マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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迷いの代償

 

 ──惑星イオニデスにてヴァールシンドローム発生。

 

 風の歌を伴ったウィンダミア軍による侵攻。その一報が入ってすぐにアイテールはイオニデスの防衛に向かうべく発進した。

 

 戦場は惑星イオニデス衛星軌道上。既に新統合軍の七割がヴァール化してウィンダミアのマインドコントロール下に置かれており、圧倒的に不利な戦況である。

 

 加えて宙域には空中騎士団の存在も確認された。主力の六機以外にも複数の機体が作戦宙域に参戦しているようだ。

 

 フォールドによる次元転移で作戦宙域に到達するや否やΔ小隊含むケイオス所属部隊は即座に展開、アイテールに特設されたステージにてワルキューレがヴァールを鎮圧するべく歌を響かせ始める。

 

 トリガーも自身の機体に搭乗して出撃した。

 

 シミュレーターで前もって訓練はしていたものの、宇宙空間での戦闘はこれが初だ。ろくに動けないなんてことはないが、大気圏内と同じポテンシャルを発揮するのは難しいだろう。

 

 注意するべきは推進剤の残量と宙域を浮遊する無数の小惑星、そして空中騎士団だ。

 

 ヴァール化して味方を襲っている新統合軍を無力化しつつ、トリガーは宙域全体に目を向け続ける。

 

 トリガーと同じく宇宙空間での実戦が初めてのハヤテは、危なっかしい場面はあるもののミラージュと連携して上手く飛べている。チャックとアラドは言わずもがな。

 

 そしてメッサーは──

 

『直上よりウィンダミア機!』

 

 宙域上方より空中騎士団が接近する。その中には他機体と区別するために異なる意匠を施された白騎士もいた。

 

『行くぞ、デルタ5!』

 

『……っ、了解!』

 

 メッサーの通信に応じ、トリガーは迷いを抱えつつも白騎士撃墜へと向かった。

 

 トリガーとメッサーはエレメントを組んで白騎士を追い詰める。一騎打ちではなく編隊を組んでの襲撃に対して、白騎士は焦ることなく小惑星帯を利用して猛攻を捌く。

 

「上手いな……」

 

 トリガーが宇宙空間での戦闘に慣れていないのもあるが、白騎士の技量は目を見張るものがある。トリガーとメッサーを相手に撃墜されずにいるのがその証左だ。

 

 降り注ぐビームやマシンガンを浮遊する小惑星を盾にして回避し、小惑星帯を複雑な軌道を描いて飛行する。時には小惑星を破壊して飛行ルートを制限し、挟撃を防ぐような芸当も見せた。

 

 白騎士の名に恥じない凄まじい技量だ。だが、それも理解が進み始めている。

 

 トリガーの白騎士に対する理解が進む。敵パイロットを理解してしまえば撃墜は難しいことではない。

 

 白騎士の進路を予測してガンポッドを撃ち込み、進行方向の小惑星を破壊して進路を制限する。メッサーとも呼吸を合わせて、確実に白騎士を追い詰める。

 

 白騎士の不利を悟り空中騎士団の何機かがフォローしようと動くが、エースパイロットの激しい戦闘に付いていける者は早々いない。

 

 このまま堕とす、とトリガーが気を引き締めたタイミングで通信が入った。

 

『拙い、抜かれた!』

 

 チャックの焦燥混じりの声に意識が逸れる。白騎士を堕とすことだけに注ぎ込んでいた神経が戦場全体へと広がってしまう。

 

 トリガーとメッサーが白騎士を堕とすべく心血を注いでいた間に、空中騎士団が防衛網を突破してアイテールへ──ワルキューレへと突貫を仕掛けていた。

 

 幸いアイテールの迎撃システムとハヤテが急行したことでワルキューレは無事だが、その際にα小隊の隊員が堕とされた。犠牲が出てしまった。

 

「くっ……!」

 

『集中しろ、デルタ5! 今は目の前の敵を撃ち落とせ!』

 

 白騎士と激戦を繰り広げながらもメッサーは叱咤を飛ばす。気もそぞろになりかけていたトリガーは悔しげに歯噛みしつつ、一秒でも早く白騎士を堕とすべくエンジンを吹かせた。

 

 時間を掛ければ掛けるほど味方の被害が広がる。ならば、無理を押してでも決着を付ける。

 

 

 ──早く、速く、疾く……堕とす! 

 

 

 トリガーの動きが変わる。白騎士への理解を深めつつ追い詰めるような機動ではなく、被弾も覚悟の強引な攻勢だ。

 

『デルタ5!?』

 

 今までにない無茶な機動で詰めるトリガーに、メッサーは驚愕の声を上げながらもフォローに移った。

 

 推進剤の残量への注意は最低限。機体が小惑星を掠めようと構わず、牽制のマシンガンをバレルロールで回避しつつ最短距離で詰める。

 

 一歩間違えれば小惑星に衝突して木っ端微塵になりかねない強引な突撃に、さしもの白騎士も動揺したのか動きが微かに鈍る。それでも迎撃の手を緩めないあたり、白騎士の名は伊達ではない。

 

 無茶苦茶な強行突破は功を奏し、トリガーは白騎士を捉えた。バトロイド形態でビームガンポッドを構え、あとは撃ち落とすだけだ。

 

 狙うはコックピット。捕虜にしようと無力化にこだわって仕損じるくらいならば確実に潰す。

 

 機械のように冷徹な思考で引き鉄に指を掛けて──切羽詰まったミラージュの声がトリガーを現実に引き戻す。

 

『メーデー! メーデー!』

 

 焦燥に塗れたミラージュの救援要請にトリガーの意識が逸れる。その一瞬の隙を突いて、白騎士がビームガンポッドの銃口をトリガーに向けた。

 

 咄嗟に機体を傾けつつトリガーは反射的に引き鉄を引く。奇しくも両機の攻撃タイミングは全くの同時だった。

 

 放たれたビームは示し合わせたかのように、互いのガンポッドを構えていた腕部を撃ち貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

 被弾の衝撃に小さく呻きながら、トリガーは機体を制御して手近な小惑星の影に飛び込む。追撃を警戒したのもあるが、それ以上にミラージュの状況の確認がしたかった。

 

 救援要請をしたミラージュは空中騎士団の機体二機に追い詰められ、あわや撃墜の危機に陥っていた。しかしいち早く救援要請を聞き付けたハヤテが敵機を撃墜したことで、ミラージュは九死に一生得る。

 

 良かった、と安堵に胸を撫で下ろし、トリガーは意識を白騎士に戻す。

 

 トリガーと同じく被弾した白騎士は、フォローに回っていたメッサーと激しい格闘戦を繰り広げていた。

 

 メッサーと白騎士の実力はほぼ拮抗している。しかし被弾によって機体にダメージを背負っているためか、メッサー一人でも白騎士を追い詰めていた。トリガーも加勢すれば間も無く撃墜できるだろう。

 

 しかし空中騎士団も象徴たる白騎士を堕とされるわけにはいかないと意地を見せる。エース三人が激しく砲火を交わす宙域に、空中騎士団の機体が一斉に集結しようとしていた。

 

 ミラージュの安否を確認していたトリガーは敵機の動きに気付き、交戦中のメッサーへと通信を飛ばした。

 

『メッサー中尉、敵機がこの場に一斉に集結しようとしています! 今すぐ離脱を!』

 

『くっ、墜とし切れないか……!』

 

 もう少し時間さえあれば白騎士に手が届くという歯痒さに、メッサーは悔しげに歯噛みする。しかし敵機の増援まで相手取りながら白騎士を堕とすことは不可能だと判断し、速やかに離脱を始めた。

 

 トリガーとメッサーが離脱の姿勢を見せると、白騎士も宙域からの撤退を始めた。他ウィンダミア所属機も同様に撤退していく。

 

 宣戦布告から破竹の勢いで勝利していたウィンダミア軍。しかし今回の侵攻は失敗に終わり、初の黒星となったようだ。

 

 惑星イオニデスを守り切った。喜ぶべきことだが、しかし齎された被害が尋常ではない。特に新統合軍は七割近くが操られ、同士討ちで戦力を大幅に削られてしまっている。次の侵攻は防ぎ切れないだろう。

 

 ケイオス所属の部隊も少なからず被害を受けている。一番大きな被害はα小隊隊員の撃墜だろう。

 

 アイテールへと帰還する道すがら、トリガーは胸中で激しい葛藤に襲われていた。

 

 守ることができなかった挙句、目標たる白騎士の撃墜すら達せられなかった。これでは何のためにフォローを疎かにしたのか分からない。

 

『すみません、メッサー中尉。白騎士を撃墜できませんでした……』

 

『……いや、俺も救援要請には気を取られた。フォローし切れなかった部分もある。お互いのミスだ』

 

 メッサーもミラージュの救援要請を無視していたわけではなかった。結果的にはハヤテが駆け付けたことで事なきを得たが、メッサーはメッサーなりに気を揉んでいたのだ。

 

 二人がかりでも白騎士を堕とせなかった。慣れない宇宙空間での戦闘だったこと、味方機のことを頭から切り離せなかったことなど、理由は幾つでも挙げられる。

 

 だがしかし、結果は結果だ。トリガーもメッサーも言葉にこそしないが、胸中に渦巻く忸怩たる思いは同じだった。

 

 痛々しいほどの沈黙のまま、トリガーとメッサーは母艦アイテールに着艦するのだった。

 

 

 Δ

 

 

 マクロス・エリシオン展望スペース。港湾都市バレッタシティとラグナの空を一望できる絶景スポットであり、アイテール甲板よりも空に近い場所である。

 

 甲板で過ごすのは目立つと美雲から指摘され、何処か良い場所はないかと探した末に見つけたスポットだ。昼中は職員が休憩で訪れることもあるが、夕方以降は滅多に人が訪れない穴場である。

 

 惑星イオニデスでの戦闘を終えラグナに帰還するとデブリフィーングもそこそこに、トリガーはそそくさと逃げるようにここへ足を運んだ。

 

 ラジオをBGM代わりに難しい顔で空を眺めることしばらく。トリガーの胸中を渦巻くのは後悔と不甲斐ない己を責める念だった。

 

 惑星イオニデスの防衛成功という局所的な勝利こそ掴んだが、最大目標たる白騎士は落とせず終い。逆に味方は撃墜され、事なきを得たがミラージュも落とされ掛けた。

 

 幸いにもハヤテの活躍で被害は最小限に留められたが、初めて敵兵の命を奪ったことでハヤテは少なからずショックを受けている。諸手を挙げて喜べる勝利ではなかった。

 

 ぐるぐると意味のないたらればを脳裏で考え、一人陰鬱に落ち込むトリガー。

 

 そんな重苦しい空気を物ともせず踏み込む人間が一人いた。

 

「こんなところに居たのね」

 

 暗い空気を一気に吹き飛ばしたのは我が道を行く美雲だ。

 

「何か用でもあったか?」

 

「いいえ。アラドはあなたを心配して探していたみたいだけど、私はただの気晴らしよ」

 

「気晴らし……」

 

「脱がないわよ?」

 

「まだそれをっ……!」

 

 反射的に言い募ろうとするが、美雲の愉快そうな笑みを前に降参を選択した。

 

 ぶすっとした顔で黙り込むトリガーを尻目に、美雲は手摺に手を掛け風を一身に受ける。そして銀河中の人々を魅了する声で静かに歌い始めた。

 

 物静かな展望スペースの雰囲気に合わせた歌だ。邪魔をしまいとトリガーはラジオを止めて耳を傾ける。

 

 風に乗って何処までも届きそうな歌声に耳を澄ませていると、ふと違和感を抱いた。

 

 歌う美雲の横顔に普段との変わりようはないが、歌声に微かな違和感があった。

 

 しかし歌っている美雲を邪魔するほどでもないと、トリガーは指摘することなくそのまま歌声に身を預ける。

 

 やがて一曲を歌い切ると、美雲は満足げな表情で一息を吐く。そんな美雲の横顔をトリガーはじっと見つめる。

 

「なにかしら?」

 

「いや、調子でも悪いのかと」

 

 ピクリと美雲の整った柳眉が動いた。

 

「どうしてそう思ったの?」

 

「……歌にいつもより覇気がなかったから?」

 

 トリガー自身、漠然とした感覚で言語化するのが難しかった。

 

 首を傾げながらの指摘に美雲はしばしトリガーを見据えるも、やがて小さな溜め息と共に表情を崩した。

 

「“敵の下らない言葉に足元をふらつかせる人間は要らない”」

 

「……?」

 

「敵から裏切り者呼ばわりされてしょげ込んでいたフレイアに言ったのよ」

 

「おぅ……」

 

 辛辣にもほどがある言葉にトリガーは思わず呻き声を上げた。

 

 フレイアはワルキューレに憧れて故郷のウィンダミアを飛び出し、夢を叶えてワルキューレで歌っている。戦争なんて起きなければ夢を叶えた女の子でいられたはずだ。

 

 しかしウィンダミア王国が宣戦布告してしまったことで、民衆からはスパイではないかと疑われ、ウィンダミアからは裏切り者扱い。苦しい心境なのは間違いないだろう。

 

 そこへ憧れの人である美雲からそんなことを言われたら相当なショックを受けたことだろう。トリガーでも普通に傷付く。

 

「言い過ぎと咎められたわ」

 

「それはなぁ……」

 

 フレイアの置かれている状況を思えば辛辣が過ぎる。何かしら言うにしても、もう少し言葉を選ぶべきだっただろう。

 

 美雲も言葉選びに関しては思うところがあったのだろう。でなければこんな時間帯に展望スペースまで足を運び、気晴らしをしようとはしないはずだ。

 

「でもね、私たちはワルキューレ。敵の言葉で迷い、躊躇っていたらこの銀河に歌を響かせることなんてできやしない」

 

 毅然と言い放ち美雲はトリガーを真正面から見据える。

 

「私たちが歌わなければ争いは止められない。ヴァール化した人々を救うこともできない。足踏みしている暇なんてないのよ」

 

「────」

 

 揺るぎない覚悟を秘めた美雲の言葉は、迷い苦しむトリガーに突き刺さった。

 

 仲間を堕とされまいと意識するあまり、詰めを誤って白騎士を仕留め損ねた。挙句には味方を撃墜され、同じ小隊の仲間を失いかけた。迷いがなければ、味方を信じ切ることができたならこんなことにはならなかったかもしれない。

 

 仲間の大切さを知る前、ただ空に居るためだけに飛び続けていた頃のトリガーなら、こうも思い悩み迷うことはなかっただろう。先の一戦でも間違いなく白騎士を撃墜できていたはずだ。

 

 だが仲間を喪失する恐怖に囚われ、空以外にも大切だと思える仲間(もの)を知ってしまったトリガーには無理だ。

 

「……大切なものが、守りたいものが一つじゃなければ迷うことだってある。美雲にはないのか?」

 

「ないわ。私には歌しかない。歌が私の全て。だから私は歌うの」

 

 微塵の迷いもなく美雲は断言する。歌以外に何もないからこそ、迷うことも躊躇うこともないのだ。

 

 その在り方はかつての己のようで、トリガーは出来の悪い鏡を見せられているような気分になった。

 

「いつか君にも、歌以外に大切なものができるかもな」

 

 皮肉や嫌味ではなく、実体験からトリガーはそう言った。

 

 美雲は特に反論することもなく、トリガーの言葉を聞き入れた。内心ではそんな日が訪れることなんてないと思っているのかもしれない。美雲の真意は美雲にしか分からない。

 

 それ以降は互いに言葉を交わすこともなく、美雲の邪魔をしまいとトリガーは展望スペースを後にするのだった。

 

 

 

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