マクロスΔ 未知なるソラへ    作:矢野優斗

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メッサーの暴走

 意識が戻ってから数日が経ち、抜糸を終えたトリガーは運動機能低下を防ぐためのリハビリを続けていた。ヴォルドールで銃撃を受けたメッサーは既に復帰しているが、トリガーは未だ任務に復帰できないでいる。

 

 怪我の度合いが違うので仕方ないのだが、トリガーは歯痒い思いを抱えていた。

 

 今日も今日とてリハビリを終え、トリガーは病室にてタブレット端末を操作していた。医師の許可が降り次第すぐに任務復帰できるよう、Δ小隊の状況やウィンダミア軍の動きを確認しているのだ。

 

 ウィンダミア軍の目的はプロトカルチャー遺跡の確保とそれを利用した風の歌の強化。遺跡のある惑星で制圧されていないのはアル・シャハルとラグナの二つのみ。

 

 遠からずウィンダミア軍はどちらかに攻め込む。それが今日なのか、あるいは明日なのかは分からない。

 

 一日でも早く復帰しなければならないと改めて決意したトリガーは、立体表示したブリージンガル球状星団の勢力図を睨む。

 

 主だった惑星の大半は制圧され、勢力図は完全にウィンダミア一色だ。ここから如何にして逆転するのか。

 

 考えられる手は敵本国を落とすこと。しかし惑星ウィンダミアは次元断層に囲われているため容易にフォールドできず、攻め込むこと自体が不可能。手詰まりなのが現状である。

 

「難攻不落か……」

 

 次元断層という障害はあまりにも厚く、トリガーは巨鳥(アーセナルバード)の電磁バリアを思い出していた。

 

 あれもストーンヘンジという超大型レールガンと、軌道エレベーターからのエネルギー供給を絶つことができたから攻略できたものの、もしそれがなければ撃墜はトリガーでも不可能だっただろう。

 

 あの時のようにウィンダミア攻略の糸口になるような何かが生えてこないものか。都合のいいことを考えていたトリガーは、ふと表示される星図に違和感を覚えた。

 

 タブレット端末を操作して星図に表示する情報を絞る。具体的には遺跡のある惑星だけをピックアップしたのだ。

 

 じいっと球状星団図と睨めっこしていたトリガーは、違和感の正体に辿り着いてハッと目を見開く。

 

 遺跡が存在する惑星を線で結ぶと、ブリージンガル球状星団に所属する全ての星を内包する巨大な結界が星図に浮かび上がったのだ。偶然で済ませるには無理があるだろう。

 

「まさか……いやでも、こんなことあり得るのか?」

 

 故郷の星の常識で考えれば到底有り得ない。しかしこの世界は次元航行をも可能とするオーバーテクノロジーが跋扈している。頭ごなしに否定することはできないだろう。

 

「レイナに解析を依頼……は、やめておこう」

 

 レイナに伝えれば自動的にマキナにも話がいく。療養に集中しろと言われている渦中で仕事の話を持ち込めば、文句を言われることは想像に難くない。

 

「アラド隊長とアーネスト艦長に報告すればいいか」

 

 アラドとアーネストに報告したところで、最終的にはマキナとレイナにも報告内容が露呈することはすっかり失念している様子だった。

 

 遺跡の位置関係について報告書を作成していると、不意にラグナ全域に空襲警報が鳴り響いた。

 

 端末を操作する手を止めトリガーは窓の外を見遣る。すっかり日が落ちたダークブルーの彼方から、複数の機体が大気圏突入する光景が見られた。間違いなく空中騎士団だろう。

 

 侵略にしては数が少ない。恐らくは強行偵察、あるいはラグナが有する遺跡へ何らかのアプローチを目論んでいるのかもしれない。

 

 ウィンダミアの襲撃を理解したトリガーの意思は決まっている。

 

 病室を出るため扉に手を掛けるが、施設内部から避難誘導をするスタッフの声を聞き反転する。他の出口は一つしかない。

 

 窓を開け放ち、トリガーは躊躇うことなく窓枠に足を掛けた。

 

 

 Δ

 

 

 防空システム内部へのデフォールドによる空中騎士団の奇襲。

 

 空中騎士団の空襲に緊急発進(スクランブル)したのはΔ小隊のみ。他部隊は母艦ヘーメラーごとアル・シャハルの哨戒任務に出払ってしまっているのだ。

 

 出撃したΔ小隊はすぐさま空中騎士団の迎撃、ラグナ上空で激しい空戦が幕開けた。

 

 ウィンダミア軍は空中騎士団の主力部隊のみ。数は少ないが、それでもΔ小隊の方が機体数が少ない。強制的に数的な不利を強いられることになっている。

 

 それでも互いに互いをフォローし合うことで撃墜されることなく、辛うじて戦線を維持していた。

 

 厳しい交戦の真っ只中、最も激しい空戦を繰り広げているのはメッサーと白騎士だ。ラグナの空を切り裂かん勢いで飛び回り、鎬を削り合っていた。

 

 誰も割り込むことのできないトップエース同士の空戦。どちらに軍配が上がってもおかしくない状況で、機体を操るメッサーに異変が生じた。

 

 通信越しに轟くメッサーの苦悶に満ちた絶叫。荒れ狂う感情が発露したかのように叫び、アラドやアイテールからの呼び掛けにも応じなくなってしまった。

 

 

 ──ヴァール化による暴走だ。

 

 

『艦長、ワルキューレの出動を要請する!』

 

 メッサーがヴァール化する可能性を把握していたアラドはすぐにワルキューレの出動を要請。同じくメッサーの事情を知っていたアーネストは、即座にワルキューレへの出動要請を通した。

 

 辛うじて均衡が保たれていた戦線が、メッサーの暴走により崩れていく。このままではまず最初にメッサーが撃墜される。そうなればΔ小隊が全滅する可能性もあり得た。

 

 一秒でも早いワルキューレの出動が待たれる中、艦橋にて戦況を分析していたオペレーターの一人が驚愕の悲鳴を挙げた。

 

「大変です! デルタ5が格納庫よりタキシングして発進しようとしています!」

 

「なんだと? トリガー准尉はまだ療養中だったはずだが!?」

 

 寝耳に水の報告にアーネストは目を剥く。直後、艦橋にデルタ5ことトリガーから通信が入った。

 

『こちらデルタ5、これより発艦します』

 

「ダメだ、許可できん。負傷兵を戦場に送り込むことなどできない」

 

『傷自体は塞がっています。それに、そんなこと言ってられる場合じゃないでしょう』

 

 トリガーの言う通り、事は一刻を争う状況なのは間違いない。

 

 ワルキューレの歌声はもう間も無く響き始めるが、ヴァール化を抑えられたとしてもメッサーは戦闘継続不可能だ。代わりに誰かが白騎士の相手をしなければ戦線が瓦解する。

 

「だが──」

 

『始末書は後で幾らでも書きます。デルタ5、発進します──』

 

 一方的に言い残してトリガーは勝手に甲板から発進、戦闘空域へと一目散に向かってしまった。

 

「デルタ5、戦闘空域に突入してしまいました……」

 

 オペレーターの力ない報告にアーネストは頭を抱えつつ、アラドへとトリガーの介入を伝える。

 

 艦橋からの通信でトリガーの参戦を知ったアラドは思わず頭を抱えたくなった。しかし既に発進してしまっている以上、何を言っても戻りはしないだろう。

 

 加えて戦線が非常に危うい状況なのも事実だった。アラドにはトリガーが倒れないことを祈るしかできない。

 

 アイテールから飛び立ったトリガーは脇目も振らず、戦闘空域上空で砲火を交わすメッサーの元へ向かう。メッサーの暴走は通信越しに把握しており、トリガーは病み上がりどころか療養中なのも忘れてフルスロットルで飛ぶ。

 

 あっという間にメッサーと白騎士の交戦空域に辿り着いたトリガーは、横合いから白騎士へ急襲を仕掛ける。

 

 メッサーとの真剣勝負に執心していた白騎士であるが、己と比肩しうる実力を持つ三本線に横槍を入れられて黙ってはいない。動きの悪くなったメッサーから意識を切り替え、トリガーの迎撃に移った。

 

 白騎士との対決は生身を除けば惑星イオニデス以来だ。あの時は仲間の安否に気を取られて撃墜し損ねた。今回も暴走してしまっているメッサーを堕とされないよう立ち回る必要があるため、欲を出すことはできないだろう。

 

 幸いなのは敵機のうち一機が戦闘に参加していないこと。海上付近を低空で飛行していることから、恐らくラグナの遺跡を分析か解析しているのだろう。問題ではあるが、今は仲間を守る方が優先だ。

 

 白騎士と激烈な空戦を繰り広げつつも、トリガーは空域全体を俯瞰してフォローが必要な隊員が居ないかを常に確認している。

 

 ハヤテとミラージュは連携して互いに助け合えているので問題ない。アラドとチャックは実力で拮抗、あるいは押し返し始めているので心配するまでもなかった。

 

 崩れかかった戦線が持ち直しつつあることに安堵して、トリガーは咄嗟に機体を傾けて回避機動を取った。一拍置いてビーム砲がトリガーの機体を掠めていった。

 

 白騎士の攻撃ではない。暴走状態にも関わらず白騎士に襲いかかったメッサーの流れ弾が掠めたのだ。

 

『今すぐ離脱してください、メッサー中尉!』

 

 通信越しに呼び掛けるも返ってくるのは荒い息遣いと絶叫だけ。白騎士しか見えていないのか、トリガーへの流れ弾も考えずに凄まじい攻勢を仕掛け続ける。

 

 如何にエースパイロットと言えどヴァール化していては実力の半分も引き出せない。精彩を欠いた機動は格好の的でしかなく、白騎士の砲塔がメッサーに向けられる。

 

「させるか──!!」

 

 強引に白騎士とメッサーの間に割り込み、ピンポイントバリアでビーム砲を受ける。間一髪でメッサーの撃墜は避けられたが、危機はまだ去っていない。

 

 後方から乱射されるガンポッドの砲火。白騎士への攻撃であるが、射線上にはトリガーもいる。もはや敵味方の判別もついていないのかもしれなかった。

 

 反射的に機体を制御してガンポッドの乱射を回避し、やむを得ずトリガーはメッサーの無力化を試みる。機体を飛行継続不可能にして強制脱出させる、あるいは武装を破壊するだけでもメッサーの脅威は格段に落ちるはずだ。

 

 トリガーはメッサーの搭乗する機体に機銃を向けて──仲間を、堕とすつもりか? 

 

「……っ」

 

 狙いが定まらない。引き鉄が、引けなかった。

 

 ヴァール化した新統合軍を無力化してきたように、武装を破壊するか翼だけ破壊して強制脱出させだけの簡単な話だ。メッサーといえど暴走している今なら難しいことではない。

 

 撃つことができない理由をトリガーは理解していた。短いながらも同じ部隊で共に同じ空を飛んできたメッサーを、守るべき仲間と認識してしまっているからだ。

 

 今度こそは誰も取り零さないと誓った仲間を、自らの手で堕とすことなんてできない。たとえそれが暴走を止めるためだったとしても、何度も目の前で空に散って逝く仲間を見送ったトリガーにはできなかった。

 

 躊躇うトリガーに白騎士が襲いかかってくる。メッサーが暴走していることを察しているのだろう。あえてメッサーの射線にトリガーが重なるような立ち回りをしてきた。

 

 万全の白騎士と暴走するメッサー。期せずしてエース級パイロットを二人相手取ることになってしまったトリガーは苦戦を強いられていた。

 

「くそ……!」

 

 拙い状況である。片方は暴走しているとはいえ、エース級パイロット二人の相手は容易くない。撃墜される気はさらさらないが、さりとて加減をして切り抜けられる状況でもなかった。

 

 傷が開く危険性を承知の上で加減を止めるか、とトリガーが覚悟を決めようとしたところで戦場に響き渡る歌声。ワルキューレの歌声だ。

 

 肌身離さず持ち歩いているラジオのおかげでダイレクトに歌声を聞いたトリガーは、即座にメッサーの様子を伺う。ワルキューレの歌声が届いたのか、メッサーの機体の動きが見て分かるほどに安定し始めていた。

 

『メッサー中尉! 聞こえてますか、メッサー中尉!?』

 

『はあ、はぁ……聞こえ、ている……』

 

 呼吸は荒いままであるがメッサーはしっかりと受け答えした。

 

『今すぐ離脱してアイテールに戻ってください。後は俺が引き受けます!』

 

『了解、した……すまない』

 

 言外に足手纏いと言われたに等しかったが、メッサーは反論することなく空域から離脱していく。

 

 メッサーの離脱に白騎士が反応するが、すかさずトリガーが牽制する。メッサーの暴走が治った以上、トリガーは白騎士の相手に集中できるようになった。

 

「今度こそ、堕とす……!」

 

 風の歌に操られた新統合軍もおらず、他隊員もなんとか渡り合えている。白騎士を撃墜できるまたとない機会だ。

 

 全神経を白騎士撃墜に集中させ始めたところで、眼前の機体が方向転換して未練なく撤退行動に移った。他敵機も用は済んだとばかりに引き上げようとしている。

 

「逃すわけないだろ──!」

 

 撤退しようとするウィンダミア軍にトリガーは躊躇いなく追撃を仕掛けようとする。

 

 メッサーがヴァール化してしまった以上、この場で一機でも撃墜しなければ今後の戦闘が不利になってしまう。多少の無茶をしてでも敵主力を削る必要があった。

 

 しかし追撃はアラドからの通信で止められた。

 

『行くな、トリガー。ただでさえ無理をしているんだ。これ以上の交戦は許可できない』

 

『ですが……!』

 

『メッサーのこともある。これは命令だ。分かるな?』

 

『……了解です』

 

 渋々とトリガーは敵機への追撃を諦め、アイテールへと帰艦するのだった。

 

 帰還したトリガーは方々からお叱りを受け、即座に病室へと送り返された。医療施設側でもトリガーの不在は騒ぎになっていたようで、しばらくは病室にて軟禁状態となるのだった。

 

 そのため、転属が決まったメッサーとトリガーは転属前日まで顔を合わせることがなかった。

 

 

 

 

 

 

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