惑星ヴォルドールへ潜入したワルキューレとΔ小隊は二組と二人に分かれて情報収集を行った。
市井での直接的な聞き込みと調査、美雲とトリガーの仕込んだドローンによって収集した情報から、ウィンダミア軍がヴォルドールにて何をしているのかが判明した。
ヴォルドールにあるプロトカルチャーが遺した遺跡の調査。ウィンダミアは遺跡を調査するためにヴォルドールを制圧したのだ。
──プロトカルチャー。
人類有史の遥か以前に繁栄した文明であり、あらゆる人類を創造した存在であるとされる。そして既に滅んだとされており、銀河系の至る所に彼らが遺した遺産や遺跡が存在する。
ラグナ人もヴォルドール人も、そしてウィンダミア人もプロトカルチャーが有する技術によって生み出された人類種だ。地球人もその例には漏れない。
ウィンダミア軍の目的がプロトカルチャー遺跡の調査だと判明し、一行は新たに遺跡への潜入を任務に追加。厳戒態勢の遺跡へ乗り込むことを決定した。
遺跡は首都から離れており移動に車を利用することになった。二組に分かれての乗車になったのだが、トリガーの乗る車は何故か重苦しい空気が流れていた。
トリガーがまたぞろ一人で陰鬱に思い悩んでいるとかではない。原因はウィンダミアとヴォルドールの代表で行われた政府間協議で話題に出た次元兵器だ。
次元兵器は大量殺戮兵器であり銀河条約で使用を禁止されている物騒極まりない代物である。
七年前のウィンダミア独立戦争において、ウィンダミア軍が自国民を巻き込む形で統合軍に対して使用したと記録されている。しかしウィンダミアで暮らしていたフレイアは、次元兵器を使ったのは地球人と教わってきたらしい。
元新統合軍のミラージュとウィンダミア人のフレイア。険悪に論争するなんてことはなかったものの、どちらが正しいのかでやや重苦しい空気になってしまったのだ。
話を聞いていたトリガーは、思わずぽろっと心の声を洩らしてしまう。
「ハーリングの鏡か……」
口にしてから、いや違うなとトリガーは首を振る。
王女とエイブリルが言っていたハーリングの鏡は、人や立場によってものの解釈が変わるという意味だった。今回の場合は、真実はどちらなのかという問題であり、ハーリングの鏡という表現は適切ではないだろう。
しかし重苦しい空気の中で意味深な発言をしてしまったがために、車中の面々の視線がトリガーに集中してしまう。フレイアとミラージュは言わずもがな、何故か美雲とハヤテまでじっと見てくる。
何かしら応えなければならない状況に、トリガーは若干しどろもどろになりながらも言葉を紡いだ。
「まあ、どちらが真実かは今この場で議論しても分からないでしょう。フレイアさんの教えも、ミラージュ少尉の言う軍の記録も、いくらでも改竄できるものですから」
「そんな……」
身も蓋もないトリガーの言い分に、フレイアが物言いたげな目を向けてくる。
「ただ、個人的な見解を述べるなら、自分はフレイアさん側を支持しますけど」
「それはなぜですか?」
元新統合軍の軍人であったミラージュとしては聞き捨てならなかったのだろう。やや険しい目付きで詰問する。
対するトリガーは怯むことなく、淡々と理由を答える。
「当時のウィンダミアに次元兵器を手に入れる手段があったと思えないからです」
「え……」
ぽかんと虚を突かれたようにミラージュは硬直した。
トリガーはケイオスに所属してからの講習で学んだこと、ウィンダミアと敵対するにあたって必要だろうと習得した歴史の内容を反芻しつつ言葉を続ける。
「新統合政府が惑星ウィンダミアに入植した時、ウィンダミア王国は地球でいうところの中世レベルの文化レベルだったはずです。そこからどれほどの文化的、技術的なブレイクスルーを繰り返したとしても、たかだか三十年ちょっとで次元兵器なんて代物を造り出せるとは思えないんですよ」
新統合政府が持ち込んだ科学技術のおかげで可変戦闘機などを扱う術は手に入れることができたのだろう。しかし次元兵器の危険性を理解している新統合政府が、それらに関する技術までおいそれと伝播するとは到底考えられない。
そうなると、七年前にウィンダミアで使用された次元兵器は何処から生えてきたのかという問題になる。
「…………」
感情論ではない筋の通ったトリガーの見解に、全くの盲点を突かれたミラージュは言葉を返すことすらできなくなっていた。反対にフレイアは、故郷の技術力が低かったからこそという理由に、素直に喜べず微妙な顔をしている。
「まあもしかしたら、ウィンダミアにとんでもない天才が生まれて短い年月で次元兵器を一から開発したとか、何処かの商人が売り捌いた可能性もないとは言えないですけど」
「いや今更意見引っくり返すのかよ。無理あるだろ」
この期に及んで真逆のことを言い出すトリガーに、ハヤテが思わずツッコミを入れた。
トリガーも苦しいフォローであることは重々承知していた。しかし自分の言葉でミラージュが置物になってしまうのも困るのだ。現状の最善は問題の先送りである。
トリガーの見解に一人頭を悩ませ始めるミラージュを他所に、車は遺跡付近でエンジンを止めるのだった。
Δ
遺跡付近は操られた新統合軍の兵士と監視ドローンによって厳しい監視体制が敷かれていた。
真っ当な手段での侵入は難しいだろうと判断され、電子戦技術に長けたレイナが監視システムを掌握して道を作ることになった。
しかしここでまたしても美雲が一人で行動を始める。監視システムの掌握が終わるよりも前に、誰にも何一つ告げることなくふらふらと遺跡へと向かってしまったのだ。
遺跡に近付いたあたりから美雲の様子がおかしいことに気付いていたトリガーは、カナメとメッサーに一言断って美雲の後を追った。
「どうしたんだ、美雲?」
浮ついた様子ながらも監視の目をするすると抜けていく美雲に問い掛ける。足取りも意識もはっきりしているようだが、その横顔には微かに焦燥の色が浮かんでいた。
「分からない。でも、この風は……」
何かに導かれるように美雲は歩みを進める。いつの間にか二人は監視の目を掻い潜って遺跡内部へと侵入していた。
無理に美雲を連れて戻るよりもこのまま遺跡内部へ潜入したほうが良いと判断したトリガーは、ウィンダミアの監視網にだけ気を払って美雲の後に続く。
しばらく進んでいると神殿のような、あるいは儀式場のような空間に辿り着いた。まだウィンダミアの調査の手は及び切っていないのか、あるいは調査する価値がないのか人気はない。
「いったいここは……」
何のための空間なのかは不明であるが、念のためにトリガーは持ち込んだタブレット端末でデータ取りを行う。予めマキナとレイナから操作方法を学んでいたので作業自体はスムーズだ。
不意に儀式場に厳かな歌声が響く。見れば祭壇のような舞台で美雲が一人歌い始めていた。
祈りを捧げるように歌う美雲の姿はまるで敬虔な巫女のようで、トリガーは潜入中であることを忘れて魅入ってしまう。
「この歌声はあの時の……」
トリガーがこの
しばし美雲の歌声に忘我するトリガー。しかしここが敵陣のど真ん中であることに思い至り慌てて美雲の行動を諌めようとするが、その直前に懐に仕舞い込んでいたラジオが妙な輝きと波動を発していることに気が付いた。
「なんだ、この感覚……?」
今までにもラジオ内部に仕込まれたフォールドクォーツの影響で、戦場でありながらワルキューレの歌や風の歌が聞こえてくることはあった。
しかし今、トリガーが直面している現象は何かが違う。具体的には説明が難しいが、五感が押し広げられているような感覚。常よりも感覚器官が研ぎ澄まされているような感じがした。
美雲の歌の影響か、あるいは遺跡の影響なのかは知れない。一先ずトリガーはデータ採取を優先しつつ、周囲への警戒を最大限に引き上げた。
研ぎ澄まされた感覚で周囲を警戒していると、耳朶を警報らしき音に叩かれた。間髪置かずタブレット端末に緊急通信が飛び込んでくる。
『トリトリ、聞こえてる?』
「聞こえてますよ、マキナさん」
通信の相手はマキナだった。映像通信に映るマキナは表情に僅かな焦りを貼り付けている。
『私たちの潜入がバレちゃったみたい。こっちは撤退を始めるから、トリトリとくもくもも遺跡から脱出して』
「了解です。お気をつけて」
映像通信はそこで途切れる。向こうも悠長にしている余裕はないようだ。
「撤退するのね」
美雲も状況が悪化したことを悟ったのだろう。舞台から降りていつの間にかトリガーの隣に立っていた。
「敵に囲まれる前に早いところ脱出しよう」
「……あの子たち、大丈夫かしら」
美雲の心配はフレイアたちのことか、それとも他全員のことか。
トリガーと美雲は比較的監視の薄い、遺跡内部においても表層に近い場所にいた。脱出はそう難しくないだろう。
一方他の面々は遺跡最深部近くまで潜っている。ウィンダミアの目的を調査するため仕方ないとはいえ、脱出は一筋縄にはいかないだろう。
このまま二人だけで先に脱出していいものかと考えるも、美雲を引き連れて他の面々の援護に向かうのは危険が過ぎる。だからと言って美雲と別行動するのも本末転倒だ。
悩んでいると再びタブレット端末に緊急通信が入る。通信に応じると映像一杯に焦燥感に塗れたマキナとレイナが映し出された。
『ごめん、二人とも。敵の策略でフレフレとミラミラとハヤハヤが分断されちゃった。こっちも追手と遭遇しちゃって、身動きが取れなくなってるの』
早口で現状を説明するマキナの後ろでは、激しい銃撃の音が鳴り響いている。恐らくメッサーが応戦しているのだろうが、すぐにフレイアたちと合流することはできなさそうだ。
トリガーは美雲と顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。
「分かりました。自分と美雲でフレイアさんたちのフォローに向かいます。場所は分かりますか?」
『上手く逃げられているなら……多分、このルート。私たちも合流できるように頑張るから、フレフレたちをお願い』
「了解です」
映像通信を終えるとトリガーと美雲は即座に行動に移る。
マキナから送られてきた予測逃走ルートを逆走し、分断されたフレイアたちとの合流を図る。途中、遺跡内部を警戒するヴァール化した部隊と鉢合わせそうになるも、その度に隠れてどうにかやり過ごした。
しばらく走っていると天然の地下洞穴に手を加えた施設に辿り着いた。
進行方向から人の争う声と音が聞こえ、トリガーと美雲は足を止めて手近の岩陰に身を潜める。気配が洩れないよう慎重に覗けば、フレイアたちが敵らしき男たちに囲まれている光景が目に飛び込んできた。
「遅かったか……」
合流するよりも先にウィンダミア側が張っていた網にかかってしまったらしい。ウィンダミア人特有の図抜けた身体能力によって、ハヤテとミラージュがあっという間に叩き伏せられてしまう。
ハヤテとミラージュが無力化される様子を観察していたトリガーは、ウィンダミア人の身体能力の高さに内心で舌打ちする。
ウィンダミアと敵対するとなった際に、因縁浅からぬ様子のアラドとアーネストからウィンダミア人の特徴については一通り聞き及んでいた。
頭髪の一部にある飾りのような感覚器官は第六感染みた性能を有しており、身体能力は地球人どころか下手なゼントラーディより高い。その代わりに寿命が三十年ほどと短い欠点がある人類。
実際に目の当たりにして、トリガーは真正面から対峙しても敵わないことを悟った。殺し屋どもから盗み取った技術をフルに活用しても、持っていけて二人が限界だろう。
敵勢力は六人。手持ちの武器装備を活用しても一人で制圧することは不可能だ。フレイアたちを連れて撤退することだけに注力しても、対応されて一網打尽にされるのが関の山。
今はマキナたちが合流するのを待つしかない。美雲もトリガーの意図を察し、一先ずは待ちの姿勢を受け入れた。
トリガーと美雲が見守る中、ハヤテとミラージュがどうにか状況を打開しようと動く。ハヤテが敵を煽って隙を作り、ミラージュが手持ちのスタングレネードを喰らわせたのだ。
乾坤一擲の策は、しかし周囲で警戒していた他の騎士たちの加勢で完全に封殺されてしまった。
無駄な抵抗ができないようにミラージュは完全に身動きを封じられ、ハヤテは尋問とは名ばかりの拷問染みた暴行に晒される。フレイアが庇おうとしても腕の一振りで払われてしまう。
一方的に仲間が痛めつけられる光景にトリガーは拳を握り締める。今すぐにでも救出に動きたいが、考えなしに突っ込めばフレイアたちの二の舞になるだけだ。
美雲も迂闊な行動は状況を悪化させるだけだと理解していた。理解していたが、同時に彼らが佩く剣がフレイアたちにいつ向けられてもおかしくない状況に、このまま静観しているわけにはいかないと動き始める。
「ダメだ、美雲。俺たち二人だけじゃ、フレイアたちを助けられない」
「そうかもね。でも、限界よ。見てみなさい」
美雲に促され岩陰から覗けば、他の面々から白騎士と呼ばれた金髪の男が剣を抜き放ち、膝をつくフレイアに剣先を向けていた。何かしら問答をしているようだが、その剣がフレイアを切り裂くまでの猶予はそうないだろう。
「くそっ……!」
マキナたちの合流を待っている時間はなかった。
「あの子たちを失うわけにはいかないわ。時間稼ぎしかできなくても、動かないわけにはいかないんじゃなくて?」
既に美雲は突撃の準備を整えている。あとはトリガー次第だと、その瞳が語っていた。
「……分かった、分かったよ。ただ、美雲が突っ込むのはなしだ。君はハヤテとミラージュのフォローに集中してくれ」
「一人で六人も相手するつもり?」
「まともに相手するつもりなんてないさ」
トリガーは手持ちの武器装備を手早く確認する。
持ち込んでいる主武装は短機関銃とコンバットナイフ。スタングレネードと手榴弾が二つずつ、スモークグレネードが一つ。あとは仕込み暗器のナイフなどが少々。
懐からぽろぽろと物騒な物を取り出すトリガーに、美雲が呆れた眼差しを向ける。
「随分と用意がいいのね。まさか普段から持ち歩いていたりしないでしょうね?」
「まさか」
肩を竦めながらトリガーは笑う。
「普段はサブマシンガンなんて持ち歩かないさ。携行しても拳銃サイズに収めるよ」
「……銃以外は普段から持ち歩いているのね」
さらっととんでもないことを宣うトリガーに、美雲は頭痛を堪えるようにこめかみを抑えた。
「さてと……なんとかできるか? いや、なんとかするんだ」
敵を倒し切る必要はない。フレイアの命を守りつつ、無力化されてしまったハヤテとミラージュを救助する。あとは時間さえ稼げればマキナたちが合流できるはずだ。
介入絵図を脳裏に描き、トリガーは上手くいくことを胸中で祈る。祈る相手は神ではなく、かつての相棒だ。
──カウントから詐術の勉強をしておくんだったよ、全く。
皮肉に笑う詐欺師の相棒を思い出し、トリガーは緊張を吹き飛ばすように笑みを溢した。
「──合図をしたら、ハヤテとミラージュを頼む」
「任せて」
二人頷き合い、無茶を通り越して無謀な救出作戦が幕を開けた。