TINNPIRA SAMURAI ~チンピラ侍、ダンジョンに潜る~ 作:庭鳥
~ 3 ~
街を出てほんの十五分ほどの山の中腹に、その迷宮は存在していた。暗い洞が大口を開いて待ち受けている。初心者たちはそれを見て恐怖や興奮などを覚えるものであるが、ソウジロウは相変わらずボケっとしているだけである。それを見てフラスコは(緊張しているのかな?)とだけ思っていた。他の仲間たち……すなわち拳闘士たるボトル、神官のアンプルなどは彼を見て訝しげな表情を浮かべているのだが……フラスコという男は、絶望的に人間を見る目がないのかもしれない。
「それではソウジロウ君。君は腕に自信があるのかもしれないが、まずはアンプルと共に後方に待機し、後衛として彼女を守ってくれたまえ。」
「承知した!」
つまり初心者のお前は後ろで我々の仕事ぶりを見ていろ、という意味なのであるが、そんな言外の意味にソウジロウが気付くはずもなかった。彼はニコニコとしながら渡された松明を持っている。その頭の中は既に報酬の金貨の想像でいっぱいなのであろう。
「では入ろうか!ボトル、いつもの通り僕が前、君が二番目だ。アンプル、ソウジロウ君は三番目にしても良いだろうか?」
「構わないわ。」
「では入ろうか!」
そうして彼らは迷宮に足を踏み入れていく。通常、最後尾には奇襲の警戒として近接戦闘に心得のあるものを置くものであるが、今回は純後衛のアンプルが最後尾となった。これはソウジロウがどの程度動けるかわからないためである。言うなれば彼をそこまで信用していないという意味であるが、無論先ほど会ったばかりの人間なのだから当然だ。パーティを預かる者としては当然の備えといえるだろう。
無論、それにすら気づかずにソウジロウはぼけらっとしていた。
迷宮の中に入るとかび臭い空気が鼻を衝く。さらに地下だというのに奇妙にも生温かい風が吹き、血なまぐささも伝えてくるのである。そこに余人は様々な反応を示す。恐怖する、血が湧きたつ、哀しみを覚える……しかしどれも大して違いがない。どれを思おうと死ぬときは死ぬ、それがダンジョンなのだ。
「今日は二層の方に降りてみようと思う。どうだろうか。」
「うん……予定のとおりね。良いと思うわ、フラスコ。」
フラスコの言葉に、アンプルが言葉を返す。それをじっと見ていたソウジロウが口を開いた。
「層があるんでござるか?迷宮には。」
「そうさ。それにこの迷宮の最下層はまだ発見されてないんだ。いやはや、不謹慎かもしれないが、冒険者としては宝の山だよ。」
「ほうか。それは良いでござるなあ。
「ハハ、ギャンブルかい?僕も少しは嗜むよ。」
フラスコがはそのように返す。しかしその目線はまっすぐ先を見ており、時々パーティを振り返るくらいだ。優秀なベテラン冒険者であるといえるだろう。
しばらく歩いているばかりであったが、突然二番目を歩いていたボトルという拳闘士が叫んだ。
「ん!敵襲!数が多いぞ!」
「了解だ!」 「任せて!」 「ござ……?」
彼の言葉にそれぞれが言葉を返す。若干一名、何もわかっていない様子であったがともかく隊列は組めた。
「グルララララ!!」
「『デメケン』だ!!」
ボトルがそのように叫ぶ。迷宮の狭い廊下、暗闇の中から松明の明かりに照らされて現れたのは奇怪な生物の集団であった。目と口が異様に突き出た四足歩行の黒い毛の塊。目の出た犬のように見えなくもないことから、冒険者たちはもっぱら学者たちの使う長い名前ではなく『デメケン』という名を好んで使っていた。地上では見ることもないような正真正銘の魔物である。
それが一体、二体……数えて五体程。それがわらわらと涎と何かを口から垂らしながら迫ってきていた。
「気を付けろ、皆。ソウジロウ君。噛みつきももちろんだが、遠距離でも気を付けるんだ。毒を吐いてくるぞ。」
「へえ、面妖な。ぷろれすらーってやつでござるか?」
ソウジロウが刀を抜きもせずに、松明を掲げながらそれを見てのんびり呟いた。
「プロレス……?ええい、とにかく攻撃だ!」
その声と共に、まずは人間たちが先制をとった。まずはボトルが一気に接近し、一体のデメケンを蹴り飛ばし壁にたたきつけ、さらにそこに拳で追撃を加えた。続いてフラスコが剣を持って躍りかかり、一刀の元デメケンを真っ二つに切り裂いた。「グギャラララアア!?」、そんな悲鳴が二つ、響いた。
しばし遅れて「偉大なる水の神よ、猛き荒ぶる雨の化身よ……今ひとたび彼らに海の英知を授けたまえ……」というアンプルの声が響く。その直後、残っていたデメケン三体が突然噴出してきた水の中に囚われた。一体はそのまま溺れ死んだが、残りの二体には抵抗された様子でバシャリという水音と共に水の牢獄から這い出て来た。
ちなみに、その様子をぼけっとしたままソウジロウは「はえー。」とか言いながら見ていた。
二体のデメケンは憎々し気に彼らを、特に余裕そうに振舞っているソウジロウを睨みつけていた。彼らは一瞬体をぶるりと震わせると、嘔吐を思わせる音を発しながら、二体同時にソウジロウに向かって毒を吐いてきた。
「ほい。」
しかし、その隙間を難なくソウジロウは通過した。その隙をついてフラスコがさらに一体斬りつける。続けざまに彼は走り去ろうとするデメケンを見て声を張り上げた。
「逃げたぞ!」
「ん、任せろ。」
ボトルが短杖を抜きながら答えた。そして目を細め、狙いを絞ると短く「ストーンブラスト……。」とだけ呟いた。その途端、杖からは高速で握りこぶし大の石が射出され、逃げるデメケンの下半身にぶち当たった。そしてほとんど真っ二つに裂ける様にそれは左右に割れて、動かなくなった。
「はえー。」
それを見てソウジロウはそんな浅い感想を吐いた。いや、なんか感想にもなってないが。ともかくなんとなく阿保な彼にも、このパーティがバランスの良いものだとはわかってきていた。それを見て大抵の人間は自分のいる意味とかに悩むものだが、彼にとっては、楽できそうでいいなぁぐらいにしか考えないのであった。
「うん、皆ご苦労!ソウジロウ君もナイス回避だったよ!」
フラスコはそんな風に人の良さそうに語り掛ける。何もやっていないソウジロウにも配慮を欠かさないという人の良さだ。ソウジロウはそれをまともに受け取り、赤面する。
「おお、そうでござるか!拙者ナイスでござる。」
「……。」 「……。」
それを不満げに見つめるパーティの二人。実際、ソウジロウはお荷物になっている。新人の育成の意義も分かるが、命のかかわる場面ではそんな綺麗事も言っていられない。さらにこんな空気の読めないアホ侍の育成ともなれば、である。はてさてどうなる事やら。
ともかく、彼らはこの先も何回かこのような戦闘を行った。そのたびにボトルとアンプルが不満を貯めていったのは想像に難くないだろう。
~ 4 ~
彼らはそうして二層に足を踏み入れた。階段を降りても見た目こそ変わらない。しかし空気の邪悪さというか、生きにくさというべきか、人間の本能で感じ取れる部分で何かが明確に変わっているのである。
「二層にはね、
「玄室?」
「そう、ボス部屋ともいうけどね。一定周期で必ず強いモンスターが湧くように現れる部屋……でもその代わりその部屋には必ず宝箱も置かれるんだよ。」
「あるいは強者を倒した報酬というよりは、私たち冒険者を誘き寄せるために置くのかもしれないけどね。」
そのようにフラスコの言葉をアンプルが付け加えた。ソウジロウはそれを聞いてはえーといつもの如く思っている。多分話は半分くらいしか聞いていないし、その半分ぐらいしか覚えられていない。しかし報酬があるというのは彼にとってもうれしい話であった。
「今回、僕たちの受けた依頼は二層のマップ作製だけど……帰りに玄室にもよっていこうか。」
「それが良いだろう……俺たちなら……二層の敵にも後れは取らないだろう……からな。」
ぶつ切りで無口な男、ボトルもそのように話した。
実際、二層に入っても彼らは安定した戦闘を続けていた。盾と剣で守りは固く攻めは強力なフラスコ。拳の連撃と魔法の扱いを得意とするボトル。詠唱は長いが強力な神術を使うアンプル。ソウジロウがただ松明を掲げているだけでも彼らは敵を難なく倒していった。デメケン以外にも、スケルトンや、火を噴くトカゲなどもいたがどれも傷を負う前に倒していたのだ。全く問題はない探索だったといえるだろう。
「それじゃあこの曲がり角は右に……。」
「よう!フラスコじゃねえか!」
そう言って笑いかけながら歩いてきたのは金髪の大男である。兜は被っていないが、フルプレートアーマーが鈍い光を放っている。さらに手に持っている槍にはべっとりと血が付着しており、戦闘が終わった直後であるように思われた。声をかけられたフラスコも笑いかけながら答えた。
「バリー!バリーじゃないか!」
「おう、おめえもこの街に来てたんだな。」
そう言って、後から歩いてきたバリーという男のパーティメンバー……どれも屈強そうな男でそれぞれ斧、短剣を装備している。変わり種なのは短剣を持った男が腰に吹き矢を持っていることだろう。ソウジロウは彼らとこちらのパーティーメンバーが仲睦まじそうに話すなか、それを観察していた。
「それで、そちらさんは?」
「ああ、彼はソウジロウっていうんだ。新人だよ。今回は僕らと一緒に来てもらってる。」
「よろしくでござ!」
ソウジロウはそんな事を言った。それを聞いたバリーの目が一瞬光る。
「ソウジロウ……そうか。ふうん。」
「どうしたバリー?」
「いやね、ホントは黙ってようと思ってたんだが、新人を連れてるんじゃ老婆心に火がついちまう。良い話があんだよ。」
「なんだなんだ?」
フラスコが手招きしたバリーに従い、耳を寄せる。突端、驚いた様子の顔で彼は叫んだ。
「ええ!新しい玄室が見つかった!?」
「ちっ!声が大きいぜ!」
バリーは慌てた様子でそれを咎める。彼の話はこうである。まだマップの埋まっていない場所に、新しい玄室が見つかったとのこと。まだその部屋には
「え……そりゃ有難いけど、良いのかい?」
「勿論!新人の育成なんてよぉ、立派じゃねえか!俺は応援してえんだ!」
そう言ってバリーは一瞬ソウジロウの顔を見た。ソウジロウはそれを見て首をひねる。フラスコに向かって小声でアンプルが囁いた。
「ねえ、フラスコ……。この人大丈夫なの?何か怪しくない?」
「ハッハッハ、大丈夫さ。バリーとは何度かあったこともある顔見知りだよ。怪しくなんて全然ないさ!」
「……そうか?」
ボトルの不安げな声が小さく漏れた。