惑星ヴォルドールの電撃侵攻から始まったウィンダミア軍の進撃は留まるところを知らなかった。
勢いそのままに惑星リスタニア、惑星エーベル、惑星アンセムⅢの三惑星を掌中に収め、更に次の惑星へと手を伸ばそうとしている。
Δ小隊含むケイオス所属の部隊も防衛には参加したものの連敗。局所的には押し返せる場面もあったものの、風の歌によって惑星に駐留する新統合軍を軒並み操られてしまっては防衛も何もない。
いずれの三惑星においても部隊が駆け付けた時点で手遅れの負け戦状態だった。
連戦連敗を喫している状況であるがトリガーはあまり堪えた様子もなく、マキナ監修のもと機体整備の講習を受けていた。
「ワルキューレで忙しいのにすみません」
「いいよいいよ。機体の整備も私の立派なお仕事だからね」
オイル汚れに塗れながらもマキナは屈託ない笑顔を浮かべた。
「それに、自分の身を預ける愛機をよく知っておきたいトリトリの気持ちは分かるから。これくらいお安い御用だよ」
トリガーの機体整備に纏わる講習は元々予定されていたものではなかった。自分が搭乗することになる機体の性能や癖、戦闘機との違いをしっかり把握するためにトリガーが実施を希望したのだ。
その話を聞き付けたマキナが、レッスンの隙間を縫って時間を作り、こうしてトリガーの講習に付き合っているのだ。おかげでトリガーのVF-31への理解度は日に日に深まりつつある。
「それにしても、トリトリはハヤハヤとはまた別ベクトルで整備士泣かせだよ」
機体を整備する手は止めないまま、マキナはふぅと一息吐く。
「一度戦闘するだけでオーバーホールが必要なのは二人とも同じだけど、操縦が荒くてボロボロになっちゃうハヤハヤと違って、トリトリのはフルスペックを引き出し続けたことによる機体の疲弊。普通はこんなにすぐ部品交換が必要になったりしないんだけどなぁ」
「すみません……」
既に何度か交戦しているトリガーの機体であるが、その度にオーバーホール必須の状況が続いている。これはF-22の時から続く問題であり、
だからといって戦場で手を抜くことなどできず、トリガーはエイブリルを始めとする整備士の面々に頭が上がらない日々だった。機体の整備に手を出したのは、少しでも整備士たちに恩を返すことができればという思いもあったりする。
「あと、関節部の摩耗が激しいのはガウォークとバトロイドに慣れてないからかな」
「そうですね。最初の頃よりはマシになったと思うのですが……」
空戦におけるトリガーの数少ない弱点がこれだろう。
三惑星での戦闘データからメッサーに講評を受けた時も、トリガーの指摘部分はそこだった。機種転換から実戦も経てそれなりに経つ以上、いつまでも慣れないで済ませてはならない。
トリガー自身も重々把握しており、ここ最近はシミュレーターでガウォーク・バトロイド形態縛りの訓練などにも取り組んでいる。結果はあまり芳しくないが。
会話を交わしつつも整備の手は止まっていない。一度の出撃で疲弊し切っていたトリガーの機体は、マキナの手によって分解・パーツの交換を実施されいつでも出撃できるようになった。
「はい! これでトリトリのジクフリちゃんのお色直しはおっしまい。トリトリも、手伝ってくれてありがとね」
「いえ、大したことは何もしてませんから」
トリガーの手伝ったことと言えば、交換パーツの運搬と簡単な取り外し作業程度である。本格的な点検・分解作業に従事するにはまだまだ技術も知識も足りなかった。
「そんなことないよ。自分の愛機を大切にしようとする心が大切なんだから。ハヤハヤももうすこーし、自分のジクフリちゃんを大切にしてくれたらいいんだけどなぁ」
「ハヤテ准尉も必死なんですよ」
ウィンダミア軍に対して連戦連敗が続く現状。占領される惑星の数は増加の一方であり、ハヤテやミラージュは続く敗戦に焦りを隠せていない。特に操縦技術においてΔ小隊では未熟なハヤテの焦燥は大きいだろう。
「トリトリも必死なのかな?」
整備道具の片付けをしながら投げ掛けられた問いに、トリガーは僅かな逡巡の後に答える。
「必死ですよ。手を抜いている暇なんてありませんから」
連敗が続いている中でも、トリガーはΔ小隊もワルキューレも守り抜いていた。一人として取りこぼしはしないと、戦場の空を縦横無尽に飛び回っている。その甲斐あって、今のところ死傷者はゼロに抑えられている。
「そうだよね、Δ小隊のみんなのおかげで私たちも安心して歌えるんだもん。でも、無茶は禁物だよ?」
「勿論です」
即答したが、必要に迫られればトリガーはどんな無茶もするだろう。なにせ雷雲の中に自ら突っ込んで無人機や敵エースパイロットと格闘戦をするような命知らずだ。多少の無茶無謀で躊躇するような心は元から持っていない。
欠片も心が籠っていないトリガーの返答に、マキナは苦笑いするしかなった。しかし指摘したところで意味がないだろうことは分かり切っていたので、もう一度だけ念押ししてその場は引き下がるのだった。
Δ
一日のスケジュールを終え更衣室で着替えるトリガー。基本的に遅くまで自主訓練をしているため、更衣室で他の隊員や社員と鉢合わせることはあまりない。
しかし今日は珍しく同じタイミングで更衣室の利用者が現れた。
入ってきたのはトリガーと同じくΔ小隊隊員のメッサーだった。
「お疲れ様です」
「ああ」
トリガーの挨拶に短く返すとメッサーも手早く着替えを始める。
トリガーとメッサーはこれといって親しい間柄ではなく、任務上必要な会話以外で話すこともあまりない。強いて挙げればシミュレーターや実機での模擬戦を終えた後の講評くらいだろう。
しかし今日は珍しいことに、メッサーはトリガーに用事があったらしい。着替える手は止めないまま話を切り出した。
「ガウォークとバトロイドには慣れたか?」
「ガウォークはそれなりに見れるようになってきたかと思います。バトロイドは、メッサー中尉やハヤテ准尉と比べるとまだまだ……」
ガウォークは変則的な戦闘機と考えればなんとかなる。しかしバトロイドはコックピットの位置が変わり、外部を確認する術もセンサーカメラによる映像となる。この違いはかなり大きい。
今日もシミュレーターで、ガウォークとバトロイド縛りの訓練を実施したものの、あまり満足のいく結果ではなかった。
「そうか」
メッサーもすぐに改善できるとは考えていなかったのだろう。更に突っ込むような発言はなかった。
本題はここからだ。
「俺とお前がエレメントを組めば、白騎士を堕とせると思うか?」
白騎士とはウィンダミア王国が擁する空中騎士団に代々受け継がれるエースパイロットの称号。アル・シャハルからずっとメッサーが鎬を削り続けている相手であり、空中騎士団において精神的主柱となっているパイロットだ。
また、アル・シャハルでトリガーが殺されかけた相手でもある。
「自分とメッサー中尉の二人でですか。できるとは思いますが、一筋縄ではいかないかと」
メッサーと白騎士の実力はほぼほぼ拮抗、ややメッサーが押され気味が現状である。そこにトリガーが加勢すれば間違いなく白騎士を撃墜することはできる。
ただ、今は一騎打ちの状態だからこそ白騎士はメッサーとの空戦に応じているが、トリガーとエレメントを組めば間違いなく相手側も誰かしらとエレメントを組んでくるだろう。状況によっては三機以上の編隊を組む可能性もある。
そうなると如何にメッサーと組んだところで白騎士を撃墜するのは容易くない。できなくはないが、間違いなく他のフォローが疎かになるのは間違いなかった。
故にトリガーは確実に可能とは断言しなかった。しかしそんな考えはメッサーにはお見通しだったらしい。
「俺と組んで白騎士を狙えば、他隊員へのフォローができないか?」
「……はい」
図星を突かれてトリガーは苦々しげな表情になる。この後、メッサーから何を指摘されるか予想がついたからだ。
「トリガー准尉。お前の戦果は目を見張るものがある。実力も俺に次ぐかそれ以上だと考えている」
Δ小隊に入隊して短いトリガーに与える評価としては破格な代物。しかしメッサーは過大ではなく適切な評価だと考えている。
「だが、その実力を発揮できていない。原因は自分でも分かっているはずだ」
「…………」
「過剰なまでに味方のフォローに回り続けている。ワルキューレとΔ小隊、前回戦闘時はα、β、γ小隊のフォローにまで飛び回っていたな。おかげでこちらは被害らしい被害は今のところ出ていない」
仲間を堕とさせないと誓ったトリガーは、同じ戦場に出る仲間を守るためにひたすら飛び回った。一度の出撃でオーバーホール必須の理由は、たった一人で仲間を守るために戦場を駆けずり回っていたからだ。
功績として考えればトリガーの働きは凄まじいものだろう。だが、考え方を変えれば仲間のフォローに全リソースを奪われているとも言える。
「被害はない。だが、今のままでは敗戦が続くことになる。どこかで断ち切らなければならない。そのためにも、白騎士を堕とす必要がある」
守り続けるだけでは勝利を得られない。何処かで打って出なければこの戦争はウィンダミア王国に押し切られて終わる。
風の歌による洗脳で新統合軍を意のままに操って猛威を振るっているが、ウィンダミア軍の主戦力は空中騎士団だ。その中でも頭抜けた力量を持つ白騎士を墜とすことができれば、間違いなくウィンダミア軍の勢いは落ちるだろう。
メッサーの考えは間違っていない。間違っていないが、トリガーはすぐに頷けなかった。
「ですが……」
「そんなに仲間を信用できないか?」
鋭い指摘にトリガーは言葉を詰まらせる。共に戦う仲間を守る対象として見るというのは、裏を返せば仲間の力を信じていないということだ。
「俺もお前も、そして彼らも。戦場に出る以上、相応の覚悟を持っている。いつまでも誰かの背中におんぶに抱っこされ続けるつもりなどない」
戦場において殺すことも、殺されることも覚悟した瞳でメッサーはトリガーを見やる。
トリガーも戦争時は何十機と敵を堕としてきた。命を奪う覚悟はある。だが、仲間を失う覚悟はいつからか削れ落ちてしまっていた。
理解はできても納得はでき得ない表情のトリガー。そんなトリガーに追い打ちをかけるように、メッサーは言葉を紡いだ。
「何より、トリガー准尉が守ってくれる状況に慣れてしまえば遠からず堕ちることになる。籠の中に入れ続けることを守るとは言わない」
その言葉はどの指摘よりもトリガーに刺さった。
トリガーが死に物狂いで守り続ければ仲間は堕ちないだろう。しかしあらゆる脅威をトリガーが跳ね除け続けてしまえば、彼らは成長する機会すらも失い、いざ乗り越えなければならない障害を前にした時に何もできなくなってしまう。
守り続けた末に仲間を殺してしまう。本末転倒な未来を示唆されたのだ。
反論する言葉を失いトリガーはその場に立ち尽くす。完全に動きが止まってしまったトリガーを横目に、メッサーは着替えを手早く終えた。
「次の戦場に空中騎士団が現れた時は俺とエレメントを組んでもらう。これは隊長にも許可を得ていることだ」
一方的に言い残してメッサーは更衣室を後にした。
残されたトリガーは力なく備え付けのベンチに腰を落とすと、苦悩するように項垂れる。
次の戦場が何処になるのかは不明だが、遠くないうちに空中騎士団と矛を交えることは間違いない。その時、味方へのフォローを後回しにできるのか。
胸中で渦巻く葛藤にトリガーは重々しい感情と共に深々と吐息を溢した。
常時僚機、部隊員を一機も撃墜されてはならない縛りプレイ。