した空気を破るように、片寄が一歩踏み込んだ質問をクリスに投げ掛ける。
その質問の答えを聞き逃すまいと、片寄とカミキが固唾を飲んで耳を傾ける中、クリスは悪戯っ子のような笑顔を浮かべて言った。
「えへへー、内緒だよ!」
「えー……」
舌を出して可愛らしくあっかんべーとポーズを取り、内緒と言って質問の答えをはぐらかす。その回答に片寄は深い溜め息を吐き、カミキは手で顔を覆って天を仰いだ。
実際はクリスもスピネルの父親を知らないので答えようがないのだが、2人がその事情を知る由はない。
それでも気になるのか、片寄は1人で考察を続ける。
「……クリスちゃんの交友関係は広いようで意外と狭い。相手の男は限られる。真っ先に思いつく相手は……」
最初に片寄の脳裏を過ったのは、目隠しをした白髪の長身男。
10年以上前から交流があり、プライベートの時間も一緒に過ごすことが殆どだとクリスから聞いた事があるので、父親第一候補に五条悟が挙がるのは当然の結果だった。
彼の素顔が絶世のイケメンなのは知っているが、常に飄々としておりちゃらんぽらんな印象が強い。考えれば考えるほど、一番可能性が高い男である。
だが、五条悟ではない可能性も十分にある。
「スピネルちゃんの父親候補……クリスちゃんの交友関係から考えるに、他に父親の候補として挙げられるのは……」
そう言いながら、片寄はチラッと視線を後部座席に座るカミキに向ける。
「……いや、違いますよ?ゆらさん、違いますからね?僕がスピネルの父親だなんて事はありませんから……ちょ、止めてくださいよ。何でそんな疑うような目で僕を見るんですか?」
「そんなこと言われると、余計怪しく見えてくるんだよねぇ……」
「絶対に違いますからね?」
唐突に視線を向けられたカミキが慌てて否定するが、どうしても挙動が怪しく見えてしまう。
それでも違うと言い続けるカミキだったが、如何せん過去にやらかした内容が内容だけに、彼に向けるクリスの視線は妙に鋭かった。
ついでにクリス越しに会話を聞いているアイも、呆れ混じりのジト目でカミキを鋭く睨み付ける。
「まぁ、ミキさんが父親でないことだけは確かだから安心して」
「クリスさん……」
「それだけはハッキリと言えるから……多分ね?」
「クリスさん?」
せめてもの情けからか、クリスからの助け船が入ってほっと胸を撫で下ろすカミキ。
それでもクリスが最後にボソッと呟いた一言で、彼に対する疑いが完全に晴れることはなかった。
(まぁ、ぶっちゃけスピネルと僕に血縁関係はないけど、2人の反応が見てて面白いから、もう少しだけ勘違いさせたまま黙っておこうっと)
なお、本当に血縁関係がある事をクリスは知らない。ある意味でスピネルは実の娘である。まさに噓から出た実だ。
こうして何とも言えない微妙な空気が漂う中、4人は目的地の山へ向かうのであった。
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それから数時間後、目的地に到着したクリス達は早速ハイキングを楽しむべく山道を歩いた。
今回登る山は程良い標高で頂上までの道も整備されており、かつ他の人があまり来ないので人目も少ない、謂わば穴場スポットと言うべき所だった。
「いやー、初めての山登りでどうなるか不安だったけど、これ思ってた以上に楽しいね。特に緑豊かな広大な自然の景色……うーん、絶景だね!」
「ええ、確かにクリスさんの言う通りです。これは良い経験になりましたよ。一緒に来て良かったです」
「でしょでしょー!ここは初心者でもオススメの穴場なの。喜んでもらえて嬉しいな」
「本当にね。スピネルも心なしか楽しそうだし良かった」
片寄オススメの山で行った初めてのハイキングは、とても満足のいく結果だった。
普段想像する険しい斜面を登るわけでもなく、皆と話しながらゆったりと頂上まで歩いていけたので、初心者のクリスとカミキは苦も無く楽しめた。
標高が高くて空気が薄くなる……なんて事もなく、スピネルもキャッキャと楽しそうに燥いでいた。
「さて、もう夕方だしそろそろ家に帰ろうか」
「そうですね。日没までまだ時間はありますが、あまり遅くに帰ってもいけませんし」
「じゃあ途中で何かお土産買って帰ろうよ」
今3人がいる場所は、頂上から少し降りて山の中腹辺りにある広場。
山登りで疲れた人や、人目を気にせず思いきり遊びたい人のために用意された場所で、街にある公園と同じくらいの広さがある。
そこのベンチに座ってしばらく休憩していた3人は、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうと腰を上げた。
──だが、3人が無事に帰宅できたのは翌日以降となってしまう。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
山のどこからか、気配を消してクリス達をずっと追っていた何者かが、ニヤリと笑みを深めて詠唱を唱えた。
瞬間、クリス達がいる山の周辺一帯を覆うように、巨大な帳が下ろされる。
突如として起こったその異変は、当然クリス達もすぐに気付いた。
「えっ……?ねぇクリスちゃん、あれってもしかして帳ってやつじゃ……?」
「うん、そうだね……一体どういう事?」
「えっと……ゆらさん?クリスさん?2人ともあの黒い膜について何か知ってるんですか?」
まず初めに空を見ていた片寄が気付き、それに次いでクリスとカミキも空が暗くなったことで帳の存在に気付いた。
過去に特級呪霊に襲われ、呪術の存在を認知している片寄が見えるのは当たり前として、当然のようにカミキも帳を視認している。
だが、今のクリスにそんな事を気にしている暇はない。彼女の意識は、いきなり帳を張った犯人の呪力を探ることに割かれていた。
(誰だ?一体誰が何の目的で帳を──ッ!?)
犯人の呪力を探しながら相手の目的を考えていると、膨大な呪力を持った何かがこちらに向かってくる気配をクリスは感じ取った。
このままではマズいと即座に判断し、急いで行動に移すことに。
「ゆらちゃん、ミキさん、急いでこの場から離れて。今下山するのは逆に危険だから、そうだね……あそこの木の裏に隠れてくれる?」
「クリスさん?一体何を……」
「分かった。で、クリスちゃんはどうするの?」
「ここで迎え撃つ」
どんな奴が潜んでいるかも分からない以上、今下山して目の届かない場所に逃げるのは好ましくない。
そう思ったクリスは、何かあってもすぐ助けに行ける距離にいてほしいと考え、少し離れた場所で待機するよう2人に命令する。
戸惑うカミキを他所に、片寄はすぐに状況を把握して行動に移した。
「あ、それからスピネルをお願い。これおんぶ紐ね。絶対この子落とさないでよ」
「分かってる、スピネルちゃんは任せて。……クリスちゃん」
「なに?」
「死なないでね」
「……ふふっ。大丈夫、僕最強だから」
忘れないようにスピネルをおんぶ紐と共に片寄に預け、激励の言葉を貰って余裕の表情で構えるクリス。
「さ、行くよミキさん!急いでクリスちゃんから離れて!」
「ちょ、ゆらさん!?説明してください!これは一体何が起こって……!?」
「これで良し。後はゆらちゃんが何とかしてくれるでしょ……さて」
スピネルを抱えた片寄が主導となってカミキの手を引っ張り、走って遠くの木の影に隠れるのを確認してから、クリスは軽く息を吐いた。
次の瞬間──、
「キィィエェェェェェェーッ!!」
周辺一帯に轟く絶叫と共に、クリスの頭上から何者かが現れる。
単眼に火山のような頭部という特徴的な風貌。特級呪霊の漏瑚が、クリスを勢いよく踏み潰そうと襲ってきた。
着地した部分の地面が深く抉れてクレーターになる中、その攻撃を後ろに飛んで回避したクリスは漏瑚に尋ねる。
「君……何者?」
だが、そんな彼女の質問を無視して漏瑚はすかさず追撃する。
「ヒャアッ!!」
「……ん?」
剽軽な掛け声と共に漏瑚が片手を振り下ろすと、クリスの死角からいきなり穴の開いた突起物が出現。
クリスがそれに気付いて振り向きかけた瞬間、穴から高出力の火炎が放出され、周囲の森ごとクリスの全身を容赦なく焼き尽くす。
「あっつ……クリスちゃん!」
「なっ……はっ……!?」
それを遠目に見ていた片寄とカミキは、いきなり炎に包まれたクリスを見て驚愕に目を見開く。
そうこうしている内に火炎の放出も終わり、黒煙とドロドロに溶けた地面が広がる地獄絵図が出来上がった。
この結果に漏瑚は満面の笑みを浮かべる。
「存外、大したことなかったな……ん?」
だが、その笑みも目の前に立つ存在に気付いてすぐに消え失せた。
「誰が……大したことないって?」
確実に燃やし尽くしたと思っていたクリスが、何事も無かったかのように無傷でその場に立っていた。彼女の衣服にも燃えた跡が見られない。
「……小娘が」
初撃で殺せなかったことで忌々しげにクリスを睨み付ける漏瑚。その一方で、クリスは相手をじっくりと観察する。
(ここまで流暢に喋れる呪霊……コミュニケーションもばっちりだし、呪力量もかなり多い。下手したら今の宿儺より強いかも?まぁ何にせよ、こいつは特級で確定だね)
一通り相手の観察を終えたので、一つ溜め息を吐いてから戦闘態勢に入る。
「……全く、せっかく人が楽しくハイキングしてる時に奇襲するとはね。おかげで楽しい1日が台無しだよ」
「ふふふ、矜持が傷付いたか?」
「いや?これはこれで楽しくなってきた」
腰を低く落として身構えたクリスは、漏瑚の挑発的な言葉に苛立ちも激昂もせず、むしろニヤリと笑って余裕の表情を見せた。
次回、クリスvs漏瑚!
突如として始まった特級同士の戦闘。スピネルの存在で手一杯だったカミキの情緒や如何に!?