TINNPIRA SAMURAI ~チンピラ侍、ダンジョンに潜る~   作:庭鳥

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第六話 エセ神父

~ 11 ~

 

 迷宮の第一層、返り血を浴びたソウジロウが暴れていた。その手には新しき武器、黒い棒のような剣が握られている。

 

「そおいっ!!」

 

「グギャラララア!!?」

 

 デメケンの断末魔の声が迷宮に響いた。ソウジロウの新武器、『影饅頭』は彼の手によくなじんだ。直剣の割には重く、斬るにはむかない刃の潰れた叩き斬ることを前提にした奇妙な直剣……。だがそれが武器を膂力に任せて振り回す彼の戦闘スタイルと良くマッチしていた。そして極めて頑丈だし、いざとなれば大柄な鍔で防御し、殴りつけることも出来た。彼はこの武器に変えてから結構快適にダンジョン探索が出来ている気がした。

 

(ムホホホ、メイアンは性格は意味わからんやつだけど、本当に武器づくりの才はすごいでござる!まったく貯金を吹き飛ばしたかいがあったというものでござる!これでまたギャンブルの費用が出来たでござる……。)

 

 ソウジロウはそのように思っていた。そう、ここに来て彼の悪癖が再来し始めていた。彼はギャンブル狂いなのだ。今まで武器を買うために貯金をしていたこともあり、その欲求は抑えがたいものになってきていた。ここらで一発、どでかい金額を賭けたいと思っていたのである。

 

 彼は真正のギャンブル狂いだ。大きい金額をかけることが好きなのであり、勝ち負けはすぐに忘れてしまう。曰く、夢を買っているらしいが……はてさて。

 

 

~ 12 ~

 

 ソウジロウは迷宮探索の報告もそこそこに、賭場に足を向けた。今日はがっつりかける気満々であった。元々貯金が吹き飛んでいるし、新米冒険者なので大した金額が溜まっているわけでもないのだが、その全てをかけるつもりであった。ここでさらに鎧や盾を買おうとせずに賭け事に費やすのが、ソウジロウという男なのである。彼はニヤニヤしながら賭場の扉を開ける。入った瞬間、ざわざわと露骨に騒ぎが起き、何人かの人間は顔をしかめて賭場を出て行くが彼は気にも止めやしない。

 

 彼は東洋で有名な賽子博打……丁半が特に好みであった。サイコロの目が偶数か奇数かを当てるだけの簡単なゲームである。それゆえに単純で阿保なソウジロウにもわかりやすく、彼は好んでいた。だが昔からこの手のゲームでは胴元が儲けるようにできていて、イカサマの手口なども様々あることが知られている。まっこと、賭け事で稼ごうというのがどれだけ難しい話か分かるというものだ。

 

 ともかく彼は丁半のテーブルに座った。彼を見て、胴元がニヤニヤと笑いながら声をかける。

 

「おいおい最近はケチのソウジロウじゃねえか。ええ、そんなに笑ってどうしたよ。」

 

「今日はケチじゃないでござるぞ。財布を空っぽにするつもりで来てるでござる!」

 

「へえ、まあ俺ァ、掛け金があるなら良いけどよ。」

 

 そう言って、二つのサイコロを胴元は構え、ツボ皿の中に投げ入れて振った。すかさずソウジロウは丁(偶数)にかけた。胴元は辺りを見回し、他に賭けに参加する者がいないか確認するが、東洋で有名なギャンブルだ。あまり人気の席ではない。

 

「よろしいか?」

 

「良いでござる。」

 

 ソウジロウがそのように答えてからツボが開いた。中身のサイコロは3と5、丁である。ソウジロウはほくそ笑んだ。胴元はぶっきらぼうに「ついてるね。」とだけ言った。ソウジロウはその反応に少しだけむっとした。

 

「おいおい、せっかく勝ったんだから、もっと褒めるなり悔しがるなりしてくれないと張り合いがないでござるよ!」

 

「ん、ああ、悪い悪い。どうも最近金額の測りがおかしくなってるみたいでな。」

 

「なにおおお!!拙者がケチと申すのか!!!」

 

「ち、違ェよ!!このチンピラが!!……あと一時間もすりゃ分かるよ……ったく、こっちの商売も上がったりだぜ。」

 

 そう言いながら胴元はブツブツと言いながら、賭けを続けようとする。振られるツボを見て、今度はソウジロウは半に賭けた。

 

 また当たった。今日のソウジロウはついていた。何より……明かしてしまうと、この胴元はよくイカサマをしているのだが……今日はボケっとしていてどうにもそれをする気がない。イカサマの事実を知らないソウジロウはさらに気づくわけもなかった。

 

 

 

 

 

 そうして三十分ほどがした頃、賭場の空気が変わった。特に胴元の連中がざわめき始め、客も何人かは悲鳴を上げた。乱暴者のソウジロウが来ても構わずに賭けを続けるような剛の者たちが悲鳴を上げている。ソウジロウの目には珍しく映った。目の前のツボ振りの男が苦々しく言った。

 

「ああ、クソ。今日も来やがったよ……あの()()()()め……。」

 

「生臭神父?」

 

 歩いてきたのは確かに神父のような男であった。だが首元には宝石の散りばめられた純金らしいネックレスをしていて、手元では控えめに輝く指輪がいくつもついている。それに魔法が掛けられているらしいステッキがひとりでに男の横を、カツン、カツン、と音を立てながら歩いてくるものだから、その神父は酷く目立った。ただ神官の帽子と礼服だけが、その男が神父であることを示していた。

 

「おや、皆さん。お気になさらず賭けを続けてください。」

 

「……。」

 

 神父の男の良く通る声が響いた。説法でも説こうものなら、成程、聞きとりやすく自信にあふれた声であった。周りの人間はその言葉を受けて、少しづつ自身の賭けに戻っていった。見覚えのない男に集まった注目に、ソウジロウは困惑した。彼はツボ振りの男に顔を寄せて小声で話した。

 

「何でござる。あの男?」

 

「知らねえよ。ちょっと前にふらりと現れて、神父の癖に賭場を荒らしまわってるクソ野郎さ。」

 

「荒らしまわってるって……運が強いんでござるなぁ。羨ましい。」

 

「ドアホ、そんなんじゃ説明がつかねえ馬鹿ツキさ。ありゃあ絶対イカサマだね。」

 

「ええ、決めつけはよくないでござるよ~。」

 

 ソウジロウはそのように言った。実のところ、ソウジロウの意見はそんなにおかしいものでもない。イカサマ、賭場でそれをやらかすものはいるが、馬鹿ツキなどしない。というかできない。そうできない様に胴元側が徹底的に見張りをしているからだ。それにいざとなれば胴元側がイカサマをして結果を覆そうとしてくる。

 

 ……なぜそれをここの胴元はしないのか。出来ないからだ。証拠が全く見つからないのだ。無論、運というものはある。だがそれにも限度というものがある。馬鹿ツキを当然の如くやる人間がいたら、それはもうイカサマなのだ。

 

 

 

 神父が一瞬、丁半の席を見た。彼はこの街では珍しい眼鏡の奥で、少しだけ笑うと丁半博打の席に近づいてきた。そして彼は気安く席につき正座をすると、親し気にソウジロウに話しかけた。

 

「やあぁ、どうも。お隣よろしいかな?」

 

「そういうのは座る前に聞くもんでござるよ。」

 

「ん!そりゃそうです!アハハァ、一本取られましたね!」

 

 そう言うが少しもそこを退く気配がない。ソウジロウはけんかっ早いタイプであるが、この男の態度にどこか不気味さのようなものを感じていた。それは頭で考える……というよりもむしろ動物的本能の警告と言った方が近い。虫の知らせで猛獣の気配を知るように、ソウジロウの額には自然と汗がにじみ出ていた。

 

「お客さん、珍しいねェ。丁半は素人じゃねえのかい?」

 

「ん、そうですが……勝負は時の運というでしょう。もしかしたら、私が勝ってしまうかもしれませんよ。」

 

(ケッ!何が勝ってしまうかも、だ!イカサマ神父の癖に!)

 

 その神父はツボ振りが振るサイコロをじっと睨んでいたが、ツボを開く前にふとソウジロウの前に置かれた札束を見て、唇をまくり上げた。そして彼はソウジロウに向かって優しい笑顔を浮かべながら話しかけるのであった。

 

()()()()()さん……私と一つ勝負をしませんか?貴方の反対に私は賭けます。オールイン(持ち金の全賭け)して勝った方が総取り……。どうです、こんな場末の賭場じゃあちょっと出来ないひりつくようなギャンブルでしょう。」

 

「ん?拙者名乗ったでござるか?」

 

「貴方の名前は有名ですよ、ソウジロウさん……。」

 

 神父の男が眼鏡の奥で睨むような、笑いかけるような奇妙な表情をしていた。その様子を黙ってツボ振りの男が見ていたが、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「乗るな、ソウジロウ。」

 

「貴方には黙っていてもらいましょう!!……決めるのはソウジロウさんです。そうですね?」

 

「……。」

 

 神父の男に一喝され、ツボ振りの男は苦々しい顔を浮かべて黙った。

 

「そんなもん、掛け金次第でござるよ。」

 

 ソウジロウはうんうん唸っていたが、ポツリと存外冷静に返した。神父の男は一瞬緩んだ笑みを浮かべると、胸元をゴソゴソとし始めた。

 

「これは私としたことが失礼を……こんなんでどうでしょう?」

 

 彼は叩きつける様に、地面に袋から金貨をばらまいた。パラパラとまるで手に抱えた砂の如く金貨が流れ落ちるさまは圧巻であった。

 

「あまり金貨は持ち歩かないのですが、まあ200枚ってとこでしょう。これに加えて今私の手持ちの宝石類、ステッキ、貴金属は全て……。」

 

「乗った。」

 

「今、なんと?」

 

「乗ったにござる。」

 

「よろしい。」

 

 神父の満足そうな声に、ソウジロウは真剣な目で彼を睨み返した……と言いたいところだが、実際には床にぶち巻かれた金貨の方に目を奪われている。彼はあっけなく欲望に負けて、この危険な勝負に乗ってしまった。

 

(ああ、ったくよォ!!やめろって忠告してんのに!!胴元が普通こんなこと言わねェぞ!?)

 

 この中で唯一、この神父の危険性を知っている胴元がそのように思っていた。いや、それだけではない。負けた時にソウジロウがどんなに暴れるか想像もつかなかった。二つの危険を抱えた胴元は、自然ある行動を取ろうとした。

 

(ちっ!このチンピラサムライが儲けるのは癪だが……イカサマするか!)

 

 ツボ振りの男はそう考えた。元々、胴元は客と賭けで勝負しているわけではない。場代を少々頂戴し、お客には楽しんでいただく。それが丁半の胴元なのである。無論、客が不ぞろいの時などはちょくちょく金額を調整したりするが、そんなもの気にするほどでもない……。

 

 問題は一人の客が大勝ちするパターンである。これは少々不味い。何度も来るリピーターなら、自然と金を落とし続けてくれて後で回収できる。だが一人の客に金が集まると、その大金惜しさに来なくなる場合がある。そうなれば金をとられた者たちは財布のひもがきつくなり、自然と胴元の収入も減るのだ。この金の匂いのする神父は、彼らにとって目の上のタンコブであったのだ。

 

 ツボ振りの男は、サイコロをツボの中に投げ入れた。

 

「……ええ、それじゃあ振ります。……ンン!!……ソウジロウさんからでしたね?どうぞ。」

 

「ムムム……丁!!」

 

 ソウジロウは振られたツボを睨んでいたが突然そのように叫び、今までの収支、及び貯金である金貨10枚を床に叩きつけた。彼の種銭である金貨4枚と、さらに今までのツキで稼いだ大金である。しかし、目の前の金貨200枚に比べれば、そんなものは箒に吹き飛ばされる木の葉程度の価値だろう。

 

 ツボ振りの男が、ちらりと神父の方を見る。彼は不気味に思った。

 

 神父が笑っていたのだ。

 

(ケェッ!!不気味な野郎だぜ!……どっちを選ぼうと手前ェは外れなんだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しってな、お前は勝ちすぎた。)

 

「では……私も二言ありません。私は半に賭けましょう。」

 

「……分かりました。」

 

 実のところ、ツボを開ける前に、ツボ振りの男は丁か半かを知っている。いや、それどころではない。中身がどの面を上にしているか……つまり数字の組み合わせまで把握している。これはイカサマではない。熟練した技と感覚による技術なのだ。熟練した射手は暗闇の中でさえ、射抜いた相手の手ごたえを感じる様に、この男はツボの中身を知ることが出来た。

 

 その中身は……。

 

(ふんっ。運の強ェ野郎だ。1と4の()じゃねえか。……じゃ、1を2に変えて、と。)

 

 ツボ振りの男はさりげなく、ツボを動かし、中に仕込んだ突起で小突いて面を変えた。これで2と4の組み合わせ、即ち丁となる。小さくさりげなく、しかも音もない。これに気づいた者は騒ぎを聞きつけて集まってきていた者たちも含めて、誰もいなかった。

 

 ツボ振りの男は内心でほっと息を吐くと、声高々に言った。

 

「よろしいか?」

 

「よろしいでござる!」 「よろしいです。」

 

「ではっ!!」

 

 ついにツボが開かれた……が。

 

「ええ!?」

 

 辺りにどよめきが広がる。観衆たちの囁く声が大きくなる。しかし、誰よりも驚いたのはツボ振りの男である。彼は内心で心臓がバクバクと言っていた。中身は……半であった。だがそれだけでない事を彼は知っていた。神父が興味深そうに、ゆったりとしながら観衆に見える様にサイコロを持ち上げた。

 

3()()6()()()……ですねぇ。私の計算違いでなければ。」

 

 にやり、と口端をあげながら彼は嫌味ったらしくそのように言った。ソウジロウは下を向いたままじっとしている。その最中、イカサマをしたはずのツボ振りの男だけが知っていた。

 

(イ、イカサマだ!!コイツ間違いなくイカサマを……そうじゃなきゃ説明がつかねえ!!変える面を間違えてうっかり半にしちまった、これならありえる!!だが両方とも間違った面だなんてありえねえ!!)

 

「こ、こいつイカサマ……。」

 

「なんです、ツボ振りさん?」

 

「え、いやァ……。」

 

「何か()()でもあるんですか?」

 

「……。」

 

 ないのである。証拠どころか、手口すらさっぱりわからなかった。ツボ振りは口をつぐむしかなかった。

 

 そんな中、ずっと黙ってサイコロを見つめていたソウジロウが呟いた。

 

()()()()……と聞こえたが。」

 

「ふむ。」

 

「どうなんでござる?」

 

「よろしい……例えば、例えばの話です。ここ重要ですよ?……私がイカサマをしていたとして……。それでどうするんです?」

 

「……なるほど?」

 

「証拠もなしに私をどうするん……?」

 

「えええいやああああ!!」

 

「うおっ、こいつ急に!」

 

 話の途中で我慢ならなくなったソウジロウが影饅頭を振り抜いた。間一髪、魔法のかかったステッキがその一撃を迎撃し、神父の命を助けた。彼はステッキを引っ掴むと一歩、二歩、と後退した。しかし影饅頭とソウジロウの膂力に耐えるとは、このステッキも恐るべき頑丈さといえる。

 

 賭場に悲鳴が起こり始めた。神父は笑い顔の奥に、明確な敵意をソウジロウに向けて口を開いた。

 

「ははあ!けんかっ早さは噂以上ですよ!……それがあなたのやり方なんですね?」

 

「うるさいでござる!!お前イカサマしやがったでござるな!!」

 

「ええい、何を証拠に……。」

 

「い、いやイカサマだぜ!!」 「そうだそうだ!」 「イカサマ神父だー!」

 

 場内の観客たちがそんな風にやんややんやと騒ぎ立てる。今まで神父に負けて搾り取られてきた客たちである。証拠も何もないが、彼らも神父を怪しんでいたのである。ツボ振りの男もその流れに便乗し、神父に指を指して叫んでいる。

 

 神父は彼らの方を見て「ちっ!」と舌打ちをした。

 

「全く……嫌われたものですねぇ。それならどうします?」

 

「決まってるでござる!イカサマ野郎は身ぐるみはがされて外にぶん投げられるもんでござるぞ~!!」

 

 ソウジロウがそう言いながら影饅頭を振りかざして飛びかかった。その刹那、神父の男がにやりと笑う。ステッキを手に抱えるとくるくると回し、騒いでいるチンピラサムライにぴたりとその先を向けた。神父の男が何かに備える様に帽子を押さえた。

 

「そうであるなら……私も抵抗せざるを得ません!!『マスケティブラスト』!!」

 

「……ッ!?」

 

 ソウジロウの野性的な直観……それが彼の身を空中で翻させた……。吹き矢さえもはじき返すほどの反射神経を見せたソウジロウが何も見ることが出来なかった。彼が感じたものは、「カチリ!」という何かを叩きつけるような音と、ステッキの先から噴き出る火のような光だけだった。

 

 賭場の中に一瞬遅れて強烈な()()が鳴り、群衆の騒ぎは止まった。

 

「ふむ、()()ましたか。」

 

「う、ああ……痛えでござる……!」

 

 ソウジロウがそのように呻く。彼の肩口は抉れて吹き飛び、骨が見えていた。周りの賭場の連中が息をのんだ。ここでは喧嘩は珍しくはない。だが剣を抜き、術を撃ち合うなど喧嘩ではない。ただの殺し合いだ。彼らはこの目の前で起こっているのが笑い事ではないと、遅れて気づかされたのだ。

 

 打って変わって辺りは静寂となった。その最中、ソウジロウの荒い呼吸音だけが響いていた。ステッキをおろして満足そうな顔を浮かべた神父が床にばらまかれた金貨を拾おうとする。

 

「ま、貴方から始めたことです。いざとなれば暴力、成程良い手段です。でもそれなら反撃されることも予想しなくちゃあね。……コレ、貰ってきますよ。ソウジロウさ……え?」

 

 

「ぬああああああああああああああ!!」

 

 

 神父の素っ頓狂な声が響いた。目の前を見るとソウジロウが動かなくなった右腕をぶらさげたまま、左手一本で殴り掛かってきている。彼の拳が神父の顔面を捉えた。

 

「ぶふぅっ!?」

 

()()()()、いいや、()()()()でござああある!!」

 

「て、手前ェ!今さら何を!」

 

「イカサマ!絶対イカサマでござる!!」

 

 ソウジロウはそんな赤子のような駄々をこねながら神父にさらに殴りつけようとする。神父はたまらずステッキを振るう。しかも狙いは彼の右肩の傷口である。

 

 しかしソウジロウは振るわれた頑丈な一撃を、左手一本で弾き飛ばすとその勢いのまま神父に頭を叩きつけた。神父の鼻から血が噴き出た。

 

「ぶふっ!?」

 

「イカサマ!イカサマ!金返せ!!」

 

 ソウジロウは倒れ伏した神父に向かって指を指し、そんな風にわめきたてる。さっきまで痛みに呻いていたとはとても思えない。恐らく興奮が痛みとか諸々を吹き飛ばしてしまったのだろう。神父は信じられないようなものを見るような感じで彼を見て、次に鼻から垂れる血を見た。彼は傷を負った、ということよりも衆目の前で鼻から血を垂らしたという事が我慢ならなかったのだろう。彼はソウジロウを睨みつけながらステッキを構えようとした。

 

「この野郎……!調子に乗りやがって!」

 

「やるでござるか!」

 

 ソウジロウが影饅頭を構えようとする。それを見て慌てた様子でツボ振りの男が割って入った。

 

「お、おい!これ以上やるなら外でやってくれよ!これ以上の刀傷沙汰はご免だぜ!」

 

「……ちっ!!いるかこんなもん!!」

 

 神父はツボ振りの男を苦々しく見て、ソウジロウの賭け金の金貨十枚を蹴り飛ばして観客の方にぶちまけた。慌てて観客たちが慌ててそれに群がろうとする。それを見ながら自分の賭け金の金貨二百枚を回収してその場から立ち去ろうとした。

 

「おいでござるっ!!」

 

 その背中にソウジロウが呼びかけた。神父の男はイライラしたような様子で彼の方に振り向いた。

 

「なんですか、ソウジロウ()()?」

 

「賭けをするでござる!拙者、お前がイカサマ野郎だと必ず証明するでござる!その金貨二百枚を賭けるでござる!」

 

「はっ!乗るわけねえだろ!お前みたいなイカレ野郎……。」 

 

「拙者の()を賭けるでござる!!」

 

「……!?」

 

 神父の顔が驚きに満ちた。ソウジロウは荒い息のまま言葉を続ける。

 

「拙者、賭けも金も大好きでござる……でも何より負けるのは()()()にござる……。半端な勝負なんて認めないでござる……。」

 

「はん!」

 

「答えろでござる、神父!」

 

「ソウジロウ君!……近いうちにまた会うことになるでしょうね?」

 

 神父はそんな独り言のようなことを言いながら去っていった。結局ソウジロウに返答することはなかった。

 

 

 

~ 13 ~

 

「い、痛ェでござるううううううう!!」

 

「うるせえな!治療してやるだけ有難いと思え!揉め事起こしやがって!」

 

 そう言ってツボ振りの男は強引にソウジロウの治療を進めていく。肩に包帯を巻き、薬師の調合した治療用の軟膏でも塗ってやれば数日で具合はよくなる。即効性のある治療用のポーションは効果も強いが、値段も高いので流石にソウジロウもツボ振りの男も手が出せなかった。

 

「まあ、あの神父を退治してくれたからいいけどよォ……。」

 

「あの神父……何か術を使ってたでござるな。神術ってやつでござるか。」

 

「違ェよ。ありゃ魔術のほうだ。神父の癖に魔法も使うだなんてよ、ホントにエセ神父なんじゃねェかありゃ。」

 

「ともかく、魔術がイカサマの正体なんじゃないでござるか?」

 

「いや、違うね。」

 

 そのようにツボ振りの男が言いきった。彼は懐から黒い箱に針が付いたような物体を出してきた。しばらくそこに目を落としていたが、辺りを伺いながらそっと口を開いた。

 

()()()だ。マナの流れを測定するだけの魔道具で、本来はダンジョンや有力な魔物を探すのに使う……。で、これ魔法の使用も検知できるんだ。魔術師のイカサマ対策として、何処の賭場も実は持ってる。」

 

「……魔術、使用してなかったんでござるか?」

 

「ああ、ピクリとも針が動かなかったぜ。」

 

「……それなら神術を使ってイカサマしたんでござるよ。うん。」

 

「いや、神術の使用には長ったらしい詠唱が必要なはずだ……。そんなもの見逃すはずがねえ。」

 

「……。」

 

「だから俺たちも困ってたんだよ。」

 

 そう言ってツボ振りの男は頭を搔いた。ソウジロウも珍しく頭を使っていたが、途端にショートしたように顔が赤くなる。もとより彼は頭を使うのが得意ではないのだ。彼は(まあそんなもの魔術に詳しい奴にでも聞けばいいか!)、という程度に楽観的に考えていた。先ほどまで死合をしていたというのに、本当に呑気である。

 

「まあいいでござる!じゃ、これだけ。あの神父の名前は何でござるか?」

 

「ま、そうさねェ。教会に行けば聞けるんだから教えてやってもいいか。聞いて驚くなよ……ゴールド・ヴェロキラー・()()()()。それが奴の名前らしいぜ。」

 

「いや驚かないでござるよ?名前ぐらいで……。」

 

「馬鹿野郎!この辺の領主を務めてる有力貴族様の息子だって言ってんだ!!ちったァ驚けボケサムライ!」

 

「ふーん。」

 

 ソウジロウの興味なさげな声が賭場に響いた。

 

 

 

 

 

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