マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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詐欺師の手口

 マキナたちと分断され別ルートから脱出を図ったフレイアたちは、空中騎士団が張っていた網に掛かってしまった。

 

 騎士の一人である赤髪の少年──ボーグ・コンファールト一人にハヤテとミラージュは一方的に叩き伏せられてしまった。同じウィンダミア人といえど軍人として鍛えているわけでもないフレイアでは手も足も出ない。

 

 ミラージュが逆転を狙う一手を打つものの、即座に双子の騎士──テオ・ユッシラとザオ・ユッシラによるフォローが入りあえなく鎮圧。完全に打つ手を失ってしまった。

 

 そこからはボーグの鬱憤を晴らすが如くハヤテが痛めつけられ、フレイアが庇おうと前に出たところで、空中騎士団から一人の男が前に出た。

 

 他の騎士とは一線を画する鋭い空気を纏う金髪の男だ。

 

 他騎士から白騎士と呼ばれた男──キース・エアロ・ウィンダミアはフレイアを裏切り者と呼び、なぜ地球人の味方をするのかと問う。

 

 フレイアは即座に答えられず、キースは失望したように剣を抜き放つとその切先をフレイアの喉元に向けた。

 

「せめて我が剣で祖国の大地に還してやろう」

 

 振り上げられた剣がフレイアを切り裂かんとした瞬間、キースは岩陰から何かが投げ込まれるのを知覚した。

 

 風切り音と共に飛来する物体の正体を見抜いたキースは即座に片目を閉じて身構える。他の騎士もミラージュが同じ手を使ったこともあり、焦ることなく対応した。

 

 目を焼く閃光が洞窟内を眩く照らし、耳を劈く轟音が轟き渡る。投げ込まれたのはスタングレネードだった。

 

 閃光が止むと同時に騎士たちは闖入者の無力化に動き出す。岩陰に最も近い場所にいたテオとボーグが確保に向かおうとして、その出鼻を挫くように二つ目のスタングレネードが炸裂する。

 

「ぐあっ!?」

 

 二個目のスタングレネードは予想外だったのか、閃光と爆音をもろに受けるテオとボーグ。やや離れた位置で待機していた騎士たちも閃光に目を眩まされていた。

 

 騎士たちの足並みが崩れる中、白騎士は優れた聴覚とルンによる感覚でピンを抜くような音を聞き取った。ややあって掌サイズの何かがこの場に放り投げられる。

 

 直感的に投げ込まれた物の正体を悟った白騎士は、微かに焦りを滲ませながら叫ぶ。

 

「爆弾だ! 下がれ!」

 

 白騎士の警告に騎士たちは即座に回避行動に移る。ミラージュを取り押さえていたザオも、堪らずミラージュを突き飛ばして近場の岩陰に飛び込んだ。

 

 ミラージュが解放された瞬間、合図を受けた美雲が岩陰から飛び出す。

 

 ガスジェットクラスターを吹かせてミラージュとハヤテを回収すると、騎士たちから可能な限り離れるように距離を取った。

 

 爆発物と思しきものが投げ込まれてから数秒。一向に衝撃も爆発音すら発生しないことで白騎士は謀られたことを悟り、すぐさま侵入者を始末しようと動き出す。だが、一歩踏み出したタイミングで横合いから叩き付けられる殺気に足を止めた。

 

「まんまと騙されたわけか」

 

 閃光の影響から脱した騎士たちの目に飛び込んだのは、トリガーがボーグを組み伏せキースに短機関銃の銃口を向けている光景だった。

 

 この短い時間で何が起きたのか。答えは簡単だ。

 

 一つ目のスタングレネードを敢えて対処させ、本命のスタングレネードを喰らわせる。フラッシュで視界を眩まされている騎士たちに安全ピンを抜く音をわざと聞かせ、ピンの抜かれていない手榴弾を投げ込んだのだ。

 

 視界が覚束ない騎士たちは優れた感覚でピンの抜かれた手榴弾が投げ込まれたと判断し、即座に身を守るために行動した。その隙に美雲がミラージュとハヤテを回収し、トリガーは閃光と轟音を至近距離で受けて怯んでいたボーグを取り押さえたのである。

 

「動くな。動けばこの少年の命はない」

 

「離せ、卑怯者の地球人が……!」

 

 器用に膝と体重を利用してボーグをうつ伏せに抑えつつ、トリガーはその喉元に空いている手でナイフを突き付ける。騎士たちの間に微かな動揺が走った。

 

 しかし白騎士は人質を取られた状況に微塵の狼狽も見せず、ボーグを取り押さえるトリガーを興味深そうに観察する。

 

「この風……なるほど、貴様が三本線か」

 

「……それがなにか?」

 

 久しく呼ばれていなかった異名にトリガーは微かに眉を顰めつつも肯定する。

 

 戦場で獅子奮迅の活躍を見せる三本線のパイロットが判明し、騎士たちの中でも若い面々が俄かに殺気立つ。特に顕著なのは抑えつけられているボーグだ。

 

「貴様が三本線……! 何度も我らの意思を邪魔した汚い風が!」

 

 抑えられながらも殺意と怒気を迸らせるボーグに、トリガーは少年の正体を察した。

 

「あぁ、君があの機体のパイロットか」

 

 交戦するたびに性懲りも無くワルキューレや市民を無闇矢鱈と狙い、その隙を突かれてトリガーに堕とされかけたパイロット。それが赤髪の騎士ボーグの正体だ。

 

 憎悪を激らせるボーグに対して、しかしトリガーの反応は冷めている。冷めているを通り越して眼中にすらも入っていない様子だった。

 

「なるほど、地上でも一角の戦士ではあったようだな」

 

「こんなのただの詐欺さ。真正面からやり合おうとは思わない」

 

 騎士たちの身体能力と感覚の鋭さを逆手に取り、安全ピンを抜いた音と手榴弾を投げることで虚を突く。通用して一度が限度な上、持ち込んだ物の大半を使い果たしてしまったために打つ手がほぼない。

 

 トリガーの勝ち筋は如何にして時間を稼ぐか、あるいは美雲とフレイアたちを逃すかにあった。

 

「仲間を救出する手腕は素直に賞賛しよう。だが、詰めが甘かったな」

 

 すっとトリガーの喉元に横合から剣の切っ先が添えられる。ボーグと共に突っ込んできた双子の片割れだ。

 

「動くなと言ったはずだが?」

 

「我らは翼の騎士。この命は陛下に捧げている。人質に取られた程度で揺らぐような軟弱者は一人としていない」

 

 その言葉に同意するように、あるいはトリガーを嘲笑するようにボーグが笑った。

 

「残念だったな。これで貴様も終わりだ、三本線」

 

 喉元に剣を突き付けられ逃げ道のない状況で、しかしトリガーに動揺や焦燥はない。自らの命が危険に晒されていることを理解しながら、トリガーの目は真っ直ぐ白騎士を見据えていた。

 

「……なるほど、全て承知の上か」

 

 トリガーの瞳から揺るぎない覚悟の色を読み取り、キースは感心したように呟いた。

 

「ボーグを抑えるのではなくあの女と共に仲間を救出すればいいものを、わざわざ残ったのは己を囮にするため。仲間を逃がすためか。全て計算尽くならば見上げた覚悟だ」

 

「……考えが浅かった。そういうことにしてほしい」

 

 キースの読みはズバリ的中していたのだが、何も告げずにいたがために美雲の眼差しが凍えそうなほどに冷たくなっており、トリガーは肯定を避けた。

 

 美雲には、自らが囮になることはあえて伝えなかった。提案すれば反発されるのが目に見えていたからだ。

 

 故に何も告げず、隠し球を一つ預けてハヤテとミラージュの救出を任せたのである。

 

「随分と仲間の命が重いようだな、三本線」

 

「一人と四人なら、後者を優先するのは合理的だろう」

 

「仲間は貴様を見捨てるつもりはないようだが?」

 

 キースの言葉通り、ダメージから僅かばかり回復したハヤテとミラージュが、トリガーを支援しようと構えていた。

 

 本音を言えば非戦闘員のフレイアと美雲を連れてさっさと撤退してほしかったのだが仕方あるまい。マキナたちの合流も間に合わない可能性がある以上、トリガーは奥の手を切ることにした。

 

「ボーグだったか。これが何か分かるかな?」

 

 ナイフと一緒に握り込んでいたあるものを指先だけで放る。

 

 馴れ馴れしく呼ばれたことに憤り噛みつこうとしたボーグは、剥き出しの地面に転がった物を見て顔を青ざめさせた。

 

「手榴弾の、ピン……」

 

 ボーグの震える声が広い洞穴内部で小さく木霊する。

 

 トリガーが握り込んでいたのは手榴弾の信管とレバーを固定する安全ピンだった。それが今この場に単体で存在するということは、何処かにピンの抜かれた手榴弾が存在するということだ。

 

 実行したのはピンの抜かれていない手榴弾を投げた時。ピンを抜く音を鳴らして騎士たちの虚を突いたが、その実本当に一つは抜いていたのだ。そして今この時、何処かに隠し持っている。

 

「さて、ここで問題です。ピンの抜かれた手榴弾は何処にあるでしょうか」

 

 いつかの分析官の口調を思い出しながら、トリガーは騎士たちにクイズを投げ掛けた。

 

 騎士たちは驚愕しながらも、いつ何が起きても対処できるよう身構える。テオはすぐにでも喉を切り裂けるよう、剣の刃をトリガーの喉に押し当てた。

 

 今この瞬間に首を切り裂かれてもおかしくない状況で、しかしトリガーは不敵に笑みを浮かべた。

 

「答えは──ここだ」

 

 ボーグを抑えつけてからずっと、上着で隠しながら脇に挟んでいた物を落とす。重力に引かれて掌サイズの円筒が剥き出しの地面に音を立てて落下した。

 

 トリガーの発言から手榴弾が出てくると踏んでいた騎士は、特にすぐそばにいたテオは拍子抜けする。自爆に巻き込まれないよう、ボーグを助けられるよう蹴飛ばす用意をしていたのだ。

 

 しかし現実に落ちたのは筒状の物体──スモークグレネードだ。手榴弾でなければ、ピンすら抜かれていない代物である。

 

「さっきも言ったろ──詐欺だって」

 

 トリガーは無理やりに作った皮肉屋っぽい笑みを浮かべた。

 

 騎士たちがトリガーの一挙手一投足に気を取られた一瞬。その隙を突いて美雲がトリガーから預かっていたピンの抜かれた手榴弾を投擲し、即座に反転してフレイアたちを引き連れて離脱する。

 

 意識の外から投げ込まれた手榴弾に然しもの騎士たちも対応が遅れる。爆発までの数秒があれば岩陰に身を隠す程度は容易いが、逃走した美雲たちを追いかけるのは難しいだろう。

 

 騎士たちが手榴弾に意識を向けた瞬間、トリガーはボーグに突き付けていたナイフを振り上げて喉元の剣を弾き上げた。同時にその場から飛び退って距離を取りつつ、片手で短機関銃を乱射して牽制する。

 

 片手でろくに反動制御すらしないで放った銃弾は弾幕となり、騎士たちの動きを制限する。恐ろしいのは生身で銃弾を躱し、あまつさえ剣で弾くなんて芸当を当たり前のようにやってのけることだろう。

 

 だが十分な隙は作れた。手榴弾の爆発に備えて身を守る騎士たちを尻目に、トリガーは逃走経路の一つである通路に飛び込んだ。

 

 手榴弾が爆発する音を背中に受けながら通路を走りつつ、端末を操作してマキナたちに通信を繋げる。

 

「こちら、トリガー。分断されたフレイアさんたちは救出しました。美雲と一緒に一足先に離脱しているので、合流はなしでそちらも脱出してください」

 

『トリトリは? もしかして一人なの?』

 

「美雲たちとは別ルートで離脱しています。大丈夫です、遺跡を脱出したら合流できます。外で会いましょう」

 

『待っ──』

 

 マキナがまだ言い募ろうとするが、トリガーは構わず通信を一方的に切った。悠長に通信している余裕がなかったのだ。

 

 急がなければ騎士たちに追いつかれる。手持ちの武装をほぼ使い切った今の状態では、騎士が一人だとしても切り抜けられる保証はなかった。

 

 ヴァール化した新統合軍の兵士に出会さないよう気を付けつつ、遺跡の外を目指して直走ることしばらく。あと少しで遺跡を脱出できるというタイミングで、トリガーは背中に叩き付けられる殺気に気付いた。

 

「見つけたぞ、三本線!」

 

 後方から迫ってきたのは赤髪の騎士ボーグ。抜き身の剣を振り翳し、目にも留まらない速度でトリガーに突っ込んでくる。

 

「くそっ……!」

 

 出口を目前にしてボーグに追いつかれてしまった。思わず悪態つくが、まだ諦めるには早い。

 

 ボーグが突出しているのか、あるいは各個分かれてトリガーたちを捕えようとしたのか。見る限り追手はボーグ以外には見受けられない。ボーグさえ始末するなり、無力化するなりすれば脱出できるはずだ。

 

 覚悟を決めてトリガーは逃走の足を止める。反転すると真っ直ぐ突っ込んでくるボーグに対して短機関銃を構え、分の悪い勝負に挑むのだった。

 

 

 

 

 

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