TINNPIRA SAMURAI ~チンピラ侍、ダンジョンに潜る~ 作:庭鳥
ララティエ、ララティエ、その忌み名を伝えよう。
神も仏も喰らいつくした最後の神。
ララティエ、ララティエ、愛すべき魔神を語ろう。
ララティエ、ララティエ、眠りの牢獄に囚われし乙女を愛そう。
美しき忌むべき邪神、ララティエ、ララティエ……。
~『神々の滅亡』、897ページより(他の宗教の訴えで後に廃刊)~
~ 7 ~
チンピラ侍のソウジロウは今日も喰いぶちを稼ごうと、ダンジョンに潜っていた。フラスコのパーティとは別れてしまったためソロである。彼からもらった報酬……実のところ前回の依頼のほぼ全額であるのだが、それは彼のギャンブル代と一縷の良識によって買われた短剣に変わっていた。
彼は強い……というよりも強さだけが取り柄の男なので、短剣でもバンバン敵を倒していたのだが、流石に何体にも囲まれると困った。剣や刀なら振り回しても倒せるのだが、短い短剣ではそうもいかない。何より彼は道を全然覚えられず、毎回迷宮で迷いながら帰ってきた。彼は泣き言をひいひい言いながら帰ってきていたのだ。
(つ、辛いでござる!結構!でもようやく見つけた適職なんでござる!ギャンブルに使っても文句言われないとか最高にござる!)
迷宮に潜り始めてからは彼の賭け事への欲求も鳴りを潜め……まあ以前よりはという程度であるが……多少貯金をするようになっていた。しかし迷宮の探索は意外と金がかかる。松明もいるし、消耗した武器の替えも必要だ。彼の腰には相変わらず竹光がぶら下がっていたが、得意な刀を買う金はなかった。
「ソウジロウさん……貴方このままじゃ死にますよ。」
「え?」
依頼の報告の時に、受付嬢から藪から棒に言われたのはそんな一言であった。周りからあからさまに避けられ始めていたソウジロウであったが、彼女はまだ普通に接してくれている方であった。彼女は物憂げに片目を閉じながら言った。
「私もこの仕事そこそこやってますけどね、強いだけの人なら何人も見ました。でもみんな死んじゃったんです。強いだけじゃあね、迷宮は駄目なんですよ。」
「つ、強いだけ……。」
ソウジロウはそこそこショックを受けたように答えた。むしろ強さ以外の褒める点が彼にはないと思われるが、彼本人は軽く落ち込んでいるように見えた。受付嬢はそれを気にせずに言葉を続ける。
「迷宮の攻略には工夫が要るんです。迷宮はね、恐ろしいですよ。冒険者さんが思う以上に。深く潜れば潜るほど……。真に恐ろしさを知っているのは死体だけかもしれませんね。」
「せ、拙者にどうしろと申すんでござるか?」
「パーティを組みなさい、ソウジロウさん。」
「パーティ、にござるか?」
ソウジロウがそんな風に嫌そうに答えた。彼は周りの冒険者から避けられている。別にフラスコたちが悪評を広めたわけでもないが、狭いコミュニティなのでどこからでも噂は広がるのだ。そもそも借金取りをぶちのめして、借金チャラにするような男である。そもそもの素行の悪さも相まって彼は避けられていた……いや嫌われていた。
「ええ、こういうことは普通言わないんですけどね。あなたは強い。でも貴方にはブレーンが必要です。それに良い武器も買った方がいいでしょう。」
「仲間と武器にござるか……いやー拙者にはとても……。」
「お金なら、ギャンブルにかける金額を減らしなさい。」
「ギャンブルを!?」
ソウジロウは悲鳴を上げた。彼は殆どギャンブルと喧嘩だけで生きてきた人間であった。受付嬢は彼に白い眼を向けるが、言葉を続ける。
「仲間は……こればっかりは強制できませんがね、貴方は強い。求める人間がどこかにいるはずです。」
「そ、そうでござるかなぁ。」
「そうですよ。」
そう言って受付嬢は軽く目を伏せた。彼女は切れ長の目をどこか遠くに向けながら口を開いた。
「……さて、出過ぎた真似をしました。ですがご容赦を。……フラスコさんも貴方を心配してたんですよ。」
「フラスコ……殿が?」
「ええ、彼から良くしてくださるように言われています。本当に、心配していたんですよ。」
「そ、それならパーティ―組んでくださればいいのになぁ。」
「それはまた別問題なのでしょう。」
受付嬢はそんな風に回答した。フラスコは以前一度だけソウジロウとパーティーを組んでくれた男である。以前、ソウジロウは彼らのピンチを救ったことがあった。しかしそれ以降はどうもソウジロウを避けている様子で出会うこともなかった。
「ま、とにかくそうするのが良いだろうって話ですね。強制は勿論できませんがね。」
「ふうん、まあわかったでござる。」
ソウジロウはそんな風に気のない返事をした。
~ 8 ~
ゴブリン……それは広く知られた魔物である。小柄で力も弱い人型の怪物だが、数が多く武器を使う。ソウジロウの前にいるのはそんなゴブリンたちの集団であった。10体ほどが、ただ一人のソウジロウに向かって敵意を向けている。
「ゴブルル!」
「ふんっ!」
しかし、そんなものソウジロウの敵ではなかった。彼が持っているのが短剣、ダガーと呼ばれるものであったが、それでもなお彼の実力、膂力は抜きんでているのであった。飛びかかってきたゴブリンのこん棒を振るう手を、左手で強引に払いのけるとその喉元に一気に短剣を突き刺した。
ゴポリ、そんな音と共にその一匹が血の中に溺れて死んだ。しかしその瞬間を幸いとして一気にゴブリンたちは襲い掛かってくる。短剣を抜かせる暇を与えないつもりである。
「ぬおおおおおおでござああある!!」
ソウジロウはそれを見て、短剣を突き刺したままのゴブリンの体を力任せに振り回し始めた。周りのゴブリンどもが弾き飛ばされ、ベキリゴキリと何回か骨の折れる嫌な音が聞こえてきた。彼は短剣をようやく引き抜くと、体勢を崩したゴブリンどもに飛びかかり、片っ端から手あたり次第どこにでも短剣を刺していった。
「ほいっ!ほいっ!ほいっ!」
ゴブリンたちは即死したもの、致命傷は負ったがまだ荒い呼吸をするもの、まだ戦う意思のあるもの様々いたが、戦えるのはあと二体といったところであった。
「むっ!!」
しかし一体の喉元を切り裂いた瞬間、短剣の中ほどから刀身が折れ、ゴブリンの体の方に刃先が残った。……ある意味当然ともいえる。その柄をもってゴブリン振り回していたのだし、使う者の力も並外れている。相応にそのやわな刀身には負荷がかかったことだろう。さらに、そのめちゃくちゃな使い方に武器の寿命が持つはずもなかったのだ。
彼は一瞬にして武器を失うというピンチに追い込まれた。そこに残る一体のゴブリンが迫る。その片腕からは血がにじんでいるが、もう片方の腕には粗雑にさびた剣を持っている。戦闘の意思は十分のようだ。
「ゴララララ!グルゥ!」
ゴブリンは笑うようにしながら突っ込んできた。……だがピンチである、というのは普通なら、という但し書きがつく。強さだけが取り柄の男、ソウジロウにとってはそうでもなかったのだ。
「ふっ!!」
ソウジロウは蹴りを入れた──通常、蹴りなど剣を持った相手にうつものではない。足よりも剣を持った腕の方が長く、リーチが遠いからだ。だがゴブリンは小柄でその分リーチも短かった。その剣の一撃よりも先にソウジロウの剃刀のような蹴りが、ゴブリンの下あごを捉えた。
「グラッ!?」
「おとなしく、するでござる!!」
ソウジロウはゴブリンに馬乗りになるといつかの如く、その顔面を拳でつぶし始めた。何度も、何度も、何度も……。彼にとって最早それは必勝パターン、それほど多くやってきた行為なのだ。迷宮の魔物ともなればやりすぎるという事を気にする必要もない。
哀れなゴブリンは哀れな肉塊となり果てた。
ここは迷宮の一層である。本当はソウジロウも玄室のある二層のほうに行きたいのだが、自分の実力──というか迷って帰ってこれないので──第一層で適当な依頼とモンスターの落とす素材(今でいえばゴブリンの武器類など)で日銭を稼ぐ日々を送っていた。
彼もチンピラサムライの癖に、一丁前に悩むようになっていた。冒険者に適職を見たとはいえ、そこの中にも悩みの種は数多しというわけだ。目下最大の彼の悩みと言えば……。
「あ~、武器が欲しいにござるなぁ……。」
ゴブリンたちの武器を拾って背中に背負った麻袋に入れながら、そのようにソウジロウは零した。一々殴り倒していては時間もかかるし、いかにソウジロウと言えども危険である。なによりこの分では、ずっと二層以下はいけないであろう。彼の力に耐えうる頑丈で強力な武器、そして信頼できる仲間、それを彼自身も求め始めていた。
(まあしかし……。)
仲間のほうには心当たりが全くない。むしろ彼は今までの素行がたたり嫌われている。いや、むしろ今でも普通に空気の読めない発言とかもしているので、ごくごく当たり前に煙たがられている。そのためもっぱらソロ侍として迷宮に潜る毎日である。
そうなってくると、それはもう後回しだ。それに仲間を集めるにせよ武器はいる。いつまでも短剣や竹光でいられるはずもなし。前衛をはれるだけのメインとなる武器……欲を言えば長物……さらに欲を言えば刀を彼は望んでいた。
最近彼は受付嬢の忠告を守り、余りギャンブルにはつぎ込んではいない。鎧や盾も含めると無理だが、ともかく武器を一本くらいなら買えるだけの金額はたまったのである。
「でも……それもこんな風に簡単に壊れたら困るでござるな……。」
まじめに働いて金を貯める様になると、途端に金銭を失うのが惜しくなった。彼は手元の折れた短剣を見ながらそうやって愚痴をこぼした。いつも見ているギルドに併設された武器屋で買うべきか。そこ以外の武器を手に入れる当てもなかった。
「あ~、どこかに良い鍛冶師に心当たりのある奴でもいないでござるかな~。」
無論、彼がそんなことを相談できる知り合いなどほとんどいない。その願いがかなえられることはないと思われた。
~ 9 ~
「……心当たり……あるぞ。」
「え?」
ソウジロウが武器について受付嬢に相談していた時、そんな風に横から声をかけてきたのは意外な人物であった。彼はボトル、フラスコのパーティの魔拳士である。いつもの如くぶつ切りで、ブツブツと小声でソウジロウに向かって話しかける。
「……フラスコは……お前と離れるのを選んだが……俺は結構……お前に感謝してるんだぜ?……俺の知り合いに……いい職人がいる……。」
「マ、マジにござる!?」
「……マジだぜ。……奴は……頑丈な武器が欲しいなら……この街の鍛冶師なんかより……よほどいい仕事をする……。……変な奴だが……変な奴同士仲良くしてくれ……。」
「わ、わかったでござる!ええと、ええ、あー?ナルト殿!」
「……俺の名は……ボトル……だぜ。」
お互いにそんな超失礼な会話を繰り広げた。受付嬢はどこかあきれ顔をしながらも、ソウジロウに向かって小声で話しかけた。
「良かったですね。」
「イヤハハ、良かったにござる!」
ソウジロウは受付嬢に向かって親指を立てながら、ボトルの後をついていった。そしてある意味度肝を抜かれることになり、良かったかどうか考え直す羽目になるのである。