惑星ヴォルドールへの潜入調査の結果、ウィンダミア王国について様々な情報を得られた。
ウィンダミアは球状星団の惑星を制圧する際に、軍関係者を狙い撃つようにヴァール化させていた。そのために被侵略側はろくな抵抗もできないまま降伏せざるを得ない展開が続いていた。
如何にしてヴァール化を狙った対象に引き起こさせたのか。その手段が判明したのだ。
ウィンダミア産の林檎である銀河林檎とプロトカルチャー遺跡地下に湧く地下水。この二つは同時に摂取することでヴァール化を誘発させるセイズノールという物質を生成することが調査の結果明らかになった。
ウィンダミア王国はダミー会社を経由して林檎と水を軍に流通させ、軍関係者を意図的にヴァール化させていたのだ。
手段が明らかになってすぐ、ウィンダミア産の林檎は流通から完全に遮断された。水も別の産地のものに置き換えられ、一先ずはウィンダミアの思惑を一つ潰せたことになる。
しかし根本的な問題である風の歌への対処法は見つかっていないどころか、プロトカルチャーの遺跡を介することで更なる強化が確認されてしまった。
ウィンダミアが他惑星を制圧する目的は球状星団に存在するプロトカルチャー遺跡の確保。遺跡を利用することで風の歌の強化を目論んでいる、あるいは何か他の狙いがあるようだ。
球状星団内でプロトカルチャー遺跡が存在してウィンダミア軍に制圧されていないのは惑星アル・シャハルと惑星ラグナだけ。ウィンダミア軍は遠からず攻め込んでくるだろう。
問題は他にもある。プロトカルチャー遺跡が起動するとワルキューレがまともに歌えなくなってしまうことだ。
増幅した風の歌の影響か、起動したプロトカルチャー遺跡との相互干渉か、あるいはその両方か。ヴァールを鎮圧するワルキューレがその歌声を戦場に響かせられないというのは痛手である。
対抗できたのはワルキューレにおいて誰よりも強力な生体フォールド波を発せられる美雲と、ウィンダミア人であるフレイアのみ。ラグナ帰還後に何かしらの対抗策がないかと技術班が検証、ラグナのプロトカルチャー遺跡への干渉実験などを行なっているものの成果は芳しくない。
現時点で対抗策として挙げられるのはフレイアの歌だ。ウィンダミア人であるフレイアの歌は、増幅装置なくとも他ワルキューレの生体フォールド波を増幅させることが確認されている。フレイアと共に歌えば、美雲以外のメンバーも今まで通り歌えなくはないだろう。
ハヤテとフレイアの間で発生した共鳴現象についても注目されている。共鳴によってフォールドウェーブシステムを起動させたハヤテは、その機体性能を余すことなく使い熟していた。
ハヤテがフレイアと共鳴したのは、彼が持つ高純度のフォールドクォーツと自身が保有するフォールド因子受容体の影響である。ワルキューレが保有するフォールドレセプターをハヤテも持っていたのだ。
ラグナ帰還後の検証ではヴォルドール撤退戦で見せたほどの能力は確認できなかったものの、ハヤテのパイロットとしての能力の向上が見られた。
今後も激化の一途を辿るだろう戦争において、ハヤテの戦力向上は素直に喜ばれた。
そして最後に──トリガーと美雲の間に発生した謎の現象。
こちらに関しては専門の機材もなかったヴォルドールではろくに解析できず、撤退後はトリガー本人が倒れてしまったため検証も不可能。唯一確かなのはハヤテとフレイアのような共鳴ではないことだけ。
フォールドクォーツこそ所持していたが、ハヤテと違ってトリガーはフォールドレセプターを保有していないため、美雲との間に共鳴現象は起こり得ない。
ではあの時、トリガーの身に起こっていた現象はなんなのか。正体は未だ不明のままだ──
Δ
「──とまあ、トリトリが眠っている間に進んだ話はこんなところかな」
ケイオスが保有する医療施設の一室。倒れてから丸三日眠り続けていたトリガーは、報告ついでに見舞いに訪れたマキナとレイナから眠っている間の話を聞かされていた。
「わざわざすみません……」
「気にしなくていいよ。お仕事はついでだしね〜」
「問題なし。みんな心配してる」
「面目ない……」
自分一人が倒れた程度で大して影響も心配されることもないだろうとトリガーはたかを括っていた。
しかし目が覚めて間もなくハヤテを始めとするΔ小隊のメンバーやワルキューレが見舞いに訪れたことで、想像以上に方々へ心配を掛けてしまったことを自覚した。今はひたすらに申し訳ない気持ちで一杯である。
「くもくもとのことは気になるかもだけど、トリトリはしばらく治療に専念すること。分かった?」
「アラド隊長からも釘を刺されましたから、大人しくしてますよ。ドクターストップもありますし」
意識を取り戻して元気そうに振る舞っているトリガーであるが完治には程遠い。無理をすれば傷口が開き、また倒れるのは目に見えていた。
トリガーの言葉に嘘はないと判断し、マキナは安心したように頷いた。
仕事関連の話は以上なのか、マキナが纏う空気がくるっと変わり悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「と・こ・ろ・で、くもくもとはいつの間に仲良くなったのかな〜」
「……何のことでしょう」
嫌な予感にトリガーは咄嗟に素知らぬ振りをするが、によによとした笑みを浮かべるマキナは誤魔化しを許さない。隣の優秀な相棒に目配せを送ると、レイナが手元の端末を操作し始めた。
「ヴォルドールでのやり取りは全て録音・録画済。そしてこの病室は映像プロジェクター完備。準備は万端」
「ここで上映会を始めるつもりか!?」
とんでもないことを宣うレイナに、トリガーは取り繕う余裕もなくなって叫ぶ。
「どうどう、落ち着いてトリトリ。傷口に響いちゃうよ?」
「冗談、慌てすぎ」
「響かせたのはそっちでしょうが……!」
理不尽な物言いにトリガーはマキナとレイナをジト目で睨みつける。当の二人はどこ吹く風であるが。
「やっぱりそっちが素の反応なんだね」
「……謀ったな」
素の態度を引き出すために一芝居を打たれた。まんまと引っ掛かったトリガーは繕う余裕を失い、マキナとレイナの二人にありのままを曝け出すことにってしまったわけだ。
「だってトリトリってば、みんなに壁を作ってドア閉め切ったままなんだもん……くもくもは違ったみたいだけどね」
「……まあ、色々あったんだよ」
マキナの言い分に渋い顔をしつつ、ヴォルドールで見られてしまっている以上、取り繕う意味もないとトリガーは素の口調で話す。
「え〜、気になるな〜?」
「話さないからな、絶対に」
色々の内容を説明しようものなら一巻の終わりである。特に海で起きたハプニングに関しては、何があってもトリガーは口を割らないと決意していた。
トリガーの決意が固いことを察し、マキナはそれ以上の追及を諦めた。
「しょうがないか。あんまり長居しても疲れちゃうだろうし、私たちはそろそろ帰るね」
「療養大事。しっかり休んで早く復帰する」
「分かってるよ。二人とも、わざわざありがとう」
「「どういたしまして」」
それじゃあ、とマキナとレイナは病室を後にした。
賑やかな二人が居なくなって途端に静寂に包まれる。手持ち無沙汰になったトリガーはベッドに倒れ込み、そのまま目を閉じて休むのだった。
Δ
コンコン、と響くノックの音にトリガーの意識が覚醒する。眠気が抜けないまま返事をすれば、ゆっくりと病室の扉が開かれた。
現れたのは私服姿の美雲だった。
珍しい顔の登場にトリガーは目を丸くする。勝手な想像であるが、美雲は見舞いに来ないだろうなと考えていたのだ。
そんなトリガーの反応から何を考えているのか察したのだろう。美雲は開けたばかりの扉に手を掛けた。
「邪魔なら帰るわ」
「いや、違うんだ。ちょっと驚いただけだよ」
普通にそのまま帰りそうな美雲を慌てて静止し、ベッド脇の椅子を勧める。美雲は促されるまま椅子に腰を落ち着けた。
「思ったより元気そうね」
「傷自体そんなに深くなかったからな」
「丸三日眠っていたくせによく言うわ」
美雲の鋭い指摘にトリガーは小さく呻いた。全くもってその通りだったため返す言葉もなかったのだ。
言葉が途切れる。若干気不味い空気が流れかかったところで、美雲の目線がサイドチェストの上に置かれた物に留まる。見舞いに訪れた面々が置いてあった差し入れの類だ。
「慕われているみたいね」
「心配されてるだけだと思うけどな……」
籠に盛られたラグナ産の海林檎を一つ手に取り、トリガーは自嘲げな笑みを溢す。
慕われるようなことをした覚えはない。積極的にコミュニケーションを取るようなこともせず、分かりやすく一線を引いている自分が慕われているとは微塵も思っていないのだ。
手元の林檎に視線を落としていたトリガーが不意に美雲を見詰める。
「君は俺を気に掛けてはいても、あまり気遣わない。だから、他の人と比べると少し気が楽なのかもな」
「ごめんなさいね、手土産の一つも持ってこない気遣いができない女で」
「言ってない、そんなことは一言も言ってないからな」
とんでもない解釈違いを起こされてトリガーは慌てて否定するが、美雲の例によっていつもの如く愉快そうな微笑を見て、疲れたように溜め息を吐いた。
「君の最近の趣味は俺を揶揄うことだったりしないよな?」
「さあ、どうかしら」
「勘弁してくれ。そのうちマキナとレイナあたりからもおちょくられそうな気がしてならないんだ……」
「自業自得よ」
にべもなく切り捨てられてトリガーはがっくりと肩を落とした。
トリガーは手に持った林檎を籠に戻そうとして、ふとを動きを止める。そして何を思ったのかサイドチェストの引き出しから果物ナイフと紙皿を一枚取り出した。
「どうして病室に刃物があるのかしら……」
「チャック少尉は気が利く人だよな。あれでもう少しがっつかなければ、普通にモテそうなんだけど」
つまりはそういうことである。差し入れの内容を知ったチャックが、病室で食べられるようにこっそり持ち込んでくれたのだ。
まな板もなしに林檎を切り分け、芯を切り落とす。そのまま皮を剥こうとして、トリガーは美雲の顔を見遣った。
「美雲は料理とか……しなさそうだな」
「言いたいことがあるのなら聞くけど?」
「いや別に、俺もろくに料理なんてしないしな。刃物の扱いに慣れているだけで」
「……理由は聞かないでおく」
「そうしてくれると助かる」
遠い目になりながらもトリガーは一手間加えて林檎の皮を剥いて紙皿に並べた。最後に爪楊枝を刺せば完成である。
「できあがりっと。せっかくだから手伝ってくれ。何処ぞの林檎好きとその保護者が山ほど差し入れしてくれたから、ちょっと困ってるんだ」
フレイアとハヤテのことである。プロフィールでも公言しているほどの林檎好きであるフレイアは、籠一杯の海林檎を差し入れに持ってきたのだ。
チャックのように兄妹が大勢いるならまだしも、家族も恋人もいないトリガーが一人で消費するには厳しい量である。わざわざ見舞いに来てくれたお礼に託けて、美雲に林檎の消費を手伝ってもらう魂胆だった。
「うさぎ……」
紙皿の上に載せられたうさぎの形を模した林檎を見て、美雲は何処となく珍しいものを見るような目で呟いた。
恐る恐る耳が千切れてしまわないように手に取ると、まじまじと見つめたまま彫像のように動かなくなってしまう。
「林檎苦手だったか?」
「いいえ。そもそも、林檎自体を滅多に食べてこなかったから」
「……林檎ってそんな高価な代物だったか?」
果物は肉野菜と比べれば高価な物もあるが、市場で見掛けた林檎はそこまで高値ではなかった。滅多に食べられないような代物ではないはずである。
疑問符を頭に浮かべるトリガーに、美雲はなんて事もないように答える。
「食事は決められた時間に決められたメニューだけを口にしているの。食べたことがないわけじゃない」
「どういう環境なんだ、それ……」
囚人とまではいかないが、奇妙な美雲の食事状況にトリガーは疑問を禁じ得ない。当の本人はこれっぽっちも気にも留めていない様子だが。
「歌を歌えるのならどうでもいいもの」
美雲にとっては歌うことが生きる意味そのもの。歌うことが最優先なため、食事に関しては無関心だったのだろう。それこそ、うさぎ形の林檎を見て珍しがるほどに。
トリガーもかつては空に在り続けることだけを考えていた時期がある。興味関心の対象は無限に広がる大空だけで、それ以外の事柄に関しては無頓着もいいところだった。
それでも美雲ほど極まっていなかったとトリガーは過去の記憶を振り返る。美味しいものが食べられるなら、そっちの方がいいと思う程度には人間性を捨てていなかった。
「まあ、偶にはいいんじゃないか。食べちゃいけないわけじゃないんだろう?」
「そうね……」
肯定する美雲だが、それでも林檎を口に運ぼうとしない。
何を躊躇っているのかトリガーは林檎を齧りながら考えて、先の話から一つ推測を立てた。
「……食べるとこ見られるのが恥ずかしい、のか?」
「…………」
無言の返答であった。
決められたメニューを決められた時間に摂取する。そんな歪な環境に身を置いている以上、他人と一緒に食事をするような場面もなかったのだろう。
自分とは別ベクトルで拗らせている美雲にトリガーは呆れつつも、ベッドに身を預けて美雲に背を向ける。ちょうど窓の外を眺めるような体勢だった。
トリガーの意図を察したのだろう。しゃくしゃくと林檎を齧る音が病室内に響いた。
背中越しに美雲が林檎を食べ進める音を聞きながらトリガーは手持ち無沙汰に窓の外を眺める。他の見舞い客と鉢合わせしない時間帯を狙ったのか、空の色は茜色から群青色に染まりつつあった。
次に空を飛べるのはいつになることやら、と考えていたトリガーは気付く。外が暗くなり始めていたことで窓が鏡のようになり、病室内の風景を映し出してしまっていた。
窓ガラスには林檎を口に運ぶ美雲がばっちり映っていた。普段あまり口にしない果物に気が緩んでいるのか、常の凛とした雰囲気を崩して僅かに表情を緩めている。
意図的ではないとはいえ、美雲の食事風景を見てしまいトリガーは微かに動揺する。その気配を察したのだろう、窓ガラス越しに美雲と目が合ってしまった。
「あ……」
思わず声を漏らしてしまうトリガー。窓ガラスに映る美雲の目が冷ややかに細められた。
「こっちを向きなさい」
「はい」
美雲の言葉にトリガーは粛々と従う。悪戯がバレて叱られる子供のような心地である。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
素直に非を認めてトリガーは頭を下げる。美雲はしばらく冷たい眼差しを向けていたものの、やがて溜め息を溢して視線を緩めた。
「もういいわ。よくよく考えれば、あなたには私のあられもない姿を見られているもの。今更恥ずかしがることでもなかったわ」
「その件はそろそろ許してもらえないかなぁ……」
「考えておくわ」
情けなく許しを乞うトリガーを適当に受け流し、美雲はトリガーの目を気にせず再び林檎に舌鼓を打ち始めるのだった。