マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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ようやく美雲との絡みです。


海辺の女神

 

 ──ウィンダミア王国。

 

 次元断層に囲まれた惑星ウィンダミアを中心に自治する王国であり、七年前に新統合政府を相手に独立戦争を挑み、ある事件を切っ掛けに今日まで停戦状態が続いていた国だ。

 

 ウィンダミアが独立を図ったのは新統合政府によって結ばれた不平等な国交が所以である。そして今回の宣戦布告も、ブリージンガル球状星団から新統合政府を追い出すことが目的だと宣告した。

 

 その足掛かりとしてまず、惑星ヴォルドールを攻め落とした。

 

 ウィンダミアはヴァール化した人間を操る術を使い、惑星ヴォルドールをほぼ無血開城で陥落させた。その手は遠からず他惑星にも伸びることだろう。

 

 マクロス・エリシオンの作戦会議室にて、アーネストとアラドは今後の動向について話し合っていた。

 

「ウィンダミアか。因果なもんだ」

 

「そうだなぁ……」

 

 アーネストとアラド、二人はウィンダミア王国と少なからず因縁がある。

 

 アーネストは昔、先代ウィンダミア国王であるグラミアに教官として艦隊戦を教導していた経験がある。アラドに関しては七年前に勃発した独立戦争において新統合軍側で参戦した経験を持つ。

 

 だからこそアラドは光学ステルスの解除された敵機を見て、即座にウィンダミアが擁する空中騎士団だと断じれたのだ。

 

「風の歌い手か」

 

「厄介だな。ヴァール化した人間を操るとなると、どこの戦場に行っても数で不利になる」

 

 惑星ランドールでの戦闘においてヴァール化した新統合軍が統率をなして襲ってきた。これはウィンダミアが擁する風の歌が関わっているらしく、以降の戦場でもヴァール化した友軍と敵対する可能性が高いだろう。

 

 風の歌い手の詳細は不明。フォールド受容体を持つワルキューレメンバーはその歌声をはっきりと聞き取れたようで、声から少年であることだけは判明した。

 

 また、ワルキューレ以外にも歌を聞き取る、あるいは感じ取った者が二人いる。ハヤテとトリガーだ。

 

 二人の共通点は持ち物。ハヤテは父親から贈られたフォールドクォーツを身につけ、トリガーはフォールドクォーツを仕込まれたラジオを持っていた。恐らくはそれが原因だろうと目されている。

 

 風の歌への根本的な対処法はない。ワルキューレの歌声で抑制する対症療法が精一杯だ。今後は厳しい戦いが続くことになるだろう。

 

「ところで、契約更新の進捗はどうかね?」

 

 ウィンダミア王国が宣戦布告をしたことで、民間企業であるケイオスでは契約の見直しが行われた。

 

 今まではワクチンライブとヴァール発生時の暴徒鎮圧が主な業務内容であったが、これからはウィンダミアの侵攻に対する防衛も含まれることになった。それに伴い契約更新を行うか否かが社員に問われる。

 

「大半は契約を更新したが……」

 

 そこでアラドは言い淀む。

 

 大半の社員は契約を更新、ケイオス以外に行くあてもないトリガーも思うことはあれど頷いた。ただ、一部には戦争ということで即決できない者もいる。

 

 ハヤテ・インメルマンがその一人だ。

 

 ハヤテは自由に空を飛ぶためにΔ小隊入隊を決意した。もちろん、暴徒からワルキューレと市民を守ることは承知しており、ミラージュ教導のもとある程度の戦闘訓練も受けている。

 

 だが国単位の戦争ともなれば二つ返事はできないだろう。

 

「ハヤテのやつは、すぐには返事できないだろうな」

 

「そうか……トリガー准尉の様子は?」

 

「そっちは了承済みだ。表面上は、な……」

 

 難しい表情でアーネストとアラドは顔を突き合わせる。

 

 ハヤテとは別ベクトルで扱い難いのがトリガーだ。

 

 フォールド事故によって寄る辺のないトリガーは衣食住を保証してくれるケイオスから離れることができない。契約更新も意思確認こそすれ、強制となんら変わりなかった。

 

「今回の戦闘での戦果、初の実戦とは思えないな……」

 

 新統合軍のヴァール化、それも統率をもっての襲来に対しても冷静に対処。撃墜こそできなかったものの空中騎士団の一機を追い詰めた。更には市民とワルキューレ、ハヤテとミラージュのフォローまでしながら新統合軍のパイロットを無力化した。

 

 戦闘機での戦闘経験はあれど、VF-31では初実戦であることに変わりない。その上でこの戦果は出来すぎている。

 

「新統合軍への対処がかなり的確だな。やたらと戦い慣れているように見えるが」

 

「本人曰く、『統率されすぎていて無人機と変わりません』だそうだ」

 

「無人機なら敵ではないみたいな口ぶりだなぁ」

 

 ただの比喩表現だろうとアーネストはあまり真に受けることはなかった。当の本人は本気で、無人機なら何機だろうと相手できるつもりなのだが。

 

 なにせトリガーは大量の無人機に纏わりつかれながら巨鳥(アーセナルバード)を堕とした経験がある。有人機とはいえヴァール化して操られてる以上、パイロットの技量などほぼ関係なく動きは単調そのもの。トリガーにとっては無人機と大差がなく、動きを読んで無力化するのは赤子の手を捻るよりも容易だった。

 

「今後は更に戦闘が激化する。トリガー准尉の力が必要になる場面は増えるだろう」

 

「トリガーのメンタル面に関しては常に気を配っておくよ」

 

 トリガー唯一の懸念点がそこである。

 

 今のところは問題ないが、いつ何が切っ掛けで精神の不安定さが露呈するか分からない。本来であれば実戦への投入は避けるべきなのだろうが、トリガーの腕が良すぎた。

 

 ウィンダミア王国との戦争になる以上、トリガーほどの腕利きを後生大事に仕舞い込んでおくわけにはいかない。何より戦果を上げ過ぎたせいで、出し渋ろうものなら本社から文句を言われかねないのだ。

 

 優秀だからこそアーネストとアラドの頭を悩ませる。

 

 そんな悩みの種となっているトリガーは、今──

 

 

 Δ

 

 

 薄闇広がる黄昏時。空のダークブルーを落とし込んだかのような海を一望できる浜辺を、トリガーは一人のんびりと散歩していた。

 

 マキナとチャックからみんなでご飯を食べようという誘いを受けたものの、居残り訓練を理由に断った。大部分は誘いを断るための口実であるが。

 

 とはいえ自主訓練をしたいという思いも嘘ではない。今後は宇宙での戦闘もあり得るとのことで、可能な限りシミュレーターで大気圏内との勝手の違いを理解しておきたかったのだ。

 

 時間が許す限り訓練に打ち込んだ帰り道に、適当に屋台で軽食を買って晩飯は済ませた。

 

 しかしこのまま直帰するとマキナたちの夕食に鉢合わせるだろうと考え、適当に時間を潰すために夜の海辺を散策することにしたのだ。

 

 ラグナは海洋惑星でありその大半を海に覆われている。環境汚染の類も殆どない海は非常に美しく、夜であっても海中を漂うクラゲの灯りが美しく海面を彩っている。

 

 故郷の海ではあり得ない幻想的な光景に感嘆の吐息を溢しつつ歩いていると、ふと人の気配を感じた。

 

 夜の海でカップルがデートでもしているのかと気配の在り処を目で追って──波飛沫を上げる岩礁の一角に一糸纏わぬ姿の美雲・ギンヌメールを認めた。

 

「────」

 

 美しい光景だった。

 

 波が打ち寄せる岩礁に腰掛け、月明かりに身を晒すその姿はまさしく女神(ワルキューレ)。本人の神秘性も相まってその光景は一幅の絵画のようだった。

 

 神秘的な光景に見惚れていたトリガーであるが、やがて我に返ると顔見知りが夜の海で全裸を晒している状況を理解した。理解して、美雲の痴女同然の行動に激しく動揺を露わにする。

 

「な、なにをしているんだ君は!?」

 

 騒ぎにならない程度に抑えた声でトリガーが叫ぶと、美雲はようやくトリガーの存在に気付く。超然としている美雲にしては珍しく、目を丸くして驚いていた。

 

「トリガー? いつからそこに……」

 

「いいから、早く服を着てくれ。頼むから!?」

 

 トリガーは美雲の裸体を極力視界に入れないように努めつつ、服を着るよう懇願した。

 

 美雲は不思議そうな顔をしつつも岩礁の陰で服を身に付ける。次に岩礁から姿を現した時には、きちんと衣服を纏った姿であった。

 

 トリガーはほっと一息をつく。変な気を起こすつもりなど毛頭なかったが、それでも美雲の裸体はあまりにも刺激が強かった。

 

「こんなところで何をしているんですか?」

 

 落ち着きを取り戻したトリガーは普段の口調で疑問を呈する。顔色がやや疲れ気味なのは美雲の奇行に受けた衝撃が原因だろう。

 

「瞑想よ」

 

「瞑想って。よく今まで人に見つかりませんでしたね……」

 

 日もすっかり落ち切って暗闇が支配する時間帯。美しい海が一望できるとはいえ、人気がほぼほぼないのは今この場にトリガーと美雲しかいないことが証明している。

 

 だからといってワルキューレのエースボーカルという超有名人である美雲が無防備に裸を晒せる場所とは到底思えない。

 

「心配ないわ。人が近付けば気配で分かる……はずなのだけど」

 

 やや怪訝な表情でトリガーを見つめる美雲。普段なら人に見られる前に気付き、姿を隠すことで何事もなかった。それがどうしてトリガーには気付けなかったのか不思議なのだろう。

 

 原因に心当たりがあったトリガーは思わず顔を引き攣らせる。

 

 空では手も足も出ないからと地上で命を狙われ始めた頃。最初は仲間や相棒の力も借りて身を守っていたが、そのうち殺し屋や暗殺者の動きを理解して独力でも襲撃を潜り抜けられるようになった。

 

 そのあたりから、地上では常に周囲を警戒して気配や足音を極力殺す癖がついてしまった。突然の襲撃にも対処できるよう、今もフラッシュバンなどの護身具を持ち歩いているのは秘密だ。

 

 本職の人間と比べれば拙い技術でも、美雲の感覚を擦り抜けるには十分すぎたようだ。

 

 気まずげに目を逸らすトリガーを、美雲はジトリとした目で見据える。

 

「まあ、その……今後は場所を選んだほうがいいかと」

 

「そうね。またあなたに覗きをされては敵わないから」

 

「なっ!? 元を正せば君が……」

 

 顔を真っ赤にして言い返そうとするも、美雲の悪戯っぽい笑みに揶揄われていることを悟る。

 

 何を言っても不利を取られる気がして、トリガーは口をもごもごさせながらも諦めて肩を落とした。

 

「送りますよ。もう夜も遅いですから」

 

「送り狼かしら?」

 

 美雲の言葉にまた反射的に反応しかけるトリガー。しかしこの短い時間で口では勝てないことを察しており、不貞腐れたように口を噤んだ。

 

「ふふ、ごめんなさいね。少し意趣返しが過ぎたわ」

 

「意趣返し?」

 

 美雲から仕返しを受けるような所以があったかと考え、ついさっきの光景が脳裏を過ぎった。要は裸を見られたことへの意趣返しだったわけだ。

 

 気にした素振りの一つすら見せないために分かりづらいが、異性に裸を見られたことをこれっぽっちも気にしていないわけではなかったらしい。

 

「その、すみません」

 

「もういいわ、減るものじゃないし」

 

 その言葉に偽りはないのか、瞳に浮かんでいたトリガーを揶揄う色はなくなった。何事もなかったように海辺を去ろうとして、ピタリと立ち止まると肩越しにトリガーを振り返る。

 

「送ってくれるんじゃないの?」

 

「は、え? ……いや、送らせて頂きます」

 

「ええ、よろしく」

 

 すたすたと先を行く美雲。置いていかれないようトリガーも一歩後ろにつく。

 

 夜のラグナの街並みは昼間の活気が嘘のようになくなり、ひっそりと静まり返っていた。ラグナ人の気質かあまり治安の悪さなどは感じられず、打ち寄せる波の音だけが静かに響いている。

 

 トリガーが風情ある港町の様子を横目に眺めていると、一歩前を歩く美雲が口を開いた。

 

「ラグナには慣れたかしら?」

 

「……ええ、それなりに」

 

 美雲からそんなことを尋ねられるとは思わず、トリガーは訝しみながら答えた。

 

 そう、とトリガーを見向きもせずに美雲は聞き流す。全くもって興味がなさそうな態度に、トリガーは拍子抜けしたような気分になる。

 

 そんなトリガーの気の緩みを突くように美雲は言葉を継いだ。

 

「──その割に随分と窮屈そうにしているのね。地上でも、空でも」

 

 核心を突く美雲の問い掛けに、トリガーは思わず歩みを止める。合わせて美雲も足を止めるとくるりと振り返った。

 

 真正面から見つめ合うトリガーと美雲。ピリッとした緊張感が二人の間を走る。

 

 トリガーはやや険しい表情を浮かべ、美雲は何を考えているのか読めない微笑で見返している。

 

 無言の見つめ合いに耐えかねたのはトリガーだった。

 

「そんなことはないと思いますけど」

 

「そうかしら。私には、さっきのあなたの態度のほうがよほど自然体に見えたけれど」

 

「あれは……!」

 

 海辺での一件を蒸し返され、脳裏にあの時の光景がフラッシュバックしてトリガーは動揺する。

 

 そもそもが人目がないからと裸で瞑想に耽っていた美雲に非があるはずなのに、何を言い返しても男であるトリガーの立場が悪くなる未来しか見えない。なにより目撃者がトリガーしかいないのも痛かった。

 

 頭痛を堪えるように頭を抱え、しばしの葛藤ののちにトリガーは諦観の溜め息を吐いた。

 

「……はあ、これで満足か?」

 

「そうね。固苦しいあなたを相手にするのは、私も息が詰まるもの」

 

 投げやりなトリガーの態度に、美雲は満足そうに微笑んだ。

 

「強引だな。そこまでして俺と話したい理由があったのか?」

 

「あるかないかで言えば、あるかしら」

 

 無理を推してでも聞きたいわけではなさそうな美雲の態度ににトリガーは呆れを隠せない。

 

 しかしついさっきのように不意を突いて爆弾を投げ込まれる可能性もある。気を抜かず美雲の言葉を待つ。

 

「ランドールでの戦闘、味方のフォローばかりで随分と窮屈な飛び方をしていたわね。もっと自由に翔べる翼を持っているのに、それをしないのはなぜ?」

 

「…………」

 

 七面倒なことを問われたとトリガーは苦々しげに顔を顰めた。

 

 いつかの歓迎会の時にハヤテからも似たようなことを訊かれた。あの時は適当に誤魔化してその場を後にしたが、美雲を相手に同じ手が通用するとは思えない。敵前逃亡も、家まで送り届けると言ってしまった以上できなかった。

 

「命令系統を無視して好き勝手飛んだら味方が混乱する。俺の行動はそこまで間違っていないと思うけど?」

 

「翔べることは否定しないのね」

 

「…………」

 

 駄目だ、何をどう答えても勝てる気がしない。

 

 元々口が上手いわけではないトリガー。これが相棒(カウント)ならば、皮肉や軽口の一つや二つ返して流せるのだろうが、残念ながらトリガーには不可能だった。

 

「あなたはハヤテに似ている。でも、少し違う。彼は空を自由に飛びたい、風を感じたいだけ」

 

 何気ない仕草で美雲が空を見上げる。釣られてトリガーも空を仰げば、聞き慣れたエンジン音を伴って一機のVF-31が夜空を舞っていた。

 

「あれは、ハヤテ准尉の機体……」

 

 この時間帯に一機だけでの飛行訓練、とは考え難い。恐らくは無許可で勝手に飛んでいるのだろう。

 

 許可なく機体を使用するのは隊規に違反する。ウィンダミアの宣戦布告でピリついている中でよくもまあやるな、とトリガーは呆れ笑いを浮かべた。

 

「ふふっ、あっちは随分と楽しそうね」

 

 言外にあなたはつまらなさそうと言われた気がして、トリガーはあからさまに不機嫌な表情になる。

 

「あなたは飛ぶことではなく、空が好き。休みの日に当てもなく空を見上げているくらいには」

 

「見てたのか……」

 

「甲板で横になってたら目立つに決まってるでしょ。噂になっていたわよ」

 

 呆れを多分に含んだ眼差しを向けられ、トリガーはバツが悪そうに目を逸らした。

 

「……まあ、否定はしないよ。俺にとって空は唯一の居場所だった」

 

 宝石のような星が散りばめられた夜空を見上げ、トリガーは取り繕うことのない本心を語る。

 

「でも俺は追い出された。ここはお前の場所じゃないと、仲間(つばさ)を奪われた」

 

 地上(美雲)に視線を下ろしたトリガーの瞳は仄暗く濁っていた。常人なら尻込みしかねないほどの圧を伴っていた。

 

 しかし相対する美雲は微塵も動揺することなく、底無しの沼を覗き込む。その奥に沈む一欠片の宝石を探るように、真っ直ぐ。

 

 沈黙の見つめ合いに根を上げたのはやはりトリガーだった。

 

「早く帰ろう。風邪を引いたら問題だ」

 

 ふいっと目を逸らして美雲より先を歩く。これ以上はお喋りに付き合うつもりはないようだ。

 

 対話を拒絶する意思を発するトリガーの背中を見やり、美雲は処置なしとばかりに溜め息を吐いて歩き出した。

 

 

 

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